補話【十】猟犬と、少女と、ある戦争の日々 その四


 この艦に乗る人間で、その声に気付かぬ者はいないだろう。

 焼け落ちる都市で一人立ち向かい続けた不屈。

 あらゆる武装を失くしても戦い続けた不撓。

 どんな戦場からも還り、どんな戦場へも飛ぶ不惑。

 開戦から休むことも止まることもなく剣を片手に常に第一線で戦い続けた駆動者リンカー――――鋭角なる猟犬の騎士、ハンス・グリム・グッドフェロー少尉。


「ハ……ハンスさん!?」

「本当に生きてやがったんですか……マジかよ……」


 空気が変わる。

 そう――メイジー・ブランシェットは思った。

 魔を祓い、恐れを払い、敵を払い、正気に引き戻すような理性的な声だった。


『【黄金鵞鳥ゴールデンギース】号……貴艦は所定行動の実行を。こちらは問題ない』


 罅割れた無線音の中にあってもよく通る鋭い声。

 幾度と夢に見た、あの声。


「だけどアンタら、そんな第一世代型なんかじゃ――」


 それでも食い下がるようにエースが言えば、


『問題ない。貴官らは貴官らの役目を果たせ。援護は不要だ……そも、その余裕はあるのか?』

「――――っ」


 到底そうは見えないが――という響きを持った言葉。


(い、言い方……っ)


 メイジー・ブランシェットには分かる。自分は分かる。

 ハンスさんの手紙の文量は凄まじかった。本当はあの手紙ぐらいいっぱいいっぱい喋り続けちゃうから、切ろうとしてるのはわかりますけど!

 でも言い方! 言い方が悪い! 言い方と態度が何もかもめちゃめちゃ悪いですよハンスさん! すごく! 間違いなくアレは素朴な疑問の顔してるだろうけど!


 先程までの絶望感はどこへやら、ハラハラと見守る。

 エース・ビタンブームスはそういう頭ごなしな物言いを嫌う。何故だか知らないが、高圧的や抑圧的なものに対しての反感が強い。同じだけ、やることをしようとしない人間にも厳しい。

 そんな彼が、果たして、呑むのか。

 ここで言い争いになったりしないかと――周囲の敵の動きやレーダーに目をやりながら、戦闘とは違う緊張感を持ってしまう。

 だが、


『……この数相手に、よく戦った。今一度、貴官らにしかできない戦いを頼む。そちらは、任せた』


 …………………………ン゛ッしゅきっっっっっ(恋)。




 はぁ? ………………はあ???? ズルいんだよなあ。ズルですよそれ。ズル。

 完全にズル。

 本当にズル。駄目だと思うんですよねそれ。禁止。禁止事項。禁止兵器。なんでそういうことするかな。駄目ですよそれは。よくないんですよねぇそれ。なんで精神的DVかました後にそういうことするかな……ハンスさん依存者でちゃうじゃん……絶対今『トゥンク……』って音鳴ってましたよエースあたりから。多分。なんでそういうことするかな。


 嫌味な軍人と思わせてからそういうこと言うのズルいんですよね。嫌味っていうかガッチガチの意識高め見下し系プロと思わせてから……そこからのお前を頼りにしてる発言。ズル。ズルい。そんなことされたら惚れちゃうじゃないですか……温度差。駄目ですよそれは。駄目。反則。心の壁を温冷破壊するつもりなのかな? 金属疲労起こしちゃうぞ? 的な? チョコレートを湯煎して固めてるのかな??? ハート型の???

 なんです? 傾国のカリスマでもあるんですか? 兵士ホイホイなんですか? それともヒモになる才能宇宙一なの? ズルだよズル。フェロモン出てるもん。ズル。えっち。ズル。絶対ほっぺた撫でてた。えっちな目をしてた。顎クイしてた。私には分かる。えっちな声だったもん。ズル。夢で見たもん。書いたもん。

 やめてほしいんですよね。あなたのフィアンセはここにいるんですよね。そういうことしてライバル増やさないで欲しいんですよね。絶対ハンスさんのこと好きになっちゃう人出てくるじゃないですか……私の方がもっと昔から好きだもん。やめてよね。私が先に好きになったんですよ?


 はぁぁぁぁ…………もう本当ズル。アレ本気で言ってるもん。そういうところがズルい。ホイホイなんですよハンスさんは。判ってます? えっち。そういうことするのは人道法で禁止なんですよ? 知ってます?

