ep.7 両者から始める先制攻撃
「あぁぁぁぁ、もう! おそいっ!!」
桃の告白によって感情を無くした悲しきモンスター霧島雫と不思議な(仮)恋人契約を結んだその日の夜中、桃はベッドで暴れ狂っていた。
というのも別れ際、超ウルトラサービス精神で桃の携帯の連絡先を渡したので、すかさず連絡が来るであろう!
と、部屋でずっと待機していたのにも関わらず、あれから音沙汰もなく一向に電話が来ないのだっ!!
待ちぼうけていると既に午前二時を過ぎていた。
バンプのチキンならば、踏み切りで天体観測をしているような時間だ。
(あんの野郎っ!! なんで桃の連絡先というプレミアチケットを無償で受け取っておきながら、電話してこないの? なんなの、馬鹿なの?)
念の為にとあるルートから霧島先輩の連絡先を入手しておいたので、一応こちらから電話を掛けることは出来る、出来るのだけど……。
そこまでするのは流石に負けた気がして手が動かないまさにデッドロック状態だ。
桃の電話越しの声によるセクシーボイスで先制攻撃を仕掛けようという作戦が早くも空振りで終わりそうなのと眠さも相まって怒り心頭なのである。
「うぅぅぅ、こんな時間まで粘って収穫が何もないのも嫌だし、桃から掛けるのも嫌ぁぁぁ!」
(……ぐぬぬ、屈辱だけど背に腹は変えられない)
ふと、もしかしたらバイトとかで疲れて寝てるのかもしれないという考えも過った。
だが怒りのあまり震える左手で携帯を握りしめ、血が滲むほど奥歯を噛み締めながら通話ボタンを押してみると、なんとワンコールで出た。
(いや、起きてるんかいっ!)
「はい」
「あ、もしもし。こんばんは」
「だれ?」
(……は? 仮にも恋人の声くらいすぐに分かるように鼓膜に刻みこんどけ……いや、ここは冷静になろう)
「す、すみません、水瀬です。どうしても声が聴きたくなっちゃってお友達さんから連絡先聞いちゃいました」
「あぁ、水瀬か」
「夜もおそいし、迷惑……でしたよね?」
「まぁ、こんな時間だしな。あと俺もちょっと今は忙しいから五分くらいしか時間ないけど大丈夫?」
「……あ、ありがとうございます」
(お、落ち着けぇぇ。奴のペースに惑わされるな。込み上がる怒りを力に変えるんだ桃!)
「ふふふ、先輩の声……聴くとなんだか落ち着きました」
「お、それなら良かった。ならもう大丈夫そうか?」
(ぐっ……まだ大丈夫……冷静……冷静に……)
「も、もうちょっとだけ聴いていたいです」
「そうか。そういえば水瀬は俺と付き合って何かしたいこととかあったりするのか?」
「えーと、沢山ありますよ。どこかに出掛けてデートをしたり、学校でお話したり、あと……一緒に登下校もしたいなぁって」
「おぉ、いいじゃんいいじゃん! ならせっかく付き合うことになったんだし、それはしていこう!」
「いいんですかッ!? じ、じゃあ明日から登下校一緒に」
「ああ、けど、ごめん。そういうのは明後日からでもいいかな?」
「……大丈夫です」
(ふざ……冷静、冷静……)
「あ、それとせっかくだし俺からも一個いいか?」
「はい!」
「俺はこれから水瀬の内面も外面も知るための最大限の努力をするからさ、だから水瀬ももっと俺自身を知る努力をしてほしいな」
「分かりました! 私も先輩に好きになってもら」
「あ、そろそろ五分経っちゃうわ! またね!」
「え? ちょっ」
「——ツーッ……ツーッ……ツーッ……」
…………
………………
(あああああああ、ちっくしょー! 電話なんて掛けるんじゃなかったわ、ボケえええええぇぇぇ!!!)
(殺す殺す殺す殺す殺す)
(絶対に惚れ殺す! 絶対に惚れ殺しにしてやる!!)
