『クズから始める最後の審判』




「何を言い出すかと思えば、転生させろって?」


「はい。正確には記憶を残したままです」



 そう、春翔がこの審判で狙っている着地点は新たな人生をこの人格のまま迎えること。

 それは普通に天国や地獄に行ってどうにか輪廻転生が出来たとして、別人となり何も無い真っ白な状態から新たな人生を送るなんてのはまっぴらごめんということだ。


 というのも、生前の早坂春翔の生涯を言い表すなら、それこそ底辺のクズそのものだった。

 けれどその代わり、どん底を彷徨う中で普通では出来ないような経験だけは腐るほどしてきたという自負もあった。

 だからこそ、春翔はどうせ転生するならば、その苦渋をアドバンテージに変えて、前向きにリベンジをしたい。


 つまり転生チートをしたかったのだ。


 ちなみに、そもそもそんな漫画みたいな展開が出来るのか、という疑問については死後の世界がある時点で何があってもおかしくは無いと春翔は考えていた。



「……んー……」



 そんな物欲しげな表情をする春翔に対して、その提案という名の要求を聞いた神様はしばらくの間、目をまん丸にして膠着したあとに唸り、そして……



「やーだね」



 まるで小学生が隣の子にいじわるをする時のような、そんな無邪気な笑顔であっけらかんとそう言った。



「その理由はなんですか?」



 そのあまりの邪気の無い無気力さに一瞬呆気に取られ、そのまま「ですよねぇ」なんて納得しそうになるも、すんでのところで春翔は食い下がった。が、



「だってそれじゃあ面白くないし!」



 それを神様はまたしても一言で一蹴した。その言い方は自分の好奇心の範囲外であるというような興味の失せたような、投げやりな物言いとも言える。


 しかし同時にこの宣言のおかげで春翔はなんとなく、この掴み所の無い神様の性格が分かってきた。



「逆に言えば面白かったら、その要求を認めるということですよね?」



 要はこの神様は気まぐれで退屈を嫌い、好奇心が旺盛で興さえ乗ればその要求にも応じるということ。

 考えてみれば神様というのはこういう事しかやる事がないから暇なんだろう。


 だから春翔はその言い分を神からの挑戦状として受け取ることにした。


 むしろ出来る出来ないの話ではなく、やるやらないの話になった時点でこの神様はそれをする能力自体はあることを示唆している分、春翔には希望が差していた。

 


「んー……というか、そもそも君ってこてこての犯罪者だよね? 審判の基準からして地獄堕ち対象なのに、どの面下げてそんな要求を突き付けてんのかな?」



 だが最後の審判というだけあってそう甘くはないらしく、神様は鋭く詰めるような態度に豹変。それはまさにこの世の最たる権力者を思わせる雰囲気だ。

 きっと神様は暗にこう言っているんだろう。


 『諦めろお前は前世で罪を犯しすぎている、もはや年貢の納め時だ、まずは大人しく地獄へ堕ちろ』と。


 しかし春翔もそこを突っ込まれることは織り込み済みであるので真っ向から対峙する。



「それも必要なことなのです。その罪も俺にとって欠かすことの出来ない経験値の一つなのですから」


「ふっ、経験値とはね。やれやれ、モノは言いようだね」


「そうです。つまりモノは言いようなんですよ」


「何が言いたい?」



 世の中では言い方や見方、捉え方、感じ方によってはそれが悪であろうと正論として支持されることは多々ある。

 言い換えれば、犯罪者であるというこの状況もやり方次第では正義に置き換えられるということである。


 神様が要求を否定する理屈が春翔が犯罪者であり、悪であり、地獄に堕ちる分際だからというのならば、まずはその理屈を屁理屈で埋めてしまえばいい。



「では、例えばですが、特撮の戦隊ヒーローが俺と同じように何かの拍子で死んでしまいここに来たとしましょう」


「うん? ……あぁ、それで?」


「その場合、正義のヒーローだった彼らは天国に行くのでしょうか? 地獄に行くのでしょうか?」


「本当に正義のヒーローだとすれば、きっと生前も善い行いをしてきたんでしょ。特撮ヒーローものといえば地球征服を企む怪人から世界を守るって感じだろ? そうした行いをしてきた人間なら天国に行くかもね」


