ep.18 後輩から始める放課後デート
放課後になり、下校を共にするために俺たちは校門で待ち合わせた。
「せんぱーいっ……! 遅れてっ……すいません……」
掃除当番があるから少し遅れるとあらかじめ連絡を入れていた水瀬が小走りでやってきて息を切らせる。
「だから遅くなったとしても、危ないから別に走ってこなくて良いって言ってんじゃん」
「そういう訳にはいきませんよっ」
「連絡も前もってあったろ。水瀬は俺を二、三十分も待てないような器の小さい奴だと思ってんのか?」
「そうじゃなくてっ、桃が1秒でもはやく先輩に会いたかったから急いでたのっ!!」
初っ端から顔面パンチ級の台詞が飛んできた。
その風圧から逃れるために咄嗟に後ろを向いた俺。
危ねえ危ねえ。
ここで照れた素振りを見せでもしたら水瀬はまた図に乗り出してしまうからな。
あくまで俺はぶっきらぼうに接しとかないと。
「………………いや、だとしても走るなよ」
「ぷっ、なんなんですかその先生みたいな台詞」
「お前のために言ってんの。いつか転んで怪我すんぞ」
「そしたら先輩がお姫様抱っこして保健室に連れてってくれるんですよね?」
「なにそれ、嫌だよ」
「えー、だけど前ここで先輩は桃に何かあったら助けるって言ってましたよ? あれは嘘だったんですか?」
「当然だ。俺の器の小ささなめんなよ」
「さっきと言ってること変わってるし、あはは」
先程からコロコロと笑う水瀬は本当に楽しそう。
あいつが素を出し始めて再確認したが、彼女は慎ましく笑うよりも快活に楽しそうな笑顔を見せている時が一番輝いている。
この笑顔が未来では自死を選ぶほどに潰されることを考えると、やはり俺は立案しながら奥底に閉まっていたプランCを実行に移す必要もあると感じた。
彼女の未来を確実に守るとするならば。
「もう分かったから、行く…………ぞぉぉぉぉ」
気を取り直して帰ろうとするが、制服の裾を掴まれているのか振り上げた足が宙ぶらりんのまま支えられていて地に足がつかぬ。
「ねぇねぇ、先輩。忘れてることがあるよ」
「思い違いだ。なにも忘れ物などしていない」
駄目だ。
ここで振り向いたらまた手を繋ぐ羽目になる。
とりあえずこの振り上げた足を大地に接地させないと。
「……うぬぬぬぬぅぅぅぅ……」
な、なぜ動かないっ!
朝も思ったがこいつ力強すぎないか……?
「あーあー右手が寂しいなぁー」
「携帯でも握っとけ。そんでYout◯beでも見とけ」
「あ、それはいいですね。じゃあ今日は公園でお話ししながら一緒にYo◯tubeを見ましょう!」
すると、急に力が抜けたと思ったら彼女はウキウキでスキップしながらいつもと逆方向へ踵を返す。
「って、おい! 何で公園行くのに駅の方に行くんだよ」
「ふふっ、隣の駅近くに広くて綺麗な公園があるんですよ。先輩もたまには違う景色が見たいでしょ?」
「別に見たくない。お前が行きたいだけだろ?」
「へへへぇ、バレたか〜〜」
頬をゆるゆるに綻ばせ満面の笑みを見せたそのときの水瀬はさながら天使のように輝いていた。
▼▼▼
「いいよ、俺が払うから」
「いいですよ、桃が誘ったんだから桃が払うの」
「今更そういうアピいらんから。俺が彼女(仮)にデート代を払わせるような器の小さい男に見えるのか?」
「ねぇ! (仮)付けんな! 雰囲気台無しだもん」
そんな謎のやり取りを改札前で行った末に結局俺が押し切って切符を購入。
思い通りにいかなくてご機嫌斜めモードに突入した水瀬だが、頭をぽんぽんとしながら電車に五分程揺らされて、隣駅に着く頃にはご機嫌になっていた。
そこから更に五分程歩くといつもの公園よりもかなり広い場所に辿り着いた。
「へぇ、こんなとこあるんだな」
「桃も初めて来ましたっ! 広ーいっ! きれーい!」
その公園は例えるなら東京ドーム0.3個分くらいの広さでその面積のほとんどが様々な種類の花で埋め尽くされていた。
「水瀬はこういうのよりアスレチックが並んでる公園の方が好きなのかと思ってたんだが」
「まぁ、公園に行くとしたら、そういう方が好きかもしれないです」
「じゃあここに来た理由は?」
「ふふふ、それに関しては秘密でーす!」
あっそ、とだけ返して小盛りな丘の上にあるベンチに腰掛けると倣うようにして水瀬も隣に座ってきた。
……にしても近い、むしろゼロ距離だ。
しかも他愛もない話をしながらそれとなく距離を取ると、ニコニコと微笑みながらその距離がいつの間にかに埋まっていく。
そんな繰り返しが五回程繰り返され気付くと俺はベンチの端まで追い詰められたんだが。
……何なのこれ?
