ep.19 日常から始まる猛アピール



 本性を表されてからというもの、毎日のようにおはようからおやすみまで水瀬桃華という恋愛特攻隊による猛攻撃が押し寄せてきていた。


 登校時は会った瞬間から俺の左側を占拠しながら密着させてくる大きな双璧との死闘を繰り広げ、学校に着くたびに離れたくないと涙目で訴える頭を撫でる。


 昼休みは定位置となった屋上前の踊り場で激甘カップルみたいな食事シーンを堪能。

 

 放課後は時間さえあれば公園やゲーセンでデートを満喫し、時間が合わないときは別れる本当のぎりぎりまで涙目で別れを惜しむ。


 しかも、水瀬による攻勢のバリエーションも様々で、色んな角度からの男心をくすぐるアピールを繰り出してくる。


 喜怒哀楽。


 素顔の水瀬桃華はくるくるとそれらの感情を想いのままに表現する。

 それらのどんな側面にもまた違った彼女の魅力がよく溢れ出ていて彼女は天性のアイドル気質があることが分かった。


 その反響は俺に止まらず、学校中にまで及び水瀬の校内での人気は鰻登りで急上昇している。


 そんな変化を良しと捉える反面、水瀬の魅力が溢れまくっているせいで下衆な考えを持つ輩も少なからず近づいてくることを危惧しなければならなくもなった。


 だから現状の水瀬の過度な行動はあまり良いと思えるものでもなかった。



「むぅぅぅぅう、もう疲れたあぁぁあ」


「こら、水瀬。館内では静かにせい!」


「あぅぅ」



 そんな俺たちは珍しく図書館に来ている。


 なぜかというと、これから学生の本文である定期テストが始まるからである。

 俺としてはテストがあろうが何も問題がないのだが、一方の水瀬は恐ろしい状態であった。


 やばいやばいと焦っていたので試しに問題集をやらせてみると高校一年どころか中学生の問題も抜け落ちていたのだ。



「お前よくこの高校に入れたなぁ」


「ふふん、桃はこの高校に入るために一夜漬けならぬ一週間漬けを完遂したのです!」



 決して偉そうに言えるものではないが確かに凄い。


 ウチの高校はここらへんでは進学校としてもそれなりにレベルが高い上に学費もほぼ掛からない優良な公立校である。

 だからこそ人気があり倍率も高い。


 それを短期集中型で見事に合格してるんだから、それに関しては誇れることでもある。

 

 

「水瀬はちゃんと教えたらしっかり理解出来てるし、呑み込みも早いからやれば出来る子だね」


「えへへ、もっと褒めて! いっぱい撫でて!」


「はいはい、とりあえずここまで出来たら休憩にするつもりだったからそれまでは頑張れ」



 ただ集中力はなく、三分に一回くらいのペースで褒美を求めてくる。


 にしても集中力なさすぎだろ、ウルトラマンかよ。


 まあ、大抵の場合撫でるとか褒めるで済むから別にいいんだけど。



「先輩?」


「ここは当てはまる公式が違う。なんだ?」


「ちゅーしたいって言ったら——あ、痛っ!?」



 俺は反射的に教科書で天誅を浴びせた。



「もぅぅ、何するんですか!」


「集中してないやつには天誅が下る」


「むぅぅ、もういいもんっ!」


「ほい、がんばれがんばれー」


「べーっだ!」



 どうやら相手にしてもらえないことでスイッチが入ったようでそこから水瀬は比べものにならない勢いで問題を解き始めた。

 

