ep.16 偵察から始まる恋愛感情
改めて宣戦布告をしたあの日から明けた月曜日。
「……敵影なしっ!」
朝七時にて桃はいつもの公園の側にある植木の影に身を潜めていた。
あれから桃はこれまでの自分の行動を思い返した。
そして自分のことをアピールするばかりで先輩の事を知ろうともしなかった事に気付いたのだ。
「ということで本日は偵察デーにしますっ!」
「眠いよおー……ももちゃーん」
「まぁまぁ、なるみ隊員。偵察のためにこんなもんも用意してきたんでご協力を。あと今日一日は桃のことは隊長と呼びたまえ」
そして本日は特別ゲストとして、なるちゃんこと小田切成未ちゃんにも協力してもらいました。
友情出演ってやつや。
眠そうに目を瞑る親友にバイト代として偵察必需品のあんぱんと牛乳を差し出すとなるみ隊員は眠そうに口を開けた。
かわいい。
ちなみになるみ隊員は背が高くてスラッとしたスレンダーな綺麗系の美人さんです。
そして桃の大親友なのだ。
「ももか隊長や、それで例の先輩の様子はどう?」
「ホシとは毎朝この時間に待ち合わせてるから、そろそろあそこから怠そうな顔で出てくる筈なんすよ」
昨日、百円均一ショップで購入した双眼鏡を覗きながらホシの住処に目を光らせていると奴は現れた。
「あ、現れましたよ、なるみ隊員っ!」
「んへっ、ほのあほぼーふるの?」
「なるみ隊員!? それは何語ですかっ?」
「ひほんぼ!」
口にパンを詰め込んでるせいか異世界の言語を話すなるみ隊員。
お互いマイペースな性格なので二人でいるといつもこんな感じにコントが始まる。
だから一緒にいても全然飽きないが、絶えずゆるい雰囲気が蔓延しているという一面もある。
牛乳でゆっくりと口の中の物を流し込んだなるみ隊員はホシの亀の如く遅い歩みに目を光らせた。
「ももか隊長、ホシはキョロキョロと周りを確認してます。もしかすると隊長を探してるのでは?」
「……い、いや、奴は常に周囲を警戒する癖がありんす」
「なにそれ、忍者かな?」
「それはまだ調査中なのです。というかそれらの素性を知るための偵察なのである」
「あ、ようやく動き出しましたっ!」
「よし、追いますぜ」
フラフラとした足取りで登校するホシの十メートル程背後から追跡する二人。
けれど、何も起こらなすぎてただただ桃たち偵察部隊は道行く人に不審な視線を向けられただけだった。
「どうしますか、隊長。今日はこの辺で」
「いや、休み時間にこそ何かが掴めるはず」
「ええ、まだやるの〜?」
まるでコイキ◯グ同士の戦闘のように何も起こらない先輩の虚無な登校シーンの時点でなるみ隊員はすでに飽きていた。
「購買の菓子パンを二つでどうっすか?」
「バナナオレも求む」
「御意」
しかしきっちりと買収に成功。
親友との付き合いは伊達ではないのだよ。
そして、三限目を終えた休み時間に偵察を再開。
ちなみに一、二時限目の間にも行動をする予定だったが二人してスリーピングデビルの猛攻に捕まり機会を逃していたのはご愛嬌。
「ホシは二限目は移動教室だったっぽいですなぁ」
「ならば、階段付近での待ち合わせ作戦に移る」
「ラジャー!」
そうして先輩の教室の近くの階段の視覚から覗くようにして様子を窺う。
ちらほらと先輩と同じクラスの生徒が帰ってきている中、なかなか現れない先輩。
じれったいので更に先まで侵入していくと、角の先で聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お前は何か悪いことでもしたのか?」
「……——……——……」
「なら謝るな。……っ!! て、なんだよこれ」
「……— —……」
………
「隊長、あの声はホシですか?」
「う、うむ。あの絶妙に怠そうな喋り方は紛れもなくホシのものですな」
誰かと話しているのは分かるが、その相手の姿は死角になっていて確認出来ず、ボソボソと喋るので相手の会話の内容までは聞こえない。
「はぁ……まぁ、なんとなく察したよ。お前が平気ならいいけど、もしも辛くて耐えられなくなったら三組に来い。俺が味方してやるから」
「……」
「あと心臓に悪いから髪切れよ。そんじゃ」
(ッ!? やばい、こっち来るっ!)
(隊長、こっちこっち!)
間一髪、偶然あった女子トイレに避難して遭遇を回避した偵察部隊。
「どう思いますか? なるみ隊員」
「うーん……あんまり聞こえなかったけど、味方してやるみたいなこと言ってたよね」
「なんか相談に乗ってたのかな?」
なるみ隊員はむーんと顎に手を当てて考え込んだ後、ピンと来たように口を開けた!