 それで『俺は当たり前のことをしただけだが』『当然の評価だが』するでしょ? そういうの駄目ですよ。人によっては直撃しますよ。年齢によっては。まあ私は昔からハンスさんを知ってるので? 昔からなので? 今更引っかかりませんが? 婚約者フィアンセなので?

 はぁ……ズル。えっちでしょ。どうしてそういうことするかな……天然駆け引き上手……内気な女の子に『君だけに話すけど』『俺は味方だ』『何でも知りたい』『君との会話は楽しい』『いつでも相談に乗ろう』攻撃を手紙で散々してからコレかな??? もしかしてハンスさんは人を魅了しなきゃ死んじゃうのかな??? サキュバスかな??? サキュバスマグロかな??? えっちな目で顎クイと壁ドンし続けないと死んじゃうのかな???


 あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………ん゛んっ。


 はぁぁぁ……もうこれは責任。責任を持って結婚ですよ。ハンスさんの被害者を生まない会。産むのは私。責任を取れハンス・グリム・グッドフェロー。いたいけない子供の私に手紙のたびに顎クイと壁ドンと耳ボソしてた責任を取れハンス・グリム・グッドフェロー。声で妊娠するが??? 声(想像)で妊娠(想像)するが????

 はぁ……もう本当……はぁ………………生きてたんだよかった……はぁ…………。ズル。あんなに心配させてから登場がズル。いっぱい泣いちゃってたのにもう許したくなっちゃうあたりズル。この王子様野郎! 娶れ!



 ――――――ここまで、〇・〇一秒(大嘘)。



(……よし、うん、よし。……ハンスさんの無事は確認できた……うん……それで、任された。うん……)


 キュッと、拳を握り締める。

 本当は――――もっと話したいことがいっぱいある。

 あの日、戦ってくれてありがとうとか。助けてくれてありがとうとか。生きててくれてよかったとか。実は婚約者と知っているとか。ずっと好きだったとか。今も会いたいとか。話したいとか。

 でも、あんなふうに言われたのだ。

 第二世代型と戦うには限界のような機体で、言われたのだ。

 なら、こちらも、役割を果たさないと――――。


(……止まってってば。戦ってるんだから)


 それでも指先の震えが収まらない。

 殺されかけたというその事実が、戦闘に伴う混乱と苦痛が、今更ながらに凍り付いた感覚が溶け出して、震えとなって襲いかかっていた。


 ――――怖い。

 ――――苦しい。

 ――――辛い。

 ――――恐ろしい。

 ――――守って欲しい。

 ――――大丈夫だと、言ってほしい。


 だけど、


(ハンスさんだけに……戦わせたりしないで……ちゃんと、ちゃんと私が……やらなきゃ。そうじゃなきゃ、あんなふうに無茶をしちゃうだろうから――)


 不可視の装甲もなく。

 武装も失い。

 血塗れになりながら、それでも自分たちに逃げろと叫び続けたように。

 あの人は、あの人を殺してでも戦ってしまう。

 ふざけるな。そんなふうに、置いてかれたりなんてしてやるものか。やっと――追い付けそうなんだから。


(うるさい、震え! 黙ってて!)


 コックピットモニターに拳を叩き付ける。

 ジンジンと痺れて、涙が浮かんで――それを振り払うように、空の先を睨みつける。


(舐めるな――――私は! 無敵の! 恋する乙女だッ! ハンスさんに会うまで、死んでなんてやるもんか!)


