3-3 混乱
◆
宿場で夜を明かしたけど、意外なことがあった。
セラが私と同じ宿にどうしても泊まる、と言ったのだ。
宿は十四人が四人、五人、五人に分かれるので、自然と私と秘書の他に二人が側につくのだが、ギールとその副官のような立場の男が私と同じ宿に入るはずだった。
それにセラが、ではなく、サリーンが異を唱えて、私も秘書も女性だから、警護には女性であるセラがいるべきだ、と主張した。
しかも宿場に入った途端である。
「裏があるかもしれません」
そんな風にギールが私に耳打ちしたものだ。
どう判断するかは難しいところだった。セラが言う通り、女性のセラなら、ぴったりと私たちに接することができる。男が踏み込めない場所にも、だ。
もっともそんな要素は小さなもので、ギールとその相棒でも問題はない。
ないが、セラが主張するだけの何かが、私には見えていないかもしれないと思った。
結論としては私と秘書を警護するのはギールとセラになった。
そうしたところで都合よく問題が起こるわけもなく、揉め事一つないままに翌朝を迎えた。
再び隊が動き始める。
少し気になったのは、私の護衛たちが揃って青い顔をして、苦しそうにしていることだ。
ほんのかすかに空気に酒精が混ざっている。
やれやれ、まさか二日酔いとは。仕事に支障が出るのでは困る。
街道は曲がりくねり、峠と言っていい箇所に差し掛かった。この峠の向こうの緩い傾斜の斜面に街があり、主に林業、材木商で成り立っている。山がすぐそばにあることと、麓を大きな川が流れている。材木を流して下流に運べる利点があった。
ついでに山からは良い石も取れる。川があることと材木があることは、石の産地としても有利である。材木を工夫して筏にして、その筏に石材を乗せ、下流へ運ぶという手法を取っている。
よく考えたものだ。
峠を越えればもう仕事は終わりだな、と思いながら、私は馬に揺られていた。
それは唐突に起こった。
風を切る音を伴って、数本の矢が私たちの前方の地面に突き立った。
「敵襲だ!」
叫んだのはギールの副官で、すでに彼らは剣を抜いていた。
防ぎ止めよ、とギールが声を発し、私の馬に自分の馬を寄せると「先行しましょう。お守りします」と促した。ギールの部下が一人、ついてきている。
すぐそばを矢がかすめ去って行った。
ここまで来て逃げるとは。
しかし、荷車を運んで行くのは無理か。すでに、人夫が荷車を離れ、手頃な岩の影に隠れようとしている。しているが、岩はあまりにも小さく、人夫四人は大きくはみ出していた。
濁った声を上げて、その四人のうちの一人が倒れる。見事に喉を矢が貫いていた。
悲鳴が上がり、いよいよ場は混沌とした。
ここにいても仕方がない。
私は馬腹を蹴って、峠の先へ向かう。遅れずに護衛の一人が続き、その後ろをギールが駆けてくるようだ。ギールは盛んに背後を気にしていたが、矢はこちらを正確には捉えていない。
なら私はどうでもよくて、大量の銀貨が賊の目的か。
でもどこから情報が漏れた? 私たちがあまりにも大仰な隊を組み過ぎて、旨みがありそうに見えたのだろうか。峠で常に待ち伏せしていて、都合よく私たちが通りかかったのか。
背後で悲鳴が続く。
聞いたことのあるような声もするが、全く知らないような気もする。
馬が峠を抜ける。三騎は自然と足を落とした。後続がやってこないからだ。
セラはどうした? どうしてついてこない?
「アスラ殿、あそこの岩なら隠れられるはずです。どうか、あの影へ」
行ったのはギールで、なるほど、街道から少し木立へ入ったところに、岩がある。私一人なら、陰に入れるだろう。
「あなたはどうするの?」
我知らず、すがるような口調になっていた。
ギールは私を落ち着かせるように、低い、力強い声で応じた。
「仲間をおいてはいけません。必ずここへ戻ってきます」
そう言うなり、ギールは仲間の一人と道を引き返していった。
私は一人きりになった。
ただ馬に乗っていても仕方がない。言われたことを思い出し、馬を降りて、足音を消して岩の影に移動した。じっとりと地面が湿っていて、腰を下ろす気になれなかった。
峠の方を見る。かすかに何かの音が聞こえても、それが人が争う声なのか、ただの掛け声なのかわからないし、そもそも人の声だという確信もなかった。木々の枝葉が触れ合って立てている音のようにも思えるし、もしかしたら自分がすぐそばの草に触れて起きている音の可能性もある。
落ち着こう。
落ち着くことだ。
馬のいななきが、はっきり聞こえた。男たちの声がすぐそばでした。
知らない声だ。
音が近づいてくる。足音。あとはきぬ擦れのような音。
岩の影から様子を見ようとして、私は見知らぬ男と顔を付き合わせることになった。
反射的に短い悲鳴が出て、尻餅をつく私とは対照的に男の顔は笑みを浮かべる。その笑みは私の中に不快感しかもたらさなかった。
粗末な着物と、形だけの具足。見るからに切れ味が悪そうな鉈を持っていた。
典型的な盗賊。それも残忍で、頭がどうかしている類の盗賊だ。
「なんだ、本当にこんなババアが銭を持っているのか? ええ?」
次々と盗賊の男たちが姿を現し、全部で四人になった。全員が刃物を持っていて、総じて汗臭く、伸び放題の髪は脂ぎっていた。髭に埋もれた口から吐く息には悪臭がして、私は口元を手で押さえてしまった。
それを悲鳴を我慢したと勘違いしたようで、男の一人が引きつったように笑い声をあげる。
「別に叫んでもいいぞ。どうせ誰も来ないんだからな。好きなだけ叫べよ。誰かー! 助けてー! 盗賊がいるわよー!」
盗賊たちが一斉に笑い出す。下卑た笑い声の中で、私の頭はほとんど真っ白だった。
誰も来ない。
私はここで殺される? それも楽な死に方ではない形で?
腰に短剣一つ帯びていないのが、悔やまれた。
もしもの時に、喉をつくようなこともできない。
「じゃ、用事を済まそうか」
男の一人が私の前で、刃物を大きく振りかぶった。
(続く)
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