ep.12 過去から始めるトラウマ






 ——桃が可愛さに目醒めたきっかけは小学五年の頃だった。



「ねぇねぇ! 今日もドッチボールしよーよ!」


「いいぜ! 昨日のリベンジだ!」

「今日こそ水瀬をぶっ倒してやろうぜー!」

「オイラも行くでやんす!」



 在りし日の桃は女子にしてはとても活発で昼休みになると男子たちと共にグラウンドへ一目散に駆けていく。 そういう女の子らしさとか慎ましさとは正反対の性格だった。



「くっそー! まじで水瀬の球はえーよ」


「ふっふーん! 桃に勝とうなんて百年早いねっ!」


「うっせー! 次は勝つからな」



 小さな頃から体を動かすのが好きだったせいか、運動神経も良くて男子達相手でも蹴散らすくらいだった。


 ママにはよく女の子なんだからもう少し落ち着きなさい、とか女の子っぽくしなさいなんて言われてた。

 だけど全然気にもせず、そんなことより男子たちと仲良く遊ぶ方が楽しかった!


 ある日、学校から帰る途中で忘れ物に気付いた桃は一人で教室に戻ると中では男子達が楽しそうに談笑していた。

 桃も混ざろうと扉に手をかけた所で手を止める。



「なぁ、好きな女子の言い合いっこしようぜ!」



 男子グループの中心的存在だったあつし君がそう言うとその場は更に盛り上がる。

 少し気になった桃はドアの後ろに隠れてこっそりと聞き耳を立てた。



「みつるは三組のみつこが好きなんだろ?」


「はっ!? ち、ちちちち違うしっ」


「嘘つき反対ー! よく話しかけたりしてんじゃん」


「そうだそうだー! 好きなら、素直になれー!」


「オイラはお似合いだと思いやすよっ」


「ぐっ……だ、誰にも言うなよ!」



(うそぉー! みつるってそうだったんだ!)



 女子はその頃にはもう遊びといえば恋バナって感じで、たまに桃も混ざったりしてたから誰が誰を好きとかっていうのはなんとなく知っていたけど、やんちゃな男子達のそういう話は新鮮で意外とそういう目でも見てたんだと驚いた。


 かくいう桃はその手の話はからっきし、興味もなかった。



「そう言うあっくんは水瀬が好きなんでしょ?」



 お返しとばかりにみつるがそう言った。



(えっ!? 桃!?)



 突然自分の名前が出たことに驚いたけど、自分がどう思われているのか少し気になったので恐る恐る耳を傾ける。



「は……はぁー!? いや、あいつはねーよ! だって男みたいだし、馬鹿力だし、女子には見えねーだろ!」


「……まぁ確かにあれは女子とは言え無いよな。はっはっはっ!」


「そう言われると、水瀬がスカートなんか履いてんの見たことないよな? てか想像も出来ないわ!」


「そうでやんすね。水瀬は女子じゃないでやんす」


「水瀬がスカート履いてきたら笑い堪えるの無理そう」



(…………)



 ドッと笑いが起こっている教室内を尻目に桃は後頭部を鈍器で打たれたようなショックを受けた。


 別にあっくんが好きだった訳でもない。

 他の誰かが好きだったという訳でもない。


 だけど"水瀬は女子じゃない"という言葉で急に自分の存在が否定されたような気分になった。


 忘れ物なんかの存在を忘れて桃は全力でその場を離れて学校を後にした。


 なんでだろう……涙が出てくる。


 突然、なんだか今の自分の姿がとても恥ずかしいものだと感じてしまい誰にも見られたくなくて、とにかく隠れたくて全力疾走で家へと走っていった。



「桃ちゃん……?」



 もう少しで家という所で誰かに声を掛けられた。


 誰にも見られたくないので無視したけど、ずっと走っていたから息切れしていたので容易く腕を掴まれた。


 咄嗟に顔を上げると声を掛けてきたのは幼馴染で親友の小田切成未こと、なるちゃんだった。



「な、なるちゃんっ……!? み、見ないで……」


「桃ちゃん、どうしたの? なんで泣いてるの?」


「……な……なるちゃん! 桃って女子じゃないの!?」


「えぇっ!? 急にどうしたの? 桃ちゃんは女の子でしょ。って、こんなに目腫らして……大丈夫? 何があったの?」



 涙が止まらない桃はなるちゃんに背中をさすられながら、少しずつさっきの出来事を話した。



「はぁー? なんなの男子達! 馬鹿だねぇ、男子は」



 しばらくして、ようやく落ち着いてきた私の頭を撫でながら、なるちゃんは男子たちに乗り込みそうな程に怒った。



「桃って……女の子っぽくないもんね」


「そんなこと……は、確かにあるけどっ!」



(あるんかいっ!)



 自虐しといて少しだけツッコミを入れたくなったけど、なるちゃんはいつも桃の味方をしてくれるし、桃の事を一番に考えてくれている子なのでなるちゃんがそういうならそうなんだろうなぁと納得できる。



「でもねっ、桃ちゃんはかわいいんだよ! うちはかわいい桃ちゃんが大好きなの。だから男子の言うことなんか無視っ!」


「……うん……」


「だけど本当にムカつくよね、男子達。上から目線だし」


「うん」



 すると腕を組みながらプンスカと怒っていたなるちゃんが何か閃いたように手をポンっと叩いた。



「ねぇ、桃ちゃん! このまま言われっぱなしだとムカつくしさ、いっそやり返してやろうよ。男子たちに!」


「やり返すってどうやって?」


「あいつらがびっくりするくらい桃ちゃんがかわいくなってさ、見返してやるんだよ。そんでそいつらメロメロにして、そんで今度は上から目線であんたなんか男に見れないって言ってやるの! どう? おもしろそうじゃない?」



