ep.22 間違いから始める反省会



「おーい、こっちこっち!」



 あれから一時間弱。

 最初に格好つけておんぶしてしまった手前、水瀬を降ろすに降ろせず水パイという凶悪な果実を背中に感じながら辿り着いたのは定食なこみ。


 先に到着していたなこみと小田切が俺とその他に向けて、大手を振りながら迎え入れた。

 


「定食なこみ……なこみ先輩のお家ですか?」


「そういうことだ。さぁ、着いたから降りろ」


「はーい……うんしょっと」



 ゆったりと背中の柔らかい感触が離れていく。

 別に名残惜しくはない、たぶん。


 とりあえず全員で店に入ると、話を通していたマスターがすぐに厨房から出てきて「腹へっただろ。ちょい待ってろ」と嬉しそうな顔で厨房に蜻蛉返りした。


 なこみは奥の広いテーブルに一同を案内し、俺はひとりで厨房に向かった。



「おっす、マスター」


「なんだ、しずく。そんなに腹へってんのか? ならとりあえず、そこにある残り物でも食っとけ!」


「いやいや、そうじゃなくて俺はこの後ちょっと野暮用があるから俺の分は大丈夫って伝えにきた」


「ああん? 俺のメシが食えねえってか?」


「まぁ、この前死ぬほど食ったしなぁ。てことでこの唐揚げだけは貰って行くんで、後よろしくっす!」


「ったく。生意気なガキになったもんだ」



 そんな台詞を聞き流して、余り物用の器にあった唐揚げを1つだけ素手で口に放り込んで店を出た。


 さて、これから向かうのは今日の一件の事後処理だ。


 様々な仕込みと情報、駆け引きを駆使して今後水瀬に危害を加えるであろう人物を炙り出すことに成功したは良いものの俺には足枷があった。


 それは関わった人物を不幸にしてはいけないという特別試練の中でも飛び抜けてイかれた条件だ。


 つまりどう考えても自業自得でクズな多田みたいな奴らでさえも、関わってしまった以上は不幸になられたら俺も共に死ぬということになる。


 だからこそ今回、警察なんて呼んで大事にするわけにもいかなかったし、その後のフォローまでこっちでするしかなかったわけだ。


 全く、面倒くさいったらない。


 ちなみに多田には既にメールにてこれからのことについての取り引きをするために呼び出している、というか呼び止めてある。

 なのでまたあの場所に俺はわざわざ戻るしかないのだが、



「勝手にどこに行くの?」



 ふいに開いた扉からひょこっと赤髪が顔を出した。



「ちょっとした野暮用だよ」



 色々と根掘り葉掘りと尋問されそうな雰囲気なので俺はお茶を濁してさっさと歩もうとするがパタパタとサンダルの音がしたと思えば、すぐにそれは阻まれた。



「ちょっとこっちに来なさい!」


「いやぁ、時間が」


「いいから!」



 反抗虚しく俺は店前の客待ち用のベンチに強制連行されてされるがままに座らされた。

 何用かと思っていたら、なこみは手に救急箱を持っていた。



「どこに行くにしても、ちゃんと手当てはしなさいよ! 何なの、その顔は」


「いや、お前にやられたんだが」


「あ、あんたがあたしに思いっきり殴れって言ってきたからでしょ!」



 まあ、確かに言ったは言った。


 だがそれはこの前、店に行ったときに色んな懺悔と協力を頼む報いとして殴ってくれと言った時の話で、その時は殴る理由はないと言われたのだ。

 なのに、逆に今日の昼休みに食堂から帰るところで改めて俺の作戦の協力を仰いだところ、唐突に殴られた。

 しかも一発ではない。


 なこみは俺が弁解する間もなく、プロ顔負けのナイスパンチを立て続けに打ち込んだ。

 余程、俺へのヘイトが溜まっていたのだろうが、正直ここまでやられるとは思っていなかった。



「加減を知らないモンスターなのか? 誰もアンパン野郎にしろとは言ってないんだが……痛っ!?」


「あぁ、ごめんね。手が滑って傷口に消毒液を直接ぶっかけちゃったわ」


「いや、確信犯だろうが! おかげで傷がとてもよく治りそうです、ありがとうございます」


「別にあんたのためじゃないんだからねっ!」


「そりゃ、そうだろうよ。逆に俺のためだとしたら俺はなこみに常識を教えなきゃならないことになる」