「まぁそうですよね。そして、そういうことなら俺が天国に行くということも満更おかしな話ではないでしょう」


「何を言ってんの? 君は犯罪者。彼らとは違う」


「いいえ、彼らが地球を守るためにしている行いと俺がしてきた行いは括りで言うなら同じですよ。大抵その物語ではヒーローは怪人を無事滅ぼして地球を守りますよね。では怪人から地球を守るために彼らはどのようにして敵を滅ぼしたんでしょうか?」


「んんー、戦って倒した?」


「そうです。ですがそれを、言い返ると、彼らは暴力によって敵を殺したということです。その行為は俺がいた国では殺人という犯罪に分類するはずですが、彼らは天国、俺は地獄に行くのはなぜでしょうか?」


「そりゃぁ、彼らは世界の平和の為にしたことだから」


「成る程。なら平和の為にしたことならば、この審判においては犯罪行為であろうと容認するということですね?」


「…………まぁ」



 ここまでの問答の中でまず、ここで一つ言質を取る。



「ちなみに俺の犯罪歴をご存知ですか?」


「ここの資料に詳細に綴られてるよ」

 

「流石です。なら、もしかすると俺の犯した罪による被害者達のことも載っているのでは?」


「……確かにそうだね。それで?」


「俺の記憶が確かならば、その被害者というのは全て過去に犯罪歴がある人物達だったはずです。……あぁ、そういえば、たしか正義のヒーローも同じように悪を働いた、もしくは働こうとしている人に暴力行為、つまり犯罪行為をしているという話をしていましたね。人の為に」


「………………それで?」


「……おやおや? ということは捉え方を変えると俺も悪を倒す為に罪を犯していた可能性も出てきましたねぇ」



 これで春翔は二つ目の楔を打ち込んだ。対する神様は徐々に表情が曇り出していく。



「屁理屈じゃん。悪を倒したとして、それを全て人の為にしたことと捉えるのは安直でしょ」


「いいえ、悪を倒せば自ずとその悪に喰いものにされるはずだった人々を事前に救うことになります。それはすなわち世界平和の為、ひいては人の為にしたと言えますね。ということは」


「はいはい、僕がさっき認めた、人の為の犯罪行為は容認されるという理屈が通ると言いたいってことね?」


「そういうことです」


「ふぅ。だけどね、実際はそんな特撮ヒーローなんてありもしないものの例え話に言い換えたところで君の」


「ありもしない話がお気に召さないですか。でしたら史実で見てみましょう。有名どころで言うと、戦国時代。武将は自分の領地の人々を守るために戦で敵を何百も斬り倒すことで英雄として歴史に名を残した。ではその時代の英雄である彼らは皆地獄に行くのですか?」


「それは今とは時代が違うからであって」


「今の時代でも同じように戦争は起こっています。たまたま神の気まぐれでそういう国に生まれ、物心ついたうちから銃器を扱い人を殺めることを強制された子供たちも地獄に堕ちるしかないのですか? それとも」


