ep.9 デートから始まるターニングポイント①


 土曜日。

 約束していたデート当日の朝。


 いつもよりかなり早起きした桃は小一時間鏡の前で格闘を繰り広げ、最高品質の水瀬桃華を作り上げた。


 月曜日に付き合い始めてから早六日。


 先輩は彼氏(仮)としてそこそこにやってくれてるし、色んなところで褒めてもくれてるし、惚れているという確証はないものの手応えはある。


 だけど、最近になって気付いたことがある。



(あの男、桃に対してかわいいって一言たりとも言ってなくない!? それってどういうこと?)



 霧島先輩は桃のことを主に内面とか行動を褒めてくれるけど、一番重要な見た目に関しては全く褒めてないということに気付いたのだ。


 もしかして見た目がタイプじゃないから、惚れないってことなのか?

 それとも目が腐ってるのか?

 そんな疑心暗鬼のような疑問が湧いてきた。



(だから今日こそは絶対かわいいって言わせてやる!)



 そんな決意を込めて、桃は待ち合わせに向かった。


 今日行く場所は電車で二駅先の隣町にある駅併設型の大型ショッピングモール。

 桃は男を釣り上げた後に必ずここでデートをすることによって財力や彼氏力のフルイにかける。

 そこで優秀な成績を収めた男は桃と一ヶ月付き合える権利を得られるってわけよ。


 ちなみに先輩との待ち合わせは最寄りの駅にある待ち合わせスポット、通称『ションベンワンコ』というところなのだが、



(えっ、いやいや、早すぎでしょ! 楽しみにしてたのかよっ!)



 念の為に15分前に来てみたのに、なんと先輩はもう既にベンチに腰を掛けていた。



「お、お待たせしちゃってすみません」


「いやいや全然待ってないよ。おはよう」


「おはようございます!」



 出鼻を挫かれた感はあるけど、今日の目的は先輩に『かわいい』と言わせることだ。


 今日の桃のファッションは流行りの森ガールをガーリー系にして合わせたふわふわしたような妖精スタイル。

 化粧も全体的にチーク濃いめでぶりっ子風の男ウケを意識したばっちりメイク。


 褒め言葉を催促するみたいに、全身が見えるように一歩下がって先輩を見つめた。



「ど、どうですか?」


「うん、似合ってると思うよ」



 ただ、と先輩は顎に手を当てて、なにやら険しい顔で数秒考える。



「全体的に似合ってるとは思うんだけど、水瀬はもっと違う方向性の方が似合いそう。あとメイクも素材がいいんだからナチュラルの方がいいんじゃね?」



(は? 死ね!)


(なんやねん、そのファッションリーダーみたいなコメントは。褒めてんのか貶してんのか分からんし!)



「だけど水瀬はどんな髪型でも似合うな」



(……素直にかわいいって言えや!)



「そういえば先輩はどんな髪型が好きですか?」


「ポニーテール」


「……あぁ、覚えておきますね♡」



 即答されたが、ちなみに今日の髪型はお団子ヘアー。



(これから絶対にポニーテールにはしてやんねぇ!)



 桃は心で強く思った。



「それじゃ、行こうぜ」


「は、はい」



 ひとまず気を取り直し、まずは電車に乗ることに。



「はいよ」


「えっ!? 前もって買ってくれたんですか?」


「目的地は決まってんだから、買っといた方が手間が省けるだろ?」



 改札の前で渡されたのはショッピングモールまでの駅の切符、しかも往復分だった。



「あ、じゃあお金払います」


「いいよ。俺が勝手に買っといただけだから」


「そんな……えと、ありがとうございます」



(ふむふむ、合格や)



 制止させる先輩に従ってバックから取り出そうとした財布を仕舞い込んだ。(出す気はない)

