ep.5 クズから始める高校生活
俺は過去の記憶を思い出しながら机に突っ伏した。
同時に死んだあとの天使や神様とのやりとりについても鮮明に蘇っていた。
「なるほど、これが特別試練か……」
詰まるところ、俺はもう既に過去にタイムリープしているということになる。
状況は理解した。
理解はしたのだが、色々と思う所はあった。
おそらくここは俺が通っていた高校だ。
ということは今の俺はもうすでに高校生になってしまっているということだ。
そのことに俺は納得がいかなかった。
あのさぁ、普通人生をやり直すっていうんなら最初から始めるもんなんじゃないの?
RPGのゲームを全クリしたあとに、じゃあもう一周しようってなったら最初から始めるよね?
だから俺はてっきり在りし日の母の腕の中で赤子になった俺がオギャーつって泣きながら生を受けたところで意識が覚醒するもんだと思ってたんだが。
——ブーッ、ブーッ、ブーッ!
そんなツッコミだらけのタイミングで折り畳んでおいた未来では希少種であるガラケーがまたもや振動した。
おもむろに携帯を開いてみると非通知設定での着信がきており、とりあえず通話ボタンを押した。
「もっしもーし! 霧島さーん、私ですよー? えへへ、分かりますか? もちろん分かりますよね? 正解は美少…………」
そして沈黙のまま通話ボタンを切った。
——……ブーッ、ブーッ!
が、すぐさま着信が鳴った。
「ひどーい! 霧島さん、なんで切るんですか!?」
「用件はなんだ?」
「な……なんという用件男……」
「無いなら切るぞー?」
「嘘です! 切らないで! 神様が初回だけ特別にアドバイスをしてやるって仰ったから電話したんですよ!」
電話越しの相手は天使だった。
妙なハイテンションが地味に腹立たしい。
それにしてもタイムリープさせたり、急に通話をしてきたりとあの世は何でもありかよ。
まぁ、今回は物申したいこともあったしちょうど良いタイミングとも言えるが。
「ならとりあえず質問していいか?」
「御意です」
なんやねん、その受け答えは。
まぁ、いいけど。
「今は西暦何年だ?」
「えーと、2009年の5月です」
ということは……やはり、今は十五年前の俺が高校二年生の時期ってことだよな。
「なんで?」
「え、なんで? なんでってどういうことですか?」
「なんでそんな中途半端な時代なんだよ?」
「あぁ、なるほどですね……聞いてみます」
俺は現状に対して不満があった。
だが、いくら文句を付けようにも確認は必要だ。
もしかしたら何か理由があるのかもしれない。
力が及ばず始めまでは戻せなかったとか、ここからしか始められないみたいな制約があるから申し訳ないけどここからリスタートしてください、みたいなことならそれは納得せざるを得ないしな。
「なんか——我の気分、だそうです」
「……はい?」
「えーとですね……——我は映画とかドラマでは序盤は二倍速で飛ばして、盛り上がりどころをじっくり見たい派だ、と仰っております」
「…………はい?」
言ってることがよく分からないので念の為にもう一度だけ確認をしてみた。
「——お前が赤ん坊からぬくぬくやってるところなど我には退屈で見てられぬ。だからいっそ修羅場とかトラブルが起こる場面から始めたのだ、と仰っております」
俺は絶句した。
なんなんだこの神様は。
人を何だと思ってんだよ、くそが。
騙された。
くそ詐欺師が!
「——君に言われたくない、だそうです」
くっそ、何も言い返せねぇ!
赤子からやり直して前世の知識とかで天才児みたいな扱いされて無双とかしたかったとか言えねぇ!
実は結構そういう想像をしてウキウキしてたのに!
期待だけさせといて落としやがった!