 折り畳まれた鋸ナタめいた武装を展開する。

 母艦と共に、砲撃射程まで敵施設に接近する――――それしかない。



 ◇ ◆ ◇



 果てなく広がる青空を遮るように、白雲の森が散りばめられた空域。

 その雲を引きちぎりながら、半透明の航跡を刻む鋼鉄の矢が咲き乱れる。


 対地攻撃機:二個小隊六機――を除く全てのアーセナル・コマンドが、雲の多い南半球の夏空に展開した。

 対する敵は十二機――衛星軌道都市サテライトの二個小隊。中隊の分割。マクレガーの推測どおりの展開だった。

 鉄騎士たちの航空戦。

 騎馬の代わりに不可視の力場で飛行するそれは、さながら蛇の如き不透明にして屈折する空気の航跡を残しながら青い空域に蜷局とぐろを巻く。


『各機連携! 三機ずつに固まれ! 足を止めるな!』


 味方中隊長の声が無線で飛ぶ。

 己を除いた十八機の飛行騎士――――対するは十二機の人喰い人狼。


『ハッ、そんなに固まって連れションでもするのかい! ドンガメ! 地球人テレストリアルってのは本当に臆病者の集まりだね!』

『挑発に乗るな! フォーメーションを保て!』


 空域制圧用機体二機で対防空網制圧機一機を守るように固まった飛行。対防空網制圧型――要するに地対空ミサイル関連設備の破壊機体だ。

 純粋な対地攻撃機に比べて装備は軽量で制空機に追随可能であり、かつ、制空機よりも高火力。

 制空機が空対空ミサイルの他六十五ミリバトルライフルや四十八mm回転銃身砲などで武装しているのに対し、防空網制空機は一八五mm火薬式グレネードキャノンを有している。当てることができれば《仮想装甲ゴーテル》といえども十分に突破は可能だ。


(それでいい。……あとはチャンスを待つだけだ)


 アーセナル・コマンドという兵種の利点。

 それは、敵が低速域や滞空機動を行うのであれば十分に対防空網制圧型・対地砲撃戦用の兵装が転用可能となるところだ。

 無論ながら火器の追随性や追尾性などの問題は立ちはだかるが――――これまでの空の戦いとは異なり、対地攻撃戦力が無駄にならない。

 それもある種のセオリーだ。

 だが、


『やる気がないなら付き合う気もないさ! あっちを先に沈めてやりな! シャーク07、もう半分を連れて行け!』


 傍受した敵無線からの声。

 女らしき指揮官の声に応じて、円を描く敵機が枝分かれに弾けていく。狙いは――【黄金鵞鳥ゴールデンギース】号。

 即座に機首を返し、そして加速。

 離脱を行おうとする敵機たちの頭を抑える形で、その前方に機体を割り込ませていく。


『へえ? 活きが良いのがいるじゃないか!』


 笑い声が聞こえる。

 余裕か。機体の戦力的優位性がそうしているのか、それとも性格なのだろうか。


『せっかくの勇者志願だ! 見どころがありそうだ……遊んでやりな! 話に聞くヤツかもしれないよ!』


 その女の言葉に応じるように、広がりつつあった人狼たちが窄まり始めた。網を絞るように――そしてまさに追い立てるために。

 狩りだ。獣の、狩りだ。

 その機動に含まれる原始的な愉悦の匂いまでは消しきれない。流血を識ったサメの如き動きで――羊を見付けた狼のような低い笑いと共に。


(……ああ、楽しいのだろうか。戦いが、心底楽しいのだろうか。それとも、本当は、苦しいのだろうか。その苦しみから抜け出すためには、彼らも戦わなければならなかったのだろうか。それにせめて慣れようとしているのだろうか)


 旋回のGに軋む視界で考える。

 開戦の理由は、彼らの中ではやむを得ないことだったのだろうか。それほどまでに抑圧され、不自由を味わい、憤懣を懐き、あのような戦いに至るしかなかったのか。

 その中で笑い飛ばすことは、彼らなりのささやかな人生というものへの抵抗なのだろうか。

 それほどのどうしようもない摩擦が、彼我の国に溜まってしまったのだろうか――――――ホログラムの計器が加速度を示す。追い立ててくる敵の、レーダー照射が警告を示す。

 降下を併用して速度を補う大回りと共に追い越し、改めて彼らと向かい合う。その意思と――人生と。


 銃口を向けられるたびに、思った。


 他の解決は、できなかったのか。

 何故、己は、こんな解決手段しか持てぬのか。

 死したる痛みを知りつつ――何故他人に容易くそれを向けられるのか。

 慚愧に堪えない。殺すことしかできない己が恨めしい。切り捨てることを前提に動く己自身が、憎らしい。本当に、斬る以外の手段はないのだろうか。


(……だが、何にせよ……如何なる理由にせよ)


