『悪女から始める恋愛戦争』






 いつもより少しだけ早起きして洗面台に立ち、いつもより少しだけ念入りにアイロンで髪の毛先をかわいく巻く。



「ふんふんふふーんっ♪」



 ご機嫌に鼻唄を口ずさみ、今日という勝負の日にちょっぴり気合いを入れてみる。


 わたし、水瀬桃華はいま恋をしているっ。


 相手は同じ高校で一つ年上の早坂春翔先輩。

 そして、わたしは今日、その先輩に愛の告白をする。



 そんなわけで朝から浮き足立った気分のわたしは最後に姿見で自分の制服姿を何度も何度もチェックする。



「うーん……前髪変かなぁ? この方が早坂先輩、喜んでくれるかなぁ?」



 前髪ひとつでそんなに変わらないかもしれないって皆には言われるかもしれないけど、でも先輩と逢うときは一番かわいいわたしでいたいんだもんっ。

 


「いってきまーす」



 準備万端で家を出てみると、いつもと同じ道のはずなのにいつもと少し気分が違う通学路。

 心地良い春風が背中を優しく押してくれるようで思わず眼を閉じるが、



「桃、おはよー」


「あ、奈々ちゃんおはよっ! うわっとと」


「大丈夫!? ……もう、あんたって本当ドジだよねぇ」


「えへへ、ごめんごめん」



 何もないとこで転びそうになってしまい、親友の奈々ちゃんに呆れた目で見られてしまう。

 うう、良い気分だったのに、よりによってこんな日に転ぶなんてちょっと縁起悪いなぁ。

 

 すると、今のでちょっとブルーになりかけたわたしを見かねてか、奈々ちゃんが耳元で囁いた。



「しっかりしなよ? 今日なんでしょ? 先輩に告るの」


「う、うん、緊張するぅ。でも奈々ちゃんが協力してくれたから、頑張るね……振られちゃうかもだけど」

 

「大丈夫だよ。桃はかわいいし、それに早坂先輩って絶対断らないって有名じゃん」


「そう、だよね……でもでもやっぱり不安だよぉっ」


「ちょ、抱きついて来ないでよー、暑苦しいなー、もー」


「へへへ、願掛け願掛け〜」



 そんなちょっぴりドジなわたしだけど、今回の告白は奈々ちゃんにも協力してもらって、ばっちりとした段取りを組んでいる。

 

 昨日のうちに今日の昼休みの約束は取り付けたし、一応偶然をよそおって何度か二年生の棟で先輩と話してみたりしたの。アピール出来てるかは分かんないけど……



「それにしてもあの先輩のどこがいいの?」



 隣を歩く奈々ちゃんがぼそっと尋ねてきた。



「あのね、体育から教室に戻る時、ハンカチを落としたのを拾って優しく微笑んでくれたの。たぶんその時から気にはなってたんだけど、それから何度か見掛けるうちに先輩のことが頭から離れなくなってて」


「あらあらまぁまぁ、それはピュアなことで」


「もう、茶かさないでよ、奈々ちゃん」


「でも気をつけなよ?」


「……なにが?」



 首を傾げるわたしに少し心配そうな奈々ちゃんは周りを少し確認してから耳打ちをする。

 


「これは噂なんだけど、先輩って絶対断らないけど、付き合っても完全に放置プレーで全く愛が無いから、付き合った子みんな傷付いて自信喪失しちゃうんだってさ」


「……えぇー、それほんと?」


「いや、だから噂だけどね。……で、ついたあだ名が"魚嫌いの釣り師"だってさ。釣るのが趣味だけど、釣ったあとは餌もあげないし、食べたりもしないからだって」


「釣り師……ううんっ、わたしは先輩を信じるよ」


「そっ。それならうちは応援するけど、噂とはいえその事は頭の片隅に置いといて、なんかあったらうちになんでも話しなよ?」


「うん、いつもありがと、奈々ちゃん!」



 そう言うと奈々ちゃんはかっこよくウィンクを決めて、ポンポンと頭を撫でて背中を押してくれた。

 やっぱり持つべきものはイケメンな女の親友だね。





          ◇◇◇





 そして時は流れ、昼休みになった。


 最後にもう一度トイレの鏡で身だしなみチェックをしたり、リラックス法(手のひらに人を書いて呑み込む)を試しているうちに遅刻してしまい急いで約束の裏庭に向かう。



(…………いたっ!)