「あぁもう、わかった! いい! もういい!」



 ここまで聞いて神様は参ったというような呆れ顔で話を遮断した。この問答は無駄だと判断したのだろう。いや、めんどくさくなったのかもしれない。

 それを聞いて春翔は下の方で軽く拳を握った。



「はぁ、神様をここまで容赦なく論破しようとする奴いる? しかも、なんかしれっと最後の方ディスられたし。……僕、普通に仕事してただけなのに」



 そう項垂れる神様の表情は実にやるせない。たしかに真っ当に審判という立場でここにいる彼がただの屁理屈でマウントを取られる形になってしまったのは少し可哀想ではある。

 しかし春翔には次の主張の為にここで自分の有用性をアピールしておく必要があったのだ。



「じゃあ、とりあえず君の地獄行きはほぼ無しということにしてあげるよ。それでいい?」


「いえいえ、いつもお仕事を一生懸命にやっているであろう神様にそんな特別な措置をさせるのは気が引けますよ」


「……もっとめんどくさいこと要求してきてるくせに、どの口で言ってんのよ、全く。ああ、怖い怖い……」


「ちなみに神様はさっき自分は全知なんだと仰ってましたけど、全能では無いんですか?」



 その質問で既に苦手意識が植え付けられた感がある神は更にバツが悪そうに春翔から目を晒した。



「ふぅ、痛いところ突くねぇ……そうだよ、僕はほぼ全知ではあるけど、残念ながら全能ではないんだよね」


「えーっ! ということは世界の様々な悲劇を知りながら、神は結局なにも出来ないってことですよね? ね?」


「……後ろめたさはあるよ?」



 人差し指同士を突き合わせてしょんぼりスタイルで恐る恐る春翔に視線を合わせていく神様。

 ぐいぐいと詰めていく春翔を前に、先程までぶいぶいにオーラを撒き散らしていた神の威厳はもはや無かった。



「だったら、こうしましょうよ!」



 いつの間にか、かの古●門弁護士のように法廷を自由気ままにふらふらと歩き出していた春翔は小さくなった神の背後に回り込み、優しく肩を叩いた。



「微力かもしれませんが、俺があなたに協力をするんですよ。あなたの意志を受け継いで」


「つまりどういうことだってばよ?」


「だから、記憶を持って転生した俺が今まで不幸にした人の分まで人々を救っていく、いや、あなたの後ろめたさの分まで救っていくってことですよ。元クズと神様がタッグを組んで世直しをしていく、それってめっちゃおもしろくないですか?」



 最初の要求時に春翔は『提案』と言った。


 つまり春翔にとって初めから、この話し合いの目的は交渉だ。そして交渉とは双方にメリットを提示することによって初めて話し合いのテーブルに着くことが出来るもの。

 自分だけの要求だけを突きつけるようであればその話し合いは必ず破綻する。

 だから春翔は交渉材料として提示出来るもの、すなわち有能なパートナーとしての自分を差し出したのだ。



「神様自身、一人で相談も出来ず、何も出来ない歯痒さがあったと思います。とても辛かったと心中察しますよ?」


「……うぅぅう……」


「これからは俺があなたのパートナーとしてその痛みを共有し、そして創り上げていきましょう、平和な世界を」


「ゔぇぇええん、春翔たんっ!」



 こうして、詐欺師春翔のよる即興独りマッチポンプは見事にクリティカルに刺さり、神はいとも容易く堕ちた。


 




          ◇◇◇





 

 最後の審判にて、最終決定権を持つ神様へ果敢にタイマン勝負を挑んだ春翔は晴れて目的である記憶を引き継いだままに転生する権利を掴み取った。



「いやぁ、それにしても君は変わった人間だね」



 まさかの詐欺師に屈した神様は顎に手を置いて頬杖をつきながら、不思議そうにそう言った。

 その言葉の意味が分からず春翔は首を傾げる。



「だって君の人生はとても悲惨だったはずだろ? 天国に行けば極楽浄土に癒されて、しかもそんなトラウマ級の悲惨な過去なんて綺麗さっぱり忘れて生まれ変われるっていうのにその権利を自ら放り投げるなんてさ」


 

 春翔の生前を知る全知の神は不可思議という感じだ。



「まぁ、そう言われるとそうですけど、俺はその苦い経験こそが次の人生を謳歌させる為の糧だと思うから」


「そういうもんかね。まぁ、君みたいな特別措置は初めてではないからね。そういう変わった人間もいるってのは僕としては興味が尽きなくて楽しいからいいけどね」


「それに……あんまり覚えてないんですけど、死ぬ直前、誰かに前を向いて生きろって言われたんですよね」


「…………え?………」



 春翔のその言葉に神様は思わず固まった。



「そんなこと言われた後にすぐ自殺したとか、自分でも意味分かんないんですけど……ただ、その言葉が強く脳裏に刻まれてるっていうか、正直それを忘れたくないから記憶を残したいってのもあるんですよね」