「とにかく! あたしはこれまでに雫にたまっていたストレスもあったし、今回の雫の強引なやり方にも気に入らなかったからそうしたの」



 まぁ、純粋で無垢ななこみにとって今の俺のやり方は気に入らないだろうし、なこみでなくとも反感や不信感が募るだろうね。


 だからこそ俺がこれからやろうとしてることはなこみを始め、今日のメンツには知られないようにするべきだろう。



「そういえばお礼を言ってなかったな。今日は本当にありがとう。あとこれからもよろしく」


「別に、あたしがしたくてしたことだから」


「それじゃあ、俺は行くよ。あ、水瀬と小田切は鳴上にちゃんと送らせてくれ」


「……ふんっ! 雫に言われなくても分かってる」


「そりゃ、頼もしい。じゃあ、よろしく」


「あ、うん…………えと……」



 それだけ言い切ってベンチから立ち上がると、なこみは横で何だかもじもじとし始めた。


 

「……い、行ってらっしゃい……」



 俺は振り返らずにそのまま立ち去った。


 ——デレ、キタァァァァー!!


 と、心の中で叫びながら。




          ▼▼▼




 ようやく倉庫に戻った頃、夕陽は既に完全に落ちて辺りは真っ暗になっていた。


 軽く警戒しながら倉庫に入り、脇にあるスイッチを押して電気を点けると多田は隅っこで体育座りをしていた。


 哀れなのにガタイだけはやたらゴツくて、それが余計に哀愁を漂わせている。



「どーも! 編入先の学校は決まりそうっすか?」


「……」



 わざと挑発的な言葉を投げかけたが返事は返ってこず、相当メンタルに来たことが分かる。


 本来、この男だって進学校に入学したのだからそこそこに優秀で期待されていたはずだ。


 何かの歯車が狂ったせいで堕ちたのか、それとも今までが上手く行きすぎていただけのハリボテか。

 どちらにしてもこいつのことも何とかしなきゃならんことには変わりない。



「だいぶメンタルやられてそうですね」


「……お前のせいだろ」


「俺のせいですか?」


「…………いや、全部俺のせいだな」



 多田は頭を抱えてため息を漏らした。



「あー、びっくりしたぁ。この期に及んで他責に逃げるのかと思いましたよ! あー、びっくりびっくり」


「お前ほんとになんつーか、憎たらしいな」


「それはどーも。俺も先輩はガタイが良いから内心はビビってたんで、俺のついた嘘がいつバレるのかって冷や冷やでしたよ」



 ………………



「………………………………………………ん?」



 余りにも自然にそうゲロッて見たら、多田は時が止まったように固まったあと、ワナワナと震え出した。



「パパさん……たぶんもうお家に帰ってると思いますよ?」


「……まさか、親父が捕まったのはウソってことか?」


「逆に捉えれば、下げて上げたってことです」


「下げる必要ねぇだろ」


「いやいやいや、先輩は一度痛い目にあった方がいいかと思いました。実際に卑劣なことをしたことは事実なんですしね?」


「……まぁ、それはそうだけどよ」


「水瀬の場合はまだ未遂ですけど、実際にアンタの被害に合った子がいるんですよね? それに関しては許されることではないんで」


「…………」



 たまにこうやって塩を塗り込むと途端にしょげてくる様子を見るに、悪いことの区別はついているようだし反省もしているみたいだ。

 ならばまだ救いようはある。


 当然こいつがクズなのは変わらないが、人には人の事情や背景があってそれを知らない立場の人間共が一方的に弾圧していてはそれこそ何も変わらない。


 だから俺はこいつを知り、そして救う。


 既に俺がタイムリープする前に被害に合っていた子にとっては納得出来ないことだろうが、その子と関わっていない俺にとっては申し訳ないがどうでもいい。


 人間は間違いを起こす。

 けれどそれをしっかり反省して、これからはそれまでに犯した罪を償うしかその間違いをチャラには出来ないのだ。

 逆に言えば、今まで起こした間違い以上に善行をしていけば、いつかはその罪はチャラになるのだろう。


 俺が今こうしているように。


 とりあえず俺は多田の話をもっと色んな観点から詳しく聞いてみることにした。

 