 小学生で女子力に目覚め、ここまで成り上がった水瀬のポテンシャルの片鱗がここにある。

 そこには夢中になれる才能、決めたことをやり続ける才能、立ちはだかる壁を乗り越えようとする才能がある。


 やる気スイッチが入った水瀬はそれから二時間程でテスト範囲の学習を全て終わらせてしまうほどの集中力だった。



「お疲れさん、よく頑張ったなあ」


「ぷん」



 凝り固まった体の伸びをしてリラックスしようとする水瀬を褒めたが、どうやらさっきのことでご機嫌ななめになっていたようだった。


 ちゃんと頑張ってるし、ここはご褒美をあげないとな。



「ケーキでも食べに行くか?」


「っ! …………ぅぅぅ……ぷん」


「新しく出来たばっかの店でいちごがこれでもかっていうほど乗ってるらしいぞ?」


「…………ぅぅぅぅぅぅ」


「五、四、三、二、一、……」


「食べるぅぅぅうう!」


「はい、よく素直になれました」


「ぅぅ、ずるいずるいずるいっ!」



 俺はサラサラで艶々な桃色の髪を撫でてから、彼女の荷物を持って店へ向かった。


 評判通り贅沢にいちごが盛られたショートケーキを堪能した水瀬は幸せそうに頬を綻ばせた。


 すっかり暗くなった帰り道をいつものように歩いていると、いつになく大人しかった水瀬の歩みがふと止まった。



「先輩は……今の桃のことどう思いますか?」



 いつになく自信なさげに彼女はこちらの様子を伺いながら恐る恐るといった感じで訊ねてくる。



「変わったなって思うよ」


「どう変わりましたか?」


「変に周りを気にしなくなったし、素直な感情を無意識に出せるようになったし、あんまり人を見下さなくなったし、なにより魅力的になったよ」


「それは先輩にとっても?」


「……もちろん」


「……先輩は桃の彼氏ですよね?」


「うん、まぁ、一応な」


「なら、桃とキスしてください」



 唐突なそんな要求に驚き……はしなかった。


 ……最近の様子を鑑みるにそのうちこの言葉が出てくるのは想定出来ていたからだ。


 だからこそ俺はこの一日、勉強を教えながらも水瀬の感情についての観察もしていた。

 今の彼女はどんなこと思って、どんな心情でいるのかを。


 まあ、考えるまでもなく答えは出ていて、今の彼女は承認欲求が足りていない。


 ここのところ俺に対する過度のアピールを続けていた水瀬とは裏腹に俺はそれに対してほぼリアクションを返してはいなかった。


 それは例えるならばテニスで壁打ちをしているのにボールが跳ね返って来ない状態と同じだ。

 水瀬がボールを打っても、壁である俺が跳ね返すことをしないので、水瀬は自らボールを取りに行ってまた打ち込むという作業を延々とやっていることになる。


 キャッチボールでも、卓球でも、会話でもそうだ。


 打った球が返ってきたり、投げかけた会話が返ってくるのが楽しいもので、そうじゃないものは大抵楽しくないものだ。


 今の水瀬は自分が与えた分の、見返りを求めていて、自分のことを想ってくれてるという証を欲しがっている。

 なら俺はどうすればいいのか?



「水瀬、本当にいいのか?」



 そんな不安定な彼女に対して俺は最後にその確認をして、ある行動に移した。





          ▼▼▼






「——とまぁ、そんな感じかな」


「…………ぉぅ」



 自分から話せっていうから話したのにそれを聞いていた鳴上のリアクションはめちゃくちゃ薄かった。

 普段が陽の性格の分、陰の時の落差が分かりやすすぎる。



「なんでそんなテンション低いんだよ」


「切ない」


「は?」


「健気な水瀬ちゃんが可哀想だ! 霧島ぁ! お前はそれでも男か!? ちゃんと責任を取りなさいっ!!」

 


 どうやら鳴上は水瀬の方に感情移入をしたようで、物凄い勢いで俺を罵倒した。

 つくづく男という生き物は馬鹿なものであっという間に奴は水瀬教に入信して寝返ったわけだ。



「お前は何にも分かってないなぁ」


「エンタメを分かってないのはお前だよっ! そこは流れで本物の恋人に、ってなる展開だろうが!」


「俺と水瀬の人生が掛かった問題をエンタメとして扱ってんじゃねえよ」


「うるせぇ! 俺はキンタマ賭けてもいいけど、水瀬ちゃんは絶対に本気でお前に惚れてるぞ! 前にも話したよな? 彼女はどんな相手でも何ひとつ触れさせなかった程の鉄壁の女だぞ。そんなあの子が初めてそれを許してあんなにかわいい笑顔をするようになったんだぞ」