「——勘違いをするな。これは試練であり、一度死んでいようがタイムリープをしようが、お前はどこまでいってもただの詐欺師だ。罪を清算するまで罪人であるその事実は消えぬ」
「……」
再び唐突に聞こえてきたオッサンのたった一声はどこか浮ついていた気持ちを正確に見透かしていた。
一瞬で現実に突き落とされたような気分だった。
ふざけた性格をしている神だが、ただのお飾りというわけではなく言葉ひとつひとつに重みと圧が注がれているせいで電話越しでさえ緊張が生じた。
「——そして忘れるな。お前は詐欺師であり、我は詐欺師であるお前を見込んでこの試練を与えたのだ。それを履き違えてもらったら困るぞ」
「詐欺師である俺……か」
……なるほどな。
その言葉で神の言いたいことは分かった。
俺は自分が死んだと理解した時、詐欺師という役を勝手に降りようとしていた。
けれど神はそれを許さなかった。
逃げることは許さない、詐欺師として罪を償え、と。
「——詐欺師だったお前を思い出せ。目的のためにはありとあらゆる全てを使い、どんな汚いことでもやってのけたお前を我は評価したのだ。腑抜けたハナタレなどに興味は無い」
——その一喝が俺の中に眠る悪魔を呼び起こした。
「…………それはつまりどんなに汚い手を使っても、どんなに非人道的なことをしても結果さえ出せば文句はないってことでいいのか?」
「——そうしなければ、試練は越えられん」
「文句が無いなら良い。ではこっから先はあなたの言う通り俺のやり方でやらせてもらうことにする。なら、まずはあなたが言っていたアドバイスを寄越せ」
「——ファッファッファッ、ようやく目を覚ましたか。よいよい。それなら言葉通り初回だけお前に三つの情報を与えてやる」
「早く」
「——望まぬ妊娠、父親不明、過去のトラウマ」
一見すると、全くもってまとまりの無い情報。
けれど、俺にはそれで充分だった。
「分かりました。それじゃあ時間もないのでそろそろ良いか?」
「——ああ、では楽しませてもらうぞ。霧島雫よ——」
通話はそこで切れた。
すぐに目を閉じて深呼吸をする。
「……スゥー…………やるか」
机の脇にぶら下がっていた鞄を漁り、ノートと手帳を取り出して机上に並べ、それらと携帯、記憶を頼りに今ある状況から多くの情報を収集していく。
高校二年、五月、水瀬桃華からの着信、十六時、放課後、神、試練、救済、制約、三つの情報、狂気に満ちた手帳の内容、など。
箇条書きでノートに書き連ね、更にそれらの繋がりを推察してまとめる。
最後に後に回していた通知メールの確認する。
from:水瀬桃華
sub :お疲れさまです。このあと……
————————————————————
まだ学校にいますか?
居たら中庭にひとりで来て欲しいです。
待ってます(//∇//)
————————————————————
その内容を見て俺はやるべきことを確信した。
この誘いに乗ると、そのあとに俺は水瀬桃華に告白されることになるだろう。
これは過去の記憶にもあるし確定イベントだ。
そして、俺が最初に救うべき相手というのがこの水瀬桃華という悪女なのだろう。
記憶ではこいつは後に自殺未遂をして退学するしな。
この女には苦い記憶もあるし、あまり乗り気ではないがそんなことは関係ない。
今の俺は詐欺師としてここにいる。
ならば、どんな仕事だろうと必ずクリアする。
それが詐欺師である今の俺の唯一の存在価値。
となると最初の分岐点はこの告白イベントをどういう切り口で切り抜けるかというところだ。
それ次第で今後の展開は大きく変わってくる。
誘いに乗るか、反るか。
告白を受けるか、受けないか。
これらは重要な選択だ。
本来ならばもっともっと多くの情報を集めたうえで様々な選択肢を作るべきなのだが、今回はそんな悠長にしている時間はない。
とはいえ彼女の運命を変えなければならないということは、どのみち彼女には関わっていく他ないことを考えると選択肢はほぼない。
「……とりあえずは乗るしかないな」
俺はメール画面を開き、久しぶりのボタンうちに苦労しながらも「今から行く」という文面を打ち込んだ。
▼▼▼
校舎が囲うようにして出来ている中庭に着くと、水瀬桃華はベンチに座っていた。
桃色でよく手入れされているサラサラなロングヘアーに、どこぞのアイドルが横にいても見劣りしないほど整った容姿。
小柄で華奢な割に胸部は突然変異のように凄いものを備えている男に好かれる為に生まれたようなスタイル。
久しぶりに見る水瀬桃華は俺の記憶の中のそれとなんら変わらぬ綺麗な姿をしていた。
「先輩っ! 来てくれるって信じてました!」
水瀬は俺に気付くと、これまた記憶通りの甘ったるい声音で犬のように駆け寄ってきた。
この声が別れ際には一切の抑揚のない喋り方になるのだから女は恐ろしい。
甘々な様子の今だが、内心では俺に対する興味など全くないことはもう分かっている。
騙されていると分かっていながらその誘いに乗るのは良い気はしないが、これは逆に言えばリベンジのチャンスとも捉えられる。
よし、迷いは消えた。
試練やらなんやらはもうこの際関係ない。
これは俺にとってのリベンジだ。
クズの俺がまともに生きるためのリベンジ。
さぁ、始めよう。
——クズから始める高校生活を。
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