 先に買っておくなんて中々洒落たことをしてくるじゃないですか。


 そして電車に揺られて二駅。


 シートは1席しか空いてなかったけどそこは先輩が桃に座らせてくれたので快適に過ごすことができた。


 モールに到着してまず向かったのは映画館。

 何を観るかは決めていなかったので、当日やってるシアターから観たい映画を選ぶことにした。


 ラインナップには絶対泣けると絶賛されている余命がわずかな花嫁と花婿の物語や今をときめくイケメン俳優が沢山出演者するヤンキーの話、それに漫画原作のスポ根実写化モノなど錚々たる作品が並んでいた。


 正直なところを言うと桃はスポ根実写モノが前々から観たいと思っていたのだけれど、デートの雰囲気にはちょっとばかしそぐわない。

 このシチュエーションだと恋愛感動系とかがぴったりなんだけど、先輩の前でまた泣いちゃうのを想像したらそれはちょっとなぁ……迷うぅぅぅ。



「迷ってそうだし、俺が観たいのでもいいか?」



 そんな様子を見兼ねたのか先輩がそう提案してきたので桃はあっさりと頷いた。



「んじゃ、これ」


「はいっ! 先輩が観たいのが良いです!」



 先輩が選んだのはスポ根映画だった。








「……ぐすっ……ひぐっ……よがっだ」


「ふっ」


「なんれすか?」


「いや、水瀬って結構泣き虫なんだな」


「ないでないれず」


「その主張は無理あるだろ」



 結局のところ桃は泣いた。

 映画はめちゃくちゃ熱かったし、良かった。


 途中、生意気な後輩が先輩のために必死になるのも良かったし、最後エースのピッチャーが泣きながら締めて全国行きの切符を手にしたとこなんてもう……ずび。


 余談だけど、この映画代とか飲み物とかも先輩はしれっと払ってくれた。



「わぁっ、かわいいのいっぱい!」



 次に来たのはショッピングエリアにある人気の洋服ショップ。

 女子高生に人気の流行りモノを数多く揃えており、ここで買い物をすればファッションに関しては間違いはない。

 お値段が相場より高めなのは玉に瑕だが。



「先輩はどういうファッションが好きですか?」


「俺は似合ってればなんでもいいと思うけど」


「むぅぅ、それはそうですけど……あ、これとかどうですか?」


「水瀬ならなんでも似合うだろ」


「先輩が着て欲しかったら、試着とかしちゃいますよ?」



 そんでかわいいって言わせてやる。



「水瀬はそういうのが好きなの?」


「……好きですよ」



 手に取っているのは今季のトレンドNo.1人気のかわいい系のワンピース。

 何か引っかかる聞き方だけど、普通にかわいいと思うし人気だし良いと思うんだけど、この男には何かが気に食わないらしい。



「俺はこっちの方が水瀬に似合うと思うよ」



 先輩が死んだ魚のような目で指さしたのはややボーイッシュ系のショートパンツと大きめのパーカーだった。


 ……いや、悪くないけど。

 女の子っぽくないから桃のイメージ的には微妙な感じがするんだけど。

 まぁ、それが好みだというなら着てやらんこともない。



「じゃあ、それ着てみますね」



 そそくさと試着室に入り、着替えてから鏡を見る。



(わっ、意外とかわいいっ! ……でも桃のイメージとは会わなそうだし、なにより流行りじゃないしなぁ)



