ep.8 登校から始まる恋人契約(仮)



「やばいやばいやばいやばいっ!!」



 あれから二日後となる朝。

 桃は時をかける少女を彷彿とさせるストライドで通学路を奔走していた。

 昨日は霧島先輩は学校を休んでいたので本格的にお付き合いが始まる今日という日。


 桃は大寝坊をかました。


 しかもだ、昨日再び深夜まで待ちぼうけた末に通話をして一緒に登校をする約束を取り付けたのにだ。

 待ち合わせは7時半にお互いの通学路の間にある公園なのだが、既に時刻は7時50分を過ぎていた。


 幸先が悪すぎる。


 次の曲がり角を抜けたら公園だが、焦っていたので化粧も髪もぐちゃぐちゃなのが最悪すぎる。

 せっかくあの無感情モンスターにモーニングアタックをぶちかまそうとしてたのにぃぃぃぃぃ!!!



「うぶっ!?」

「おっとと!」



 嘆きながら曲がり角を曲がった瞬間、壁に激突した。



「お、水瀬」


「ててて…………あわっ、先輩! ごめんなさい!!」



 と、思ったら壁は先輩だった。


 やべえぇぇ。

 髪型ぐちゃぐちゃだし、汗かいてるし、なんか「うぶっ」とか言っちゃったし、なによりめちゃくちゃ遅刻してるし、


 怒られるぅぅ……



「ちょ、大丈夫? めっちゃ汗かいてるじゃん。遅れてもいいからゆっくり来なって言ったのに」


「ふぇ? だ、だって私、寝坊しちゃいましたし」


「寝坊なんて誰でもするだろ。それよりも慌ててこうやって事故る方が危ないから」


「で、でも……」


「まぁ、遅刻したから急がなきゃって気持ちは分かるし、ちゃんとそう思える水瀬は偉いと思うけど」



(え、あ、……意外と優しい?)



「すぃません」


「とりあえず落ち着いてこれ飲みなよ」


「……ありがとうございます」



 そう言って先輩はあろうことか遅れてきた桃にペットボトルの飲み物を差し出してきた。



(え、なになに? これって……)



 なんというか、それまで感じていたどこか冷たいような対応が嘘のように紳士的な振る舞いだった。

 その対応はまるで今まで捨ててきた男たちと同じような感じだったので、混乱しながらも桃にはピンときた。



(ひゃははははは、やっぱこいつ実は桃に惚れてんだろ!!! やっぱりあのときは照れ隠ししてやがったなぁ!!)



 どう考えても一昨日とは対応がちがいすぎる。

 

 遅れてんのに怒らないし、むしろ心配してくるし、というか飲み物まで用意してきてるし、これで桃に興味ないなんてどうみても強がりだろ。


 まったく、それならさっさと言えよなぁ?


 ふんっ!



「えと……霧島先輩、遅れてごめんなさい。それと、おはようございますっ!」 


「ん、おはよ」


「ふふふ」



 まぁ、だとしてもこの男を惚れ殺しにすることは変わらねぇからな!

 もっともっと限界まで惚れさせて、絞り尽くしてからポイしてやんだからな、まだまだ覚悟しとけよな!



「ん、どうした?」


「朝から先輩に会えて幸せだなって思っただけですっ♡」


「それじゃあ、行こっか」


「はーい♡」



 ともあれ寝坊はしたが、無事に登校をする。

 桃は先輩のほんの少しだけ後ろに付いて学校までの道のりを歩いた。



「——え、あの二人付き合ってる?」

「——おい、まさかあの霧島が!?」

「——あああああ、水瀬ちゃんがあああああ」



 学校が近づいてくると、他の生徒にも見られるようになりひそひそとした声が耳に届く。


 いやぁー、気持ちいい!


