ep.6 悪女から始める恋愛戦争



 私の名前は水瀬桃華。


 今年の春に華の高校生になって、まだ一ヶ月のピチピチの女子高生、いわゆるJKです。


 私は今日、一つ年上の霧島雫先輩に告白します。


 彼との出会いは入学式。

 私が会場で迷子になっていたところを上級生である彼が親切にしてくれたのがきっかけで私は先輩のことが気になりだしました。


 それから一ヶ月。


 彼に振り向いてもらうために色々と頑張りました。

 だけど彼は奥手なのか、私がいくら猛アタックしてもなかなか振り向いてくれません。

 なので生まれて初めて私は男子に告白しようと思ったのです。



「先輩、遅いなぁ……」



 放課後に先輩を呼び出す連絡をしてからこの中庭のベンチに座って待つこと一時間。

 来てくれるという連絡は返ってきたものの、そのメールが来てからも結構時間は経っているので、なんだか不安な気持ちになってきちゃってます。

 


「あっ!」



 そんなとき中庭の入り口の方から歩いてくる霧島先輩の姿が見えてきました。

 私はすぐにベンチから立ち上がり、いつもよりもちょっとだけ甘えた声で迎えます。



「先輩っ! 来てくれるって信じてました!」


「遅くなってごめん」


「いえ、私こそ急にお誘いしてしまってごめんなさい。迷惑じゃなかったですか?」


「そんなことないよ。何か話があるんでしょ?」


「……はい。大事な話があります」



 いつもの先輩はどこか疲れ切ったようにボーッとしてる感じだったけれど、流石に今日の先輩は少し察しがいいです。

 よくよく考えたら、女子から放課後に呼び出されたらそういう話だって勘付きますよね。

 そう考えたら恥ずかしさで顔が熱くなってきてしまいましたが、私は一呼吸をおいて先輩の顔を見上げました。



「あ、あの……初めて先輩に会ったときから、先輩のことが好きでした。付き合ってください」



 キャーッ!!

 とうとう言ってしまいました。


 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!

 

 人に告白するのってこんなに恥ずかしいんですね!

 でもでもでもこの想い、先輩には届いてほしい!

 

 私は恐る恐る先輩の顔を見つめます。



「あ、ありがとう。嬉しいよ」



 先輩は少し緊張したような硬い面持ちのまま、私を見つめてそう言いました。


 嬉しいってことはそういうことかな?

 それって私の気持ちが届いたってことだよね!

 


「それじゃあ」


「だけど、ごめん」



 …………ん?



「俺も水瀬のことは好きだよ」



 あ……ああ、びっくりしたぁー。


 今、一瞬断られるのかと思いましたけど、そういうひっかけもあるんですね。

 初めての告白だったから全然分かりませんでした。

 もう先輩ったら、おッ茶目〜ッ!



「それなら」


「だけど、その好きっていうのは恋愛的に好きっていうのとは違うんだよね」



 ………………んん?



「あ、えーと……それはどういう意味ですか?」


「うーん、俺の好きっていうのは友達としての好きで、恋人とかそういうのとは違うんだ。だからそんな気持ちでは水瀬にも悪いし付き合うことは出来ない」



 霧島先輩は申し訳なさそうな表情で、けれどはっきりとした口調でそう告げると軽く頭を下げました。

 

 私は一応笑顔で平静を装いながらも、脳内で再度彼の言葉の意味を考えます。


 ごめんなさい。

 好きは好きでも友達としての好きだった。

   ↓

 私は恋愛対象じゃない。

 だから付き合えなくてごめんなさい。


 えーっと……、これって要するに私が振られたってことですよね?


 そっかそっかぁ、そういうことねー……



 ………………



 その言葉を理解した刹那、桃の被っていた天使の皮のメッキが内心でバッキバキに剥がれていった。



(はぁぁーーーー!?)


(桃と付き合えないってどういうこと!?)


(この桃が直々に特別に告白なんてものしてあげたっていうのにあろうことか付き合えないだとぉぉー!?)


(ふざけんな! ふざけんな! ふざけんなぁ!!!)



 外面こそいつものように完璧でかわいい校内のアイドルの面目を保っているが、桃の心中は既に憤怒に達している。


 だって、だって、だって!


 この男を攻略するために一体桃がどれだけの労力を尽くしたと思ってるんだ。

 関わる接点を作るための演出をして、毎日のように上の階の上級生の教室まで通い、お弁当だって(ママが)三回も作って、その上で一ヶ月近くの時間を掛けてアピールしてたのに一向にあの朴念仁は告白してこないし!


 だからこうして、わ!ざ!わ!ざ! 


 こっちから告白なんて強行手段を取ってあげたのに、あろうことかそれを断るだとぉぉお!?



(ふざけんなああああああああぁぁああ!!!)