 そう思いながらもカーテンを開けて感想を待った。



「うん、そっちの方が似合ってると思うよ」


「あ、ありがとうございます……これ買ぃます」



 なんだか照れ臭くなったのでそれだけ言ってカーテンを閉じてしゃがみ込んだ桃は無意識に呟いていた。



「素直に可愛いって褒めろバカ……」



 ショッピングを終え洋服屋を出たタイミングで館内の時計が12時を知らせるチャイムを鳴らす。



「キリが良いし一旦昼メシにする?」


「はい、ちょうど私もお腹空きましたー」


「それじゃあ、予約してあるから行くか」


「えっ、予約!?」



 驚きながら向かった先はモールでも予約しないと入れないといわれる人気店。

 種類豊富なスイーツとパスタやピザが食べ放題で好きなだけ食べれるというビュッフェスタイルのお店だ。



「せ、先輩」


「どうした? 震えてない?」


「めっちゃめちゃ嬉しいんです。ずっとここ行ってみたかっかたんです!!!!!!」


「あはは、今日一でテンションあがってんじゃん! 好きなだけ食べなよ食べ放題だから」


「はい! 先輩も一緒に食べましょう、是非」


「はいはい」



 そして、二人して制限時間いっぱいになるまで食べ尽くした。



「うぷっ、やばい、結構まじで吐きそう」



 桃のペースに巻き込まれた先輩は珍しく表情を苦悶の顔にさせていた。

 こういう明らかな感情の変化を見せた表情をさせるのは初めてなのでなんだか新鮮な気持ちになった。



「大丈夫ですか? どこかで少し休みますか?」


「悪いけどちょっと横になりたい」



 素直にそう言う先輩があまりにも辛そうなので周りに休憩出来るスペースがないかを見回す。



「えっとー……あ」



 そうして見つけたのは漫画喫茶。



「会員証はございますか?」


「はい」


「シートはどうなさいますか?」


「えーとー…………」



 え、この場合どうすればいいの?

 個室を二つ?

 それともこの……カップルシートってやつ?


 でもカップルシートじゃあ二人きりの個室になるし、いや、一応カップルだから問題ないんだけど、もしもこいつが急に狼みたいになったら桃じゃヤラレるじゃん。

 はっ、まさかこの男、今までの紳士的な振る舞いはこの時を見越していたってこと!?

 なんていう策士っ……! 

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。



「このフラットシートを二席で」


「かしこまりました」



 葛藤をしていると、後ろから辛そうな先輩がそれだけを言って自分の分の個室の伝票を取った。



「落ち着いたらメールする、すまん」


「あ、え、えと、その、わかりました」



 ……なんだろう。

 

 なんかホッとしたんだけど、全くそういう目で見られてないような気がして、無性に腹が立ってきた。





「あぁ、暇だなあ」



 あれから1時間。

 タイミングよく読み終えていなかった漫画をこの際だから読み切ろうと思いイキイキしながら読んでいたのだけど、流石になんか飽きた。


 さっきまではめちゃくちゃデート!って感じだった分なんだか今は急に孤独を感じる。



(……先輩、寝てんのかな?)



 気になりだすと居ても立っても居られなくなり、そろーりと隣の個室の扉を開けてみる。



「……スゥー……スゥー……」



 まぁ、当然だけど眠っていた。



(むむむぅ、なんでこんなかわいい彼女(仮)がいるのに平然と眠っていられるの? 好きじゃないの!?)


(腹立つなぁ……ちょっといたずらしてやろうかな)



 音を立てないように注意しながら個室に侵入して、先輩の寝顔を見つめた。

 悔しいけど、寝顔に関してはちょっとかわいいなこいつ。

 と、ニキビのひとつもない頬をチョンチョンと指でつついてみる。



「……スゥー……」



(これは完全に熟睡してますなぁー)



 お次は大食いのあとでまだ少し膨れているお腹の方をぷすっとつつく。

 


(うぉっ、固っ! 意外に鍛えてるかな?)



 さて次はどこをどうしてやろ……う……か……。

 寝息が消えた。

 恐る恐る顔をあげると死んだ魚の目と目が合った。



「あ……ははは」


「水瀬……仮にも彼氏とはいえ、流石に襲うのは勘弁してくれ」


「ち、ち、ちがうちがうちがうっ! えと、ちょっと暇だったのでいたずらをしたくなって」


「そうか……悪いな。構ってほしかったんだな……」


「いや、ちがくて……いや、ちがわないけど、やましいこととかは全然ちっとも」


「ぷっ。冗談だよ。ごめんごめん、せっかくのデートなのに。でもちょっと寝たらだいぶ楽になったよ」


「もぉーーー!」



 またしても恥をかいた。

 なんでだろう。

 この人といると桃がいつもいつも何かをやらかしている気がする。


 ちくしょー!

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