ep.14 親友から始める逆ギレ宣言
うちの名前は小田切成未。
今日は唐突に親友に呼び出されてファミレスにいる。
「——っていう事があったんだけど、どう思う?」
「どうって……桃ちゃんはどう思ったの?」
「すっごい偉そうでムカついた。まるでパパだよ」
「ははは、なかなかに変わり者の先輩だね」
その親友の名前は言わずもがな水瀬桃華。
何でも最近付き合った彼氏とのデートがご破綻になったからという理由で朝から呼び出されたからだ。
桃ちゃんはとても可愛くてモテる。
それは小学生の時のある出来事をきっかけに彼女が女子力を上げる努力を一生懸命行った結果だ。
とても微笑ましい。
けれど彼女が言うには今回はやばい男に当たってしまったらしい、実はうちも知ってるけど。
何でもあの桃ちゃんが手こずっているとか。
ちなみに実のところその先輩とはこの前実際に会って話をしているのだけれど、桃ちゃんにはそのことは内緒にするという約束をしている。
桃ちゃんはトラウマがきっかけで常に周りの目を気にしていて、周りに良く思われたい、憧れられたいという理由で人気のある男子を手当たり次第に誘惑する。
だから今まで変な男に当たらなかっただけラッキーだったとも言えるが、桃ちゃんをそうするきっかけの点火をしてしまったのがうちだから強く言おうにも言えないのである。
なによりうちは可愛い桃ちゃんには甘々だから。
「それでね、昨日もあいつがナチュラルメイクの方が良いって言ってたから今日仕方なくやってみてあげたんだけど、ナチュラルメイクって普通にやるよりめんどいし、なにより普通に褒めろって感じじゃない?」
「聞いてる感じだと、ちゃんと褒めてるじゃん」
「違くてねっ『似合ってるよ、可愛い』って素直に言えって思うの! あいつって本当捻くれてるの!」
そんな風に愚痴を聞いてるようでなんだか惚気られてるような話をかれこれ二時間は聞いている。
その先輩に従って律儀に化粧を変える辺り、お前も素直になれよって思ったのは口にしないでおこう。
可愛いから。
というか桃ちゃんの話を聞く限りだと知的でまともというイメージしか湧かないし、それに実際に話した感じも桃ちゃんのことをちゃんと考えてくれてると思うんだけど。
「それで桃ちゃんはどうするの?」
良い加減惚気が鬱陶しくなってきたので、うちは本来聞いて欲しかったのであろう内容について言及した。
実は桃ちゃんはその先輩に一度振られていて、粘った末に歪な契約で付き合っていることになっている。
その詳細は省くとしてそれを穏便に終わらせる提案を昨日出されたらしい。
桃ちゃんとしてはもう本性も目的も知られているから、そうするのがベターな選択の筈なんだけど何故か決めきれないでいるとか。
なんだか、もどかしい展開だ。
「そうそう、それっ! ねぇ、なるちゃん。これってどうすればいいと思う?」
「その先輩も言ってたんでしょ? 桃ちゃんがどうするかは決めないと」
「えぇー!? 今日のなるちゃんはいけずぅ」
「……まぁ、普通に考えると先輩の提案に穏便に乗っておくのが一番だと思うけど」
「だよねー、でもそれだと桃のプライドがさぁー」
「じゃあ、その関係を続けたら?」
「えーでもあの先輩ほんとに朴念仁なんだよ!?」
「じゃあ、自分でちゃんと考えて決めなさい」
「今日のなるちゃんはママみたいぃぃ」
こうやってうちに何でも甘えてくるのが可愛くて仕方ないのだけど桃ちゃんの事を考えるなら、しっかりと自分で選択をさせなければならないだろう。
ここは母親の気持ちで見守ってやらなければ。
「桃ちゃんはその先輩のことどう思うの?」
「どうって?」
「好きか嫌いかでは?」
「嫌いだよっ! あんなめんどくさい星人」
「その割りにはいつにも増して一生懸命だよね」
「えっ、そうかなぁ? まぁプライドを傷つけられたっていうのもあるし、やられたらやり返したいみたいな反抗心はあるかも」
今までの桃華は最初に媚びたり、誘惑したりしてはいたけれど基本的に釣った魚には餌をやらないタイプだ。
知る限りではキスは愚か手を繋なぐことすらしていないっぽい。
男からしたら地獄だなと思う反面、そこでの防衛反応はちゃんとしてるという事なのでそこは安心してた。
けれど今回はいつになく余裕がないようで変に誘惑してトラブルにならなければいいと心配にもなってくる。
まぁ、あの先輩なら大丈夫だとは思うけど。
「でもさ、うちは羨ましいと思うなぁ」
「え、なにが羨ましいの?」
「だってつまり先輩は桃ちゃんの事を外面じゃなくて、ちゃんと内面から見てくれようとしてるんでしょ? しかも聞いた感じだと何だかんだ褒めてくれる時って内面の事じゃない?」
