第一章 『恋と嘘の14日間戦争』
『元カノから始まる告白イベント』
三十一歳でその生涯に幕を下ろした早坂春翔は死後の世界で行う最後の審判で神様と交渉した結果、記憶を持ったまま転生できるという権利を得たはずだった。
しかし次に目を覚ました春翔がいたのは何故か過去に通っていた高校の裏庭。
「いや、まじかよ……わざと? ……いや、手違いか?」
どうであれ、やや勢いに任せて法廷から飛ばされた春翔には飛ばした張本人である神とのコンタクトを自分から取ることが出来ない。
ということは例えこれが痛恨のミスだったとしても、神の方からアクションがないとどうしようもないのだった。
(これって所謂タイムリープってやつだよな)
生前ではラノベや漫画も教養として嗜んできた春翔。だからこういう状況もどうにか呑み込むことが出来た。
が、もしこれが本当にタイムリープだった場合、これから知らなきゃいけない事は山ほどあるだろう。
まずは今が西暦何年なのか、時期はいつか、なぜこんなとこにいるのか等、事前情報がなく現状手ぶら状態の春翔はそこから知る必要があった。とはいえ、
(おぉっ、腹筋様が割れてらっ! しかも異様に体が軽いし、なんなら坂道ダッシュ永遠に出来そう! いやぁー、改めて若さって偉大だったんだな)
自分のボディの部分を確認してみたとき、大きな伸びと軽いストレッチをして感じた、三十代との違いに関しては感動したように頷いた。
そうしていると、左腕に見覚えのないアクセサリーが付いていることに気付く。
(うわぁ〜……なんだこのだっせぇブレスレット……昔の俺ってこんな物着けてたのかよ。ちょっとショック……)
特にデザインもないそのシルバーブレスレットをすぐに外そうとするがキツくはまりすぎているのかなかなか外れず、一旦それを放置して次は私物のチェックを始めることに。
結果、制服のポケットの中には古のアイテムガラケーと五百円玉が二つ、そして胸ポケットに使い込まれた手帳が乱雑に仕舞われていた。
いかにも高校生という感じの中身。その中から今はいつか、という謎を紐解く鍵となりうる手帳を開く。が、
中のスケジュールの欄を見て春翔は「ひぇっ」と思わず声をあげた。
「うわ、なんだよ、これ」
そこに載るカレンダーの各日の枠には休日、平日と関係なくびっしりとアルバイトの予定が刻まれていた。
学校がある日は夕方から夜まで、休日に至っては朝から夜までという社畜もびっくりのハードスケジュールがその手帳には記されている。
(五個もバイト掛け持ちしてるとか、我ながら異常すぎるだろ。どういう学生生活送ってたんだっけ?)
ふと、自分の学生時代を思い出してみる。
(……やばいな……バイトと勉強の思い出しかねぇ)
その記憶通り、早坂春翔の青春時代は普通の人が思い描くものとはだいぶかけ離れていた。
中学で父親が死んだということで、春翔は急遽志望校を県外の進学校から一番近いこの学校に変更した。
それは通学に掛かる時間、交通費を出来るだけ無くし、空いた時間をアルバイトに充てることが出来るから。
そしてそうする理由は勿論、シングルマザーとなってしまった家計を支える為だった。
故に春翔の高校生活はバイトと勉強で埋め尽くされ、娯楽が入り込む余地はなかったのだ。
しかし、結果的に過去では途中からそうする必要も無くなってしまうことになるのだが……。
「……まぁ、それはいいとして、まず今はいつなのか……っと、ちょうど十五年前……高校二年ってとこか」
ひとまず、手帳に載るカレンダーの日付から今は十五年前の五月、つまり高校二年の十六歳であるということが分かったところで一旦パタンと手帳を閉じて顔を上げた。
「はぁー……とりあえず今やってるバイトはすぐに全部辞めるとして……あとはまた落ち着いて考え……て?」
そして、一度この場から離れて校舎に行ってみようと踵を返したところで息を止めた。
振り返ったそこにはいつの間にかに同じ制服を着た少女が背後霊のように立っていたからだ。
「…………?」
「…………?」
小柄でこじんまりとした佇まいのせいで自然と上目遣いになる少女と無言で見つめ合い、そして— —叫ぶ。
「うぎゃっ!?」
「ひぃぃっ!?」
春翔の驚愕の奇声とその奇声に驚く少女の恐怖の奇声がやや閉塞感がある裏庭にこだまする。
「……」
「……」
そして二つの奇声が互いの耳に届くことによってそれぞれが正気を取り戻し、再び沈黙が訪れ、
「あ、あの……しゅ、しゅいませんでしゅたっ」
その均衡を破ったのは意外にも少女の方だった。おどおどとした仕草でかみかみの謝罪を口にするが、その理由が分からない春翔は首を傾げて訊ねる他なかった。
「えっと……何のこと?」
「えっ? あっ、えと、わ、わたしがここに呼び出してしまったのに、遅れてしまったので怒ってるのかと……」
その結果、ここにいた理由が彼女に元々呼び出されていたからだったということが明らかになった。
この場にいた状況にようやく合点がいった春翔は少しすっきりした表情で首を横に振った。
「あぁ、いや、怒ってないよ」
「ほんとですか?」
「うん、全然」
「ああ、よかったですう」
それを聞いた彼女はホッとしたように頬を緩ませて初めて笑顔を見せた。ふわふわとしたゆるい雰囲気が俗にいう萌えを感じさせるタイプのかわいらしい少女の笑顔。
しかし、どこか見覚えのあるその顔だが、いかんせん十数年も前のことなのではっきりとは思い出せない。
