ep.21 混沌から始める救出劇
「先……輩、どうしてここに?」
その倉庫の入口に霧島先輩が立っていた。
ひどく息切れしながら肩で呼吸をして、額には汗がびっしりと付いている。
「ハァ、ハァ、ハァ……お前を……ハァハァ……助けに来たんだよ」
あれだけいつも冷静な先輩が言葉もまともに話せないほどに疲れている。
それだけでどれだけ慌てて探してくれていたのかが痛いほど伝わってきた。
どうしてなの?
どうしてこんな桃を助けに来てくれたの?
なんでここが分かったの?
聞きたいことは山ほどあった。
でもなによりも聞きたいことがある。
「なんでよ」
「ハァハァ……あぁん? だからお前を助けに」
「なんでそんなに顔がパンパンなの!?」
先輩の顔面はすでに修羅場を二回戦くらいくぐり抜けたあとのように腫れぼったく膨らんでいた。
それはもう原型が無い程で、これはアンパ◯マンのコスプレをしてきたんだよ、と言われても別に驚かないレベルの様相だった。
「……聞くのはそこかよっ! ほっとけよ! まずは助けに来たことに感謝しろっ!」
「ほっとけませんよ! 感謝はしますけど、なんなんですか、その顔は! むしろ先輩とすぐに気付いた桃を褒めてくださいよ! ……あ、あと恥ずかしいから見ないで!」
先輩と会話したことで冷静さを取り戻せたけど、色々と混乱してて忘れていた。
今の桃の姿は制服をひん剥かれてピンクの下着がモロに出ていた。
急に羞恥心が押し寄せてくる。
「安心しろっ! 顔が腫れすぎてほぼ何も見えないからっ!」
グッと親指を突き立てた先輩の姿に安心できる要素は何一つなかった。
けど先輩はその場から桃に向かって制服のブレザーを投げてくれた。
せめてこれで隠せということなのだろう。
「いやいやいや、何だてめぇ!? 急に現れて雰囲気ぶち壊しやがって。空気読めよっ!」
なのに背後にいたブタ野郎が大声を出しながら、それを途中で奪い取り、怒ったように近づいていく。
それでも先輩は顔はぱんぱんなのに表情は余裕のまま、とても冷静だった。
「おいおい馬鹿だなぁ、空気を読んだからこうしてやって来たんだろうが。それに空気を読めてないのはお前らの方だが自覚はあるか?」
「ああん? なんだこいつ、訳わかんねぇことほざきやがってっ! おぃお前ら、やっちまうぞ!」
激昂したチームブタさんは既に満身創痍の先輩に何の躊躇もなく襲いかかった。
ボロボロ相手のうえに、一対六なんて本当に卑怯極まりない奴ら。
流石の先輩でも無理だよ、こんなの死体撃ちだよ。
「だめ! 先輩、逃げてっ!」
そう叫んだ瞬間だった。
「全くお前らさぁ。ボロボロの人間ひとりに寄ってたかって、イキってて恥ずかしくねぇの? そんなんだから女の子にモテないんだよ」
入口から一人、カメラを回しながらやってきた。
「そうやって同じようにして他の女の子たちにもやってたんでしょ? 本当に最低。まさに人間のクズね」
そしてまた一人、真っ赤なロングヘアーを靡かせ、ブタさんたちに罵倒を言い放つ女性が乱入。
「桃ちゃんっ!! 桃ちゃん!! 桃ちゃん!!」
最後にものすごい勢いでそんな混沌を掻き分けて一目散に桃に駆け寄り抱きつく幼馴染。
鳴上先輩になこみ先輩、なるちゃんの三人が颯爽とやって来たのだ。
何がどうなってるのか分からない。
「な、なんなんだよ! 次から次に邪魔者がよぉ!」
状況が分からないのはあっちも同じなのか、元カレがその三人を見て怒号を飛ばした。
「ねぇねぇ、これ分かる? これは高性能のビデオカメラね。水瀬ちゃんが乱暴されてるところも霧島君が一方的に殴られてるところも全部バッチリ映ってるわけよ」
「これを警察に提出したらあんたら全員みーんな一発アウト。それで人生終了ね」
「許さない、許さない、許さない。桃ちゃんをこんなにしやがって! 絶対に許さないから!」
三人はそんな怒号なんてものともしなかった。
更に最後方にいたアンパ……霧島先輩はブタ野郎に対して携帯の画面を見せつけた。
「そろそろ空気読めてきた? ここにお前らの罪が全部残ってる。これを警察に提供して終わりだ」
「だからどうしろってんだ?」
「だからこれが出されたくないなら、今すぐここから立ち去ってもう二度とこういうことをするな」