 着いた先にいた先輩はいつもの無表情ではなく、とても真剣な顔で何やらぶつぶつと呟いていた。


 え、まさか怒ってるのかな? 怒ってるよね?


 わたしは遅れた申し訳なさと直接顔を見ることの恥ずかしさで後ろからそっと近づいた。


 

(まずは遅れたことを謝らないとっ)



 すぐ後ろまで来たところで一度、深呼吸をして息を整えてから、わたしはゆっくりと声を掛けようとした、



「……まずは落ち着いて考え……て……?」



 その途端に振り返った先輩と目が合った。

 まさかのいきなりご対面に言葉が出ない沈黙が流れ、



「うぎゃっ!?」


「ひぃっ!?」



 急に悲鳴をあげた先輩に驚き、わたしも悲鳴をあげた。



(えっ、なになにこの状況!?)



 裏庭は普段から人が集まる場所ではなく、告白スポットとしては最適で、だから今も他の人はいない。

 だけどお互いに困惑して静寂が訪れている今の状況ではその無音がとても気まずい。



(えっと、えっと、まずは謝らないと謝らないと)



 そんな戸惑いの中、必死に出した謝罪は噛み噛みで酷いものだった。だけれど、それを聞いた先輩は柔らかい雰囲気になって全然気にしていないと言ってくれた。


 ああ、やっぱり、先輩は優しい人だ。


 改めてそう感じることが出来たわたしはありったけだけれど、ちっぽけな勇気を振り絞って想いを告げた。



 その告白はやっぱり噛み噛みでどうしようもなかったけど、もう想いを告げられただけで幸せだった。

 だからこれから出る結果がどうであれ、わたしは先輩の気持ちを尊重して受け入れる心持ちで返事を待った。


 真剣な表情で考えてくれている先輩の綺麗な瞳をそっと見つめていると、先輩はゆっくりと口を開いた。



「無理です。ごめんなさい」と。



(……例えどんな結末だったとしても……尊重して……受け入れる……どんな結果も…………)
















(…………はぁー!?)





 ここで水瀬桃華がvs早坂春翔用に創り上げていた『純粋美少女の初恋』という偽りのモノローグは崩れ去った。





          


           ◇◇◇







「……えっと……ごめんなさい。なんだか、聞き逃しちゃったみたいで」



 この時、外面では必死に取り繕いながら絞り出した言葉だが、モノローグの体裁が壊れた内面では桃華の本心がダダ漏れになっていた。



(……ん?)


(……んふっ? え、振られた? 秒で? 桃が?)



 現実を受け止めきれていない桃華は春翔の放った言葉をいま一度自分の脳内で反芻して響かせてみる。



(無理です? え、何が無理なの? この桃ちゃんが可愛すぎて無理ってこと? ……いやいや、あの言い方は桃がいつも本気で嫌な奴を振る時と同じ感じだ……)


(…………てことは……)


(はぁー!? それって年がら年中無表情引っ提げてる分際のこいつが桃を振ったってこと? なにふざけたこと抜かしてんだ、この能面野郎。……え、え、だってこいつ誰からの告白も断らないんじゃなかったの? はぁ!? それでなんで桃ちゃんだけ振られてんの? ほわいっ?)



 そして、剥がされたその姿は高飛車でプライドが高くて傲慢。


 これこそが春翔の知っている悪女、水瀬桃華の本性なのである。


 ちなみに当然のようにこの告白には恋だの愛だのは無く、水瀬桃華の趣味、ただの狩りのひとつにすぎない。

 ただ、



(あ、でも桃だけ振るっていうのは逆に桃が特別ってこと? つまり、こいつはこいつで桃の気持ちを試してるってこと? なら忌々しいけど、乗ってあげようじゃない)



 今まで振られるなんて経験がない桃華には、失敗というのは彼女のプライド的にも絶対に許せないことである。

 だからこそ、少し頭を冷やして冷静に聞き返すことによって理性をギリギリで保っていた。



「無理です。ごめんなさい」



 が、極限の状態で縋ったポジティブシンキングは春翔の繰り出した見事なまでのデジャブアタックによって無惨にも壊された。



(いや、試したのと違うんかいっ! 大切なことなので二回言いましたってか? ふざけんな、笑えねぇんだよっ!)