 しかも事態は思ったよりも深刻だ。


 この超完璧究極天下無敵のアイドルである桃がこんな死んだ魚の目をしたやつに振られるなんてことが生徒に知れ渡ったとしたら……



(桃の存在価値は一気に地の底に堕ちる……!)



 モテモテで高嶺の花で振られたことなんてないし、告白することすら今までなかったのに、こんな、こんな男に振られるなんて、それだけは絶対にあってはならぬ!



「それじゃあ、俺は帰るよ」 


「えっ」



 そうこうしてる間に先輩はしれっと踵を返してさっさか帰ろうとしていた。

 桃に告白されたのに断るだけ断って帰るとか、頭おかしいのかな、この男は。


 ……いやいや、そうじゃない!


 このままじゃ、本当にやばい!

 こうなったらもう、やるしかない!



(……モモカー! やるんだな! 今、ここで!)


(ああ、勝負は今! ここで決める!!)



 内なる戦士の桃が動き出した。

 目標はあの朴念仁に交際を認めさせることだ!


 進撃の桃は瞬時に脳内をフル回転させて目の前の男を全力で落とすための策を巡らせた。(この間、二秒!)


 そして閃く! ええぃ、作戦開始じゃい!


 桃はすぐさま帰ろうとしている先輩の袖を急いで掴んだ。



「私は先輩のことが好きです! 私のことは恋愛として好きではないのかもしれないけれど、私が嫌いじゃないなら付き合ってください! 私はそれでもいいです!」



 作戦1. 都合の良い女を演じる!


 解説)この作戦によって先輩の中の桃の相場は一時的には急激に下落するかもしれない。

 だが今日さえ乗り切って付き合うことに成功すれば後からどうとでも修正は出来るのだ。

 振られたという汚名を無かったことにして且つ、適当なタイミングで「やっぱ付き合ってみたら、ちょっと違うわ」みたいな感じでこっちから振ってやればいいだけのこと。


 桃に一時でも恥をかかせたことを後悔させてやる!

 あっはっはっはっ——


 

「いや、それは出来ない。だって付き合うっていうのはお互いが好きだからするものだろ? そんな半端な気持ちで水瀬と付き合うなんてこと俺には出来ないよ。水瀬はもっと自分の価値を大事にしなよ」


「…………」



(いや、正論いらんからぁぁ!)


(死んだ魚のような目を据えつけてるくせに、純粋な態度を取ってくるなぁぁぁ、半端者でいろよぉぉ)


(おまけに説教まで垂れやがって! お前が振ろうとしてるから価値が下がるんだろうがっ!!)



 くっ、作戦1は失敗だ。


 流石に今まで告白をOKしたことがないことで有名なだけはあって、奴のガードは思った以上に硬いようね。

 真正面からは無理みたいだから、次は変化球で奴の脇腹を狙ってやる。


 そこで桃は表情を切なそうなポジショニングにシフトチェンジさせてから斜め下45°の角度で顔を俯かせた。



「……ひどいですよ、先輩……これだけ私に優しくしておいて……こんなに好きにさせといて、振るなんて……ちゃんと……責任とってくださいよ…………」



 作戦2. 同情を誘って罪悪感で認めさせる!


 解説)健気な想いを漏らしつつ、相手に落ち度があるような語りかけをすることにより、罪悪感を与えると共に「俺が守らなければこの子は不幸になってしまう」みたいな印象を植え付けるのだ。


 流石の朴念仁な奴でもこれを受けてまともに立っていられるはずは……なっ!!



「ごめんな」



(いやいや、めっちゃ真顔なんだが!?)


(え、なんなの? 桃に告られたのが嬉しすぎて逆に感情がなくなっちゃった悲しきモンスターなの!?)


(昨日まではもうちょい甘っちょろさっていうか、感情の起伏があったと思うんだけど!? なんで今日になって急にこんなスンッってなってんのよ!!)



 おかしいよ!

 この一カ月でちゃんと好感触はあったし、先輩は絶対桃に惚れてると思ってたのに!

 どこで間違ったの!?

 なにがどうしてこんな状況になってるの!!!

 

 もう許さないっ!

 とうとう桃を本気で怒らせたね!!

 これは今まででたった一人にしかやったことのない必殺の奥義なんだけど、仕方ない!

 見せてやる!! 


 そして、桃は両手を両目にセットした。



「……ぐすっ……うええぇぇぇぇえんんん!!」



 必殺奥義. 桃ちゃん特製泣き落とし作戦っ♡♡


 解説)泣く、以上。

 涙は女の最後の武器であるからにして、最強にして無敵の必殺技である。

 桃がこれを繰り出して、折れなかった者は未だかつていない。(参考対戦相手:パパ)



 そして桃は泣いた。


 これでもかというほど泣いた。

 放課後なので周りの視線なんかも気にせず泣いた。


 演技というと少し違うかもしれない。

 悔しさと敗北感に自然と涙が溢れ出てきていたのだ。



「うぇぇぇん……ひどい……ひどいよぉ……うええええええええん……ぐすっ……ひっく……」



 だけど、泣きながら桃は思った。



(……これは泣きすぎじゃね?)



