ep.3 詐欺師から始める特別試練
——もう一度、人生をやり直しましょうよ!
天使の言葉が脳内で何度も何度も反響した。
これは一体どういう意味だろうか?
話の流れからすると、まるでこれから俺がタイムリープしちゃうよ、みたいなニュアンスに聞こえたが。
まじで言ってるのか?
「ふふっ、まさにニュアンス通りの意味ですよ」
まじだった。
いやいや、生前に人を騙しまくったクズな俺が死んだあとにそんな都合の良い展開が起こっていいのかよ。
「良いんですよ。というよりも生前で人を騙しまくれたクズな詐欺師だったあなただからこそ、このような選択肢が生まれたのです」
ほぉーん…………え、どゆこと?
「そうですねぇ。まず前提のお話をすると、死んだ人間の魂というのはここに来ます。そして通常ならば死を通告されたあとに天国に送られていくというのが一連の流れです——まぁ、通常ならばですが」
まぁまぁ、ありふれた死後の話だな。
意外と現世での言い伝えなんかは出鱈目な作り話っていう訳でもないと。
……ただ、通常ならばって強調するということはそれは暗に俺は通常じゃないってことを言いたいのだろう。
「おっしゃる通りで霧島さんは例外です。なぜならあなたは生前でたくさんの罪を犯した罪人だからです」
ほう。
それはつまり死後、善人は天国に行けるが、悪人はそういうわけにはいかない、という事になる。
この先はありがちな話としては地獄に堕ちるって感じかな。
「流石に察しがいいですね。あなたの言う通り、人道から外れてしまった罪人の魂は犯してきた罪を償ってからでないと輪廻転生の流れに戻ることはありませんので、当然その罪を清算し、魂の汚れを濯ぎ落とす必要があるのです。そしてそれを行う場所が地獄なのです」
して地獄でどうやって罪を滅すんだ?
「八熱・八寒の十六地獄にて罪が浄化されるまでの間、苦報を永遠と繰り返していくことで滅ぼすのです。ちなみに平均的な罪人の浄化期間は約二千年くらいです」
地獄の内容についてはよく分からないが、聞いただけで死ぬほど辛そうな目にあうことはよく分かった。
まぁ、もう死んでるんだけど……。
ただひとつだけ言えることは死んでからも地獄のような目に合うしかないということだ。
……で、地獄に行かなきゃってことは理解したが、それと最初の話がどう関係してくるのかが全く分からん。
「はい。ではここからが本題なのですが、これは絶対に他言無用の内容なのでそのつもりで聞いてください」
お、おう。
誰にも言わん。
俺を信じろ。
「……全くもって信じられないですが、ここはそうするしかないので信じましょう」
これっぽっちも信用が無ぇー。
まぁ詐欺師だったから当然なんだが。
「実は特別試練というものがあります。それは地獄行きの人の中の更にひと握りだけに与えられる特別な道です。罪人の中でも特に何か特別な才能を持った人間は神様に見出されます。そしてその才を活かすことの出来る試練によって罪の清算をすることができ、試練を達成することが出来れば地獄は免除されるという特別な制度です」
特別試練、特別な才能、試練を乗り越えれば地獄は免除……なるほどな、罪人の特待生みたいなもんか。
元がめちゃくちゃな悪人だろうが、能力があり、結果を出せば罰を回避できるってか。
全く、地獄の沙汰も金次第とはよく言ったものだな。
「そして霧島さんには神様から特別試練の参加の推薦とその試練の内容が伝えられました。その内容が——過去に戻り、培った才能を駆使して、周囲にいる不幸な運命が待つ人々を救い出すことで、罪を浄化せよ——というものだった、というわけです」
ここでようやく天使の言葉の意味が繋がった。
だから俺にやり直すか、と聞いたのか。
たしかにノルマみたいなのが付いているがそれは人生をやり直すことに違いない。
正直、俺からしたら地獄も回避出来るし、過去の悔いを清算出来る願ってもない提案だ。
「それじゃあ、やり直すってことで良いですね?」
いや、待て。
だが、美味い話には必ず裏がある。
即採用の会社がブラック企業であるように、ギャンブルは必ず胴元が儲かるように、光があれば闇があるのと同様に、きっとこの話にもなにかしらの制約や条件があるはずだ。
そもそも懺悔として行われる試練がこんなメリットしかない簡単な内容であるはずがない。
天使よ、本当に情報はこれで全てか?
