ep.15 再会から始める幼馴染




 逆ギレ宣言があった日曜日から明けた月曜日。


 勝負を仕掛けた土曜のデートでは想像以上に上手く事が運び、録音という弱みをダシに取り引きを持ち掛け諸悪の根源である男漁りを辞めさせたつもりだった。


 これでひとまず安泰とタカを括っていたのだが、どうやらそれは失敗したらしい。


 そんな俺は今日は独りで登校をした。


 あんだけの宣戦布告をしたもんだから朝から凄い勢いでぶりっ子アピールでもしてくるのかと思ったのだが、どうやらそれは思い過ごしだったみたいだ。


 自意識過剰でちょっと恥ずかしい。


 しかしおかしいのは登校は愚か、昼休みになっても全く音沙汰がないことである。

 こんなことは付き合いはじめてからで初めてのことなので肩透かしっぷりが凄い。


 まるで嵐の前の静けさだ。


 と、そう思う反面もしかしたら唐突に心変わりをして諦めたのかもしれないという希望的観測もある。


 まぁ、女の気分は山の天気のように変わるもんだし、何もないなら今日は少し気楽にいられると喜んだ。



「お、霧島君今日弁当なし? なら学食行かない?」



 のんびりと昼休みを過ごそうとしていたら、いつの間にかに隣の席を占領していた鳴上からそんな提案があった。



「そうだな。たまにはそれもありか。なら、この前の借りもあるし今日は俺が奢るよ」


「やりぃー!」



 男二人で学食へ向かう渡り廊下を歩いていると前からある女子生徒が歩いて来たので俺は視線をずらした。


 すると向こうも向こうでこちらに気付いたようで気まずそうに顔を下げた。



「おっ、なこみちゃんじゃん! おっす」



 しかし学校一の有名人であり顔が広い鳴上は気さくにそいつに話しかけていった。



「……あ、鳴上君! 今からお昼?」


「そうそう、これから学食行くとこだよ。なこみちゃんは購買行ってきたの?」


「ううん、自販でジュース買ってきたの」


「そかそか、あっ俺ら食堂行くけど一緒に来る?」


「あ、あたしは大丈夫だよ。お弁当あるから……それに……」



 そう言うとそいつはチラリとこちらに視線を送る。

 それに気づいた鳴上は俺とそいつを見比べる。



「あれ、てか二人って幼馴染なんだっけ?」



 俺に振らないで欲しい。



「う、うん……まぁ、一応そんな感じだよな、なこみ」


「……プイッ」


「え? 何この空気? あれ、喧嘩中?」




 空気を読めてるのか読めてないのか分からないくらい自然に爆弾をぶっ込んだ鳴上。


 正直、まだ関わりたくはなかった人物だがこうして会ってしまったので仕方がない。


 この容姿、スタイル、バランスの三拍子を良い感じに兼ね備えた女子は赤西なこみ。

 皆に優しいお姉さんタイプで俺とも高校二年に上がる前くらいまではよく一緒にいた幼馴染だけど……



「ふーん……あたしなんかもう幼馴染でもなんでもないんじゃなかったの? 霧島くん?」



 なこみはツンとしながらこちらへ対応を求めてくる。


 これは喧嘩ではない。

 この態度の原因は過去の俺が一方的に彼女を拒絶したが故の相応の対応だ。


 だが俺にも言い分はある。


 あの頃の俺は入れていたバイトの量からも分かる通り家族の事で一杯一杯だったので幼馴染といえど気を回せない程に参っていた。

 その事に後ろ髪を引かれる思いだった俺はいっそ全ての縁を断ち切るという愚行を行なったのだ。


 なこみにしても『別に幼馴染だからって同情する必要はない。というかお前とは元々幼馴染だなんて思ってないから無理して構わないでくれ』という文言をもう少し乱暴な感じに一蹴したのだ。



「いや……それは……」



 思い返しても自分であんな事を言ったもんだから今なんて声を掛けていいか分からずに曖昧な返事になってしまう。



「ふふ、そういうことだから、鳴上君も気にしないでねっ。それじゃあまたねっ!」



 自分勝手な俺に言いたい罵声や不満は沢山あるだろうに、彼女はそれを一切出さずに笑顔で取り繕った。


 そんな純粋に心が綺麗な彼女を見てると、こんなだけ歳を喰っても素直に謝罪のひとつも出来ない自分がもどかしくなった。



「なこみっ!」



 意を決して呼び掛けると、なこみは一瞬迷った素振りを見せながらも振り返ってくれた。



「な、なによ!」


「あのときはごめん! 俺も色々といっぱいいっぱいだったんだけど、言っちゃいけないことだったし、本当はそんなこと思ってないし、ずっと後悔してた! 本当にごめん!」



 俺は誠心誠意を込めて過去から何十年もかかったけれど、謝罪をした。


 だけどあの頃の俺にだって言い訳はある。

 俺もただ自分の都合で拒絶したわけじゃないんだよ。

 

 ……だって、こいつはさぁ、






「べ、別にあたしは怒ってないし、心配してたわけじゃないんだからねっ!! ま、許したげるけど!」


 

 俺にだけツンデレ発揮してくんだもん!