枕に携帯を叩きつけたのは言うまでもなく、こうして桃の先制攻撃はまたも不発に終わった。
***
「さて、とりあえず初手は作戦通りだ。あとはとりあえず情報収集と現状の整理だな」
あれから、水瀬桃華との告白イベントを終わらせた俺はその足で近所の喫茶店に流れ込んだ。
「ブレンドコーヒーがおひとつですね。砂糖とミルクはお付け致しますか?」
「いや、大丈夫です」
店内にてコーヒーを一杯注文して店の奥の方のテーブル席に陣取り、とりあえず鞄から分厚めの手帳を取り出して開いてみる。
「いやぁ、改めて見ても我ながらまじでキモいなこのスケジュール表」
中には5月の枠にほぼ隙間なく詰め込まれたアルバイトの予定が書き込まれていた。
家のローンや母の施設の支払いがあるとはいえ、普通の高校生にあるまじきスケジュールだ。
おまけに今日もこのあと18時から居酒屋のバイトがねじ込まれている。
「とりあえずこれらの予定は全てキャンセルだな」
約2時間を掛けて今日のアルバイト及び所属していたバイト先の予定を丁重に嘘を交えて無しにしつつ、同時に退職の希望を出した。
普通に考えればテロリスト並の迷惑行為だが、どこの職場に連絡をしても体調や精神的な面の心配をされるばかりで責められることはなかった。
あの頃の俺はそれだけ異様な働き方をしていたのだろう。
となると収入がなくなってしまうのだが、元々詐欺師だった今の俺にとって金を稼ぐのは簡単だ。
なんとかなるだろう。
母の入院している精神病棟に関しては月初めにその月の分の支払いをしてしまっているはずなので今月末まではもう入院させておくことにした。
当面は対水瀬桃華のことが重要だからな。
と、現状の調整をそこそこに終わらせた俺は二杯目のコーヒーを注文しようと再びレジに向かう。
すると、同じタイミングで入口のドアが開いた。
「おっと……て、あれ? どこぞの男前かと思ったら霧島君じゃん! よっす!」
現れた人物は二度見の末に俺の姿を確認すると、実に馴れ馴れしい距離間で声をかけてきた。
「鳴上だな。久しぶり」
「いやいや、数時間前に学校で会ったばっかじゃん! え、なにそれ、ボケ? めっちゃウケるんだけど」
朗らかに笑ったこの男前は学校内のカーストトップに君臨する爽やかイケメンの
顔も良く、ノリも良く、文武両道なこの男は学校では学年を超えて知名度があるアイドル的な存在だ。
一方でアルバイト三昧でノリも悪く、付き合いも悪く、知名度もそんなに無い俺に度々関わりを持とうとしてきた変わり者でもある。
「てか霧島君がバイトしてないって珍しくねっ!? まじ歴史的瞬間に立ち会えてるんじゃね?」
「まぁ、バイトは辞めることにしたから」
「まじっ!? んじゃ、これからは俺と遊ぼうぜ」
「なんで?」
「あはは、なんでって辛辣すぎっ! 普通に友達なんだから遊びたいじゃん」
「友達になった覚えないけど?」
「たしかにっ! んじゃ友達になろー」
「なんで?」
「あははっ、手厳しいなっ! なるほど、なかなかガードが堅いね。よーし、こうなったらこれから友達になれるように君を口説くとしよう」
そんなことを宣言した鳴上はおかわりを注文をする俺に倣うように同じ物を頼み、流れるような動きで俺の目の前の椅子に腰をかけた。
ちなみにさらっと俺の分のコーヒーも奢るというイケメンムーブをかましていた。
「なんで相席すんだよ」
「言っただろ? 君を口説くって」
「女にやれよ」
「お生憎様。女の子は口説くまでもなくやってきてくれるんでその必要がないんだよね」
そこらへんの野郎が言ったら袋叩きされそうな言葉だが、それが事実なのは奴の存在感が証明していた。
「んで、霧島くんはなんでアルバイト辞めるのさ?」
鳴上はカップの中にミルクと砂糖を交互にドバドバと入れつつ、話題を振ってきた。
さて、どう言おうか。
今回は偶然の鉢合わせになったのだが、実のところこの男には今後俺の方から接触しようと思っていた。
その理由として、高校生にタイムリープされた俺はこれから高校生を中心に人助けをしていくことになると推測しているのだが、俺ひとりでは色々と効率が悪い。
そこで男女共に俺の持ち駒として動けるような使える人材を確保しようと画策していたからだ。
その点で校内で圧倒的な人脈と情報量を持ったこの男は条件に完璧に合致する適役なんだよな。
ここはどうにかして彼の興味をこちら側に上手く向けさせて懐柔したいところだ。
なので俺は高校生の興味が惹かれるような内容を考えながら鳴上の質問に答えた。
「彼女が出来たからかな」
「ブフゥーッッッ!!」
