1-4 脱出
◆
何が起こっているのか、考えた時、私たちは馬群に包囲されていた。
「一人も殺させるな!」
その声は、聞き覚えがある、サリーンだ。
周囲にいる男たちは揃いの具足をつけた、フーティ騎馬隊だった。
離れたところで騎馬隊が騎馬隊に追い立てられている。
何が起こったのか、即座に察することができた。
フーティ騎馬隊が賊徒を攻め立て、こうしている間にも一騎、二騎と馬上から叩き落とされている。追われる賊徒がこちらへやってこようとするが、フーティ騎馬隊が絡みつき、前進させず、巻き込んでいく。
巧妙な包囲で賊徒の馬群は動けなくなり、動けなくなれば騎馬の持ち味は消える。
数では賊徒が上回っていたはずが、面白いようにフーティ騎馬隊の男たちが剣や槍で賊徒を討っていった。
空気には血の匂いが混ざり、悲鳴が間断なく響いた。
私たちの方へ賊徒は一騎としてたどり着けず、最終的には四、五騎がかろうじて逃げ出していっただけになった。
呆然としている避難民の方へ、フーティ騎馬隊が集結してくる。
先頭にいるのはセラだった。
私の前まで来て、彼女が身軽に地面に降りる。そっと馬の首筋を撫でてから、やっとその視線がこちらに向いた。
その口元には笑みの一つもなく、表情それ自体が仮面のように無感情だった。
「悪かった」
短い言葉の後、彼女はもう視線を外し、馬の方へ戻ろうとしている。
入れ違いに進み出たのサリーンだ。
「あなたたちを囮にさせてもらったんだ。あの賊徒どもは私たちの獲物の討ち漏らしでね」
囮……?
「仕事の詳しい内容は部外秘で言えないが、ともかく、仕事はこれで済んだわけ」
平然とサリーンが言葉を続ける。避難民も皆、それぞれの表情で話を聞いていた。寝耳に水、想像も及ばない展開だった。
「私たちはイユーヴ伯爵領に用事がある。そこまでは護衛させてもらえるかな。せめてもの償いだ。それで大目に見てちょうだい」
頭を下げるわけでもなく、大目に見るも何も、謝罪している風ではなかった。
なかったけど、それを指摘するのも憚られるほど、サリーンは堂々としているのだった。セラはといえば、背伸びをして自分の馬の首筋を抱くようにしている。
「よろしくお願いします」
私はそう答えた。
釈然としない。
しないけど、賊徒を討ったのはフーティ騎馬隊で、私たちは逃げただけで、守られただけだった。
フーティ騎馬隊のものが全員戻るまで、少し時間がかかった。これはだいぶ後になって想像が及ぶことだけれど、彼らは戦利品を集めていたのだ。馬や馬具、剣などの武具もだけれど、それよりも賊徒の主だったものの首が必要だった。
傭兵はその仕事を証明するために、様々な残酷な行為に手を染める。
首を持ち帰るとか、耳や鼻を持ち帰ることもあり、私の感覚ではどうしても嫌悪感が伴う行為だ。でもそうしないと、傭兵は自分の仕事を証明できない。残酷な仕事は、残酷な行為でしか示せないのだった。
隊列が組まれ、フーティ騎馬隊の数人が馬を仲間に預けて、避難民の女の代わりに荷車を押し、曳いてくれた。中には馬に子どもを乗せてくれるものもいた。子どもは単純に馬に乗れて嬉しそうで、時折、声をあげていた。そんな様子は集落を出てから一度も見ていなかったことに、激しく私の心が痛んだ。
夜になると盛大に焚き火が燃やされ、食事は騎馬隊の男が仕留めた野生の狐が捌かれ、焼かれた。食べる部分などたいしてないけれど、肉は肉だし、ご馳走だった。少しずつを分け合い、皆の手に渡ることが一体感を感じさせた。
フーティ騎馬隊とともに三日を進み、街が見えてきた。
その街が見た時、前方から人の群れがやってきて、よく見れば歩兵のようだ。向こうからも私たちが見えたのだろう、前方を塞ぐように小さな陣が敷かれる。