 あくまで表には出さず、ぷるぷると震える拳をこっそりと握りしめながら天使のような後輩を演じようと気張る桃華。

 だが、そうしているうちにも春翔は校舎の方へと戻ろうとしていた。



(ねぇ、頭おかしいのかな、こいつ? 桃ちゃんの超レアなクリティカル告白されて、しれっと帰ろうとしてるなんて頭おかしいのかな?)



 桃華は考えた、どうするか。

 

 今、この裏庭には他に誰もいない。ということはこの男のあることないことを言って悪者に仕立て上げ、自分から告白を取り下げたことにすれば、振られたという汚れた事実を隠蔽出来るかもしれない。



(……いや、だめだ)



 もしも、春翔が先手で今の出来事を話してしまったら、または既に誰かに桃華から呼び出されたということを話していたとしたらお陀仏だ。



(しかも、よりによってこいつとよくつるんでたのは学校中の有名人である白崎先輩だ。あの人は人望もあるし顔も広いから噂が広まるのなんて一瞬。そうなると、火消しなんて間に合わない。それはつまり桃に失恋という汚点が付くということ。……それは絶対ナシッ!)


(あぁーどうしょどうしよどうしよ、こんなことならこんな奴に告らなきゃよかったあああああ) 



 桃華は一生にも思える一瞬の葛藤の末に、いくつもの案を出しては下げ、出しては下げ、ついに腹を括る。



(ならば、本気で落とすしかないっ! こいつをっ!)



 それに呼応して心の中の戦士ver.桃華は尋ねた。

 


 — —桃華、やるんだな、今ここでっ!



 桃華は返す。



(ああ、勝負は、今、ここで決めるっ!)



 そんなやり取りで恋の戦士として腹を決めた桃華は去りゆこうとする春翔の裾をギュっと握りしめた。

 その際に自分と春翔の身長差を正確に計算した、絶妙な角度の上目遣いも忘れない。


 そこから、桃華は自分の持てる全てを出してこの早坂春翔を落としにかかった。


 (自称)恋愛マスターとしての誇りを懸けて。












           ◇◇◇







「ぐすっ……ひぐっ……ううぅぅ……」 



(なんなのっ! もうなんなのよ、あいつっ!)



 結論から言うと、桃華は即落ち二コマで散った。


 

 目から溢れてくる涙を拭おうにも、もし跡になってしまったら教室に戻ったときに振られて泣いたことがバレバレとなるのでそのまま垂れ流しながら嗚咽を洩らす。



(やだやだやだやだ)


(振られるのやだぁ……死ね死ね死ねぇ……うぇぇん)



 そう健気に嘆く桃華だが、そもそもの話、彼女は今まで男子を好きになったことがない。

 中学時代から悪女ぶりを発揮していた桃華は交際経験だけは吐いて捨てる程あるのだが、そこに本当の恋愛感情というのは無く、あるのはただモテたいという意志だけ。


 そして生まれ持った素材の良さと親友である七瀬奈々未指導による男ウケ仕草を仕込まれた桃華は特に何をすることもなくモテていた。


 だから、桃華は本当の意味での恋の駆け引きというものを知らないし、告白もこれが初めての経験である。


 そんな桃華が本気を出したところで出来るのは誰でも知ってるような女子中学生レベルのアピールのみ。

 それもそのはず、だって今まではそんな策を講じる必要なんてなかったのだから。


 だが今、視界に捉えている早坂春翔という人物は何から何まで特殊な存在である。

 もっとも、桃華自身は春翔のことなど大して知っておらず、ましてや彼の抱える秘密など知るよしもないのだが。


 そんな春翔にたかだか十五年生きた程度の桃華の小手先のアピールなど通用するはずもなかったのである。



 せっかくなので一応その奮闘の様子を振り返ると、



 まず初手で桃華が繰り出したのは「好き」と「付き合って」を連呼する、通称「好き好きアピール」だ。



(こ、こんなに好き好き言うなんて恥ずいけど、これを言い続けることによって必ずアイツはドキドキするはずなんだからっ! さぁ、喰らいなさいっ!!!)



 その結果、春翔は気怠そうに頬をかいた。



(うーわっ、めっちゃだるそうな顔しとるやんっ!)


(なんなのコイツの目。死んだ魚かなんかなの?)



