ep.10 デートから始まるターニングポイント②
色々とハプニングはあったが、ひとまず先輩の体調もよくなったこともあり漫画喫茶を出てデートを再会することに。
ただいまの時刻は15時過ぎ。
時間はまだあるにはあるけど、朝もそれなりに早くから動き出したので次のエリアで終わろうという話になった。
そのエリアとはアミューズメントエリア。
いわゆるゲームセンターである。
ここらへんでは最大級のゲームセンターであり、ここだけで一日潰せるくらいにはボリュームがあるエリアとなっている。
「先輩っ! あれ見て! かわいくないですか!?」
桃が指さしたのはUFOキャッチャーの中にある大きめなぬいぐるみの景品。
ガラスケースの中に居座るのはご当地キャラクターとして地元では人気のあるマスコットキャラでやる気のない瞳がなんだかかわいいということで密かに評判となっているそうだ。
まぁ桃の本心的には全然理解出来ないが。
「かわいいか?」
「はい、無気力で目が死んでるみたいで……ちょっぴりかわいいんで、女の子はみーんな好きです」
というか、よく見るとちょっと先輩に似てるかも。
そう考えるとなんだか愛着が湧いてきた。
家に置いといて先輩に腹が立ったときはあれをぶん殴ってればストレス発散になりそうだ。
「目が死んでるとか、かわいくないだろ」
「そんなことないですよ、脱力系ってやつです」
「ふーん、まぁ水瀬が欲しいなら取ってみるか」
「え、本当ですか? 先輩こういうの得意なんですか?」
「いや、やったことはない。けどあのアームの動きとかを理論的にちゃんと動かせば取れるはずだ」
「ほえぇー……あんまり分かんないですけど、頑張ってください!」
先輩はキリッとした顔でなにやら言っていたけど、正体はただの初心者なのに偉そうでなんかちょっと笑った。
「すごーい! ほんとに取れましたね!」
「……まぁね」
「……二十回くらいかかっちゃいましたけど」
「それは言わないで」
そして予想以上の大量投資をする羽目になった先輩の背中からは哀愁が漂っていた。
理論的にはここを通せばだのアームの設定が弱いだのとか言い訳をぶつぶつと並び立てていたのがわりとツボに入ってしまった。
最終的に店員に交渉して、取りやすい位置に移してもらい、その店員さんにも応援されてのゲットである。
これまでなんでもサラッとこなしてたイメージがある先輩の意外な一面を見ることが出来て桃の溜飲が少し下がった気がした。
「次はここ!」
「えぇー」
「むー、普通にカップルだったら撮るもんですよ?」
次に来たのはプリクラゾーン。
これを撮ることによってこの男と付き合っていたという完璧な証拠を残すことが出来るのだ。
桃は嫌がる先輩の手を引いて中へと侵入した。
「え、これが俺?」
「ふふふ、先輩の目に光が出てるのなんか新鮮ですね」
「はいはい、どうせ俺の目は暗いですよ」
「そういうところも先輩の魅力ですよ?」
撮影が終わり落書きコーナーにてバカップルみたいな文言を書き終え、感想を言い合いながら出てきた写真を半分に分け合い、次のところへ向かう。
さてお次は、
「あれ、先輩?」
「久しぶりに見た。これやろうぜ」
何かと振り返ると先輩は赤いオッサンたちがレースを繰り広げるゲーム機のシートに腰を掛けていた。
「先輩もこういうゲームやるんですね」
「ああ、中学生のときにやってたな。水瀬はこれのやり方、分かる?」
「まぁ、あんまりやらないですけどやり方くらいなら」
「じゃあ、一緒にやろう」
「他にも行きたいとこあるんで、ちょっとだけですよ?」
先輩の口車に乗せられて桃もシートに座る。
(まったく、子供っぽいゲームをするのはあんまり気が乗らないし他にもやることがあるのに……)
桃はぶつぶつと心の中で文句を言いつつハンドルを握った。
……そして、気付くと日が暮れかけていた。
▼▼▼
「水瀬ってハンドル持つと性格変わるタイプなんだな」
「えっ、そうでしたっけ? あんまり記憶が……」
「……お前は絶対免許取るなよ?」
「えぇー、ひどいですよぉ」
思いの外ゲームに熱中してしまったようでモールの外に出たら空はもうほとんど真っ暗になっていた。
とりあえず電車に乗って最寄りの駅に戻り、最後に行きたかったお洒落な喫茶店へ向かう。
「あ、ここですここ」
「ああ、ここか」
「来たことありますか?」
「つい最近行ったばっか」
「あ、そうなんですか」
着いたのは学校にわりかし近くて、しかもちょっとお洒落と密かに噂の喫茶店『憩い』というお店。