 この羨望の眼差しと注目度を味わうたびに桃の存在価値をひしひしと感じる。


 ちなみに霧島先輩もわりと評判がいいのか女子の残念そうな反応もちらほらと見えた。

 桃からすると全くこいつに魅力を感じないのだが、それでも人気の男子を独占してる優越感はいいものだ。


 しかもこれで二人は付き合っているということは周知されることになるので、この前振られたという秘密のレッテルはなかったことに出来るというわけだ。



「それじゃあ、俺はここで」


「はい。……あの先輩?」


「ん?」


「放課後も一緒に帰れますか?」


「……あぁ、いいよ」


「っ!!♡ 嬉しいです! じゃあまた放課後にっ♡」



 くっくっくっ。

 万事順調に事は進んでる。

 ならば早速次のステップに移行しよう。





          ▼▼▼




 

 時は流れて放課後、校門にて先輩を待つ。


 今回は霧島先輩のほうが少し遅くなるというメールが事前に届いていた。



霧『悪い、遅れる』


桃『全然大丈夫ですっ。待ってます(*゚▽゚*)』


霧『m(_ _)m』



 どうやら先輩はメールとかはあまりしない方でしかも用件とか連絡事項だけ送るタイプのようだ。



(というか言葉を打て。顔文字だけで済ませるとかどこの熟年夫婦だよ。……って誰が熟年夫婦だよっ!)



 心の中で一通りツッコミを入れた後、どうせまた告白の時みたいに長いこと待たされるんだろうなぁと思ったので校門の壁に寄りかかって携帯をいじることにした。



「ふん、ふん、ふふーん♪」



 開いている受信メールからは同級生からの告白メールが届いていた。



(彼氏が出来たのは周知なのにも関わらずのこの人気ぶりよ)



 こういうパターンはよくあるし、正直鬱陶しいのだがこのタイミングでのこれは色々と使える。


 このメールをエサに先輩の嫉妬心を煽ってより意識させる作戦だ!



「ねぇねぇ!」


 

 するとすぐに声を掛けられたので思ってたより早いと視線をあげるとそこには知らない男子生徒が立っていた。


 ネクタイピンの色から三年生だと気付く。

 


「こ、こんにちわ」


「君さぁ、まじ可愛いねー! まじで俺のタイプ! 一年生? これから俺と遊びに行かない?」



(はぁっ!? なにこのブタ? なに気安く桃に話しかけてんの? 脳みそ沸いてるの?)



 その男は桃の完璧すぎる身体を一通り舐めるように視線を動かした後、胸元で小休憩を挟みニヤリと微笑んだ。



(うわっ、きもっ! まじで無理。視姦された!)



 鳥肌がゾワァって湧き立つが、この男は思ったよりガタイが良くてちょっと怖いのでとりあえず笑顔で取り繕う。



「ひ、人を待ってるのでっ」


「あぁ、友達? いいよ、友達も遊ぼうよ」


「いえ、彼氏を(ちょっぴりドヤ顔)」


「え、彼氏いんの? まぢかよ。でも俺気にしねーよ?」



(あ"? むしろ桃みたいな美少女に男いねーわけねぇだろ)


(『俺気にしねーよ』じゃねぇよ気にしろよ。そういう所がキモいんだよ! てか先輩早く来なさいよ)



 普段はモブ共の扱いは適当に冷たくあしらっているんだけど、こういう獣みたいな奴はキレたら犯されそうなのでここはお茶を濁す。

 まぁ、桃みたいな美少女には良くあることだ。



「ま、また今度! 絶対行きますんで!」


「お、まじ? 約束ね。絶対だからな! また声掛けるわっ! 俺の名前は多田信忠ただ のぶただ! んじゃ」


「はい、さようなら(一生の)」



 桃は動物にはもったいないくらいの笑顔で返すと、男は人間とは思えない程のキモい笑顔で去っていった。



(あーキモかったぁ。名前なんだっけ? ただのぶただ? ……ただの豚だ? ……ぷぷっ、自己紹介乙っ!)