 不発、というよりかむしろ逆効果であったためすぐさま桃華は第二フェーズとして「好き」か「嫌い」の二択で迫る通称「二者択一責め」を行使。



(この桃ちゃんに面と向かって嫌いなんて言えるやついるはずないんだからっ! 好きって言わせてやんよっ!)



 結果、春翔は腕を組んで彼女に説いた。



(は? なにこいつ正論かまして説教垂れてんの? こっちはそんな正しさなんて求めてないのっ! 欲しいのは結果なのっ! いいからとりあえず付き合えよ!)



 恋人というのは好き同士でなるもの、という正論を撃ち抜かれ、半ば逆ギレでの暴論を心の中で展開した。

 

 だんだんと弾数に限りが見えてきた桃華はここで奥義となる通称「あなたに尽くす」宣言を発動させ、完全に相手のハートを撃ち抜きにかかった。すると、

 


(お? 今ちょっとだけ揺らいだ? うん、揺らいだよね? よーし、今が千載一遇のチャンスっ!)



 左斜め四十五度からの上目遣いを駆使した渾身の奥義によって雀の涙ほどの手応えを得た桃華は喜んだ。が、


 それも束の間、春翔に一方的に責め立てられ終いには「大っ嫌い」とも言われ、桃華の心はバキバキに折れた。



(……ぅぅ……ぅぐっ……パパにもそんなこと言われたことないのに……もう、嫌い嫌い嫌い……こいつ嫌いっ)



 — —といった顛末が桃華の戦報となる。



 最後の奥の手なのかと思われた涙だが、これは策でも技でも無く単純に歯が立たない敵への悔しさから出たもの。



(もう無理……もうやだ……もう帰る……)



 そして、この時桃華は自他ともに認めざる負えない完全敗北を喫したのだった。




 — —かに思われたが、勝者である春翔は急に立ち止まると不審な動きをしばらくしたかと思えば、そのあと勢いよくこちらへ戻ってくる。



(えっ!? なになになになにっ!?)

 


 そして、両肩をがっしりと掴まれ、目の前に立った春翔は告げてきた。



「俺と付き合ってくれ」



 桃華からすれば、まさに青天の霹靂である。



「………………ひょえ!?」



 そんな急展開に思わず変な声が出てしまった桃華、散々振られてからの逆転という複雑な状況に内心は、



「…………」




(キィィィィタァァ————'(*゚▽゚*)'——————!!)


(ふっふーん! ほら見たことかっ! やれやれ、本当は桃と付き合いたかったんじゃねぇか! 能面の分際で駆け引きとか心臓に悪いことしてんじゃねーぞ、このやろがっ!)



 — —めちゃくちゃはしゃいでいた。



 まさかの逆転ホームランに思わずガッツポーズと笑みが溢れてしまいそうになるが、



「よ、よろこんで……グスッ……」



 そこをグッと堪えて如何にも想いが届いたことに感極まるというような絶妙な演技を見せた。



「水瀬……っ!」



 そんな桃華の(表向き)健気さを感じさせる姿を見つめていた春翔はゆっくりとその小さな肩に手を置き、そして恐ろしく優しい声音で言った。



「そういえば、さっき俺好みの女になるためになんでも言うこと聞くって言ったよな?」


「えっ」



 刹那、時が止まったように固まる桃華。しかし春翔の口の動きは止まらない。



「だから付き合うにあたって俺から条件を出させてもらうからな」


「…………」



 思いがけぬ展開に言葉が出ない桃華だが、その気に食わなそうな様子を感じ取った春翔は更に素早く舵を切った。



「え、なになに? 嫌なら、付き合うっていう話は無しにして、俺はこれから教室に戻って」


「き、聞きますっ! 先輩好みの女になりますっ!」



 その次に何を言わんとしたか分かってしまった桃華はそれを食い気味に遮り、一瞬だけ苦虫を噛んだような表情になる。

 


(やられたああぁあ! こいつ、完全に桃を脅してやがる。きっとこれがこいつの作戦だったんだ。桃の弱味を握って桃にあんなことやこんなことをさせる気なんだっ!)


(あああぁぁぁ、焦って余計なこと言わなきゃよかったあぁぁぁあ! やばいやばい、桃の貞操が犯される〜!)



