そしたら楽に暮らせるじゃん
二人は屋上に勝手に入り込んでだらだらと過ごすのが日常になっていた。
「橋本さ、この前ジギル召喚したときなんでわざわざ屋上来たの?」
「は? そりゃ痛い厨二病だと思われるし、その十秒後には大騒ぎになるからだろ」
あまりにも愚かな山下の質問に、橋本はため息混じりに応える。
すると山下はめを丸くする。
「あれって特別な者にしか見えないとかじゃないんだ」
「お前、自分が特別な者だと思ってたのか。思い上がるなよ」
「だったらさ、公表しちゃえばいいじゃん」
橋本の悪口には耳も貸さず、山下は名案! と言いたげに人差し指を立てる。
「そしたら世界中から大注目でしょ。テレビとか出るだけで一生食ってけるし」
「いや、めっっっちゃ目立つじゃん。ヤだよ。命とか狙われるかもしれないし。それにジギル君を見世物にするんだろ? やらないでしょ」
「まぁ確かに、そりゃそうか。俺とは話が違うと思ったけどあんま変わらんなぁ」
「……? 何が?」
「何がって」
山下は首を傾げ、これまたあっけらかんと。
「ほら俺、吸血鬼だから」
「……あ?」
「言ってなかったね。そっちも凄いこと教えてくれたからさ」
「ヤバ、こいつ高一でこれかよ」
「おい、それはこの前の俺のセリフだったんだが」
「んじゃ、みせてみろよ」
山下は立ち上がって腕をまくると、フェンスに向かって自分の前腕を思い切り叩きつける。
「おおぉ!? おまおまおいバカおま! おいおまうわキモ!」
前腕は関節がない筈の部分で折れ曲がり、尺骨と橈骨が太陽を拝む。
しかし等の本人は素知らぬ顔で腕を元の形に無理やり戻し。
「おぉおぉま、お? おま? おまおま? おぉぉ!?」
みるみるうちに骨が繋がり、突破られた肉も融合し、皮膚が繋がる。あっという間に、もとの腕になっていた。
橋本はついその腕を触り、感触を確かめる。
「す、すげぇ……おもしろ……」
「俺のこれはさ、人体実験とかされるかもだから人には話さないのよ」
「遺伝?」
「うん。クオーターだけどね」
「それでもこんなすげぇのか。日光余裕だし」
「なんかね、吸血鬼の血ってつっよいから薄れてもこういう能力はかなり残るんだって。日光に弱いなんてのは迷信」
「へぇ〜。そういえばさ」
山下の今までの言動を振り返る。コイツは今まで、何かと己が最強みたいなことを言うやつだった。ジギルを初めて見たときも殴りかかっていたし。
「自分最強みたいな言動はそっから湧いてたの?」
「そそ。そんじょそこらの輩には負けねぇよ。体が違うから。筋組織もすぐ回復するからちょっとの筋トレでモリモリになっちゃうんよ」
「あとさ、トマトジュース好きなのは……」
「日常系のファンタジーだと吸血鬼ってトマトジュース飲みがちじゃん。あれ好きだから真似してたら好きんなった」
「しょーもな」
しかし確かに、こればっかりは本当に公表できないことだな、と橋本は思った。人体実験されるかも、というのも冗談ではない。
「吸血鬼ねぇ……。アニメとかの吸血鬼あるあるって実際どうなの?」
「吸血鬼あるあるかぁ。例えば?」
「そうだな……。"血が濃いほど強い"は、さっきの話だと違うのか?」
「そね。血の濃さはあんま関係ない。てか同族と会っても別に戦わないし」
「うわつまんね。」
バトルのない吸血鬼もの。あまりにもつまらない。今すぐに終われ。
「あとなぁ……。"鏡にうつらない"」
「映るわ」
「"にんにくが嫌い"」
「好き」
「"棺桶で寝てる"」
「おふとん最高」
「"影だけめっちゃ怖いやつになる"」
「あれ憧れるね〜!」
「…………。」
橋本は暫し黙り込み、大きく深呼吸する。吸って、吐いて、吸って、吐いて、大きく吸って!
「吸血鬼、つまんねぇ〜〜〜!!!」
「おいバカ! 声でかい! そんで心外!」
拍子抜けだった。傷の治りが鬼早い、あとトマトジュース飲んでる。この2点のみである。こんなことあっていいのか。
「あっそ。なんかもうどうでもよくなってきた。てか血は吸うの?」
「普通の食事で大丈夫だけど、吸えることは吸える」
「へー。因みに吸うと眷属になるってのは……」
「あー、あるよ。ほぼ不死身みたいなもんだし、橋本もなりたかったら言ってよ」
「えっ……」
えっ。
…………。
………………!
吸って、吐いて、大きく吸って。
「吸血鬼、すげぇ〜〜!!!」
「うるせぇ!」
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