かなり強く言い放った先輩。
けれど、ブタ野郎はなぜかこの状況でも笑い出した。
「くくく、くっくっくっくっくっ。それで俺が止まると思ったか!? 俺の親が誰か知って言ってんのかよ」
「あ? 何が言いたい?」
「俺の親はなぁ、警察の幹部なのよ。だから俺が何かやらかしてもいつも揉み消してくれる。つまり俺は無敵ってことなんだよ! くはっはっはっはっ!」
親の威光を盾にして高笑いをした。
こいつは、いや、こいつの親も終わってる。
警察という市民の味方であるはずの組織が裏で揉み消したりしてるなんて本当に最低。
ブタブタ言ってたけど、ブタさんにも失礼だ。
この下衆野郎。
「ははは、最高っすよ多田さん」
「ちょっとビビったけど、やっちゃいましょうや!」
「女も二人追加されたし、やり放題だぜ」
下衆のせいで再びモブたちの士気があがった。
同時に桃たちに嫌な視線が飛んでくる。
気持ち悪い。
なこみ先輩は後退りし、桃を抱きしめてくれているなるちゃんの手も震えている。
加勢が来たとはいえ、実質の戦力は二対六。
しかも一人はほぼ戦力外。
——……いや、みんなを巻き込んだのは桃だ。
「なるちゃん、桃を置いて逃げて」
「は? そんなこと出来るわけないでしょ!」
「お願いっ! みんなで逃げて! それで助けを呼んできてよ!」
「しないよ! そんなこと!」
「お願いっ!!!!!」
桃はなるちゃんに対して初めてくらいの大きな声で彼女の意見を制圧した。
なるちゃんは余程びっくりしたのか、目を丸くする。
「桃ちゃん……」
「大丈夫。桃は男を手玉に取る天才だから、なんだかんだ上手くやって時間を稼ぐ。だからその間に急いで助けを呼んできてっ! このままじゃ、みんなまで……」
そうだ。
これは桃が勝手に暴走した結果だ。
だから桃がなんとかして、みんなを巻き込まないないようにしないと。
「小田切さん、なこみ! たしかにその方が賢明かもひれない。俺たちが時間を稼ぐから一旦引いてくれ!」
戦力外の人もなんかカッコつけながら桃の意見をフォローしてくれている。
「分かった。でもこれはあんたに従った訳じゃないんだからね、雫!」
よく分からないことを確認をするなこみ先輩が動き出すのを見て、桃は「でも……」と言って離れようとしないなるちゃんの背中を強く押すと、ようやく納得してくれたのか拳を握りしめて振り返った。
「桃華! 絶対すぐに助けを連れてくる! 待っててね!」
「ありがとう、なるちゃん」
出口に駆けていくなこみ先輩となるちゃん。
「おい! 逃すんじゃねぇぞ!!」
それを妨害しようとモブたち二人が動くが、それを鳴上先輩は背中かどこかから抜き出した木刀を目にも止まらぬ速さで打ち込んだ。
「中学三年間剣道部だった俺を舐めるなよ?」
モブたちは声にならない悲鳴を出しながら、地面に這いつくばった。
そして女子二人は脱出に成功した。
良かった。
せめてこれで二人が襲われることはない。
……いや、まだだ。
「先輩たちも逃げてくださいっ! 桃はなんとかなります」
「おいおい、水瀬ちゃん? 俺らがかわいいレディーを置いて逃げると思ってるの? 任せとけって」
「でも……流石に鳴上先輩ひとりじゃやられちゃいますよ」
「あはは、水瀬ちゃん霧島君に手厳しいねぇ」
桃は至って真剣に諭した。
けど、霧島先輩はなんだか納得していなかった。
「……あのさ、水瀬は俺のことをなんだと思ってるの?」
「え、戦力外かと……」
そしてまたも至って真剣に答えた。
けど、霧島先輩はやっぱり納得していない。
「お前はもっと表面じゃなくて、本質を見れるようになれよ。何の策もない俺がノコノコ来るわけないだろ」
そう言って、いつもの感じで諭してきた先輩は余裕の表情で再び手にしている携帯を操作した。
「言い忘れてたことがあるんだけど」
そして携帯のディスプレイを目の前にいて襲い掛かろうとしていた下衆野郎に見せつける。
「な、なんだこれ!?」
下衆の動きがピタリと止まる。
「あんたの大好きな警察のパパねぇ。ほらっ! 昨日の夜に逮捕されちゃってるんだよ。知らなかった?」
「な、な、なに言ってんだよ」
「じゃあ昨日の夜、パパは家に帰ってきたか?」
「…………」
何がなんだか分からなかったけど、下衆野郎が一転して焦りまくってるのは分かった。