さりげなく先輩の行動の真意を伝えてみると桃ちゃんは口を何度かポカンと開け閉めした後、ハッとした表情をした。
「ま、まぁ確かに! 言われてみればそうかもしれない」
「桃ちゃんは特にそうだけどさ、人間は誰しも何かしらの皮を被って生きているんだよ。そうすることで自分を守ってるの。その内面を晒してちゃんと褒めてくれる人がいるってことは幸せだと思うなぁ」
「……なんだか今日のなるちゃんは先輩みたいな事を言うねぇ。頭がこんがらがっちゃうよ」
そう言ってこめかみを押さえてうずくまる桃ちゃん。
流石は親友といった勘の良さだ。
だってこの言葉はついこの間に霧島先輩から直接言えって言われた言葉だからね。
まぁ、羨ましいのはうちの本心でもある。
「なんにせよ自分の素をちゃんと出せる人がいるってのは幸せなんだと思うよ。桃ちゃんも本音で話せるようになったんだし少しはスッキリしたんじゃない?」
「うーん、確かにそうかもっ! 昨日はよく眠れたし、スッキリしたのかも! ありがとね、なるちゃん」
「じゃあ、今日のドリンクバーは桃ちゃんの奢りね」
「もちのろんだよ! あ、いつもこうやって話聞いてもらってるけど、なるちゃんが困ったときは絶対に桃にも相談してよねっ! 絶対力になるから!」
「うんっ! そうさせてもらうねっ!」
そう誤魔化してはうちはうちで本音を隠す。
本当は桃ちゃんに偉そうに言える立場じゃないんだけど、今のうちに出来るのはそっと桃ちゃんの背中を押すことだけだ。
「話は戻るけどさ、やっぱり後悔が残るならこのまま関係を続けてみたら? どうせあと三週間でしょ?」
「そう思う?」
「うちの意見はね。決めるのは桃ちゃんだけど、どうせ本性もバレてるんだからこそ本気でぶつかってみたら? 皮を脱いで」
「それは丸裸ってことですか!? 恥ずかしいのう」
「ふふっ、まぁそういうこと。裸の心でねっ」
「そ、そうだよね。なるちゃんが言うなら仕方ないなぁ」
「うん、仕方ないでしょ?」
迷ってそうでただ背中を押してもらいたかったであろう桃ちゃんの気が晴れた所でうちらはファミレスを出た。
こういうところは本当にかわいいし、こうやって壁にぶつかっても潰されないで立ち向かおうとするところは親友ながらに尊敬できる。
これからはもっとちゃんと見守ってあげないと。
頑張ってね、桃華!
そんな背中を見送ってうちは肩を落とした。
「はぁ、霧島先輩に怒られそうだ」
▼▼▼
「あ、先輩っ! ここです!」
なるちゃんとランチをした帰り道、いつもの公園のベンチに座る桃はメールで先輩を呼び出した。
歩いて二分くらいで着く場所なのに十分くらい待たせた挙句、先輩はのろのろとやってくる。
しかもスウェット姿。
(たしかに急だったけど、流石にもう少し気を遣えや)
トスンと隣に座った先輩はしれっといちごミルクの紙パックを桃に手渡した。
しかもしれっとストローまで刺して。
(ほんとこういうところは紳士的でむかつく)
「い、いただきます」
「で、なに?」
この要件野郎と思いつつ今日決めた決意を告げる為に桃はベンチから立ち上がり目の前に立った。
「昨日の取引についての話です」
「ああ、まだ決まってなかったっけ?」
「桃はその件についてまだなんにも返答してないですよ」
「メールで良かったのに。あ、実際にデータを消すとこが見たかった感じ? 信用無いなぁ俺も」
「いえ、消してもらう必要はありませんよ。それにちゃんと期間一ヶ月の約束も守ってもらいます」
「は?」
「桃は取引に合意はしません。なので先輩には最低でもあと三週間は彼氏(仮)でいてもらいますから!」
そう言った人差し指をキュッと真っ直ぐに伸ばして向けると、先輩は険しい表情で沈黙した後にため息を吐いた。
「はぁ…………お前、ちゃんと考えたのか?」
「考えましたよ! 脳みそがとろけるくらいっ!」
「ならどうしてそうなる? 時間の無駄って」
「桃は本気を出します。本気の桃に惚れさせられない男はいないんですっ。言われっぱなしで済ますつもりは無いです。だから今日は宣言しに来ました!」
「…………」
「あんたを惚れさせてやる! 本気の桃を見てやがれ!」
「……分かったよ。どうせ無理だろうけどな」
「言ってろバーカ! 覚悟しやがれ、霧島雫ー!!」
それだけ言い切って桃は全力で逃げたっ!
チラッと見えた先輩は少しだけ笑っていた気がした。
見てろよ、霧島雫!
カフェで他の生徒にも本性は見られただろうし、桃はもう失うものはないんだからね!
追い詰められた女、いや本気になった桃の恐ろしさを教えてやるよ!
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