「……試練を乗り越えられなかった場合、永遠の苦痛が続く"無の闇"に堕とされることになります」
ほら見ろ、なんかあった。
えーっと、つまり試練を乗り越えなければ一転して重罰が下されると。
特別試練とはまさにキツめの執行猶予みたいなもんってことか。
それにしても永遠の苦痛……ね、これはまたかなり厳しい内容だな。
ちなみに特別試練の内容っていうのは具体的にどうすれば終わりなんだよ。
「あなたが前世で不幸にした人間の数だけ、人々を救い出すのです」
へぇー…………えっ、いや、待て待て、おいおい。
それだと俺が数十年間で騙してきた人の数やそれ以前の無能なガキだった頃に不幸にさせてきた人の数だけ助けなけりゃならないってことか?
百や二百じゃ足りない程の数になるぞ、そりゃ。
「そうです。特別試練は生前で犯した罪の数によって難易度も上がっていくんです。それと、霧島さんの場合もう一つ制約があって、関わった人が一人でも不幸になった場合も試練失敗となり無の闇へ堕とされます」
関わる人を誰も不幸にさせないようにコントロールしながら、何百人という人間の運命を変えろだと?
しかもそれが出来なければ永遠の苦痛が待っている。
それはちょっと、えげつなくないか?
「しかし、神様はこう仰っております。——罪人の受ける試練が生温い訳がないだろう、と」
更にここにきて唐突に神様が降臨してきたんだが。
一体、今まで何してたんじゃい!
しかも神様とやらいきなり辛辣だし。
いや、たしかに正論だけどさ、もうちょっと温情というか情けを掛けてくれたりはしないのか?
「神様はこう仰っております。——しかし、我は越えられぬ壁は作らない。お前になら試練を乗り越えることが出来ると信じて推薦をしたまで、と」
お、おう。
なんか断り辛くなったんだけど。
「——ちなみにこれまでの特別試練を受けた者の達成率は0%だが、お前は先程イエスマンと自負していたし、まぁ断ることはないだろう、とも仰っております」
それを早く言わんかいっ!!
全滅やんけ!
やっぱり無謀な内容なんじゃねーか!
クソッ、油断して軽率なことを喋りすぎたっ!
「けれど神様は——もし万が一乗り越えることが出来たならば褒美として、お前の願いを何でも叶えてやろう、とも仰っております」
成功率0パーの難題を出しといて、何でも叶えるとか言われてもな。
それやってることは絶対儲かるって言って投資話を斡旋してくる詐欺師とやってること一緒だからな!
「ですが、霧島さん。どっちにしろそれらを呑まなければあなたの行き先は地獄一択になりますよ? そもそも特別試練を推薦されること自体が稀なんですよ?」
いや……そうかもしれないけど、それにしてもリスクが高すぎだろ。
希少価値に釣られるというのも俺が騙してきたカモとなんら変わらない馬鹿ということになるし。
「だ、大丈夫ですよ! 超超超ウソつきの霧島さんならきっと初めての試練通過者になれます! 私と神様はあなたが成功させる能力があることに太鼓判を押していますから!」
うーん、あんまりそのセリフで背中は押されないけど……たしかにどの道地獄で苦報をすることになるのなら挑戦するべきなのかもしれない。
ただ俺のことは自分自身がよく分かるが、俺にそこまで他人の運命をどうこうするだけの力はない。
何を持ってしてこいつらは俺の能力に太鼓判を押しているのだろうか。
「お前のウソや策謀で他人の運命を欺け、と神様はそうおっしゃっていますよ! ねっ!」
押しと圧が強い、逃げ道が封鎖されている。
はぁ…………分かった分かった。
どうせ一度は死んだ人生だ。
それにここまで話に乗り掛かってしまった訳だし、こうなったらやるよ!