「え? えっ? えっ!? ちょっと待て待て待て」



 彼の生前を知りその言葉が誰の言葉かを知っている神様は突然知った衝撃の事実に驚愕を隠せなかった。

 全知とはいえ、基本的に自分が知ろうとしなければ知ることが出来ない能力であるが故に神様は気付かなかった。

 


「君、記憶喪失だったの?」


「あ、はい。まぁそういってもその人の事だけを忘れたって感じなんですかね? 普通に他の記憶はあるので」



 まさかの春翔は彼女の事を忘れていたのだ。



「いやいや、まじかよ。それって逆に運命みたいでオッサンのロマンスに火がついちまうじゃねぇかよっ!」


「はい?」


「んんんん〜〜〜、どうすっかなぁ〜〜……」



 軽くテンパる神様の心境を補足すると、全てを知る神からすればまさしく天の悪戯のようなこの状況に正直ワクテカした気持ちが膨らんでいた。基本的に天界で暇を持て余す神様はこんな運命のすれ違いのような展開に目がない。


 ザックリと言うとロマンスの神様になりたがっていた。


 しかし神とはいえ、そこそこ天界にはルールや縛りもあるもので全てをノリやナァナァで済ませていたら無法地帯のようなものになってしまうという葛藤もあった。



「ん〜〜〜〜〜〜…………」



 悩む神様。そして、



「まあ、いいや。とりあえず転生させるわ。細かいルールとか後のことはまた何かしらの手段で君に伝えるから」



 一先ずの方針を定めた神様はもうジッとはしていられないという様子で言い捨てた。



「えぇー……んな適当な」


「え、なに? 文句あるなら、やめとく?」


「やらせて頂きます!」 


「ん、じゃあ今から送るで!」



 そう言って神様が手に握っていた豪華な小槌を勢いよく叩くと、室内がまばゆい光に包まれた。



「おぉっ、すげぇー!」



 その光景に感心したのも束の間に春翔の体はその光に包まれていき、次第に意識も遠くなっていった。



「それじゃあ、早坂くん。幸運を祈るよっ!」



 その言葉を最後に春翔の意識は完全に途切れた。







          ◇◇◇






 こうして一度は終わった早坂春翔の物語は、人格だけを残し、形を変え、環境を変え、心機一転、模様替えをした状態で再び紡がれることになったのだ。




(ちょろいっ! 神様の奴、俺の演説に見事に騙されやがったぜ! これで地獄なんてやばそうなとこ行く心配もないし、何より転生チートが出来る!)


(赤ん坊のうちから言葉を理解し、話も出来るようになる。そして天才児として持て囃される未来が見えるぜ!)


(チートをするには更に地位と力が必要になる。子供のうちから色々と根回しをしとかないとだな)


(あ、そういえば納得させる為に神様に人を救うとか適当なこと言って約束しちゃったんだっけな。まぁ、忘れたってことにして適当に上手い感じにやっとけばいっか)


(あとは運だよなあ。自分の容姿がどうなるかで難易度は大きく変わる。頼む、イケメンにしてくれっ!)


(兎も角、どんな顔だったとしても、次の人生は間違えない。絶対に最高に幸せになってリベンジしてやるぜ!)



 そして、次に目を覚ました元早坂春翔は病院のベッドで天才的な赤ん坊として産声をあげることになった。






















 はずだったのだが。





(あれ……!? 病院じゃない。ここどこだ?)


(……待てよ? ここ見覚えがあるぞ?)


(いやいや、待て待て待て、そんなはずない)


(………………いや、どう見てもここってあれだよな?)













「俺が通ってた高校の裏庭だよなぁぁぁぁぁ!!!!」




 こうして甦った元早坂春翔は十五年前の元の早坂春翔として、かつて三年間通いつめた母校に降臨したのだった。





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