クズから始める高校生活

キシロギ

プロローグ

ep.1 昔話から始めるプロローグ



「むかーしむかし、あるところに霧島家という幸せな四人の家族がおりました。


 両親は近所でも有名なおしどり夫婦で、人柄も良く、他人のために尽くすようなお人好しだったのでみんなに好かれていました。

 その子供である二人の兄妹きょうだいも、当然そんな両親に育てられたこともありとても優しい良い子に成長していきました。


 しかしある時、長男であるしずくは腎臓の大病を患いました。

 治すには臓器移植が必要な上に莫大な治療費もかかるような深刻な病でした。

 家族はひどく悲しみましたが、すぐに息子のために前を向き、全力を尽くしました。

 父は休みなく仕事を入れて治療費を稼ぎ、母は毎日欠かさずに入院している息子の看病に通っては神頼みをしていました。


 そんな努力の甲斐があり、三年の闘病生活の末に息子は大病を克服し、元気になりました。


 療養を経て中学に通い出した彼は今まで学校に行けなかった分の時間を取り戻そうという勢いで日々を過ごし、眠っていた様々な才能を開花させ充実した学校生活を送るようになりました。


 しかし、その一方で長い闘病生活を支えてきた過労が祟ったのか、父は身体を壊しがちになってしまいました。

 

 母はそんな父を心配し、息子の時と同様に神頼みに通い詰めるようになりましたが、不幸なことに彼女の縋った場所は悪徳宗教団体だったのです。

 運が悪いことに息子が大病を完治させたという成功体験があったことで母はその組織を完全に信用しきっており、お布施として家のお金を根こそぎ貢いでしまっていました。


 一刻も早く父の体が良くなるようにと……。


 しかし、当然ながら良くならない父の体調に、母は藁にも縋る思いで借金までするようになりました。


 やがて父が気付いたときにはもう既に手遅れな程に借金は膨れ上がってしまっていました。


 動きたくても思うように動けない父は周囲の人間に助けを求めましたが、色良い返事はほとんど貰えませんでした。


 父は悩み、決断しました。


 自分に掛かっている保険金と元々残り長くないであろう自分の命をもってすることで全てを清算し、立派に育ってくれた息子に彼の母と妹のことを託すことにしました。


 ことが終わり、残された長男である雫は遺書にて父に託された想いを受け取り、心に誓いました。

 

「これからは俺が家族を守る」と。

  

 その頃の雫はまもなく高校に通うことになる歳に成長し、既にしっかりとした若者でした。


 父の覚悟により借金は清算され、悪徳組織から解放された状態の家庭にはなりましたが、肝心の母は深い悲しみと絶望の中にいました。

 そんな母親の代わりに雫は家のことをこなし、妹の面倒をみつつ、母親に注視していました。


 それでも悲しみに暮れた母親は雫の隙をみて再び、悪徳組織に染まってしまうようになりました。

 否、その頃には既に洗脳されてしまっていたのです。 抜け出せないほどに。


 雫は父に託された責任もあり、一人で悩み、考え、苦渋の中である行動に出ました。


 それは母を精神病棟に入院させることです。


 雫は母を物理的に悪いものや悲しみを思い出させるような家から遮断させることによって、洗脳が解けることを信じ、昔の明るく陽気な母に戻って欲しかったのです。

 当然この行動に、妹を始めとする周囲からの猛反対がありました。

 それでも雫はただ愛する母のために行動しました。


 高校に入学した雫ですが、奨学金を借りて学費を払い、家の家事を行い、放課後や休日もアルバイトをして母の入院費や思春期になる妹の小遣いのために己の時間を犠牲にし、週末には必ず母を元気づけるために近況を綴った手紙を送るなど、文字通り家族のために全てを尽くしました。


 そんな日々も、ある時終わりを迎えました。


 母が入院していた施設で自殺をしたからです。

 遺書にはこう書かれていました。


『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。あなたの大切なお父さんを………あなたの大切な時間を奪ってしまってごめんなさい。こんな最低な母親のために雫が犠牲になることに耐えられません。私がいると頑張り屋さんで優しいあなたは不自由になってしまいます。ごめんなさい。ごめんなさい。さようなら』


 雫は生まれて初めて絶望しました。

 涙は出ませんでした。


 様々なことが脳裏を巡りました。


 どうしてこうなったのか。

 なにが悪かったのか。

 どうしたらよかったのか。


 思い返してみた。

 

 自分が大病に罹ったことが幸せだった家庭に不協和音が生じさせたきっかけでした。

 そのせいで父は身体を壊し、母は悪徳宗教に染まってしまった。

 なのに病気が治った自分は中学生活を謳歌することに夢中で父や母の異変に全く気付かず、やがて借金を抱えることになって父を追い詰めた。

 そのうえ父を亡くした母を自分の勝手な判断で隔離させ、あげく考えなしの自分の手紙によって罪悪感を与えてしまったのだ。


 自分が人の為にと思ってしてきたことは、全て無駄……どころか害悪だったのだ。


 雫は自分を責めました。


 妹には凄まじい勢いで激昂され、憎しみの目を向けられました。

 周囲にも言わんこっちゃない、とか、除け者扱いされた母親が可哀想だ、なんて言葉を投げつけられたりもしました。


 雫は自分を責め続け、責め続け、責め続け、責め続け、責め続け、責め続け、責め続け、


 そして、いつしか、


 世界を憎みました。


 母親を騙し、家族を壊した悪徳組織を憎みました。

 父に助けられてきたのに、父の助けを拒んだ周囲の人間たちを憎みました。

 そんな腐った人間たちが蔓延はびこる世界の全てを憎みました。


 何よりも無力でなにも出来なかった自分自身を憎みました。


 世界に何もかもを奪われてきた己の人生を憎み、奪われるくらいなら奪う側になると決意しました。

 

 そこから雫は高校を辞め、残った妹を親戚に押し付け、孤独に身を置き、何者にも奪われないための力を得ることに執着しました。



 十数年後、有名な宗教団体が壊滅したというニュースが世間を騒がせました。


 原因は内部分裂からの崩壊。


 更に組織の劣悪な内情が剥がされ、今も組織のトップは逃げ続けているというのがニュースの内容でした。


 事実は少し違います。


 実際は、たった一人の詐欺師が組織に潜入し、時間を掛けて人間関係をぐちゃぐちゃにして内部崩壊を誘発し、強大となっていた組織を壊滅させたのでした。


 その詐欺師の名は 霧島雫。


 幸せな家庭に生まれたはずの彼はいつしかこの世の悪意に染まり切り、クズの詐欺師なってしまっていたのでした。


 めでたしめでたし」



 と、皮肉めいた最後の一文を読み終えた私はあまりに重いため息をつきながら『霧島雫 人生譚』と表紙に綴られたファイルを閉じました。


 人生というのは十人十色の物語です。


 同じものなんてひとつとしてないのは当然ですけれど、こんなに憂鬱な気分になる物語はそうそうお目にはかかれません。

 とはいえ読んでるだけで胸焼けしてしまうので、また見たいとも思わないですけど。


 けれどそんな悲劇的な人生を送った今の彼は実際には一体どんな人なのか、早く会ってみたくなりました。


 

「さて、もうそろそろで彼の寿命ですね」


 

 彼は一体どんな選択をしてくれるのでしょうか。

 


「会えるのが楽しみです!」


 

 と、天使である私は胸をときめかせたのです。

 


 

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