3-4 優しさ
◆
私はセラたちに銭を貸した。
相当な額だったから、利子も膨大になる。返済期限で情けをかけても良かったけれど、何も知らない少年少女に世間の辛さを教えてやるか、と他のものに貸すのと同じ期限とした。
それから彼女たちがどうなったのかを、私は長く知らなかった。
知っているのは、最初の返済期限に全額の返済は不可能で、誤魔化すように貸した銭の三分の一が私の手元へ届けられた。
届けたのはサリーンである。それもそうだ。セラやランサのコミュニケーション能力には荷が重い。
「近いうちに、返済できるように努力いたします」
そう言うサリーンを前にして、私は思案せずにはいられなかった。
サリーンは見違えるようになっていた。
身長はさらに伸びたようだけど、それよりも、彼女が身につけている最低限の具足はよく使い込まれ、細かな傷はあってもほころびはないし、彼女の腰にはこの時も剣があったが柄などを見れば決して形だけのものではなく、実戦で使われていると容易に連想できた。
「どこかの会社と契約しているの?」
私が銭について話さなかったのが意外だったのだろう、サリーンはちょっと目を丸くしてから、困ったように苦笑いした。
「どこともしておりません。ただの流れの傭兵稼業です」
「それじゃあ、大口の契約なんてないわね。儲かっている?」
「日々を生きることと、アスラ様にお借りした銭を返すための貯蓄、それで精一杯です」
ふむ、と私は頷いて、自分でもよくわからないまま、知り合いの傭兵会社を思い描いていた。
エステリア王国の崩壊により、群雄割拠の世になってきたがために、どこでも優秀な兵士が求められているのは、世間の常識だった。それは三十代や二十代などの体力のある男性に限らず、十代で兵士になる少年もいれば、場合によっては女性の隊を結成している組織さえあった。
だから、セラたちがやっていることは、何も特別なことではなく、特別であるとすれば大人が関与していないことだった。
若者たちだけの独立独歩の傭兵部隊。
簡単に信頼は得られないだろうし、どこへ行っても足元を見られるだろう。どこの傭兵会社にも所属していないなら、自分たちで仕事を探すしかなく、仮に見つけても場合によっては縄張り争いが起こりかねない。
傭兵会社とは、傭兵を効率的に運用する手法が蓄積され、その手法が最適な形で作用するために作られた、いわば傭兵と傭兵の潤滑剤であり、傭兵と依頼主の橋渡し役である。
「今、総勢で何人?」
私の問いかけに、すでにサリーンはやや困惑していて、その困惑を持て余している様子だった。何故、こんな質問をする? そう言いたいだろうが、しかし彼女は粘り強いし、何事も丁寧である。
「今は、十二名です」
「十二名? それだけ?」
「脱落者が出ていますから」
ため息を吐いてしまった。
バカなことを。
そうは言葉にせず、素早くペンを手に取り、私は小さな紙片にそれを書いた。
紙片を突き出すと、サリーンは素直に受け取った。
「この街の、ガ・ウェイン傭兵社の支店にいる勧誘係がその男よ。会ってみなさい」
今度こそ本当の困惑そのもので、サリーンは私を見た。
「私たちを、助けてくださるのですか?」
できるだけ怖い顔を作って、怖い声を出してやった。
「私は自分の銭を取り戻したいだけ。あなたたちが全滅したら、貸していた銭は返ってこない。それは困るし、私の金貸しとしての名誉に傷がつく。何より、みっともないじゃない。子供に大金を貸して、それきりになるなんて」
紙片を丁寧に懐へ入れると、サリーンは深々とお辞儀をして「ありがとうございます」と礼を言った。
セラたちはその後、ガ・ウェイン傭兵社に所属することになったと、人伝に聞いた。私の口利きがどこまで通用したかは不明だけど、あの時に紙片に名を書いた勧誘係の男は「良い拾い物をしました」と何かの折に、声をかけてきた。
この場面では少なくとも、利害は一致したということだ。
あるものは使える駒を手に入れ、あるものは収入を手に入れ、あるものは貸した銭を取り返した。
数ヶ月に一度ほど、セラたちの騎馬隊に仕事を依頼するようになったのは、ここ二年のことで、それまでも彼女たちからは時折、文が来ていたけど、顔を会わせることはなかった。
顔くらい見せなさいよ、と言う代わりに、仕事を依頼しているのだ。
彼女たちは会うたびに成長していく。
刃が研ぎ澄まされていくような印象だった。
いつからか、私はセラたちに最初に銭を貸した自分に感心していたものだ。
意外に、先見の明があるじゃないか、と。
今はいなくなったヴァナも、褒めてくれていた。
あなたの優しさには感服します、と。
私には、優しさなんてないのに。
あるのは、銭の勘定のことだけだ。
(続く)
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