私はセラの顔を覗き見たが、彼女は無表情に、しかし目を細めて隊を身振りで止めた。
セラとサリーン、二人の女性が進み出て、歩兵の陣の前で馬を降りた。
そこで何がやりとりされたかは、私にはわからない。サリーンが馬に乗り、こちらへ戻ってくると「街へ入るよ」と短く言っただけだ。それだけでも、街が私たちを受け入れてくれることはわかったものの、そのためにいったい、フーティ騎馬隊は何を差し出したのか。
歩兵の陣地が二つに割れて道ができた。私たち避難民はフーティ騎馬隊に守られたまま、その間を抜けた。
馬を降りたままのセラの横を抜ける時、それとなく様子を見たけど、彼女は真っ直ぐに立って腕を組み、瞑目していた。
言葉もない。視線を交わしすらしない。
避難民は街に入ることができた。フーティ騎馬隊は街の外に待機し、一人だけ、サーリンが付いてきた。私たちは名も知らない人物の屋敷の敷地へ移動し、サリーンがそれを見届けてから、何かを私に投げ渡した。
「ナーオ、これは私たちからのお礼」
言葉の内容よりも、手元にある袋の重さで、何が渡されたかわかった。
言葉もなく馬上の彼女を見上げると、嬉しそうに笑っている。
「囮にして悪かった。怖かっただろう。セラの奴は恥ずかしくてお前に顔向けできないだろうから、私は代理で、これはセラかの謝礼として受け取ってちょうだいね。じゃあね」
私が何か言う前に、サリーンは馬首を返して、駆け去って行った。
避難民たちとその背中が見えなくなるまで見送り、やっと私は手元の小さな袋の中身を確認した。
そこには、銀貨がぎっしりと入っていた。十人なら働かずに半年は生活できるだろう。半年もあれば、新しい生活を始めるのに十分だ。
感謝の念で、私はもう影も形も見えない傭兵たちに頭を下げた。
◆
サリーンが街の外で待機していたフーティ騎馬隊に合流すると同時に、三十騎が一塊となって移動を開始する。
傭兵としての戦果を報告するのには期日が切られており、あまり時間に余裕がないのだ。
馬は広野をひた駆けていく。
「ねえ、セラ」
セラの横にサリーンが並び、問いかける。セラは声は聞こえているはずだが、まっすぐに前を見ている。構わずにサリーンは問いをぶつけた。
「なんであなたが銭をあの子たちに渡さなかったわけ?」
ちょっとだけセラが口角を持ち上げたようにサリーンには見えた。長い付き合いでなければ見逃すような、かすかな変化だ。
「私は憎まれ役の方が似合っている」
やれやれ、と馬上でサリーンは首を振った。
憎まれ役になりたくない、っていうのが本音じゃないか。
そうは思ったが、サリーンは無駄なことは口にしなかった。セラのそういう自分を卑下しようとするところが、実はサリーンには好ましいのだ。
この世界で、虚飾や見栄、偽装などというものは、真っ先に崩壊する。
剣や槍、矢は容赦なく、実力というものを試してくる。
上辺だけの強さなど一撃で粉砕されてしまうのだ。
セラの実力、技量をサリーンはよく知っていたし、卑下も行き過ぎれば問題だが、今は自分がいるのだ、とサリーンは納得した。自分だけではなく、フーティ騎馬隊の面々は自分たちの指揮官の実力をよく知っている。
お互いに手綱を握り合っているようなものだ。
あるいはそれでは、破滅する時にもろともに全員が破滅するかもしれない。
サリーンは少なくとも、自分はセラとともに破滅してもいいと思っていた。
それだけの魅力がある。
この隣を駆ける、小さな体の、仏頂面の女傭兵には。
急ぎましょう、というセラの声が風の中に消えていく。
ひときわ大きな音を立て、馬群が加速した。
(第一部 了)
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