なので春翔は思い切って直球で聞いてみることに。
「ところで、君は誰だっけ?」
その瞬間、彼女の眉が一瞬だけピクっと反応した。
「そ、そうですよね。知らないですよね……」
不躾なその言葉で明らかに哀しげな表情に変わってしまった彼女に若干の申し訳なさが込み上げてくる。
「…………なんか、ごめんね」
「い、いえ、いいんです。わたしこそ、ちゃんと名乗ってなかったので、すみませんっ、名乗ります」
「うん、名前! 名前さえ聞いたら思い出すから!」
「ほんとですか? ……ぜ、ぜったいですよ?」
「う、うん、絶対っ!」
春翔はそう言うと、念のため頭の中で脳内の記憶倉庫を必死に駆け回り、彼女の名前を聞いたらすぐに検索をかけられるようにと待機した。
「一年一組の
すると検索をかけるまでもなく、その名前を聞いた瞬間に過去の扉が開かれるように鮮明に記憶が蘇る。
「……水瀬……桃華……」
目の前の水瀬桃華は早坂春翔の元カノだったのだ。
◇◇◇
水瀬桃華と早坂春翔は過去、恋人関係だった。
しかし、そんな関係だったのに、なぜ今まで思い出せなかったのかというと、それはそれほど希薄な付き合いだったからに他ならない。
まず付き合った期間はわずか二週間のみ。しかも、その間に恋人らしいことというのは二人で登下校をすることと、付き合って十三日後に行った遊園地でのデートくらいのもの。お触りなどは一切なし。そしてその翌日にはしらーっとした態度で振られている。
後々、付き合ったとカウントするのも憚られる短さだ。
ではどうしてこの二人が付き合うに至ったかというのもそれぞれにそれなりの理由があった訳だが、それはひとまず置いておくとして、
「なるほど、水瀬ね〜……」
現在、春翔の脳裏にどんよりと浮かんでいるのはこの後に起こるであろう展開について。
何故か一度思い出すと栓が外れたかのように記憶が溢れてくるものだ。
よくよく思い出すと、二人が付き合い出したのは春翔が高校二年の五月、その時に告白したのは後輩である水瀬。更に裏庭に呼び出されているこの現状と先程からずっと薄らと頬を桃色に染めている水瀬の表情。
名探偵どころか素人でも丸わかりのそこから浮かび上がる今後の展開— —言わずもがな告白イベントである。
現に目の前の水瀬は両手を後ろに回してモジモジとタイミングを図っているようにも見える。
「それで、水瀬。用件はなにかな?」
だが、例え過去に経験していて分かっているとしても、敢えて気付かない振りをするのが男の美学である。
「あ、はい! ……ぅぅ……えっと……その……」
促された水瀬はチラチラと上目遣いで視線を動かしながら、口を開いたり閉じたり迷いつつといった、どこか庇護欲をそそられるような動きを見せ、そして— —
「せ、せ、先輩のことがしゅきです。わわわわ、わたしで良かったら付き合ってくださいっ」
— —水瀬桃華から人生で二度目の告白を受けた。
その告白を聞いたことで改めて水瀬を見つめ、そして過去の自分、今の自分を見つめ、思いを巡らせてみる。
思えば過去では父親を死に至らしめた贖罪として自分の意思を捨てるようにした春翔。
やりたいこと、やりたいと思ってしまう意思をぎゅっと心に閉じ込めて仕舞い、自分以外の誰かが望むことを自分の意思として行動してきた。
父親を殺したも同然の自分と暮らすなんて家族はきっと嫌なはずだと家にいる時間は出来るだけ無くすようにしたし、自分に掛かってしまう生活費、学費は全て自分で賄うようにしていた。そのためには遊びなんてしている時間はない。そういう風に過ごすうちに春翔はハイしか言わなくなっていった、所謂究極のイエスマンということだ。
だから誰かに告白された時も必ず断りはしない。振られるとしてもそれを従順に受け入れる。けれど、そこには当然愛やら恋心はなく、多忙のバイトもあるので彼女に使う時間もほぼ皆無となる。だからこそ付き合ったとしてもすぐに振られてしまっていた。
しかし、今は違う。
過去に犯した罪、後悔に囚われることを辞め、前を向くことを選んだ春翔には自分で選択するという意思がある。
自分が何をしたいか、何をしたくないかを自分の意思で選ぶことが出来る。五つのアルバイトを全て切ることを選んだから、その時間を誰かのために使うことも出来る。謳歌出来なかった青春を謳歌することも出来る。
もしかしたら、過去二週間で終わりを告げた関係も自分の行動次第では永遠に続けることも出来るかもしれない。
それを踏まえて、もう一度水瀬を見つめる。
萌えを体現するような小柄な体、肩ほどでお洒落にちょこんと巻かれている茶色がかったミディアムヘアー、適度な白さと発色のいい肌に愛らしい容姿、小動物のようにふるふるとしていて、男心を擽る困った表情。
そしてそれらのロリ特性を矛盾させる巨乳少女が自分のことを好きだと全身で伝えようとしてくる健気さ。
見れば見るほどこの少女の魅力が引き立っていく。
それら全てを含めて春翔は自問する。
良いのだろうか、と。
俺は選んでも良いのだろうか、と。
『いいんですよ、あなたが望んだことならば』
と、心の中のリトル春翔がそう囁いた。
だから春翔は背筋を正し、心を正し、頭を下げた。
「無理です。ごめんなさい」と。
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