ep.2 死後から始める出会い




 ――空白とはまさにこの事だった。


 

 物凄い衝撃と共に急激に視界が真っ暗になったと思ったら、次に目を開けると俺は真っ白な世界にいた。

 

 ここはどこで、どうしてこんなところにいるのかがさっぱりわからなかった。

  

 おまけに目の前には全く見覚えのない銀髪の少女が視線をこちらに向けて立っている。

 しかし敵意は感じず、むしろ空気感的には好意……とは違う、好奇心のようなものを感じる。

 見た目もあどけなさが残った十代くらいの若さだし、とりあえず害は無さそうで一安心。


 

「ふふっ、待っていましたよ。霧島雫さん!」 



 すまない、前言を撤回させてくれ……。


 どうやら害はありそうだ。

 どうしてかと言うとこの子は俺のとっときの本名を知っているからだ。

 まず、それ自体がおかしい。

 それは俺が詐欺師として裏の世界で生きていくようになった数十年も前に捨て去った名前。

 それをこんなひと回り以上年下である少女が知っているはずがない。

 ということは必ず背景にはめんどくさそうな組織が 絡んでいるに違いない。

 よって俺は相手に悟られないように自身の警戒レベルを上げた。



「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 勝手な勘違いで警戒レベルを上げないでください。裏にめんどくさい組織なんて絡んでるわけないじゃないですか」



 な、俺の警戒心を悟られた……だと?

 ありえない!!

 今の間で俺は声のひとつも出していなかったし、ましてや表情筋すら一ミリたりとも動かしていない。

 それなのにあの若さで僅かな動揺をこんなにもあっさりと看破するなんて、化け物かこいつは!?


 俺はただちに警戒レベルを全力で引き上げた。



「だから警戒レベルあげないでッ! すぐに引き下げてください…………って、誰が化け物じゃい!」 


 

 だめだ、心まで読まれている。


 しかも今更になって気付いたが、全身を拘束されているのか身体がまるで金縛りにあっているかのように動かせないし、どういうわけか声も出せないようになっている。    

 


「それはそうですよ。あなたは今、魂だけの存在なんですから、声帯もないので当然声も出せません」 

 


 ……



「き、急に黙らないでなんとか言ってください」



 なるほど、ようやく分かったぞ。

 こいつは、いや、こいつとそのバックにいる組織は俺が前に潰した宗教団体の残党に違いない。

 あいつらは神とか魂とかいう曖昧な概念を弱者に植え付けて、洗脳する輩だからな。

 よく考えたら、最初から怪しかった。

 天使みたいな痛いコスプレもしてやがるし。



「はぁ!? いや、これはコスプレじゃないし、私は正真正銘の天使だし、怪しくもないです!」



 やれやれ、洞察力や読心術は化け物級だが、人を騙す能力に関しては三流レベル以下だな。

 大体、自分から怪しくないって言う奴ほど、怪しいのがサスペンスの常識だろうが。


 

「あーもう! 詐欺師っていうのは想像以上に疑り深い生き物ですね! もうこれを見てください!」



 ん? なんなんだ、そのファイルは?

 


「いーから、見てください!」

 


 彼女がぱらぱらと乱雑にめくるファイルの中身を覗いてみると、どうも過去に俺がやってきた人生の黒歴史が大まかにだが、割と詳細に書かれていた。


 そして、その最後のページと思しき用紙の最後の文章を彼女は敢えて読み上げた。



「令和六年二月十四日 三十一歳の若さで死亡」



 聞いた瞬間、ここまでの状況の経緯がパッと脳裏に浮かび上がってきた。

 

 ああ……そういえば俺が最後に覚えていたのはバレンタインデーをネタに騙していたターゲットから高額なプレゼントを買わせた日のこと。


 — —ということは、その日、俺は死んだのか?