 なぜなら、一人を知り尽くすことで、そこからの繋がりを辿り、さらに多くの情報が広がっていくことを知っているからだ。

 そして、その情報はいつか必ずどこかで役に立つことも。


 故に俺はふと思った。



「なぁ、多田先輩。良かったらもっと俺に先輩のことを教えてください」



 関わった人物を不幸にさせないという条件は、それによって得た情報をいつか俺にもたらすためのキーポイントなんじゃないかと。



 知らんけど。





           ▼▼▼




 

 結局、多田とはえらい長い時間話すことになり、俺はある取り引きを持ち込むことで今回の件を穏便に済ませた。


 倉庫を出ると、夜もかなり遅い時間になっていた。


 顔はまだ痛いし、空腹でふらふらだが今から店に戻っても迷惑になるだろうし、そもそもとっくに解散してる頃だろうから、そのまま家に帰ることにした。


 途中、深夜までやっているラーメン屋の誘惑やコンビニでの葛藤を乗り越えた末に家の前にある公園のところまでやってきた。


 そこで何やら若い男女の声が聞こえてくる。



「やーだ! 絶対帰りません!」


「頼むよ、水瀬ちゃん! なこみちゃんとなるみちゃんに任されちゃってるし、何より雫にバレたら俺もどうされるか予想がつかないんだから」


「だーかーら! 鳴上先輩は帰っても大丈夫ですよ! もし何か言われても桃が全力で庇うので!」


「そういう事じゃないのよ! 今日あんな目にあったのにひとりにさせるわけにはいかないし、親御さんにも心配されるよ!」


「だからこそ、今日は先輩と一緒に居てもらわないと怖いんですよっ! それにママにはなるちゃんの家にお泊まりって言ってありますんで!」



 ………………



 どうみても鳴上と水瀬です、本当にありがとうございます。


 こんな遅くに何してんだよ、こいつら。

 いや、会話丸聞こえだしなんとなく内容で想像が付くんだけどさぁ……なんか今日はもう疲れた。


 ……うん、無視しよう。


 鳴上には悪いけど、あの暴走機関車は自分の力でなんとかしてもらおう。


 ということでそろーりと公園の脇の道をミッションインポッシブルよろしく抜き足で通り過ぎようとしたそのとき、



『プルルルルルルル』



 俺のポケットから爆音が鳴り響いた。

 


「え、誰かいるんですか?」


「ハッ!? 今日の奴らかもしれないから、ここに隠れて!」



 俺はタイムリープしてから最速といえる動きで通話ボタンを押し、公園脇の植木に身を屈めた。


 そして小声で電話に応答する。



『はい』


『あ、先輩っ! 今どこにいますか?』



 着信の相手はまさかの水瀬だった。



『ちょっと遠くまで来ちゃってて、今日は家に帰らないと思う』


『え、遠くっ!? どこですか? 今からそこに行きます!』


『いや、流石に今からだと遠すぎて無理だと思うし』


『良いから! どこにいるんですかっ!?(いるんですかっ!?)』



「「えっ!?」」


 

 身を潜めていた筈の植木の反対側から水瀬の大きな大きな声に続き、腑抜けた声が聞こえた。


 そして、その水瀬の声が俺との通話を貫通して水瀬の通話にもこだました。


 ………………


 数刻の沈黙の後、植木を挟んだ反対側で何者かがバッと立ち上がった。


 俺は懸命に植木に擬態した。


 その何者かはスカートを履いているにも関わらず、ひょいっとジャンプして植木を飛び越えてきた。


 なんてはしたない子なんだろうか、きっとその子は小学生の頃からわんぱくだったのだろう。



「先輩」



 絶望を知らせる甘ったるい美声が聞こえた。



「良いジャンプだったな」



 俺は最後の力を振り絞って親指を立ててみせた。

 すると、わんぱく美少女は恐ろしいほどの笑顔で囁いた。



「先輩、みーつけたっ♡」

 


 …………



「見つかっちゃっ……た」




 雫は、やっぱり笑った。

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