 決めている――――――と。

 深く、重い息を吸う。


「敵指揮官に告ぐ――――投降や撤退の意思はないか」


 二本握った両腕の大剣。空戦では、有用な破壊を引き起こせない武器。

 盾代わりに、その力場で側方からの牽制射撃を逸らす。不可視のフィールドとの衝突で弾丸の火花が散る。

 螺旋型に接近される青空の中、腹に力を込め更に続ける。


「武力衝突により、人命が損なわれる恐れがある。今すぐに戦闘を中止し、投降する意思はないか」


 聞こえているのか、居ないのか。

 無線に応じる声はない――――全天周囲モニターで友軍を見る。

 三機一体の機動のまま、弾幕で敵に応じている。互いの力場を補うように。あれなら、もうしばらくは保つだろうか。


「最終警告だ。……このままでは、貴官らはこの空に散る。今すぐに戦闘を停止し、投降する意思はないか」


 無意味な呼びかけだと思う気持ちもある。

 ただ、交戦前に投降受諾の意志がある旨を示しておけば、ともすると戦況悪化に伴い降伏する者が現れるかもしれない。この戦争の犠牲者を減らせるかもしれない。

 そう思うと、やらないわけにはいかなかった――だが、


『ははっ、数の差だけ偉そうに! 第一世代型が幾ら集まったところで――――! ビビるのはアンタの方だね!』

「……」

『石器時代じゃないんだ! 今更そんなものに当たるかよ! この御時世に騎士気取りかい! 陸ならともかく、空じゃ的さ!』


 こちらに迫る火砲は、激しさを増すだけだ。

 それもそうだろうな……と思う。積極的な交戦意思を示さない敵。与し易いと考えるだろう。

 事実――


『押っ取り刀かい! 陸戦装備で駆けつけた浮き駒だ! コイツから落とすよ!』


 遠距離武器を持たず、味方との火線の集中ができない自分は、穴だ。

 隊長機の呼びかけに呼応し、他に向かっていた人狼も合流する。左右から二機ずつ。バトルブーストを利用した急速迂回機動で、空間を飛び跳ねる如くこちらの正面角度から射線を外していた。蒼穹に人狼の煌めきが飛び跳ねる。

 手慣れている。連携にも、急速機動にも。


「……止める気は、ないのか。死の損失を……今一度、考える気はないのか」


 エース狩りということに嘘はあるまい。

 左右に逃げたところで一方がこちらの足止めを図り、もう一方が背後から喰らいつくであろう。

 こちらに択を押し付けていた。全機を視界に収めるべくこのままヘッドオンを維持して正対したまま後退するのか――直ぐに追いつかれる――それとも背を向けて大いに逃げるか、逆に飛び込むかを。


「どうか、速やかに投降を――」

『酔狂は結構だが……構えな! 撃ちたくないなら、だったら初めからシェルターにでも籠もってな!』


 空の向こうの点の如き敵の機影。編隊が、上下に別れた。同軸平面上の左右を大回りしてくる敵機と――覆い被さるように僅かに上方から回り込んでくる敵機。

 人型機械での戦闘理論に、空戦の定理を混ぜている。左右はどちらに逃げても追い付くための足止め役で、上方は位置エネルギーを利用するトドメ役。仮にそちらを先に殺そうとしたところで、上昇推進に速度を殺されてしまううちに左右の敵機が追い縋ってくる。

 空戦力の概念がない宇宙空間ではなく――少なくとも、この地球での空戦を考慮した動きだった。なるほど、エース狩りとは伊達ではないか。それとも、よほどの有大気下シミュレーターでも持っているか。


『あんな武装……腕に覚えはあるヤツだ! 万一でも近付かれるんじゃないよ! 乱戦に注意しな!』


 言いながら、一際の上空でその隊長機はこちらの友軍機が援護に集まらないかを観察していた。

 半数の六機でこちら全ての相手をできると踏んだ彼らにとってこれは隙ではないだろう。本当に余興なのか――或いはあわよくば、こちらの援護を行おうとした友軍を狩ろうとしているのか。