入ってみるとモノトーン調の変わった作りの店内だった。
「私は……えっと……エスプレッソで」
「コーヒー好きなの?」
「……はい! よく読書しながら飲みますよ」
ちなみに嘘だ。
コーヒーなんて飲んだことがないし、読書というのはもっぱら少年漫画の単行本だ。
桃は文字の羅列を見ると睡眠薬を飲んだかのように眠くなる体質なのだ。
だけど桃はここのエスプレッソというのが美味しいと評判なので、写真とかを撮ってアピールをしたいのだ。
「ふーん。じゃあ俺もそれを頼もうかな。あ、持ってくから先に席取っといて」
「はーい」
カップ一杯四百円とかいうぼったくり飲料を注文してテーブルの席に座ると少しだけ上流の気分がした。
桃は払ってないけど。
しっかりと席を確保する任務をこなし、少しするとお盆にカップを二つ乗せた先輩が来て、対面に座る形になった。
「……? な、なんですか?」
席に着いた先輩はそのまま桃のことをジットリとした視線で見つめてきていた。
「いや……別に」
言葉ではそう答えた先輩だが、なんとなくだけどさっきとは違う雰囲気をまとっている気がする。
え、なんか……怒ってる?
「せ、先輩、せっかくだし写真撮りましょ!」
とりあえずちょっぴり気まずい感じなので話題を別方向に振って断ち切ろうとしたが、
「なんで?」
と、ぶっきらぼうに返された。
(逆になんでカップルが写真撮るのに理由を求めんだ)
そんな文句が出そうになったが、確実に今日一日の先輩とは態度が豹変しているので桃は何かやらかしたのかと心配になる。
「え、えーと……それも思い出じゃないですかっ!」
「思い出ねぇ……それ必要か?」
……歯切れが悪い……なんだこいつは?
「そんな事言わないでくださいよっ。楽しみましょ!」
「……うん。まぁそうだな。楽しむ努力はしないとな」
(え、なに? どうしたこいつ。さっきから急にだるいし、チクチクと嫌味を吐いてくるんだが)
いつもならば一投で決まる会話が三、四球かかる位に今のこいつはめんどくさい星人だ。
さっさと星に帰って欲しい。
(というかなんなのあの言い方。まるで楽しくないみたいなニュアンスだったけど……まぁ、いいか)
とりあえず無事に地球と月くらい二人の距離が離れているツーショットを撮り終えたのでお目当てのエスプレッソを頂くことにする。
「いただきまーす」
可愛らしく手を合わせてから、徹夜明けのパパから漂う匂いと同じ匂いがするそれを勢いよく啜った。
「ブフゥッッッ」
しかし、初めて飲むその液体はおよそ桃の体内が受け入れられる飲み物ではなかった。
(はぁっ!? にっがああぁあぁぁぁぁぁ! 苦すぎ! なにこれ、人類の飲み物なの!? いや、めんどくさい星人が飲む飲み物でしょこれ!)
これを美味しいって言ってる奴らって宇宙人しかいないだろ。
いや、それじゃパパが宇宙人ってことになっちゃうか。
「苦いの?」
「い、いやぁ、別に平気です。ちょっとむせちゃって」
(苦いに決まってんだろ。いちごミルク飲みたいわ!)
「そうなんだ、その歳でブラック飲めるんだな」
(いや、お前はいくつだよ! お前もおんなじもん飲んどるやないけ)
と、いつもの脳内ツッコミを入れようと先輩の方を見ると何と先輩は大量の角砂糖とミルクを注いでいた。
当然桃は裏切り者を見るような目で睨んだ。
(こちとら苦味が口内を占拠してて糖分欲してんだ)
「え、なに? ブラック好きなんだろ?」
「そうですよ? で、でもどうせならシェアとかしたらどっちも楽しめるですねって思っただけです」
「じゃあ飲む?」
「あ、じゃあせっかくなんで」
もしも砂漠で水を見つけた時こういう気分なんだろう。
桃は飢えた遭難者のように先輩のカップに手を掛けた。
「ま、それ飲んだら間接キスになるんだけどな」
「…………」
もしも砂漠で見つけた筈の水が蜃気楼だった時こういう気分なんだろう。
桃は飢えた遭難者のように先輩のカップを握る手を震わせた。
(か、間接……キスっ!?……)
桃は生まれて初めてこんなに悩んだ。
確かに桃は色んな人と付き合った経験があるが、所謂恋のABCに関しては一つも経験していない。
超純粋乙女なのだ。
それをこいつの為に消費してもいいんだろうか。
好きでもない、むしろ嫌いなくらいなこいつと間接キスなんて絶対嫌だ。
そんなのはいつか出来るかもしれない、好きな人としたい。
ただ、桃の口内は糖分を異常に欲している。
むしろ角砂糖を飴玉代わりに舐めたい程欲している。
どうする……どうする……
(間接キスがなんぼのもんじゃい!)