「……ハッ! 隊長、これはまずいですぞ?」
「何がまずいのかね、なるみ隊員」
「会話の内容から恋のお悩み相談という説が浮かび上がりました」
「それの何がまずいの?」
なるちゃんが言う恋バナをすることの何がまずいのかが恋を知らない桃には全くピンと来なかった。
「男女が恋バナとか恋愛の相談をするようになると、高確率で親密な関係になるというデータがあります」
「なぬっ!? そのデータにソースはあるのですか?」
「うちの膨大な少女漫画による知識」
「ふむふむ…………え、超まずいじゃんッ!!!」
「まずいよ!」
「今すぐ相手を特定しなきゃ!! キャッッ!!」
すぐにトイレを出て会話していた人物を見つけ出そうと扉を開けた瞬間、誰かにぶつかった。
「……ぁ……ご……んな……さ……ぃ」
ボソボソと言葉にならない音を発するその相手の姿を視界に捉えた刹那、背筋が凍り身動きが取れなくなった。
なるちゃんも同様にガタガタと身体を震わせる。
「あ……あ……あ……さだ……こ」
目の前には猫背のように背中を丸め、膝元まで伸びた黒髪が顔を覆い隠し、制服からはみだす腕が死人のように真っ白の化け物が立っていた。
周囲には絶対零度の空気が滲み出る。
その姿はまさに小学生の頃の桃に夜にひとりでトイレに行けなくなる呪いを植え付けたホラー映画、リ◯グに出てくる貞◯子そのものだった。
(ぎゃあああああっ! 呪い殺されるっ! 死にたくないっ! ママ! パパ! 先輩っ!! 助けて!!)
あまりの恐怖に尻餅をついて膠着してしまい涙をポロポロと溢しながら死を覚悟する。
「……ぁ……の、ごめ……んな……さい」
「…………はぃ?」
しかし、貞◯子は今回はボソボソだがようやく聞き取れるレベルで何故かごめんなさいと呟きながら去っていく。
訳もわからず、未だにブルブルと震えながらその特級呪物の姿が見えなくなるのを確認すると、忘れていた呼吸を思い出すように酸素を求めた。
「な、なるちゃん……」
「ももちゃん……」
そして、お互いの無事を確認するように顔を見合わせながら名前をよび、
「「死ぬかと思ったよぉぉぉぉおお!!」」
抱き合って生還した喜びを分かち合った。
補足だが二人して腰が抜けていたので、そのまま休み時間が終わるまで佇んだのち保健室で四時限目の授業をサボったのは仕方のないことだった。
それとこれは後日談だが、あの日見た特級呪物は実は歴としたこの学校に通う二年生の生徒で、上級生の中ではリアル貞◯子として有名らしい。
「さぁて、気を取り直して偵察を再開でありんす」
「ももちゃんのそういう突っ走れるとこ本当に尊敬するよ……南無阿弥陀仏」
「隊長と呼びなさい」
昼休みになり作戦続行を宣言。
なるちゃんの腕にはどこから調達したのか数本の数珠が嵌められていた。
先程のトラウマにより二年生の階では細心の警戒体制を敷きながら先輩のクラスに行くとホシの姿はなく、どうやら鳴上先輩という桃でも知ってる有名人と食堂へ行ったとのことだった。
ということで
途中購買にて報酬の菓子パン二つとバナナオレを買い与え、駄々をこねられ追加でアメリカンドッグをたかられながらホシを探す。
「ハイヒョー! フォヒヲハッヘンヒハヒハ!」
「唐突に異世界語を話すのはやめなさい、なるみ隊員」
ホシは食堂の途中にある渡り廊下にいた。
しかもまた女と喋っていやがる。
なんとなくモヤっとした感じになるが、気にせずに遠目から双眼鏡でその様子を観察してみる。
女の方は綺麗な紅色のロングヘアーで遠目でも分かるくらい脚が長くスラっとした抜群のスタイルで悔しいけどかなりの美人だった。
「あれはホシの幼馴染のなこみ先輩だよ」
「知ってるの、なるみ隊員?」
「うん、部活の先輩だよ。うちの憧れの人」
「ふーん……なるちゃんの先輩ってことは文芸部か」
なんだか色んな意味でモヤっとする。
霧島先輩に鳴上先輩になこみ先輩。
三人が一緒にいるだけで有象無象たちとは違う別格の雰囲気を醸し出している。
まるで三人だけの世界に入ってるような。
「あれ、でもなんだか雰囲気良くなさそうじゃない?」
「えっ、ほんと?」
「ほら、なんかなこみ先輩そっぽ向いてるし」
「あ、ほんとだ〜! 先輩めっちゃ顔強張ってんじゃんおもしろっ! こりゃ、もっと拝んでやらなきゃ!」
ざまぁみろ! なんて思いながらそんなみっともない様子を凝視してやろうと霧島先輩にピントを合わせて覗き込んだ瞬間、桃は雷が落ちたような衝撃を受けて双眼鏡を落っことしてしまった。
「……先輩が……笑ってる……」
見たことがないような笑顔だった。
刹那に見なきゃよかったと後悔した。
見たくなかった。
「……ももちゃん……?」
先輩の笑顔はとても綺麗だった。
そんな先輩の顔を桃は見たことがなかった。
桃にはそんな風に笑ってくれたことなかった。
心臓のところがギュッと掴まれるように痛んだ。
桃には見せてくれなかったそんな顔を、なこみ先輩には見せていて、そのことが素直に羨ましいと思った。
その反対に素直に妬ましいとも思ってしまった。
あの一瞬の笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
想像してしまった。
あの笑顔を桃だけのために向けてもらえたら、と。
きっとどうしようもなく嬉しくて、幸せな気持ちになってしまうと確信してしまった。
どうしてもあの笑顔が欲しくなってしまった。
桃のことをちゃんと内面から見てくれて、桃のことをちゃんと考えてくれて、桃のことをちゃんと叱ってくれて、桃にはちゃんと価値があると教えてくれた、そんな先輩の笑顔を桃に向けて欲しくなってしまった。
理解した途端、胸から溢れ出てくる想いが止まらなくなった。
ようやく分かった。
そうか。
これが好きなんだ。
桃はたった今、恋に落ちたんだ。
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