 すると、内心で地団駄を踏みまくり頭を抱える桃華をよそに春翔は今一度真剣な眼差しで彼女を見つめ、本題に移る。



「まず先に言っとくけど、今のとこ俺は水瀬に対して恋愛感情は一切ないし、興味もない。ぶっちゃけると、そもそも水瀬のことを俺はよく知らない」


「え……っと……、そう……ですよね……はは……」


「けど確かによく考えると水瀬のことを何も知らないのにただ否定するのも違うとも思ったよ」


「はい」

(ええー……なんやねん。てことはホントに桃に興味無かったの? 桃の貞操なんて眼中にはなかったの? そんな人いる? いや、いないでしょ、まさか宇宙人なの?)



 この先の展開を予想できない桃華はちょこんと首を傾けて春翔の目をただ見つめることしか出来なかった。

 話せば話すほど目の前にいるこの男の思考が理解出来ずに勉強がやや苦手な彼女の頭は混乱していく。



「だから、とりあえずこの関係は二週間限定の契約という形にしよう」


「ん〜っ!? 先輩? それはどういうことですか?」


「つまり二週間の間はちゃんとした恋人として君と過ごすし、勿論、周りには付き合っていると言ってもいいよ。で、俺はその期間中で水瀬のことをちゃんと知るために本気で行動して努力をする。だから水瀬も俺のことをもっと知る努力をしてほしい、本気で」


「それだけ……ですか?」


「ああ。それでその結果、二週間後にもし俺の気持ちが変わったら改めて俺と付き合って欲しい。けど結局、今と気持ちが変わらなかった場合そのときは— —」


「そのときは?」



 次の言葉を待ち、無意識に固唾を呑む。



「二度と俺に関わらないと約束してくれ」



 そこで春翔から出たその言葉の捉え方は様々で、これを遠回しの絶縁要請と取るか、チャンスを与えていると取るかは桃華次第ではあるが、その本質を知るのは吐いた本人である春翔のみである。


 言うなれば0か100かという極論を与えられた桃華は、これをこう考えた。



(…………ふーん、無愛想な先輩にしては、なかなか面白い遊びじゃないっ! 要は二週間で桃がこいつを惚れさせればいいってことでしょ? そんなの楽勝よ!)



 そう、桃華はこれをチャンスと捉えた。



(それで、ぐうの音も出ない程に惚れさせた上で、今度は桃が完膚なきまでに振ってやるんだからっ!)



「わ、分かりました! 先輩にちゃんと恋人として認めてもらえるようにわたし、頑張りますっ」



 そう言うと、春翔は頷いて右手を差し出した。



(誓いの握手って訳? 気軽に桃と握手してボディタッチを狙ってくるなんて本当は許せないけど、まぁいいわ。今回だけは餞別としてくれてやる)



 そして、二人がガッチリと握手を結んだところで、ここにかなり歪な契約は結ばれた。

 

 それと共に学校のチャイムが鳴る。



「あー……昼休み終わっちゃいましたね。貴重な休み時間を取らせてしまってすいませんでした」



 昼休みだったことが初耳でキョトンとした顔の春翔に対し律儀に頭を下げてお辞儀をする。

 更に桃華はすぐさま校舎に戻ろうとしていた彼を、呼び止めて先手を打った。



「あのあのっ、もっとお話ししたいので良かったらこれ受け取ってください」


「これは?」


「わたしの電話番号です。いつでも待ってます」



 あらかじめ用意していたその紙を渡し、そして微笑む。



「ああ、わかった」


「はい。えっと……今日からよろしくお願いしますっ」


「ん。これから二週間だけどよろしく。それじゃあ」



 簡潔に、それだけをそっけなく返事して去っていく春翔を笑顔で桃華は見送った。



「はい、それじゃあ! …………………………」














(はぁぁぁー!? 何なのあの態度! しかも二週間だけどよろしく!? 何あれ! あれってどうせ二週間で桃が惚れさせるなんて無理だから二週間だけよろしくってこと? はあぁぁぁー!? いらいらいらいらするなー)


(というか桃の連絡先をゲットしたんだからもっと喜んだ顔しろよぉぉぉ!! 普通じゃ手に入らないんだぞ? ダフ屋が出回るくらい価値あるもんなんだぞ?)


(ああああああああ、もーう決めた! 絶対決めたー! 絶対にあいつを惚れさせて吠え面かかせてやるからな!)



(首を洗って待ってやがれ早坂春翔ぉぉ!!!!)







 — —こうして、この契約により、恋と嘘の十四日間にも及ぶ戦の幕が開かれたのだった。





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