プライドを切り捨てた桃は一思いにグラスを手に取った。
(大丈夫。間接だから大丈夫。きっと妊娠はしない!)
そう思い込んで瞬時に口をつけていなさそうな所を探し、涙ながらに口を付けて飲み込んだ。
(甘んまままままままぁぁいいいいい♡ 最高♡)
「ちなみにそれ、俺まだ口つけてないからね」
(なんでやねんっ!! 決死の葛藤を返せやコラッ!!)
だけど内心はとてもホッとした。
良かったよ、ママ。これで妊娠はしない。
桃はまだ……学校通えるよ!
安堵と至福の表情で先輩を見ると、先輩は呆れたように砂糖とミルクを差し出した。
「ったく、しょーもない見栄なんか張らないでお前が好きなもんを好きなように飲めばいいのに」
何か全てを見透かされるような瞳で呟いた先輩は頬杖をついて訪ねてきた。
「今日のデート……点数を付けるとしたらお前的には何点だった?」
「……何点?」
正直に言うと。
先輩とのデートは今までの男の中で一番楽しかった。
お金も出してもらえるし、エスコートをされたり、ちょっとした笑えるトラブルがあったり、普段食べられない美味しいものを食べられたり、桃がしたかったようなことが全て出来たと思う。
100点満点を付けれるくらいの一日だった。
ただ唯一心残りがあるとすれば、こいつに『かわいい』と言わせることが出来なかったくらいだろうか。
まぁそれは次回に達成すればいいことだ。
次回に期待、それを加味すると……
「えと、95点くらいでした! 本当にとっても楽しかったです!」
「おお、かなり高得点じゃん。まぁ、それならもう悔いはないよな?」
「え?」
よく分からない言い回しに困惑していると、先輩はいつになく真剣ではっきりとした表情で告げた。
「もう既にこの茶番に付き合ってるのが馬鹿らしくなってきたし、そろそろやめないか?」
…………は?
「え、えと……茶番? とはどういう……」
「全部言わなきゃ分からない? 好きでもない男をたぶらかして誘惑し、金を搾り取って用が済んだら捨てる。自身の優越感と承認欲求、物欲のためにアイドルのような偶像を演じて他者の想いを踏みにじるみたいなそういう茶番劇をやめないかって言ってんだよ」
「そ、そんな……そんなひどいこと……」
「まだ演じるのか? これを聞いても同じように演じれるか?」
冷気を発するように冷静で冷たい言い方をする先輩は携帯を取り出してテーブルの上に置いた。
『私は先輩のことが好きです! 私のことは恋愛として好きではないのかもしれないけれど、私が嫌いじゃないなら付き合ってください! 私はそれでもいいです!』
『……ひどいですよ、先輩……これだけ私に優しくしておいて……こんなに好きにさせといて、振るなんて……ちゃんと……責任とってくださいよ…………』
『うぇぇぇん……ひどい……ひどいよぉ……うええええええええん……ぐすっ……ひっく……』
携帯からは告白時の音声が流れていた。
録音されていたのだ。
そうか。
こいつはずっと騙してたんだ。
後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が走る。
同時に動悸と息切れが押し寄せる。
こんなのばら撒かれたら…………終わる。
頭が真っ白だ、手が震える、喉がからっからに乾いている。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
「おーおーおー、だいぶ顔が青ざめてるけど大丈夫か? ようやくヤバいことに気付いてきた感じ?」
「……消して」
「いいねぇ、やっと本性が出てきたか?」
「消せっていってんだよ。なんでも……するから」
絞り出したその言葉を聞いた霧島雫はようやく満足そうな顔をして、ぐいと顔を近づけた。
「いいだろう。だが条件がある」
ちっ、また条件かよ。
金か、身体か?
なんでもいいよ、もう。
あの音声が消されて周囲の面目を保てるなら。
なんでもいい。
「簡単な話だよ。今から俺が言う三つのことを一生守り続けるなら、お前の面目は保たれる」
「絶対?」
「絶対だ。——さぁ、取り引きをしよう」
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