 名は体を表すとはこのことだろうか。

 渾名はタダ豚だな。


 キメ顔で帰る男が見えなくなった所で桃は堪えきれずしゃがみこみながら笑った。

 ぴゃあああああああ!!



「何してんの?」


「ぴゃっ!?」



 驚いて顔をあげると豚と入れ替わるようにして先輩が立っていた。

 今更来るとかこいつ、色々とタイミング酷い。


 漫画ならもう少し早く到着して『こいつ、俺の彼女なんで豚の分際で近づかないでもらえますか?』とか言って彼氏面する所でしょ。



(…………ん、待てよ?)



 何か引っかかった桃は恐る恐る聞いてみた。



「せ、先輩いつからいたんですか?」



 すると、先輩はいつもの仏頂面をほんの少しだけ緩めてややモノマネ気味な感じで言った。



「ふん、ふん、ふふーん♪ から」


「……つまりは最初から?」


「そうとも言うかな」



(……ぬぉぉぉぉぉおおお!)



 顔から火を吹くんじゃないかってくらい顔が赤くなっているのを自分でも感じるくらいに熱くなった。

 そしてまたしても気付いた。

 こいつは人を馬鹿にする時は少しだけ表情を緩めるんだ。

 性格悪すぎるっ!



「い、いたなら助けてくださいよぉっ……怖かったです」


「いやぁ、人気者の水瀬さんはナンパされた時にどんな対応をするのかちょっと気になってね〜!」


「もうっ、先輩のいじわるっ!」


「いやいや、なんかあった時はちゃんと助けに入るつもりだったよ」


「本当ですか? 本当に助けてくれますか?」


「ああ。ただ俺がその場にいない時はどうしようもないだろ? そういう時どうするのかなって思って」


「むぅぅ、なんか釈然としませんけど、先輩がいるときは守ってくれるんですね? なら良いですっ」



 そんな会話を交えつつ桃たちは下校した。


 ちなみにこう見えても桃のガードと危機管理はとても硬い。

 現に中学時代からこうして男を食い物にしているけど、それに対する被害なんてのは全くない。


 何を言いたいかっていうと、可愛いからってあんまり舐めんなよ! ってこと。



「それで、ご機嫌に鼻歌なんかを口づさんで、何か良いことでもあったのかい?」


「そ、それは……先輩と帰れるから」


「ホントに? 携帯見ながらニンマリしてたけど」


「ホントですよ。先輩とのメールを見返して幸せ気分になってました。……でもひとつ悩みが」


「悩み? なに、悩みって」



(ふふふっ、かかったな?)



 桃は待ってましたとばかりに先程の告白メールが表示された携帯を先輩に渡した。



「告白?」


「はい。私には先輩がいるって分かってると思うんですけど、こうして一方的に想いを伝えられるのが少し困るというか……」


「なるほどね」



(さぁ、桃に見せたまえ! 自分の彼女が知らない男に言い寄られているということへの醜い嫉妬心を!)



「水瀬は人気者だからね。それは想われてるってことだから仕方ないことだよね。恋愛ってのはある意味でエゴみたいなものだから、それに対する答えも水瀬が自身の素直に思った返事をすればいいじゃないかな?」 


「…………はい」


「だからもし、水瀬がその子の方が好きだったら、俺のことは気にせずに応えてやればいい」


「…………」



(そうじゃなぁぁぁぁぁい! 違う違う違う! そういうのを求めてるわけじゃない!)



 え、なに? やっぱりこいつ桃のこと好きじゃない?

 なんなの? どっち? 

 好きなの、嫌いなの?

 ああもう、分からん! 苛つく!



(こうなったらもっともっと責めるしかない)



「わ、私は先輩のことが好きです。先輩と毎日会いたいし、デートにも行きたいです」


「……そっか。なら次の休み、デートに行こうか」


「はいっ!」



 流石の桃もこの男は一筋縄ではいかないことはこの三日間で理解してきた。

 ならもっともっともっと疑いようのないほど好きにさせるしかない。



 ——次のデートは全力で仕掛けよう。

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