第一章 恋と嘘の30日戦争編
ep.4 過去から始める元恋人
"地獄で仏"ということわざがある。
これは自分が苦しくてどうしようもないくらいに弱っている時に思いがけない助けが入ったときなどのことを意味する言葉だ。
思えば、彼女——
中学三年の頃、病に伏せっていた親父が死んだ。
俺の中の親父はいつでも強く正しく逞しい人間で、病気なんかに負けるはずがないと思っていた。
けれど、親父はなんとも呆気なく死んだ。
親父は死の間際に俺宛に手紙、というか遺書を残していた。
「妹と母さんを頼む。俺の息子であるお前にだけは任せられる」というのと「実は母さんが良くない宗教に騙されていた」みたいな内容だったと思う。
あの頃の俺は学校でもそこそこ中心的な存在だったのもあって、謎に根拠のない自信があった。
託された想いをしっかり受け継いでみせる、みたいな気持ちで溢れていた。
そこでまず親父が死んでひどく落ち込んでいる母と妹のケアとそれに代わって家事などを俺がやることにした。
勿論、俺自身も悲しみはあったが、俺がなんとかしなければという気持ちの方が勝っていたので体は自ずと動いた。
そうして過ごしていくうちに二人共少しずつ元気を取り戻していったので俺は充実感と安心感、それと気付かないうちに油断が芽生えた。
それがまずかった。
気付けば母は再び宗教に足を運び出していた。
母は懲りていなかった。
いや、今にして思えば親父が死ぬ頃には既に完全に洗脳が完了していたのだろう。
悔しかった。
俺がやってきたことではなく、結局宗教によって母は元気を取り戻したんだと気付いた時にどうしようもない悔しさが押し寄せた。
更には裏切られたという気持ちもあった。
俺は母を精神病院に入院させることにした。
妹を始め、周囲の人間には止められたが俺は断固としてそれを強行した。
その行動の裏にはつまらない意地とクソガキみたいなプライドもあったと思う。
どうにかして入院させることが出来たが、考えなきゃならないことは山ほどあった。
自分が高校に入る為の入学金や学費、妹の交際費や家の生活費、そして、母の入院費。
親父はしっかり貯金もしていたし、生命保険も加入していたが母が使い込んでしまったので家にお金はほとんど無かった。
当然お金が足りなくなる。
だから俺は十五歳から働けるところを探し、毎朝新聞配達をしてお金を稼いだ。
高校になってからは働ける幅も増えたのでいくつものバイトを掛け持ちして時間の限り働いた。
全ては家族のためだった。
そんな感じで日々を送るうちに高校二年になった。
正直にいうとその頃には精神的にも体力的にも限界を迎えていた。
気張ってはいたが、所詮高校生のクソガキの決意や覚悟なんて大したものではない。
自分で勝手に全てを始めたくせに、なんで俺だけがこんな目に……俺だって遊びたいのに……これだけ俺がやってるのに感謝のひとつもない……なんて独りよがりな不満が募っていた。
今にして思えば本当に馬鹿でどうしようもないクソガキだと思うが、今にして考えても高校生がそんな生活を続けて行けるはずなんてなかった。
そんな心身共に潰れかけていた頃に俺は水瀬桃華と出会った。
全校集会が終わり、体育館から渡り廊下で教室に戻る途中に前を歩いていた彼女は生徒手帳を落としていった。
拾ったは良いものの人混みが多くて彼女を見失ってしまった俺は仕方なく教室まで届けにいった。
届けると、彼女は涙ながらに感謝を伝えてきてお礼に何かしたいと申し出てきた。
たいしたことじゃないからと一度は断ったが、その手帳には母からもらった宝物が入っていたと言って恩人に感謝したいと譲らなかった。
俺はめちゃくちゃ良い子じゃん、と思いながらその申し出を受けた。
次の日、彼女は昨日のお礼だと言ってお弁当を用意してくれた。
節約のためにいつもおにぎり二つで済ましていた俺にとってその気遣いは本当に嬉しかった。
その後も何度か彼女は俺に対してお弁当を作ってくれたり、バイトで疲れ切っていた俺を労ってくれたりした。
ボロボロだった俺にとって彼女の存在は確実に心の救いになり、同時に彼女に惹かれていっていた。
しばらくした放課後、俺は彼女に告白された。
嬉しかった。
今まで何回も告白されてはいたが、好きじゃなかったり、そんな場合じゃなかったのもあって付き合ったりはしたことはなかった。
けれど、俺は彼女に惚れていた。
初恋だった。
家の状況を考えるとそんなうつつを抜かしている場合ではなかった。
ただその時の俺は心身共にボロボロ。
少しくらい俺だって高校生らしい青春を送りたいという気持ちと心を救って貰えた恩に報いたいという気持ちもあって付き合うことにした。
付き合った時は天にも登るような気持ちだった。
付き合うことになった週末、俺と彼女は初デートをすることになった。
場所は隣町のショッピングモール。
俺にとっては久しぶりのプライベートでの休日。
めちゃくちゃ楽しかった。
罪悪感があったが、その日のデートはかっこつけたいのもあり、奮発して全奢りで遊びまくった。
彼女も楽しそうでホッとした。
それから週末と平日の一日は彼女との時間にした。
ただ日々の生活もあるのでそれからのデートではあまり奢ったりお金を使ったりするのは控えた。
彼女は最初はいつも天使のような笑顔を見せていたが日に日にその態度が曇っていった。
そして付き合ってからちょうど一ヶ月経った日の放課後。
彼女は俺に別れを告げた。
その時の彼女の表情は出会ったときとは全く別物の冷え切ったような表情だった。
正直、かなりショックだった。
けど俺は彼女が好きだったので彼女の意思を尊重して出来るだけ笑顔でそれを受け入れた。
その時の彼女もどこか不満そうだった。
色々と思うことはあった。
不満とかがあるなら言って欲しかったし、もう少しこっちの話を聞いて欲しかったし、最後くらい笑顔が見たかった。
ただ俺が悪かったんだろう、と割り切った。
またバイト三昧の日々に戻った。
それからしばらくしてある噂が流れてきた。
彼女は悪女である、という意味不明な内容だった。
少し気になった。
授業が終わったら即バイトで付き合いの悪い俺には友達はほぼいなかった、けれどそんな俺にわざわざ関わってくる奴がいた。
同じクラスの
鳴上はイケメンで陽キャで学校中の人気者だ。
それなのに何故か俺に執拗に関わろうとする不思議な奴だった。
鳴上はとても顔が広いし、色んな情報を持っていた。
だから俺は鳴上に水瀬桃華について聞いてみた。
衝撃をうけた。
水瀬桃華は男を誘惑して自分の虜にし、有り金を使わせた上でその男を容赦なく捨てるような悪女だった。
たしかに思い当たる節はあった。
付き合うことになった後、鳴上にそれとなく止められていたことも思い出した。
俺もまんまと騙されていたわけだ。
今更、怒りが沸いてくることはなかった。
けれど、興味が一気に失せた。
水瀬桃華に対しても、恋愛に対しても。
そこで初めて俺の初恋は終わり、同時にそれが俺の最後の恋となったのだ。
ちなみにその水瀬桃華は俺と別れた二ヶ月後。
自殺未遂を起こし、学校を自主退学した。
その理由や経緯を俺は知らない。
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