『クズから始める死後の世界』





 このようにして、シリアス風に始まった早坂春翔という男の三十一年という中途半端な生涯は自分で自分の脳天をぶち抜くというユニークな方法で幕を閉じた。



 — —はずだった。



 だが、現在その春翔は中身の詰まった穴のない脳みそを携えて見たことのない一室の中央部に立たされていた。


 そしてそこで春翔は目撃していた、




「これだから融通の効かない悪魔は」


「ほんと脳内お花畑の天使って何でもかんでも都合のいい風に解釈して甘やかすだけの低脳ね」


「はぁぁ!? あなたはただ趣味の拷問コレクションを増やしたいだけですよね?」


「なんですって!? こっちは邪心を振り払わなきゃならないんだから、仕方なくやってるだけじゃない!」


「はい、うそー! いつも嬉々とした表情で獄囚をしごいているって噂になってますぅ!」


「それを言うなら、あんたは彼がお気に入りだから天国に送りたいだけなんじゃないの? 暇さえあればうえから彼をモニタリングしたりと随分とご執心だったじゃない」


「は、はあー!? はぁぁー!? ななな、なに言ってるんですかー? この私がこんなコテコテのクズを気に入るわけないじゃないですか!! ほんとスキャンダル好きの悪魔らしい馬鹿げた発想ですね!」




 天使と悪魔の二人による盛大な修羅場を。






         ◇◇◇






 あの日、あの夜、あの瞬間に春翔はたしかに死んだ。



 脳天をぶち抜いた影響なのか、ところどころで記憶があやふやな部分があるものの、根底にある『死』という事実は揺るがないものだった。

 にも関わらず、こうしてピンピンしている理由、


 それはすなわち— —死後の世界があったということ。


 

 そんな春翔は現在、その死後の世界— —天地境界にある法廷にて"最後の審判"を受けている最中である。


 最後の審判とは簡単に言えば、死人が必ず受けることになる裁判といったところ。

 そしてそこは神様、天使、悪魔が出揃い人間の生前の善行、悪行を吟味しながら話し合い、天国へ行くか、地獄へ堕ちるかを選別していくというものである。


 各々の役割としては神様が裁判長、天国に送りたい天使が弁護士、地獄に堕としたい悪魔が検察という位置付け。

 おまけとして、春翔は被告人という立場となる。


 だからこの審判での分かり易い構図を表すと、神様は中立、天使と悪魔同士は敵対、天使と春翔は相棒、悪魔は春翔の天敵という見方となる。まんま裁判である。



 という前置きをつけて冒頭へと戻る訳だが、



 先述した通り、敵対する天使と悪魔が意地とプライド?を掛けてバチバチと修羅を起こしているのが現状だ。


 初めは互いの役目を真っ当するために冷静な話し合いが行われていたのだが、それは次第にエスカレートしていき、いつしか女子中学生の喧嘩みたいになっていった。


 審判の当事者である春翔を蚊帳の外にして、そのキャットファイトは更に熱を帯び、その流れ弾でしれっと春翔までも傷付けられるはめに。


 それを他人事のように傍観していた春翔に、今度は直接的な被害が加わり出す。



「だいたい、あんたみたいな貧相なスタイルじゃあ、そこの彼が振り向くわけないじゃない! 残念ねぇ〜!」



 右側から春翔を指差して天使を執拗に煽りだす悪魔。


 見た目は毛先だけを真っ赤に染めたミディアムヘアーにバッチリメイク、ミニスカートの下から矢印のような尻尾を生やした白ギャル。

 そして天使を煽るだけあって、胸元からは推定G級の山がはち切れんばかりの存在感を放っている。



「か、彼はそんな下品なモノでは釣られませんし、どうせきっと面食いですから! よって私の勝ちです!」



 するとそれに対抗してか、顔なら自分、と言わんばかりに左から噛み付きだす天使。


 こちらもそう言うだけあって、亜麻色のロングヘアーに透き通る白い肌、エメラルドのように綺麗で大きな瞳は幼さと妖艶さを兼ね備えていて、まさに絶世の美女。

 頭上を浮かぶ輪っかと白のワンピースが他にないほど似合っていて、澄み切ったような清純さを際立たせている。


 まぁ、悪魔の言う通り胸元は絶壁だが……。



「はぁ? 下品ってなによ! あんたに色気がこれっぽっちもないからって妬まないでよ!」


「あなたこそ、私の方が可愛いからってしょうもないエロスで人の目を惹きつけるなんて卑怯です!」


「なによ、もやし!」


「なんですか、存在が下ネタ!」



 終いには審判のことなど放り出して、全然関係のない言い争いを始めたアホな二人。


 その茶番のような光景をこの場で一番立場が偉いであろう神様は正月に久々に集まった姪っ子たちのやりとりを楽しむ叔父さんのような眼差しでうんうん、と目を細めていた。



(……いや、止めろよあんちゃん!)



