ep.20 発散から始まる緊急事態



 先輩に抱きしめられた感触が忘れられない。


 そのぬくもりを思い出すたびに幸せな気持ちと切ない気持ちがぐちゃぐちゃに絡み合う。


 あの夜、先輩は桃にキスをしなかった。


 いつものようになぁなぁに済ませようとしていた先輩に対して桃はいつもよりもしつこく縋ったけれど、結局それはしてくれなかった。

 代わりとばかりに先輩は桃のことを強く抱き締めた。


 瞬間では幸せを感じることが出来たけど、先輩の温もりが離れると途端に凍えるような寂しさが押し寄せてくる。


 そして、その後に先輩は桃にこう告げた。



『このままだと共依存になりそうだから、少しだけ距離を置こう』



 桃は出来るだけ笑顔で「分かった」と返事した。


 ここでわがままを言ってしまったら、この関係自体が終わってしまいそうな気がしたから。


 その代わり家に帰って一晩中泣いた。

 

 次の日は目が腫れすぎて学校を休んだ。

 

 その次の日は流石に行くことにした。


 先輩の言った"少しだけ"がどれくらいか分からなかったから、とりあえず朝は先輩の家に向かった。


 緊張して家の前で十分以上立ち尽くしてた。

 

 勇気を振り絞ってチャイムを押してみたけど、先輩はおろか誰も出てくることはなかった。


 諦めて色のない通学路を一人で歩く。


 ここのところずっと一緒だったせいでもうすぐ季節は五月の下旬に差し掛かるのに心は凍えるほど寒かった。


 ようやく教室に辿り着き、つまらない授業をただただ右から左に受け流し、休み時間は机に突っ伏して過ごした。

 昼休みになると別のクラスにいるなるちゃんが来て、奢るから食堂に行こうと誘ってくれた。


 なるちゃんは心配そうにしながらも、何も聞かずにただ一緒に居てくれた。


 けど食堂についた瞬間、帰りたくなった。


 霧島先輩がいたからだ。

 

 しかも、なこみ先輩と一緒に食べていた。

 

 胸が心臓発作にかかったように痛くなった。


 側から見た二人がお似合いすぎて、見ていることが辛くて、その場にいることがどうしようもなく場違いに感じて桃は逃げ出した。


 その後は保健室で泣きながら過ごした。


 いつの間にかに授業が終わったようで、保健室の先生に起こされて帰り支度をした。


 放課後になって一人での帰り道。


 何を期待したのか校門のところでちょっとだけ時間を潰してみたけど、余計に虚しくなってやめた。


 暇だから先輩と遊びに行ったところを回ってみた。


 図書館、ケーキ屋、喫茶店、それとゲームセンター。


 なんとなく面影を探してみたけど、やっぱりあの怠そうな姿は見つからない。


 ふと、UFOキャッチャーが目に入った。

 

 ガラスケースの中には前に先輩が取ってくれたご当地マスコットキャラクターが並んでいた。

 

 気付くと無我夢中でプレイをしていた。


 100円、200円、と続けるが取れる気がしない。

 そういえば先輩も何十回もやってようやく1つ取れたくらいだし、やっぱり難しいみたい。


 先輩、手伝ってくれないかなぁ……。



「お、なにしてんの?」



 ハッとして振り返った。



「久しぶりぃ。とうとう彼氏に振られたか?」


「あ、えっと……」



 誰だと思ったらちょっと前に校門で絡んできたブタの先輩だった。

 はぁ、めんどくさいなぁ。

 


「そういえばこの前、今度遊んでくれるって言ってたよな、覚えてる? 暇なら今日こそ遊ぼうぜ」


「んー……あ」



 なんて断ろうかと考えていたら、ブタ先輩の肩越しに綺麗な紅色の髪が靡いた。


 なこみ先輩だ。

 先輩は誰かを探してる様子だった。


 直感で分かった。

 霧島先輩を探しているんだ。

 

 また胸が締め付けられる。


 どうせ先輩は桃のことなんかどうでもいいんでしょ?

 共依存が嫌なんでしょ?

 だったら桃が誰と遊ぼうが勝手だよね?



「いいですよ。約束しましたし。遊びましょ!」



 先輩が悪いんですよ。

 桃のことを放っておくからです。

 


「おぉ、今日はノリがいいじゃん」


「先輩、私のこと楽しませてくださいね」


「へへ、任せとけ。忘れられない思い出にしてやるよ。じゃ、行きつけの場所があるから、そこ行くぜ」


「はーい」



 ゲーセンを出る直前。

 なこみ先輩と目が合った気がした。





          ▼▼▼





 ブタ先輩に連れられるままに移動することしばらく経つが、なかなか目的地には辿りつかない。


 移動中のブタ先輩はずっと誰かしらに電話をしていて桃のことなど気にも止めてない様子だった。



(そういえば先輩は桃といる時は全く携帯なんていじってないでずっと桃のこと見てくれてたな)



 歩いて行くにつれて学校の周辺はいわば地元なのでどこも知ってる場所なはずなのにだんだんと見覚えのない景色が目立つようになった。

 しかも、かれこれ三十分近くは歩き続けているので流石に足も疲れて痛くなってくる。



(先輩だったらずっとペースを合わせてくれるし、途中で休みも……いいや、もう考えないようにしよう)



「あとどのくらいで着きますか?」


「あ? もうちょっとだから黙ってついてこいよ」


「……は、はい」



 ブタ先輩はナンパしてきたときとは全然違う乱雑な対応でなんだかちょっと怖くなってきたけど、今更断るの変に逆上してきそうな不安がある。


 何よりここがどこだかも分からなくなっていた。


 次第にヤバいという危機感が募っていく。

 冷や汗がじわじわと滴り落ちる。


 裏道みたいな細道に入ったとき、いよいよもう悠長にしている場合ではないと全神経が危険信号を響かせる。



「ご、ごめんなさい、先輩。ちょっと今日用事があったの思い出しました。なのでまた」


「あぁ? 今更そんな言い訳通用すると思ってんの?」


「え?」


「くふ、くふふふ、にしてもお前めちゃくちゃチョロかったなぁ……もうここまで来たら逃げられねぇぞ?」



 焦っていたせいか、気付かなかった。

 後ろから何人もの人が付いてきていた。


 すぐにカバンから携帯を取り出して助けを呼ぼうとしたけど、手が震えて番号が打てない。


 というか、どこに電話すればいいんだっけ?