やりますよ!
やってやろうじゃんかよ!
そこまで言うあんたらを信じて挑んでやる。
特別試練とやらに。
と、覚悟を決めたのはいいものの、
「な? 此奴は押しに弱いのだ。ちょろいもんだろ? と神様はそう仰っています」
そんな余計な一言が追加された。
……ちょいちょい、天使さん、そこまでは言わない方がいいと思うぞ?
ようやく上がってきたモチベーションも途端に急降下しちゃうからね?
富士急のジェットコースターみたいになっちゃうから。
「あっ、ついそのままの勢いで言っちゃいました」
アホなのかな、この天使は。
「むうぅ……だとしても! 霧島さんの能力を私が信じているのは事実ですから!」
ああ、そうですか……まぁ、ちょっぴりケチがついたけど今回は目論見通りに動いてやることにするさ。
過去に戻ってやり直せるんなら、俺としてはそれだけでいいし。
だから俺は特別試練に挑む!
そう啖呵を切ると、頭上から虹色の火の玉みたいな光が舞い降りてきて、そこからおっさんの声が響いた。
「ならば契約は成立だ。さぁ、霧島雫よ。これは我との戯れだ。我はこの場よりお前のこれからの行いを存分に鑑賞し、楽しませてもらう。そして我に見せてみよ、お前の新たな生き様と希望を」
おそらくこのおっさんの声はさっきからちょいちょい話に出てきてた神様だろう。
どうでもいいが、一番美味しいところだけは自分の声でやりたかったのかという浅ましい振る舞いを考えると神様とやらはなかなかの性格だなと思った。
「はんっ、神とは気まぐれなものよ。嫌ならこれからすぐにでも特別試練の推薦を取り消せるが?」
いや、断言しよう。
神様って奴は性格が悪いようだ。
「ファッファッファ、神に向かってよう言いよる。だがそれも良い。その度胸も我がお前に興味を持った一端であるからな」
そりゃ、どーも。
そんでこれからどうすればいいんだ?
「我が今からお前を過去に送る。してお前が目覚めた時点で特別試練は開始となる。準備はよいな?」
ああ、いつでもいいぞ。
「では健闘を祈る」
すると俺の周囲の床から真っ白な部屋よりも更に眩い光の球が出てきて全身を包むように覆った。
そして俺の意識は一瞬にして途絶えた。
▼▼▼
「——ブーッ」
ん?
「——ブーッブーッ」
なんだ、どこからか音が聞こえる。
「——ブーッブーッブーッ!!」
「ッ!?」
そこでようやく意識が覚醒した。
バッと目を開くと目の前にどこか見覚えのある風景が現れたが、他の人の気配はない。
ここは……教室?
長い長い眠りから覚めたような不思議な感覚の中、周りを見渡すと規則的に並べられた茶色い机に椅子、更に正面には黒板があった。
なにより俺が着ている服はブレザー式の制服だった。
どういうわけか俺は学校の教室にいるみたいだ。
「ブーッ!」
ボーッとしていると制服のポケットの中から先程聞こえていた振動音が再び響いて存在感をアピールしてきたのでポケットからそれを手に取った。
「うぉ、懐かしいっ!」
その正体は紛れもなく俺が高校の時に使っていた携帯電話だった。
しかも折りたたみ式のいわゆるガラケーという、生前では絶滅危惧種に認定されていた代物だったせいであまりの懐かしさについ声が漏れ出てしまった、いかんいかん。
気を取り直して早速携帯を開いてみると、液晶画面に着信とメールの通知が一件ずつ届いていた。
まずは、と着信の履歴を覗いてみる。
1. 不在着信 5/6 15:06 水瀬桃華
その発信者の名前を見た瞬間、俺の記憶は一気に蘇った。
「水瀬……」
その彼女の名前は。
——高校時代、俺の最初で最後となった元恋人の名前だった。
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