「ええ、死にましたよ。寝てる間にナイフでグッサグサに刺されて死んだんですよ」


 

 なるほど、これで合点がいった。

 どうやら俺はいつの間にかに死んでいたようだ。

 しかもグッサグサに刺されて死んだらしい。

 想像しただけで痛々しい。

 そっか、そっか、とうとう死んだのか、俺。



「私が言うのもなんですけど、反応薄すぎません?」



 薄い?

 まぁ、言われてみれば確かに薄いのか?


 でもまぁ、刺された記憶もないし、そもそも恨まれるようなことばかりしていたから、自業自得だ。

 それにいつかはこうなると覚悟はしていたし、起こったものは仕方ない。


 あ、ちなみに誰に殺されたんだ?



「それは……すいません。言えません」

 


 そっかそっか、ならそれも仕方ない。


 というか、さっきまでこいつは怪しい!とかって、緊迫感出してた自分が一気に馬鹿らしくなった。


 あの……なんか色々疑って悪かったな。

 死んだ俺がここにいるってことはおそらくここは死後の世界かなんかであんたは本物の天使ってことなんだろ?



「はぁ、ようやく信じてくれましたか。まったく、人を騙し続けてるから人を信じられなくなるんですよ」



 いやいや、それは違う。

 人を信じられなくなったから、人を騙すようになったんだよ。

 こう見えても俺だって昔は他人を信じてたさ。



「はいはい、そういえば、たしかにそうかもしれませんね。――それで、どうですか? 死んだ感想は?」



 ……あんたホントに天使か?

 普通死んだばっかの人間にそんなこと聞かないだろ。


 別に良いけど。



「むっ! 天使だって時には色々聞きたいこともあるんですー」



 そういうもんなのかね。



「そういうもんです」



 んー、そう、考えてみると……なんていうか、死んだって言うよりかは、解放されたって感じなのかもしれない。

 俺は別に好き好んで詐欺師をやってたわけでもないし、生きることに特別な執着もしていなかった。

 それにこれからは陽の当たらない場所でこそこそと周りの目を気にしながら四六時中気を張る必要もなくなったわけだ。

 今にして思えば、ずっと息の詰まるような状態で毎日を送ってたんだと思うよ。

 


「あら、拍子抜けするほど素直になりましたね。良いことだと思いますよ」



 たしかにそうかもしれない。

 それは脱力感のせいなのか、この世界のゆったりとした空気感のせいなのか、それとも目の前の少女の無垢な雰囲気のせいなのかは分からない。

 ただ自分でも驚くほど、ペラペラと心情を吐露できていた気がする。

 もうわざわざ嘘を付く理由もなくなったというのもあるのかもしれない。

 なんというか、今は詐欺師としての俺じゃなくて、昔の桐島雫として立ち振る舞えていると言えばしっくり来るような感覚だ。

 知らんけど。



「うんうん、霧島さんが納得出来ているのならそれは良かったです」



 そう言うと、自称天使は笑顔のまま更にぐいっと顔を近づけてきた。


 え、なに? 怖いんだけど。



「ふふっ、じゃあ今度は私のターンってことで良いですかね? 良いですよね?」



 なんか圧が凄いんだけど……まぁ、良いけどさ。



「それじゃあ早速、あなたのことについて聞かせてください!」



 聞かせてって何をだよ?



「全部ですよ! あなたのこれまでの人生で何をして、その時、何を言って、そして何を思っていたのかというそんな全てを知りたいんですよ。私、あなたを見つけてからずっと興味があったので!」 



 そんなのそのファイルに書いてあるじゃん。



「こんなのはあなたという物語の中のほんの一部を切り抜いただけのただの切り抜きチャンネルみたいなものじゃないですか! それじゃダメです! 今のあなたという存在を形作った全てを私は知りたいのです」



 なんだか厄介オタクみたいなやつだ。


 それにしてもなんて眩しい瞳をしてやがるんだよ、この銀髪天使は。

 まるで新しいおもちゃを買ってもらってはしゃぐ子供のような無邪気な笑顔をしている。


 でもまぁ……俺はもう死んでしまったわけで、これからはいくらでも時間があるんだろうから、こいつが飽きるまでは話に付き合ってやるのも悪くないか。


 今なら、なんでも素直に答えられるだろうし。



「ホントですか!? それじゃあまずはこの大病を患った時のこととか聞きたいです! あとは――の話とか――の時の気持ちとか――」 

 