奴はミルクで変色したコーヒーを吹き出した。
「……えっ!? えっ!? えっ!? まじ?」
「まじだ。今日告白された」
「誰に!?」
「水瀬桃華」
「ブフフゥゥゥーーーッッッ!!!」
奴は更に吹き出した。
「……すまんすまん」
そしてほぼほぼ飲むこともなく空になったグラスを持ち、そそくさとお代わりを注文しに向かった。
奴はしばらくして戻ってくると、こほんと咳払いをしてさっきとは一変して神妙な顔つきをした。
「えーっと、なんだ、あの、こういうのは……ちょっと言いづらいんだが……」
「なんだ?」
「水瀬桃華はやめとけ。親友としてはっきり言っとくけど、たぶん君は騙されてるぞ」
「それは分かっている。あと親友ではないだろ」
「確かにあの子はかわいいから信じられない気持ちは分かる。だけど…………えっ!? 今なんて言った?」
「親友ではないだろ」
「違うっ!! そこは傷つくからあえてスルーした部分だからっ!! その前のところ!」
「それは分かっている」
鳴上は無表情でそう繰り返した俺の顔を見て、目を丸くさせた。
「えーと……分かっているっていうのは騙されてるのが分かってるってことでおけ?」
「おけ」
「騙されてるのは分かってるのに付き合ったってこと?」
「まぁ一ヶ月限定っていう縛りはあるけど、そういうことになるな」
「……それはなにゆえ?」
「まぁ、そこから先はタダじゃあ教えられないな」
「おいおい、俺を舐めるなよ親友。おもしろそうなことの為なら俺はなんでもやるぜ?」
「言質は取ったぞ? あと親友ではない」
「そこは頑ななのな。……なぁ、話してくれよ」
鳴上は狙いどおり俺の提供した話題に食い付いた。
だから俺は奴は利用するために興味という餌をぶら下げながら奴の持つ情報を引き出しつつ話を進めた。
▼▼▼
「ふーん……それって結構エグいことをやろうとしてるけど、それは水瀬ちゃんのためにするってこと?」
「いーや、これは全部俺の自己満足のためだよ」
「でもそれって結果的に水瀬ちゃんとやってること変わらないことになると思うんだけど」
「俺は悪者になっても構わない。それよりも水瀬に自分のしてることを理解させるのが目的だしな」
話の中で俺の目的とこれからやろうとしていることの要所を掻い摘んで話してみたが、鳴上はあまり納得していないようだ。
眉間にしわを寄せながら、空になったカップの底を見つめて腕を組んでいる。
「うーん、でもそれって直接言えばよくない?」
「直接言って素直に言うこと聞くと思う?」
「ちゃんとこの先のことを話したら聞くでしょ、普通に」
「じゃあさ、鳴上。これはお前のために言うけど、お前は半年後にすんごい修羅場を向かえることになるから今付き合ってる本命の彼女以外とはすぐに別れとけ」
「は? 嫌だけど。俺は全ての女の子を愛してるから」
「ほらな」
「なにが?」
「こうやってせっかく忠告してんのに聞き入れないってことをお前がいま証明したじゃん」
「ああ、なるほど。分かりやすいな」
そう、人間というのは愚かな生き物だ。
例えば既に悪徳宗教に入信してしまった人間に対してその宗教は悪いところで騙されている、なんていくら言葉で伝えたところで洗脳は解けはしない。
どころかそれを言いすぎることによって余計に反発心を煽って心を閉ざすようになったりすることもある。
つまりそれだけ人の考えや思想を変えるというのは難しいことなのだ。
「だから数十年間生きた中で凝り固まった思想や習慣を変えさせる方法は大まかに二つしかない」
「それでその作戦をするってわけね」
「上手くいくかはまぁなんとも言えないけどな」
「まぁ、そういうことなら俺も納得できる。俺に出来ることは協力するよ。面白そうだしな」
「それは助かるよ」
こうして俺は鳴上翔という手駒を手に入れた。
これから更に多くの情報を収集していく必要があるが、おかげで俺の中で水瀬攻略への筋道は出来た。
それに告白のときにある意味で先制攻撃を与えることは出来たはずだし、今のところは順調だ。
「んじゃ、俺は電車の時間もあるしそろそろ帰ろうかな。また進捗があったら報告よろ」
「分かった」
「あ、次回は霧島君の奢りね」
「言われなくても、これからは俺が奢るよ。鳴上が協力してくれるうちはね。今日はごちそうさん」
「それじゃあ」
「じゃ」
完全に陽が落ちた空の下で俺たちは別れた。
そして、いよいよこれから本格的に水瀬との恋愛戦争が始まることになった。
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