 あ、先輩なら、



「キャアッ!!」


「余計なことしてんじゃねぇよ! 痛い目みたくなかったら大人しくしとけよ!!!」


「……は、ははははぃ……」


「ははっ、すぐ大人しくなりやがった。安心しろよ。すぐに気持ちよくしてやるからよぉ」



 そのまま引っ張られようにして、辿り着いたのは薄暗い倉庫みたいなところだった。

 入った瞬間から異様な臭いが充満していて、しかもご丁寧にその場所にそぐわない布団までもが用意されていた。


 後から三、四、……六人が合流する。


 直後に桃は布団に位置に押し倒され、その周りを男たちが囲んできた。

 男らはどいつもこいつも気持ち悪い笑みをぶら下げながら桃の身体を舐め回すように何度も何度も見つめてくる。


 怖くて、怖くて、怖くて、体も動かなくて、声も出せなくて、涙が止めどなく溢れてくる。



「おい、お前らがキモいから泣いちゃっただろ」


「泣き顔もそそられるねぇ」


「こいつで何回抜いたか分かんねぇからな。生でヤレるとかまじで最高だわ」



 その中である人物と目が合った。



「よぉ、覚えてるかよ桃華ぁ」


「ご、ごめ、ごめんなさい……」



 桃が昔に捨て去った歴代の彼氏だ。



「あのときはよくも騙してくれたなぁー。僕は本当に辛かったんだよ? 辛くて辛くて辛くて、憎くてさぁ、ずっと脳内で桃華を犯すことを考えてたよ」


「ご、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「いいよ、今日その恨みは快楽に変わるからさ♡」



 気持ち悪くて仕方がなかった。

 涙なのか鼻水なのかも分からない液体が次から次へと溢れ落ちる。



「まぁまぁ、まず先は俺だ。おらぁっ!!」


「や、やめてっ」


 

 痛いっ! やだ! 怖いっ!


 制服のボタンを外され、シャツはビリビリと破られる。



「おほほぉぉぉお! 可愛いブラ! しかもデケェ!」



 下着が露出されて、下衆い声が響く。


 

「大丈夫大丈夫、優しくしてやるからね」


「ぐずっ……お願い……じまず……やめでぐだ」


「うるせぇよっ!!!」



 パンッという渇いた音が鳴った後、遅れて頬に鈍い痛みが走り、耳にキーンとした金切音が響く。


 痛みと共に理解した。


 もう抵抗しても無駄なんだと。


 これは今まで桃が犯してきたことへの罰だ。


 桃が今まで馬鹿にして見下して騙してきた数々の罪がそっくりそのまま返ってきてるだけだ。


 それなのに泣くなんておかしいよね、ふざけてるよね、だって桃が悪いんだもん。


 今日だってそうだよ。


 先輩に言われたこと、何にも守れてない。


 先輩はいつも桃のことを考えてくれてた。

 先輩はいつも桃の心配をしてくれてた。


 なのに桃は先輩のことを好きになってからも、桃の欲求ばっかぶつけて先輩のこと考えれてなかったんだな。


 自分のことだけ。

 先輩の気持ちとかを蔑ろにしてた。

 だからあんなこと言われても当然だよ。


 それなのに、嫉妬して、暴走して、挙げ句の果てに逆恨みみたいにこんな人についていってこのザマだよ。


 先輩、失望するだろうなぁ。


 もう、完全に見捨てられちゃうよね。


 桃、ぜんばいのごど、うらぎっぢゃっだあ。


 ごへんばざい、ごべんばざい。



「ははん、ようやく覚悟が決まったようだな」


「早くやっちまいましょうよ」


「脱ーげ! 脱ーげ! 脱ーげ!」



『——誰彼構わずこんなことしてたらいつか必ず痛い目に合うぞ? いいか? 人間ってのは奥底ではなにを考えてるのかなんて分からないんだから』



 先輩の言葉が蘇る。


 先輩の言葉はいつも正しい。


 先輩の言葉はいつも気付かせてくれる。


 それなのに桃は……。



 ごめんなさい、先輩。


 でも願うだけは許してください。


 先輩、助けて!


 助けて!


 助けて!


 助けて!


 助けて!


 助けて!


 助けて!


 助けて!


 助けて!


 助けて!



「先輩!! 助けて!!!」










「言っただろ?」








 ——どこからか空耳が聞こえてきた。







「水瀬になんかあった時はちゃんと助けに入るつもりだって」



 

 ——そして次に聴いたその声は、空耳なんかじゃなかった。














  —————————————————————




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


正直に言うと、こういう物語をまともに書くのが初めてのまま勢いで書いてきたのですが、ここまでは書きたいという自我が先行してしまい、いつの間にかにキャラクター(主に誰とは言いませんが)の軸が自分の思い描いているものとだいぶズレてきてしまっていました。


ここまでの展開も急すぎるし、過程をだいぶ飛ばしてしまっているのですが、とりあえず第一章まではこのまま書いていってみたいと思います。


(あとあとここまでの内容を結構書き換えるかも)


そんなんですが、良ければお付き合いください。

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