 

 おいおい、待て待て。

 ちゃんと答えるからゆっくりでいいよ。

 興奮しすぎだ。



「むぅ……じゃあちゃんと最後まで答えてくださいね」



 ——それから例のファイルを握りしめた天使の猛攻が押し寄せてきた。




         ▼▼▼




「——そういえば、妹さんはどうなったんですか?」



 さぁな。

 母親が死んだときに親戚に預けた以来関わってないけど、素直でルックスも悪くないからきっとどこかで幸せに暮らしてるんじゃないか?

 俺はあいつに相当憎まれてたから、合わせる顔なんてどこにもないけどな。



「——あ、あと詐欺師だったこの時のこんな依頼、なんで引き受けたりしたんですか? というか、霧島さんってどんなしょうもない依頼も断らないですよね?」



 詐欺師としての依頼は俺は断らない主義だからな。



「ふふふっ、なんですか、その主義。しかもなんかカッコいいようで全然カッコよくない台詞」



 べ、別にカッコいいと思ってねーよ。


 これは悪どい奴らをおびき寄せるための作戦なの。

 そういう性悪共は断れなそうで意志の弱そうなのを狙ってやって来るからな。

 弱者を演じてるだけでウヨウヨ湧いてくる。



「作戦なんですか!? すごーい! ……ん? でもなんでわざわざ悪い奴らをおびき寄せるんですか?」



 そういう自分が狩る側だと思ってるやつほど簡単に騙されてくれるからね。

 しかもそいつら自身も悪いことしてるから、警察とかにも駆け込めないのよ。

 だからこっちが捕まるリスクも低くなるって寸法よ!



「おぉー、すごいすごいっ! 流石、詐欺師!」



 全く嬉しくない褒め言葉をありがとよ。

 

 それにしても大人しく答えつづけていると本当に永遠に止まらないんじゃないかという勢いのまま、既に体感的には二時間くらいは経過していた。

 今、流行ってるVtuberとかに向いてそうなノンストップ加減で話し続けている。

 まぁ、どんな話も最大級のリアクションを見せてくれているから悪い気はしない。

 むしろこいつは詐欺師にすぐに騙されそうで心配になるほどだが、そんな心配をよそに彼女はようやく満足そうに息を吐いた。

 


「——それにしても改めてこうやって話を聞いていきますと、なんていうか……悲劇的な人生でしたね」



 しみじみとした口振りで天使は俺の人生に対しての感想を述べたが、俺の認識は違った。


 悲劇的……ではないだろ。



「違うんですか?」



 違うね。

 昔の俺は底抜けて無知で無力で無能の弱者だったし、両親は馬鹿が付くほど素直でお人好しだった。

 だから全てを奪われたっていう、世の中の弱肉強食という自然界でありふれた摂理が起こっただけ。

 劇的でもないただの日常茶飯事だ。



「うわぁ、典型的な現実主義者リアリストだ——あ、でも、昔のってことは今ならどうなんですか? 今の霧島さんなら奪われなかったと?」



 そうだな。

 少なくとも俺の手の届く範囲なら。



「おぉ、すごい自信だ! でもそうなった時にもう何も残ってないというのは残念ですね。霧島さんは人生やり直したいなとかって思うことはないんですか?」

 


 そりゃ、思うし、昔なんかは常にそんなことを思い続けてたからな。

 タイムリープの仕方とか調べたりする位に未練がましく後悔してたもんだ。

 今となってはそんなことも——



「じゃあ、やり直しましょう!」



 ………………は?



「もう一度、人生をやり直しましょうよ!」



 ——そんなことを二回も言った天使の表情は、これまでに見せなかったいたずらっ子のような笑顔だった。



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