5-3 不自然な
◆
常識はずれの尼僧がやって来て一ヶ月が過ぎる頃、クリスタリー教会はガラリと空気が変わっていた。
それは例えば、無表情で小柄な新人尼僧が配膳の途中で料理をぶちまけるとか、掃除の道具を破壊するとか、雑草と花の区別がつかないとか、そういうことではなく、もっと薄気味の悪い事件による。
ある朝、二つの首吊り死体が発見された。
それも教会の裏手から森林に分け入り、ほんの少しのところでだ。
首吊りは残念ながら、今の世の中ではそれほど珍しくない。生活に困窮して一家心中とか、借金が返せずに命を絶つとか、あるいは子どもを戦場で失った母親が正気を失って首を吊ったとか、そういうことはよくあることだ。
場合のよっては金貸しが業を煮やして殺してしまうこともある。実質的には殺人だが、巧妙に首吊り自殺に偽装する技術がある。そういう手段を開発する連中も多くいるし、新手法は次々と現れるらしい。異常としか思えないけど。
何はともあれ、教会の裏で見つかった死体の異常さの頂点は、二人ともが全裸だったことだ。
私はつぶさに見たわけじゃない。そういうことが最初に噂として流れ、事実だとするしかなかった。服などは少し離れたところで燃やされていたそうだ。
なのでこの二人は身元が分からない。
教会で生活するものではないし、僧侶も尼僧も、全員が遺体の顔を確認したが、友人知人だと口にするものはいなかった。
私ももちろん、知らない相手だったけど、首を吊るというのは残酷なことだ。あの遺体の表情を見てしまうと、数日、全く食欲がわかなかった。
こうして身元不明の死体が突然に二体出現し、秋も深まっていたとはいえ、いつまでも保管はできず、火葬されることになった。
この国では元々は土葬が一般的だったが、国が統一される中で多くの戦死者が出た結果、墓地が不足し、火葬が大半を占めるようになっている。十字教では遺体を残すことが古からのやり方であると主張したようだが、今では誰もそんな主張はしない。
教会に棺が運び込まれ、また火葬場へ運び出されていく。遺骨になって教会に戻ってきて、葬儀となるわけだが、この二人はまったく教会に入ったり出たり、何往復もすることになるのは、合理的ではないな。
私はそんなことを思って、ことの悲惨さ、不気味さから目を逸らしたのだった。
セラがその間、何をしていたかといえば、いつも通りだった。
シーツを洗っているはずが引き裂いていたり、野菜を切るはずが力を込めすぎてまな板を割り、次には包丁を折った。窓を拭く掃除をしていて、ガラスにひびを入れた。
彼女は失敗するたびに先輩尼僧に厳しく厳しく、注意され、注意され、さらに注意されたが、表情ひとつ変えなかった。
いつの間にか尼僧たちの間で、セラに批判的な空気が生まれ、蔓延していった。
さすがにそこは大人の集団、そして聖職者の集団なので、嫌がらせなどはないが、空気だけがどこかセラに厳しくなる。私がセラの立場だったら、いたたまれなくなってそれこそ脱走したかもしれない。
こうなっても、セラはまったく行動を変えなかった。
無口で、無感情で、淡々と仕事を続け、失敗を重ねる。
配膳の仕方は覚えず、作る料理は食べられればいいというような雑さで、洗濯物を畳んでもシワが寄り、雑草の代わりにまさに咲いている花を引っこ抜いた。
私は同室ということもあり、寛容の精神でセラと接していたが、何故か逆にセラの方が苛立ち始めたのに気付き、ある夜、指摘してやった。
「あなたの失敗にみんな、迷惑しているのよ、セラさん。少し、真剣に仕事を覚えた方がいいわよ」
私の中で最大限に強い口調と言ってもよかった。
その時、尼僧とは思えない大胆さで寝台に寝転がっていたセラは、珍しく小さく笑った。笑ったが、言葉が続くようではない。
「何が面白いの? 私、あなたを注意しているのよ。ここにいる以上、もっとちゃんとした尼さんにならなくちゃ。そうでしょう?」
セラがむっくりと起き上がり、これ見よがしにあくびをした。
むにゃむにゃした声で「確かに」と彼女が小さな声を出した。
「仲間は、私の失敗に迷惑していると思う」
なんだ?
目をパチパチと瞬いてしまった。彼女が初めてまともにしゃべったのだ。
しかし、仲間という言葉をセラは口にしたけど、どこか違う。
私が「仲間」と表現している相手ではない、別の誰かを「仲間」と呼んだようだった。
すっくとセラが立ち上がったことで、私はその疑問をぶつけるタイミングを逸した。
「ちょっと、話は終わっていませんよ」
「トイレ」
ゆっくりと、しかし変に音がしない歩き方で、セラは部屋を出て行ってしまった。軋みながらドアが閉まる。
部屋に一人になり、私は首を捻った。
あの子は、尼僧らしい振る舞いをしない。しようとしていない。
教会で生活する以上、尼僧として生きる以上、私や他のものの様子から何かを学び取り、身につけようとするのではないか。でもそんな素振りは少しもない。形の上でやっている、上っ面だけ真似している、そんな気がした。
ふむ、と私は変に納得していた。
私の連想はやや突飛だったけど、この教会にいると、そしてユリアス司教のそばにいると、ありそうなことだった。
私は自分が飛躍に飛躍を重ねた思考の結果、導き出した答えにおおよそ、満足した。
彼女が何者であれ、きっと近いうちにいなくなるだろう。
ここは彼女がいる場所ではないのだ。
私は寝台に移動し、腰を下ろした。
(続く)
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