 周りには普通に優しいお姉さんなのに俺に対してだけ、いつもツンツンツンしてんだぞ。


 当時はツンデレなんて知らなかったからなこみに冷たい態度取られる度にひどく落ち込んだんだからなっ!


 なこみは優しいから幼馴染の義理でイヤイヤ俺と関わってくれてると思ってたから俺は苦渋の決断で敢えて突き放したってのに……

 詐欺師になったあとにふとラブコメ漫画を読んだときにハッとしたよ。

 このヒロインの対応ってあの頃のなこみの態度そのまんまじゃんって!


 ちょ、それお前、実は俺のこと好きだったんかいっ! ってなって「うわぁ、まじかよっ!」ってなってたんだからな。



 …………



 ということがあって、おそらくなこみは俺のことが好きだった訳で、けど今は水瀬のことがあったりするからまだあんまり関わりたくなかったというわけです。


 まぁ、なこみが許したげるって言ってたのでもうこの際全部オッケーです。



「ありがとな、なこみ」


「ふんっ! 別に許したわけじゃないんだからね!」


「え、どっち?」


「うっさいばか! 今度こそ同じこと言ったらもう絶対許してやらないんだからねっ!」



 それだけ言うとなこみは小走りで校舎の方へ行った。

 そんなやりとりが懐かしくて俺はその姿が見えなくなるまで見つめていた。



「やっぱ喧嘩してたんじゃん」



 十五年振りの仲直りの余韻に水を差すようにすぐさま鳴上が小言を呟いた。



「あれは喧嘩じゃない。ボタンの掛け違いだ」


「まぁ、なんでもいいけど。霧島君、仲直り出来てすげぇ嬉しそうだね」


「……そんなに嬉しそうか?」


「うん、めっちゃ良い笑顔だったよ」


「……ふ、ふーん、笑ってたのか」


「そういや霧島君の笑顔って初めて見るかもっ! すげぇレアじゃん! これは友達冥利に尽きるねぇ」


「友達じゃねぇだろ。てか食堂混むから行くぞっ」


「くぅぅ、ガードが固いねぇ。こりゃ水瀬ちゃんもなこみちゃんも大変そうだ」



 横でうざったい鳴上を放置して食堂へ向かう。


 だけどなんだか食堂を向かう足が軽くなった気がする。

 少しだけ……ほんの少しだけ後悔が晴れた。




          ▼▼▼





「つーかさ、お前はなんで俺に付きまとうの?」



 食堂の入り口にある券売機で各々のメニューを注文した俺たちは出されたお盆を受け取りテーブルに座った。


 ちなみに俺はカレーライス、鳴上はオムライスだ。



「相変わらず棘がある言い方するねえ。俺は友達として行動を共にしているつもりなんだけどなっ」


「協力関係だ。てかなんで俺と友達になりたがる?」


「んん? そりゃ一緒に居ておもしろいし、君といると自然と女も寄ってきそうだし。あとおもしろいし」



 鳴上はハート型にデコられたケチャップをスプーンで伸ばしながら答えてくる。


 回答が適当すぎるし、同じ理由が二回来てる。



「残念ながらお前のおもちゃにはなんねぇぞ?」


「まぁまぁ、今のは冗談だとして、……んー、なんて言うか俺って誰からも好かれるアイドルみたいな感じじゃん?」


「はいはい」



 事実だが、それを自分で言い切れる所がもう嫌味。



「だからさ、俺に寄ってくる奴らって何となく下心ダダ漏れてるんだよね。男なら俺のおこぼれ待ち、女なら俺の評判狙いみたいなさ」


「つまり利用されるのはごめんだってこと?」


「まあ簡単に言うとそんな感じだよね。だから基本的に俺は友達とか作らないんだけどさ、霧島君は」


「俺はお前を利用する気満々だぞ?」



 食い気味にそう言うと鳴上は納得した顔で笑った。



「そういうとこだよ! なんつーか、小賢しく利用されるよりいっそ清々しくそう言ってくれる所が良いんだよ! なんか裏表が無さそうな感じ?」


「過大評価してくれるのは悪くない気分だけど、俺は騙すし裏切るし使えなかったら速攻切り捨てれるくらいには小賢しいんだけど」


「確かに悪意もあるかもしれんけど、それを隠そうともしないから俺の中で納得出来るんだよね。俺が一番嫌いなのは善人の面下げて裏で姑息に暗躍するような奴よ。そういう奴らには吐き気がするね」



 その一瞬、太陽のような性格の鳴上の闇が垣間みえた気がした。

 こいつはこいつで何かを抱えてそうだ。


 ただケチャップを口の周りにべったりと付けながら真剣な顔をするもんだから俺は真面目な気持ちになれなかった。


 けれど、こいつはこいつで関わり続けるとなると後々、揉め事が起きそうな予感がした。


 そんな話もそこそこに食べ終えた俺たちは教室に戻る。


 ちなみに口の周りのケチャップについてはおもしろそうだからそのまま放置しておいた。



 そんなこんなで月曜が終わり、結局その日水瀬は俺の前には現れなかった。



 だからこそ俺は油断していた。

 水瀬の逆襲に。



 

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