 そこまで息継ぎなしで捲し立てた鳴上は俺の胸ぐらを掴みながら顔を近づけて凄んだ。



「お前が幸せにしなくて、誰が幸せにすんだよ!」



 らしくない真面目な言葉はいつか三股事件を起こす奴の言葉とは思えないほど真剣なものだった。


 けれど俺はそんな感情論で行動を起こすわけにはいかない。

 俺が真に求めているのは彼女の幸せではなく、彼女が不幸せにならないことである。

 極端な話、彼女が並の人生さえ送れればそれでいいのだ。



「まぁまぁ、落ち着けよ。彼女が俺に本気で惚れてるのはすぐに分かったよ。だけど、それじゃだめだ」



 興奮状態だったので、俺は両手を使い鳴上が冷静さを取り戻すまで待ってから話を続けた。



「最終的な目的は水瀬が不幸にならないことだ。そのためには彼女自身がきちんと成長しなければ意味がない」


「あのさ! いつか不幸な目にとかぐちぐち言うけどさ、普通に霧島くんが付き合ってれば男漁りもしないだろうし、君が守ればいいんじゃないの?」


「そういうわけにはいかない」


「なんでだよ」


「それは……」



 たしかに水瀬が俺のことを好きという今の前提の状態ならばそれでもいいかもしれないが、それは水瀬だけを考えるなら成立する話だ。

 けれど俺は過去に不幸にした分の人間を変えなければならないという足枷があるので彼女だけを見続けることなど出来ない。


 これから先は母親や妹などと本格的に関わることにもなるし、問題は山積みの中この関係を続けていくのは不可能といっていいだろう。


 それに俺は俺のことを嫌でもよく分かっているからこそ、助けた人間とその後まで関わる気にはなれない。



「……俺は水瀬を好きになれないから……、そんな俺はあいつとこれから先も関わっていくことは出来ない」



 特別試練を始めとするタイムリープのことは誰にも話していないし、これからも話すつもりはない。

 だけどそれっぽく俺が話せる最大限で鳴上には本心を伝えた。



「……そうか。それなら俺からは何も言えないね。関わってしまった以上、誰かが悲しむのは嫌だったから俺もつい無責任なこと言っちゃったよ。ごめん」


「分かってくれたなら、助かるよ。ただ俺は水瀬を不幸にするつもりはない。それが全てだ」


「そっか、なら引き続き俺は君の協力は惜しまない。ただひとつ贅沢を言うなら、やっぱり俺は物語はハッピーエンドしか認めない派なんだよね」


「奇遇だなぁ。俺もバッドエンドは認めない派だよ」


「それなら良かった。やっぱり親友だけあって君とは相性が合うね」


「親友ではないが、相性は悪くないな」



 そうして俺と鳴上は笑い合った。



        

          ▼▼▼




 その日の放課後。


 俺は水瀬に用事があると伝えたあと、ひとりである定食屋の戸を開けた。



「こんちわー」


「いらっしゃーい……! って、おぉ! しずくじゃねぇか! えらい久しぶりだなぁ、元気だったか?」



 昔から顔見知りのマスターは俺に気付くと店内中に聞こえる馬鹿でかい声で俺を歓迎してくれた。



 ——ドンガラガッシャーンッ!!



 すると、突然店の奥の方で物音がした。


 それと同時に「なぁにしてんのよぉ」というマスターの奥さんの声が届く。



「悪いねぇ、うちのもんは皆そそっかしいから」


「ははは、まぁ元気そうでなにより。とりあえず俺は日替わりひとつください」


「はいよぉ、すぐに出来っからそこの席で待ってろ」



 そう言われるがままに奥の囲い型のテーブル席に座って待つこと僅か三分!


 

「べ、別に急いで作ったわけじゃないからね」



 制服と白シャツの上に赤いエプロンをまとった赤西なこみが注文した日替わり定食を運んできた。


 説明が遅れたが、ここは『定食なこみ』というなこみの実家が経営する小料理屋である。

 そして娘のなこみも手伝いでよく店に立っている。



「ありがとな、なこみ」


「別に。ウチに来るなんて随分久しぶりじゃん。まさかタダ飯食べに来るためにあたしに謝ってきたの?」


「いやいや、ちゃんと払うに決まってんじゃん」


「はぁっ!? あんたから代金取るわけないでしょ!」



 どうやらタダ飯をご馳走になれるらしい。


 やれやれ、こうして改めて思い返してもツンデレとはなんて紛らわしい性格なのだろうか。

 俺は彼女の言動にいつもいつも振り回されていた気がする。

 

 今となっては逆に本心が分かりやすくて助かるが。



「勘違いしないでよねっ! 別に雫のためじゃなくてつゆちゃんの為なんだから!」


「あぁ、分かってる分かってる。ところでなこみは今時間ある?」


「えっ? あたし? 別に暇じゃないんだけど!」



 ちなみに店内に客は俺一人しかいない。



「そうか、暇ならちょっとなこみと話したかったんだけど、そりゃあ残念だ。また今度でいいよ」



 捨て去るように呟いてチラリとなこみの方を確認すると、なこみの表情は分かりやすく葛藤していた。



「んもう、あたしも暇じゃないけど、せっかく来てくれたのに悪いからいいわよ! 前、座っていい?」



 本当に俺にだけ異様にツンツンしやがる幼馴染だけど、もしなにかを頼んだときは絶対にそれを無碍にしないでいてくれるような優しくて面倒見の良い子。


 俺はそんななこみに絶対的な信頼を置いている。


 ……だからこそ、俺はその関係を利用してこの純粋無垢な少女をもう一人の手駒として選んだ。


 自分でも思う。

 最低だ。


 けれど悪魔と呼ばれようがクズと罵られようが俺は詐欺師として使えるものは全て使う。


 それが俺の覚悟だ。

 


「なこみ。これから俺のことを好きなだけぶん殴ってもいい。だから俺が今やってることに協力してほしいんだ」






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