憧れってあるよね


「なぁ橋本」

「何だ山下」

「男子中学生が絶対にしたことのある妄想。なーんだ」


 橋本は悩む素振りも見せずに応える。


「教室なり電車なり……舞台はどこでもいいか。凶器を持ったイカれ野郎を倒す妄想」

「正解。したよね」

「したな」

「俺、そこでわざと怪我して治るとこ見せて、吸血鬼をカミングアウトしたかったんだ」

「吸血鬼ってだけで満足しろよ。ほしがりさんめ」


 相変わらずの屋上。山下はトマトジュースを飲み干すと今度は棒付きキャンディを口に入れる。


「なにに関しても、憧れが最初だと思うんですよ、私は。このアメだってさ……いるじゃん、こういうの。」

「いるね。」

「成人したらきっとウイスキー飲むし、タバコも吸うよ。バイクも乗りてぇなぁ」

「アンティークかアメリカンビンテージの雰囲気で部屋固めたいね」

「いいねぇ。サスペンダー着て毎朝観葉植物をベランダに出す」

「あれは外人の殺し屋だからかっこいいんだよ。山下が着たら袋小路金満」

「あいつサスペンダー着てたっけ」

「わかんね」


 山下はキャンディに飽きたのかそれをバリバリと噛み砕き、棒をごみ袋代わりのビニールに突っ込む。台無しだ。


「将来やりたい仕事とかさぁ、ある?」

「んー、そういう憧れだと……古本屋とか」

「いいねぇ。メガネかけてさぁ、いっつもレジの前で本読んでたいね。」

「神保町で路地を少し入ったとこ。ラノベと漫画はありません。」

「でもそれはなぁ、黒髪のショートボブで大人しそうな女の子がいいなぁ」

「うるせぇよ。しょうがねぇだろ、そこは」


 「お前は?」という問いに対し、山下は少し悩む。


「そーだなー。なんか近い気もするけどカフェもいいよねぇ〜」

「素晴らしいね。客いないときはバイトの女子高生が席座ってダリの時計みたいになってる」

「そいつ茶髪のポニテ。スゲェ大雨降った日に軒先で雨宿りしてる小学生がいてさ、その子入れて温かいレモンティー出すのよ。その思い出はその子の人生に一生残るんだろうなぁ〜」

「毎朝来るマダムがいて、たまにその人が持ってきてくれた花を花瓶に挿して入り口の横に置く、と。」

「高校生のカップルが勉強してたら一時間後とかにケーキ差し入れしちゃうよ」

「したいね。したいけどそれをツイートされてバズりの出汁にされるのはやだな」

「うわ〜卑しき現代の宿命。"彼女とカフェで勉強してたらマスターがケーキを差し入れてくれた"って人生の物語の一部にされるわけかぁ。女の子同士の時にしとこ。」


 一拍おき、山下は「これはわりとマジな話」と切り出す。


「二人でさぁ、そういう経営するの、良くね?」

「良いね。良いけど……」


 難しいよな、とか。

 金ねえからな、とか。

 そんな現実的でつまらないことは言わない。


「カフェのマスターってイケオジがいいよな」

「それはそう。でも若い男二人ってのもウケるぞ」

「だからそれはSNSウケなんだよ。万が一広まれば腐女子が大量に湧くぞ」

「いやだ〜〜! 捗られる〜〜!」


 橋本は、「だから」と指を一本立てる。


「"商品は構いませんが、店の名前はSNSにあげないようお願い致します。"」

「町の静かな喫茶店、バンザイ!」

「愛すべき隣店を目指そう」

「大いなる赤字を伴う」




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