これから高級な壺でも買わされるのかな?
「水瀬、俺は宗教とかオカルト系の勧誘はNGな?」
「? 桃はただ先輩に触れていたいだけですが」
何言ってんのとばかりにこいつは首を捻る。
これは天然か演技なのか。
「だからキャラ変わりすぎじゃね?」
「そうですかね? というかこれが桃の素なんですよ」
……なるほど。
ということは俺の目的である彼女が自分らしく生きるという目標は完全に成功したらしい。
それは良いことなんだが何というか振り切れ過ぎて若干危うくなっている。
ただただ俺への反抗心で惚れさせるのに必死なんだろうが、ここまでやるのはやりすぎじゃないか?
普通の男子高校生なら勘違いを通り越して水瀬を神と崇める水瀬教に入信するレベルのアピールだぞ。
これは少し釘を刺した方がいいかもしれない。
「水瀬よ、よく聞きなさい」
「うっわ、説教始まりそう」
流石に1週間以上も一緒にいると察しがいいな。
逆にこっちが釘を刺された気分だ。
「自分らしく生きるのは良いし、俺が相手なら間違いは起こることは無いから良いけど、そういう過度な接触は余計な誤解を招くことになる」
「……いや、むしろ誤解して欲しいんですけど……」
「アホなこと言うな。誰彼構わずこんなことしてたらいつか必ず痛い目に合うぞ? いいか? 人間ってのは奥底ではなにを考えてるのかなんて分からないんだから」
「……はぁ……」
「はぁって、お前の為に言ってんだけど?」
「先輩って本当に朴念仁ですよね」
「はあ?」
「今まで誰と付き合ってもこんなことしなかった桃が自分の意思でこうしてるんですよ。こんなこと誰にでもする訳ないじゃないですか。その意味分かってます?」
「……まぁ」
「うそだ! それ全然分かってないときの返事っ!」
理解してないわけじゃない。
ただそこに納得ならない部分があるだけだ。
どこでそうなった?