 人差し指を突き出して楽しそうに微笑むなるちゃんを見て思った。



「うん! おもしろそう! やる! やりたい!」



 その日から桃は可愛さを求めて努力を始めた。


 まず男子たちと遊ぶのをやめて女子グループで遊ぶようになった。

 色んな女の子と話したり観察したりして、女の子らしい可愛い仕草や表情を勉強した。

 身だしなみなどはママやなるちゃんに教えてもらった可愛い髪型や服をお小遣いやお年玉を貯めて買って自分に投資した。


 そうしているうちにあっという間に二年が過ぎた。




         ▼▼▼





 中学一年になった私は放課後、ある男子に呼び出された。



「どうしたの? 君」


「あ、いや……そのさ」


「なぁにー?」


「なんていうか、水瀬って変わったよな!」


「えへへ、そうかなぁ?」


「そうだよ! めっちゃ可愛くなったし!」


「本当? 嬉しい、ありがとうっ」


「そんでさっ、俺……お前のことが好きだったんだよ、昔から! だからっ……俺と付き合ってください!」



 それを聞いた私は内心で喜んだ。

 舞い上がってしまう程にはしゃいだ。


 嬉しさで頬が緩んでしまうのを必死に押し殺して、かわいらしく、そして明るく返事をした。








「ごめんね。私、あつし君って男として見れないんだよね」


「…………へ?……」


「あつし君って頭も悪いし、運動神経も別によくないし、性格も子供っぽくて全く頼りにならなそう。なんてったって君が彼氏になる想像しただけで笑いを堪えるので必死になっちゃうもん」


「…………そっか」


「うん! 君と付き合うなんてまっぴらごめんだから! じゃあね」



 それだけ言って頭を下げると私は呆然とした顔のあつし君の顔を脳裏に焼き付けてその場を後にした。


 そして小さく拳を握ってガッツポーズをした。



(やったー! やり返してやったぞ、ばーかばーか!)



 目的は達成されたが、どうやら私は気付かない内にたくさんの人に好意を持たれていたようだった。

 同級生だったり、人気の先輩だったり、生意気な後輩だったりに次々と告白されていった。


 バッサリと振ったり、時には付き合ってみたりもした。


 人気の男子と付き合った時は学校中で噂をされたり、放課後二人で帰っているとチラチラと羨ましそうに見られたりするなどと注目を浴びた。


 いつしかそれが自分の存在価値を証明するようで、そしてそうなることで世界に認められている気がして快感となっていった。


 何よりも痛快なのが、そんな人気者やイケメンの男子が私に振られる時に必死に縋ってくる姿だった。


 それを見る為に私は付き合って振るを繰り返した。


 時折り、なるちゃんが「ちゃんと付き合うのは好きになった人だけにしなさい」なんて言っていたけど、好きという感情が未だによく分かっていない。


 可愛くなる為だけに努力してきた私だから、結局まだ恋愛というのがイマイチ分からなかった。 


 けれど、それしか私にとっての存在価値を感じることが出来ないのだ。




          ▼▼▼





 そして高校の入学式。


 緊張して寝坊してしまった私は会場入りが遅くなってしまい校内を延々と彷徨っていた。


 いっそ諦めて帰ろうとしたそのときに声を掛けてくれた人こそが彼だ。

 彼は私が迷子だと知ると体育館の場所まで案内をして、更に中にいる教師たちにわざわざ口利きをして合流までさせてくれたのだ。

 

 まぁ、本人は覚えていないみたいだけど……。


 無事に入学式も終わり、たまたま見掛けたあの先輩に声を掛けようとした時、ある会話が耳に入った。



「霧島先輩、クールでカッコいいよねッ! お姉ちゃんが同級生だから聞いたんだけど、今まで何回も告白されてるのにみーんな振っちゃうんだって」


「え、なにそれ。めっちゃ硬派じゃん。憧れる〜」



 私はそれを聞いて感情が大きく昂った。


 一瞬にして感謝の気持ちよりも自分の欲求に天秤が振り切れた。


 誰にも落とせない人と付き合ったら、周りの皆はどんな反応をするだろうか。

 そしてそんな先輩を惚れさせて、唐突に振ったらどんな表情をしてくれるんだろうか。


 想像するだけで興奮が収まらなかった。


 私は狙った男を逃したことはない。

 次の標的は決まった。


 一週間を使い、計画を進めた。


 全校集会の戻り道、わざと先輩の前で身分が分かる学生証を落として出会いを演出し、関わりを持った。

 情報を聞き出して彼に刺さりそうな言動や行動を意識して行った。

 言葉による猛アピールもした。

 けれど彼から告白することは無さそうなので、今回私は初めて自分から告白をすることにした。

 

 きっと大丈夫。


 どんな人だろうと所詮は馬鹿な男。

 可愛さの虜。


 私がその気になればちょちょいのちょいなのさ!







 そんな桃が今、窮地に立たされている。


 騙されていたのだ、この男に。


 そーいうことね、道理で何をしても手応えがないはずだよ。

 最初から桃に興味はなく、桃が恋愛ごっこみたいなことをして一喜一憂する様を愉快そうに周りと笑い合っていたんだろう。

 上から目線で桃のことを見下してたんだろ!

 

 あの小学生の頃の男子たちと同じように。


 自業自得と言われればその通りだろう。

 同じことをやっていたのだから。


 ただ、


 最初に馬鹿にしたのはお前ら男だろっ!!

 

 最初に桃の存在を否定したのはお前らだろっ!!


 桃をこんな風にさせたのはお前らだろうがっ!!!



 たしかにもうどうせこんな茶番は終わりだよ。



 だから、もうどうでもいい。


 これで終わりならもう隠す必要もないよ。




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