3-5 種明かし

     ◆


 血が吹き上がった。

 倒れた。

 男が倒れた。

 首が半ばちぎれている。

「つまらない」

 ぼそりと言ったのは、セラだった。

 セラ?

 真っ黒い最低限の具足は、血でより深い色になっていた。

 頬に散った返り血を拭うこともなく、セラが動き始める。

 四人から三人に減った盗賊は、完全に出遅れた。

 まるでここにやってくるものがいないと確信していたように。

 実際、確信していたんだろう、足音も気配も消して歩み寄ったセラに気づかないほどに。

 剣が風を起こし、その風は死を出現させた。一振りで一人が倒れ、三度、刃が翻った時にはもう盗賊は一人も立っていなかった。

 ぐっと手の甲で頬を拭い、剣を下げていない方の手をセラが差し出してくる。

 できるだけ死体には目を向けないようにして、私は助けてもらって立ち上がった。

「どういうこと?」

 私の質問にセラが答えようとした時、彼女の向こうにギールが見えた。彼の剣は、綺麗なものだ。左右に部下の私兵を引き連れている。

 よせ、と言ったのはギールだったが、二人の私兵は止まらなかった。

 狂乱の表情で、剣をこちらに突き出してくる。

 甲高い音を立てて、セラの剣が跳ね除けると同時に男の両手首を切り飛ばした。

 もう一人の切っ先は私に触れそうだったか、寸前にセラの剣が弾いている。セラの剣が魔法のように軌道を変え、一撃で私兵の一人の首をはねた。

 残っているのは、私、セラ、ギールだった。

 誰が味方かは、はっきりしていた。

「始末していい?」

 セラがはっきりとした口調でそう言ったのに、「構わない」と私は答えた。

 ギールは私を裏切った。おそらく盗賊と手を結び、銭を略奪しようとしたのだ。この銀貨の輸送計画を、彼はよく知っていた。そして私の私兵を引き込めば、何の抵抗もなく銀貨を手にできる。

 セラの仲間、フーティ騎馬隊の者たちはどうしたか、今はわからないが、セラがここにいる以上、無事なのだろう。もしかしたらフーティ騎馬隊が他のギールの仲間の相手をしているのか。

 ただ、ともかくここで、この場で、セラとギール、どちらが勝者になるかが、私の未来を決めるのだ。

 そう思って決闘の場から一歩、下がった私だったが思わぬことが起きた。

 急にセラが剣の切っ先を下げ、片手を上げたのだ。

 これにはギールも判断に迷ったようだ。

 本当ならここで、容赦なくセラに切りかかればよかった。それが、剣を向け合っているのに、それを堂々と引くというありえない光景に判断が追いついていなかった。

 甲高い音を立てて、ギールの頭を矢が射抜いていった。

 ゆっくりとギールが崩れ落ち、セラがもう一度、手を振った。

 私たちがいる木立からだいぶ離れている場所に、弓を手にしたランサが見えた。

「銭は」

 私は無意識にセラに問いかけていた

「銭はどうなった?」

 いつもの無表情の仮面に、うっすらと浮かんだのは呆れだろうか。

「自分の身を心配したら」

 ボソッとそんな言葉を残し、セラは死体の群れをそのままに街道の方へ歩いていく。置いていかないでよ、と私もついていくと、街道ではフーティ騎馬隊の四人が整列していた。荷車を運んできた人夫は二人だけ。しかしちゃんと、荷は残されていた。

 やれやれ。

 私も人を見る目があるのか、ないのか、疑うしかないじゃないか。


     ◆


 目的地に到着して、荷車にあった銀貨の入った箱が下された。

 建物に運び込まれたそれを開封して、さすがに私は声を上げてしまった。

「ない! どうして!」

 箱の中に銀貨が詰まっていたはずが、そこにあるのは、大量の砂利だった。

 脱力してしゃがみ込みそうになるのを、平然とセラが支える。

「アスラさん、安心してください」

 進み出てきたのはサリーンだ。

「銀貨を奪う企みがあると知って、昨夜のうちに銀貨は別の場所に保管してあります」

「企みがあると知って、って……、どういう意味? あなたたちはいつから予想していたの?」

 サリーンが例の困り顔になり、これです、と口元で盃を傾ける動作をした。

「まさか、酒を飲ませて、情報を吐かせたの?」

「宿を分散させた時に、アスラさんの私兵が泊まる宿に、妓女を送り込んだんです。想像よりもうまくいきましたね」

 なんでもないように言うが、いつから疑っていたかという問いかけには、答えていない。

 ただ、傭兵なりに場数を踏んで、察するものがあったのだろう。そうとしか思えない。

「タネは簡単」

 不意にセラが言った。

「ギールという男は、賞金首。いい銭になった」

 ……最悪だわ。

 私は自分の足で立つと、周囲にそれぞれの顔で立っている傭兵たちを見回した。

「賞金はあなたたちが好きにすればいい。報酬も上乗せする。だけど、銀貨はとりあえず、返してもらうわよ」

 もちろんです、とサリーンが頷くのに対し、セラはもう興味を失ったようだった。

 いつかこいつらが、銭に本当に困ればいい。

 その時、私は親切そうな顔をして相場の一割増し、いや、二割増しの利子で銭を貸してやる。例え法外だとしても。

 明日から、その日が来ることを願うと決めて、私はもう一度、全員を睨みつけた。

 セラだけが、まったく感情を見せなかった。

 嫌な奴。




(第三部 了)

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