 と、二人のアホな女の子はさておき、この神様もまた二人とは別に独特のオーラを放っている一人。

 その風貌は春翔が想像してたよりもずっと若く、春翔とタメか少し上くらい、つまり三十代そこそこ。

 更にその雰囲気もまた神様とは思えぬフランクなもので法廷に入るなり笑顔で「やぁ」なんてあまりに気さくに話しかけるものだから、春翔も思わず友達感覚で挨拶を返してしまったくらいの溶け込み方をしていた。


 それは一見すると、親しみやすそうで安心する反面、その空気のような掴みどころの無さが逆に怖いという印象も春翔は薄らと感じていた。


 あれが新世界の神のカリスマ性ってやつなのだろうか。



 と、分析している内にも二人の口喧嘩はアホらしさを加速させ、次の瞬間には両者一斉に春翔の方へと争いのビクトルを向けた。



「「 ねぇ、あなたはどっちがタイプなの!? 」」



 今、賽は投げられたのである。

 否、匙は投げられたのである、この春翔に。


 すなわちこのどうでもいい戦いに終止符を打ち、勝者を決めるのは春翔の問答次第ということになった。


 新たな修羅場の発生である。


 始まる前の『天国と地獄どっちに行くんだろう、地獄だったら嫌だなぁ、死んじゃうなぁ、もう死んでるけど』


 ……みたいなドキドキした気持ちを返してほしいと、春翔は心の底から思った。



「いやぁ、おもしろい展開だねぇ、早坂くん。さてさて、君はこの二人のどっちを選ぶんだろうねぇ?」



 助けを乞うつもりでチラリと神様を一瞥したのだが、当の神様はその茶番を実に愉快そうに楽しんでいる。

 まさに修羅を丸投げにされたようなものだが、春翔からすればミス天界グランプリの結果などどうでもいいし、ついでに言うとこの最後の審判の趣旨である天国、地獄への選別にすら興味はない。


 春翔にはそれとは別にある目的があった。



「その前に神様に一つお願いがあります」


「ん、言ってみてごらん?」



 ということで春翔はこの状況をその目的を達成するために利用することにした。



「では神様」



 要求を促す神様の返答を聞いた春翔は人差し指だけを伸ばした右手を上げてそれを左側へとスライドさせる。つまり天使の方を指差した状態になった。

 それを見た天使は勝利を察したのか、大きな瞳をキラキラと輝かせて勝ち誇った表情になっていた。

 

 そして春翔は声高高に告げた。



「俺はこの二人のどちらもタイプではありません。それどころか、嫌いな部類の人種なので、このアホな天使を今すぐ俺の担当から外してください」



 春翔が出したのは勝者宣告はおろか敗者宣告でもなく、サバサバとした罵倒を添えた解雇勧告だった。

 


「…………え?」



 それを聞いた天使は数秒膠着したのち、分かりやすく表情を青ざめて狼狽し始める。

 


「……は、はい? 早坂さーん? どゆことですか?」


「言葉通りですけど」


「わ、私はあなたの為に頑張って天国に行けるように」


「なら尚更外れてほしいです。どう見ても不利な俺を見捨てずに頑張ってくれるのは構わないが、君の主張は最初から頑張れば〜とか、信じれば〜とか、きっと〜とか、俺の大嫌いな精神論とか根性論で埋め尽くされていて吐き気がしますし、精神年齢が幼すぎるんじゃないですか?」