予定ではもう少し先の展開でこういうことが起きる可能性さはあるとは思ってたんだけど。
「とにかくっ! 桃はもっともっと先輩の事が知りたいし、触れ合いたいし仮にも付き合ってるんだから、恋人っぽいことをもっとしたいの!」
「…………分かったよ。たしかに契約では彼氏なんだし、そこは俺もちゃんとやる。……ただひとつだけ言わせてくれ」
「はい、なんですか?」
「……前よりスカートがかなり短くなってんだが?」
前までの水瀬は清楚系を意識していたせいか、スカートの丈も膝下くらいだったのだが、今のこいつの丈は膝よりも10センチくらい上にまで上昇している。
それはつまりベンチに座っていると白くて細い太ももが露わになっているということだ。
全くもってはしたない。
さっきから目のやり場に困るから好きでもないのにずっと空模様を眺めるしかない状況にいるわけだ。
「あ、気付きました!? どうですか? ほれほれ」
そんな気遣いを知ってか知らずか水瀬はただでさえ短めのそれをわざとらしくチラチラとはためかせる。
「だからスカートを下げなさい」
「えー、なんでですか? かわいくないですか?」
「いや、その姿を他の男に見られたくない」
「……ふぇ? ……あ、えと……うん。先輩がそういうならしょうがないから……そうする」
自分でも薄寒い台詞を吐き捨てると、水瀬は急にもじもじとスカート裾をいじりながらあっさりと従った。
あら、しおらしい。
まだまだこういう単純で扱いやすいクソガキ小娘なので俺から主導権を奪うことは出来ないだろうな。
はっはっはっはっはっ…………
自分で言うのもなんだが、中身三十歳以上のオッサンがひと回り以上年下の女子高生に色恋マウントを取ってることを想像して吐きそうになってきた。
「せ、先輩はどんな女の子がタイプですか?」
「好きになった子がタイプだ」
「ええ、なにそれ、つまんなーい!」
「ほう、なら水瀬はどんな男がタイプなんだよ?」
「笑顔が特別な人!」
「想像以上に即答だった。あんまピンとこないが」
「先輩は自分のことをもっと知った方がいいですよ?」
なんだか、よく分からないが諭された。
生意気な小娘に言い聞かされるのは癪に障るが、水瀬が楽しそうな様子なのでまぁ、よしとしよう。
それから結局ベンチでずっと水瀬による尋問のような質問責めに付き合っているうちに気付くと外は薄暗くなっていた。
「そろそろ帰るか?」
「ま、まだもうちょっと!」
「えぇ、明日も学校だぞ?」
「もうちょっとだけ! というか、先輩って何歳?ってくらいにパパ味が強すぎるのなんなの?」
急に鋭くてちょっぴりギクッとする。
「え、いや、だって長男だし」
「桃も長女なんだけど?」
「お前は一人っ子だろ? たぶん兄妹がいるとこんな感じになるもんなんだよ」
「ふーん。じゃあ桃は長男が好みかもっ!」
「はいはい」
「あ、先輩っ! あれ、見て見てっ!!」
興奮した様子で水瀬が指した方向を見てみると、沈んだ夕陽のせいで暗くなったその瞬間、丘の上から見下ろせる街の街灯が灯りを灯し、それがまるでハート型のイルミネーションに見えた。
「すごいっ! ねね、先輩っ! とっても綺麗だね!」
なるほどね。
これが見たくてうだうだと粘ってたのか。
街灯に照らされてキラキラと輝いている水瀬の横顔を気付かれないように横目で見つめ、
「ああ、綺麗だな。俺に見せてくれて、ありがとう」
夢中で景色を眺める水瀬に呟いた。
▼▼▼
その帰りの電車で水瀬はシートに座った瞬間にスゥスゥと眠りこけるというの◯太くん並みの特技を披露したりしながらもいつもの別れ道に着いた。
外はもう真っ暗だ。
「先輩、今日こそ送ってくれますか?」
「なんで?」
「だって外暗いし」
「どうせ五分くらいで着くだろ」
「いえ、七分くらいかかりますっ!」
「どの道、水瀬の馬鹿力があれば襲われても平気だよ」
「むぅぅぅ……もういいよーだ! バーカ!」
「たくよぉー。一応、俺、先輩な」
「全くもうー。一応、桃、彼女ね。まぁ、今日のところは大丈夫です。それじゃあまた明日です」
「おう、気をつけて帰れよ」
「なら送ってくださいよ」
「まぁ、いつかな」
そんな雑談を交わして俺たちは別れた。
「ふぅ」
そのまま家の前の公園のベンチに座り、俺はある人物に電話をかける。
「ああ、どうも初めまして」
「——……——……」
「うん、そうだよ、俺は本気だ」
「——……——……」
「じゃあ、取り引きをしようか」
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