「もう守ってくれるパパしゃんはいないねぇ? しかも当然だけどもうすでに通報はしてあるから、あと十分もしないうちにまともな警察が来るんじゃない?」
「……あ……あ……あ……」
「まぁ、警察なんて怖くないって言ってたし、あんたには関係ないことなのかもな」
「やばい、やばい、やばい、やばい」
完全に形勢はひっくり返っていた。
取り巻きの連中はヤバいヤバいと逃げていった。
下衆野郎は力を無くしたように膝を折った。
あの状況から先輩は何の手出しもせずに、ただ口と情報をばら撒いただけで戦況を逆転させて終わらせた。
「ほら、立てるか?」
すぐさま先輩は膝をついて震える下衆の横をスタスタと通り抜けて桃の元へ辿り着く。
立とうとしたけど、立てなかった。
恥ずかしいけど、なるちゃんの背中を押して覚悟を決めていた時には腰が抜けていたみたい。
申し訳ない気持ちで首を振ると、先輩は仕方ないなぁと呟いて桃の前で屈んだ。
「ほら、おぶってやるから。さっさと帰るぞ」
「お姫様だっこがいい……」
「ばーか、こんな奴らに自分からノコノコついていくお姫様はいねーんだよ」
そう言われて拗ねたくなりながらも、渋々先輩の背中に体を預けた。
「良いんですか、先輩?」
倉庫を出ると、張り詰めていた神経みたいのが緩み、同時に色んな疑問が湧いてきた。
「ん、なにが?」
「警察呼んだみたいですけど、あの……あいつを放置して帰っちゃっても」
「ああ、あれは嘘だ」
「え、うそ!?」
「まぁ、あんまり大事にはしたくなかったし、とりあえずそういえばアイツの戦意もなくなるかなって。他のモブたちは逃げ出したし、鳴上は剣道部だから単独じゃあ勝ち目もないだろうし」
あっけらかんと言ってのけた先輩は平常運転だった。
「あとあの女子二人には今から向かう場所に先に行っててと既にメールしてあるから安心しろ」
と、鳴上先輩の携帯を指して、そう付け加えた。
「全く。ホント、霧島君は人使いが荒いよね」
「うるせぇな、ちゃんとその分の報酬は払うよ」
「ほう、その内容は?」
「俺と友達になれる権利」
「ここでそれを出すのかよ! 俺的には既に友達のつもりだったんだけど、その権利を得るとどう変わるの?」
「もしお前が助けを求めたとき、俺は必ずお前のために全力で力になるという保証がつく」
「うわあ……自己過大評価と言いたかったところだけど、それはめちゃくちゃ良い権利だなぁ。よし、今回はまるっとそれで手を打とう。な、雫ッ!」
「おう、これで貸し借りは必要ないな、鳴上」
「そこは名前で呼んで欲しかったとこだけどな」
「まぁ、おいおい」
そんな二人のやりとりが、さっきまで醜い掃き溜めにいたせいか、より眩しく見えた。
「けどよ、雫。本気でアイツらをこのまま放置しちゃっていいのか?」
「まぁ、いいんじゃん? これに懲りてくれればアイツらも当分はやらないだろうし、今後もしもの時の対策もしてある」
「そういうのは警察に任せればいいじゃん」
「そうかもしれないけど、今回は水瀬の自業自得もあるし、状況的には未遂だから証拠が弱くて警察もたいして動かないだろうからね。それにアイツの父親のこともあるし、俺はそもそも警察なんて信用してないから」
「うん……やっぱり俺はお前の方が怖いっ!!」
「そりゃ、どーも」
たしかに。
鳴上先輩じゃないけど、その淡々とした考え方や、冷酷さには桃も少しだけ先輩に対して畏怖を覚えた。
こんな人に牙を剥いた自分がとんだ大馬鹿者だったと理解した。
けれど、それ以上にこの大きくて頼もしい背中はとても温かくて、心に落ち着きをもたらしてくれた。
「霧島先輩、鳴上先輩……ごめんなさい」
改めて、来てくれた四人には本当に迷惑をかけた。
だからまず二人に、桃は心から今日のことを謝った。
「水瀬ちゃん、俺らはそんなしけた言葉は求めてないよ。ねっ、雫?」
「……そうだな」
そう言って意地悪く笑う鳴上先輩。
霧島先輩の顔は背中からは見えないけど、なんとなく柔らかい表情をしている気がする。
だから桃は改めて伝えた。
「二人共、本当にありがとうございます!」
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