「ひ、ひひひ、ひどいですっ」


「酷いはこっちのセリフですよ。代弁者である君の主張があれじゃあ、まるで俺まで人間性がお花畑をはしゃぐ低脳みたいに思われるじゃないですか。とても心外ですね」



 みるみる笑顔がしおれていく天使をよそに春翔は本来相棒となる筈の彼女に対して罵詈雑言を吐き捨てていく。



「きゃはははは、ほぉら、言われてやんのー!」



 その横で悪魔は今のやりとりを実に楽しそうに見て、まるで他人事のように腹を抱えてほくそ笑んでいた。

 だが、そんな悪魔にも春翔の矛先は容赦なく向けられることになる。



「それと神様。天使と同様にこのキャンキャンうるさい悪魔も一緒に担当から外せませんか?」


「…………はい?」


「とにかくうるさいし品性がなくて、存在が下ネタ、その点だけはあの天使と同調出来ます。俺がもし地獄に堕ちたらこれと同列に見られるとかまじで勘弁なんで」


「カッチーン! はぁぁ? まじ激おこなんですけど?」



 春翔は忖度も容赦も無しに、平等に高みの見物を決め込む悪魔にも渾身のストレートをお見舞いした。

 その結果、悲しげにワンピースの袖を噛む天使と悔しそうに爪を噛む悪魔という構図が完成する。



「クズがちょーしに乗んなしー!」


「そ、そうだそうだぁー! 早坂さんのひとでなしー、甲斐性なしー! ばぁかあああああぁぁぁぁー!」



 と、このようにしてその一連のやりとりだけで春翔はあっという間に二人からのヘイトを向けられることになり、その二人は対春翔の為に仮初の徒党を組んだ。

 


「という訳で二人もこのように俺に対して不満があるようですので、お互いのために二人を担当から外したうえで改めて、去就を神様自身が判断してほしいんですが」

 


 が、それらは全て、修羅場を有耶無耶にさせて二人の仲を取り持った上で、同時に二人をこの場から退けたいと考えていた春翔の計算の内にある。

 しかしその計略の詰めの部分に関しては神様次第となるので春翔は渡されていた賽を神様へとぶん投げるようにして返答を促した。


 すると彼は少し小洒落たアゴ髭をいじりながら神妙な表情で口元を緩めた。



「ふふふ……、やっぱり君はおもしろい。うん、良いよ。じゃあこれよりその二人を君の担当から外させよう」


「か、神様!? それはあんまりですよ」


「本当それ! まじ理不尽でしょ! むーりー!」



 当然、駄々を捏ねる両者だが、それに対して神様は先程までとは比べ物にならない低い声を出した。



「僕の判断に何か文句でもあるのか?」



 有無を言わさず、とはこの事を言うのだろう。



「……い……いえ、すみませんでした」


「……う、うそぴょーん……神やん怖っ……」



 その一言で反発する二人を一蹴した神様はその後、人格が変わったように優しい声音で二人を室外へと退けた。


 そうして目論見通り対談という形を作ることが出来たのだが、アホ二人がいなくなった途端に部屋の空気が張り詰められたような異様な雰囲気に変わった。

 その空間はまさにここからが最後の審判だというような雰囲気で、春翔は無意識に生唾を呑み込んだ。



「いやぁ、興味本位で少し君を試してみたんだけど、おもしろい解決の仕方をするもんだね。素直に感心したよ」


「はい?」



 そんな中、神様から出た言葉はまるで最初から全てを見透かしていたようなそんな不思議な発言だったので春翔は思わず素っ頓狂な返しになってしまった。



「自分が二人の敵となることで二人を共通の味方に仕立て上げて、出来るだけ円満に収束させたんだろ?」


「はは、流石は神様、慧眼ですね」


「まぁ、これでも僕は神だからね。つまるところ僕は基本的に全知な訳なのよ」


「それは羨ましいことで」


「だからね、君が僕と二人きりで話をしたいことも全て承知の上で試していたっていうことなんだよね」


「……恐れいりました。正直のところ、あの二人には横槍を入れて欲しくなかったもので」



 爽やかな笑顔のまま、真意を射抜かれ虚を突かれて少し固まってしまった春翔。

 どうやら春翔は神様の手のひらの上で上手いこと泳がされていたというわけだ。


 けれど、それならば話が早い。依然として厳格なオーラを纏いつつ、どこか掴み所のない彼と向かい合った春翔はふぅっと一呼吸して胸を張った。



「ならば俺から臨機応変で柔軟な考え方を持つとお見受けできる、神様にもう一つ提案があります」


「はは、何かな?」



 春翔の目的はただ一つ。


 それは天国に行くことでも地獄に堕ちることでもない。















「俺を記憶を残したまま、転生させてください」




 今の自分自身の人格で新しい人生を歩むことだ。




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