 なんか自分で想定してた泣き方とはちょっとズレている気がする。

 もっとこう……切ない感じで泣いて訴えかけようとしてたはずなんだけど…………って、あれっ??



「…………はぁ…………」



 しかし意外にもさっきまで銅像のように微動だにしなかった不動明王の表情が少し困ったように変化した。



(弱ってる!? ……今が千載一遇のチャンスッ!!)



「ぐすっ、好き……ぐすっ……なのに……ぐすっ」



 ここぞとばかりに桃は攻め立てた。


 ここまでしてダメだった場合、桃のプライドはボロボロになり死にそうなので、そりゃあ必死に攻め立てた。



「はぁ……分かったよ。俺も少し水瀬の気持ちを蔑ろにしてたのかもしれない。だからこういうのはどうだ?」


「しぇんぱい?」


「とりあえずお試しで一ヶ月だけ付き合ってみよう」


「おてゃめし?」


「うん。それでもし一カ月後にお互い同じ気持ちで好きになれたらそこから本当に付き合うことにしよう」


「良いんでしゅか?」


「うん、言っただろ? 水瀬は友達としては好きだって。だとしたら、もしかしたらそういう道も歩めるかもしれないって今になって思ったからさ」



 先輩はそう言って桃の頭を撫でた。






 …………………………






(しゃおらああああああぁぁっっっっ!!!)


(あっぶねえぇぇぇ! 死ぬとこだったああぁぁ!!)


(うっひょぉぉー! 騙されてやんのー! ばーか! 用が済んだらさっさとポイしてやんよぉぉぉ!!!)



「けど、それだけだと俺にはメリットしかないからちょっとだけ条件を付けようか」


「ひょえ?」

(ひょえ?)



 まさかの逆転勝利に心中喜びの舞をするのも束の間、先輩が意味不明な発言をするもんだからつい内面と外面がシンクロした返事をしてしまっていた。

 イケナイ、イケナイ!

 冷静に、どんな時でも、外面だけは天使のままに!



「じ、条件って具体的になんですか?」


「そうだな。もし一ヶ月経っても俺が好きになれなかったとしたら、俺は水瀬の時間を奪った上にもてあそんでしまったことになるよね」


「いえ、そんなことは……」



(はぁ? こいつ下手に出ればどんだけ上から目線なんだよ。桃と一月ひとつき恋人として付き合って好きになれないわけないだろーが! ばーか!!)



「だからもしそうなった場合、俺は水瀬には今後一生関わらないし、水瀬に関することを口にすることもしない。それだけの水瀬の気持ちに応えられないのに、その後も一緒にいるのは俺に都合良すぎるからね」



(えっ!? なにそれ? ……逆に最高じゃん!)



「うぅぅ……私としては条件なんていらないんですけど、先輩がそう言うなら、嫌だけど受け入れます」



(むしろ、あとで条件を取り下げろって土下座してきたとしてもしてやんねーよーだ!)



「分かった。じゃあ、その条件だけは何があっても絶対に遵守する。約束できる?」


「はい……約束……します」


「ならこれで契約成立だ。宜しくね、水瀬!」


「……? よ、よろしくお願いします、先輩!」



 最後らへん、なんだか狐に摘まれたような感じで釈然とはしないけど、とりあえず振られて終了という窮地は凌ぐことが出来たみたいなので良しとしよう。


 

「それじゃあ、俺は今日のところは帰るね」


「あ、先輩っ! これを!」



 最後に連絡先の書いたメモ書きを先輩の手に握らせることにより、これからの布石を残して解散をした。

 

 ふふっ、今日はこのくらいで勘弁してやる。


 と、颯爽と帰ろうとする先輩の後ろ姿を見ながら不敵な笑みを浮かべてたら、先輩はふと思い出したように振り向いた。



「あ、先に謝っとくけど。明日から水瀬のことを恋人として好きになれるように頑張ってはみるけど、ダメだったら本当にごめんな! それじゃあ、また!」


「…………はい」









(はあぁぁぁ!?)


(あんの男ぉぉぉお。こっちが下手になってたら舐め腐りやがってぇぇぇぇええええ!!!)


(絶対、惚れさせる! 絶対、絶対惚れさせる!!)


(惚れさせて屈服させて、ボロ雑巾のように捨ててやる!)



(こうなりゃ、戦争だぁぁぁあああああ!!!)





 そして、その日から桃と霧島雫との恋愛戦争が始まったのである。

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