なりたい職業
「教授に、なりたいな〜」
「は?」
いつもと変わらぬ屋上。この世界では雨が降らないのだろうか。青空の下、山下はらしくない将来設計を明かす。
「何の?」
「化学かね。ばけがく。」
「なんで?」
「自分の研究室でさ、ビーカーで珈琲いれたい」
「それだけだろ。そのためだけだろ。」
「そうなんだよ。化学で教授になってもマージンってそれだけなんだよね」
「教授に謝れよ」
「仕事なんてそんなもんだろ。橋本はなんかないの?」
橋本は「そうさな……」と首の骨を鳴らす。
「そういう意味だと……殉職の可能性がある仕事がいいな。死んだ同僚の墓の前でタバコ吸い──」
「待て待て待て!」
「なに?」
「それだめ。死を交えるのはズルい。それはほら、違う機会にしよう。それだけで一回もつから。」
「あぁそう。じゃあ……教師かな。」
「その心は」
「軽い感じの先生でさ、生徒がやってるスマホゲー覗き込んで"お、結構やり込んでるじゃん。フレ登録してよ"とかいう人間になりてえな」
「あぁ〜恩師〜」
「教師って旨すぎるんだよな。毎年数多の思春期共の心に深く爪痕を残せる」
「若者の趣味に理解があるだけでモテモテだもんな。イージーすぎる」
「山下はないの? 教師になったらやりたいこと」
「俺はあれだな、女子校の教師」
「下心じゃん」
「違う、違うのよ。まず小綺麗な男教師なんて女子校じゃモテモテじゃん?」
「下心じゃん」
「違う、違うのよ。バレンタインなんてあほほど貰えますよ。中には本気の子も一人二人いるかもね」
「下心じゃん」
「黙って聞けよ下心bot。チョコ貰ったら"おぅさんきゅーな"とか"これホワイトデーあげなきゃいけねーの?"とか言っといて、本気です! みたいな子には"やめとけやめとけ。思春期の気の迷いだよ。友達に同世代紹介してもらいな"とかって大人の余裕でいなすという……」
「いや、下心なんだよ」
「これは下心なのか!?」
「今話してんのはそうじゃないだろ」と橋本は呆れながら言う。
「もっとあるだろ。生徒から没収した漫画を職員室で読みたいとか」
「うわいぃなぁ〜〜! 活動実態が謎すぎる部活の顧問やりたい」
「ラノベの主人公が所属してる部活じゃん。でもあれって放任主義みたいな位置取りじゃないとやらせてもらえないよ?」
「部室に入り浸ってダラダラしてるのもありでしょ。」
「あー、それもありだね。常設の冷蔵庫にジュース完備しときたい。俺の自腹でいいから"勝手に飲め"みたいな感じで」
「理想の顧問だねぇ〜。部員はどんなんがいい?」
「話変わってきたぞ。いいけど。まず主人公クンはいるんだろ? 顔が良くてツッコミ役」
「いるね。俺がほしいのは黒髪ストレート、成績優秀でスポーツはそこそこ。優等生みてぇな見た目しといて、アタマは結構ぶっ飛んでるヤツ」
「主人公クンはそいつのせいで半ば無理やり入部する羽目に。俺からはスポーツ万能男を召喚する。色んな部活の助っ人にしょっちゅう行ってる」
「あら、珍しいメンツ」
「こいつがいることで良いイベントが起きるんだよ。遠方の試合に応援来いよ! で旅行になったり、明るいバカ故に何も考えてない言動で部員の恋を掻き回したり。」
当初の話題から完全に脱線したまま、二人の乗る電車は進み続ける。
「生意気な後輩も必要だね。明るい髪色でショート。先輩にも顧問にも無茶なワガママが多い」
「どちらもなまじ優秀なせいでワガママが通ってしまう」
「同時にギャルも欲しい。後輩と同調してギャーギャー喚き散らす」
「"お、お前ら、そんな無茶いうなよ! ちょっと、先生からも何か言ってください!"」
「"ん? まぁいんじゃねーか?"」
「( だ、だめだ……この人があてになるわけがない……! )」
「あとなんかいる?」
「色々いるけど、部員以外で生徒会長も出てきてほしいね」
「詳しく、話し給え」
「活動実態が謎すぎて文句言いに来る。でも生徒会長真面目バカだからね、黒髪ストレートあたりに口喧嘩負けちゃって、サ……」
「泣きながら帰ってく〜〜!」
山下は生徒会長の無様な様子に思いを馳せ、空に向かってため息をつく。
一拍置いて、橋本に向き直り。
「教師って実際、割となろうと思えばなれる職だけどさ、なりたい?」
「絶対ヤだね」
「だよなぁ。クソガキばっかだし、教師サイドだって自由にできる校風のが少ないし。」
「サビ残多いし、モンスターペアレントとか面倒すぎるし。」
「イジメあっても犯人ぶん殴っちゃいけないし」
「テストの採点なんて凄い宿題だし」
「必ず少しは生徒に愚痴られるし」
「大人になっても勉強続けなきゃいけないし」
二人は青く美しい空を仰ぎ、大きくため息をつく。
「「働きたくねぇ〜〜」」
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