4-2 静かな道程

      ◆


 三人の傭兵の議論は比較的、手短に終わった。

 ランサは消極的に賛成、サリーンは善意から賛成、セラは棄権。

 多数決で私を護衛して行くと決まった。サリーンがすぐに賃金、料金の話を始め、諸経費は全て私が持つ事を求められた。彼女たち三人は馬に乗っているというので、馬にまつわるあれこれも負担に上乗せされる。秣など、ただの発酵した草の塊なのに、かなりの額である。

 しかし今はとにかく、目的地に着くことだった。

「で、どちらまで行けばいいんですか?」

 サリーンの問いかけに、私ははっきりと答えた。

「キシリアン公爵領のベェールという街です」

 素早く視線がサリーンとランサの間でやり取りされた。セラは話し合いの初めから興味なさげにずっと窓の外を見ている。

「おおよそ三日の行程だから、それほどの銭は取りませんよ、安心してください」

 私に向き直ったサリーンの笑みは自然だが、本当の心からの笑みかはわからない。

 出発は翌日となり、私は一度、自分が部屋を取った安宿へ戻った。ここに泊まるのもこの夜が最後ということだ。

 最低限の荷物を整理し、いらないものは処分した。もう目的地は目と鼻の先で、身軽になりたい。

 いざとなったら、一人ででも移動しないといけない。

 それでも非常食は買い込む必要があった。仮に一人になっても、食事をしないのでは先へ進めない。

 保存食、小麦の粉を練ったものを固く焼いたものを手に入れてきた。これは塩気があり、噛めば噛むほど美味くなると店の者に言われたけど、初めて買った。軍でも使ってくれてます、と店主は自信満々だったが、どうだろう。

 翌朝、ランサたちの部屋のある旅籠へ行くと、彼女たちはすでに表で待っていた。馬も引き出されている。

 自然、私はランサの後ろに乗ることになった。

「ちゃんと均衡を保ってくれよ。落ちて怪我をされると困る」

「気をつける」

 ちょっと緊張しつつ、私は鞍に腰を落ち着ける位置を確認した。

 フィリアの街を出て、街道を進む。

 しかしいきなり、想定外のことが起きた。

 三人は街道をいきなり逸れて、間道に入ったのだ。

「ちょっと。どこへ行くつもり?」

 サリーンが苦笑いしてこちらを見る。

「この道を行けば、ベェールには二日と半分で到着しますから。近道ってことです」

 文句を続けたかったが、すぐ目の前にある小さな背中が怒気を発散しているので、ぐっと堪えた。料金を少しは負けてもらうぞ。そう今、私が決めた。

 間道はそのうちに森の中へ入っていく。

 静かだった。

 私は不意に歌を歌いたくなった。

 迷惑かもしれないが、誰も喋り出すようでもないし、この静けさ、沈黙から逃げたかったのかもしれない。


 夢を見た

 幸福の夢

 私の涙が誘うその夢の中で

 私は笑っていた

 悲しいほど

 笑っていた

 私ではない私の顔で

 目が覚めた時

 頬が濡れていることに

 悲しみが去って行ったのを知る

 私は私の顔で

 笑えるだろうと

 不思議と信じることができた

 朝の真ん中で

 私は今日を生きていく


 私が口を閉じても、誰も何も言わなかった。

 遠くで鳥が鳴き交わしている。

 失敗だったかな。

 先へ進み、昼間に小休止になった。食料が配られる時、私は思わず叫んでいた。

「これ! あなたたち、本当に食べてるの!」

 私に差し出されたのは、例の小麦粉から作ったガチガチに硬い、かろうじてパンと呼べるような保存食だった。

 ちらっとセラがこちらを見たが、興味を失ったようで手元のパンを口は運んでいる。ランサはいつもの不機嫌顔。彼の顔が普段からそうなのだと、私もわかってきた。

 唯一、まともな意思疎通ができるサリーンが「普段から食べてますね」と笑っていた。

 初めて食べる保存食はやっぱり硬い。三人の傭兵は平然とそれをかじっているけど、私はすぐに顎が痛くなって堪らなかった。

 見かねたランサが短剣を鞘に入れたまま投げてよこして、「欠いて食え」と唸るように言う。礼を言って短剣を手に取り、刃で保存食を苦労して小さな欠片にして、それを口に入れた。

 塩気のせいか、それほど味が悪いようには思えないけど、美味というほどではない。

 もっと美味しいものを私はたくさん知っている。まぁ、それは三人の傭兵も知っているだろうし、好き好んで保存食を食べているわけではない。たぶん。そのはずだ。

 小休止が終わると、また馬に乗り、先へ進む。

 間道は山道そのもので、石畳で舗装されている部分など少しもなく、デコボコだった。人が通った痕跡があっても、荷車などが行き来したようではない。この辺りに住むものが使う道なのだろうか。

 まさか私を三人でどうこうする気はないだろうけど、そういう想像をしないではいられない場所だった。

 傾斜を登っていたのがいつの間にか平らになり、次に下りに変わった。

 遠くで水音がする。川かな。

 この頃には日が暮れかかり、周囲は薄闇に包まれ始めている。

「ここまでにしましょうか」

 そう言ったのはサリーンだった。彼女が先頭で、次が私を後ろに乗せたランサ、三番目がセラだった。

 三人は特に打ち合わせをするでもなく、それぞれに馬の世話をしてから、火を起こしたり、水を確保しに行った。セラが水の担当で、道に面した斜面をひょいひょいと簡単に下って行って、すぐに見えなくなった。

「水って、そんな簡単に手に入るのかしら」

 サリーンに声をかけてみると、彼女はすでに火を起こし終わっていて、そばに落ちていた枯れ枝を豪快に折りながら答えてくれた。

「うちの社の地図が正確なら、この斜面を下って少し行くと、川が流れているんですよ。だから水はすぐに手に入ります」

「もしかして、それを計算に入れて、この道を選んだってこと?」

 そういう要素もありますけどね、となんでもないことのように背丈のある女傭兵は答えて、枝をまだ小さい火にくべた。

 ランサの姿がいつの間にか見えなくなっていたが、セラが本当に水を汲んで戻ってきた時、ランサも別の方向からやってきた。

「二羽しか取れなかった」

 そう言っている彼が手にぶら下げているのは、間違いなくウサギだった。

 どうやって捕らえたんだろう。

 あまり見ていても具合が悪くなりますよ、とサリーンが助言してくれたので、ウサギが捌かれるところは見なかった。

 でも焼きあがったウサギの肉を食べることはできたし、その味は食堂などで食べる料理より、よほどよかった。塩だけではない何かで味付けされていた。焼きあがる前にランサが振り掛けていた粉がその役目をしたんだろう。

 すでに周囲はとっぷりと闇に包まれ、焚き火を囲む四人は炎の明かりだけに照らされて、ゆらゆらと陰影を躍らせていた。

 こういう時にこそ、歌を歌うべきだ。

 私は頭の中で最適な歌を探し、歌詞を思い出し、旋律を手繰り寄せ、声に乗せた。

 やっぱり誰も何も言わず、私の歌を聞いていた。

 全ての音は等しく、夜の中に消えていった。




(続く)

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