「……貴官は、武装を解除し、投降する意思はないのか」

『くどいね! ノコノコ戦場に出てきて、戦わずに済む訳がないだろう!』

「……いいや、済ませられる。投降せよ」

『笑わせるな! だったらアンタが武器を捨てな! 一撃で殺してやるよ!』


 獰猛な笑みと共に返される言葉。

 吐息を一つ。

 奥歯を噛み締め――そのまま、己に迫る網の中心に突撃する。加速圧が身体に伸し掛かる中、口を開く。


「……何故、俺が捨てる必要がある? 深刻な国際法違反――侵略行為を行っているのはそちらだ」

『それを決めるのはお上の方さ! 精々あの世で喚くんだね! 僕らは悪くないんだ――――ってな! あの世のママにでも言いつけるかい!』

「……」


 抑えつけるような射撃の中、緩やかに機体を左右に振り照準ロックオンを遅滞させる。どれほど効果があるもよか――……疑問に答えるように敵ミサイルが吐き出された。

 多頭の毒蛇。そうとしか呼べない。

 上方の左右から喰らいかかる多弾頭。同平面の左右から襲いかかる多炸薬大型弾頭。

 この距離なら、熱源探知式かレーザー反射波誘導か。後者なら敵機の視界から外れれば誘導は切れるが――……バトルブーストなしにそれをやるのは、不可能だ。

 だが――のだ。


「電力集中――――《切断スラッシュ仮想装甲ゴーテル》起動」


 ジェネレーターが唸り、更に腕部のSMESが作動。機体の電力を大剣に集中させる。大剣内に満ちた流体ガンジリウムが空気を屈折させる不可視の刃を形成した。

 そのまま、迫るミサイルの延長線上――その軌道に置きにかかる。

 宙空で弾ける爆炎。


『なるほどね……オンオフできる延長装甲ってわけだ! 酔狂なミサイル防御だね……弾で削ってやれ!』


 こちらが敵誘導弾を撃ち落としたことに慌てる様子もない。連携する流星じみた火の矢が、弾丸が迫る。

 機銃で削ってミサイルで仕留める。

 そう、考えているのか。削られた力場を補うべくSMESが更に電力を吐き出していく。


『そんな出力でいつまで保つ! そのまま撃ち続けな!』


 敵から見ればこちらは、機動に十分な力場を割くこともできずに耐え続けるように映るか。

 ここで敵が欺瞞機動を交えることはなかった。

 一直線に、そのまま抑え込むように撃ち続けられる。上空の二機は滑空を行い位置エネルギーを運動エネルギーに乗せつつ――左右の二機は完全にこちらの動きを止めにかかる射撃。

 こちらも僅かに身を捩るような機動をとったが、バトルブーストを交えぬそれでは敵には大した障害ではないらしい。すぐに弾道を修正して的確にこちらを撃ち続ける。

 散る火花のその中で――


(そうだ。……そのまま来い)


 青空という大海に僅かに反射する敵機を睨み、機体を回旋。左から回り込む敵に身体を向け、前に構えた大剣を十字に打ち合わせた。

 大きく剣の十字架を作り、噛み締める奥歯。

 直後、 


「《指令コード》――――《最大通電オーバーロード》」


 電力を全て――――――剣に注ぐ。

 紫電が弾ける。力場が唸る。瞬間、爆裂的な勢いで手放した剣が弾け飛んだ。

 迫る一機目掛けて、回転する大剣が飛翔――人狼に衝突する大剣。悲鳴の暇もない。

 機体と武装なら、どちらが軽いかは明白だ。同じ力場の投射でも、圧倒的に――――こちらの方が早い。まさしくバトルブーストか、それ以上に。

 そしてその破壊力は質量故に、弾丸に勝る。ただの一撃で胸部装甲を貫く大剣。


『くっ、シャーク08が――――』

『待て、違う――――――!』


 更に――――終わらぬ。同時、剣同士の力場衝突のその反動で、銃鉄色ガンメタルの騎士が背後から右回りに迫る敵機に躍りかかる。

 擬似的なバトルブースト。

 急速に距離を詰めるその機動を以って初めて、近接戦闘兵装は殺傷力を発揮する。それがなければ至近距離戦闘は効果を為さず実行もできない。それが常識であり、紛れもない定理だ。故に誰一人、未だ、近接戦闘を実行しない。

 つまり――――それは、この世界において彼らがこれまで受けたことのない、だ。


散開ブレイク――――!』


 叫び声と共に、大鎌めいた弧を描き迫っていた上下の敵機が、直角に左右に別れた。


(そうだ。そう動くしかない――つまり、)


 瞬間、刀身にて弾ける紫電。

 機体の力場と、剣自体の力場を合わせて圧縮し――――そして、噴射する。

 剣先からプラズマが、噴射する――――――加速。

 剣同士の力場衝突によって生まれた傷から、炯々と業炎が弾けた。プラズマ噴出圧と力場の爆発により、


 第二世代型同士の戦闘。

 対バトルブーストの戦闘。

 対白兵近接兵装との戦闘。

 いずれも彼らは未経験であり――――セオリーがない。


 


「逃れると、思わないことだ」


 故に、躱せない。鋭角に喰らい付く。

 軋む肉体。歪む機体。更に噴出するプラズマ炎。

 視界いっぱいに超高速で接近する敵機。

 力場が消費され、バトルブーストで逃れられない人狼。

 常識外れの保身なき密着戦闘。喉元に喰らいつく白兵戦闘。弾丸も、音も、影さえも置き去りに。炎が唸る。


『え――――――――――――、』


 その炎剣の結果は、吹き出る銀血として現れた。

 百舌鳥の早贄めいて人狼の胴部を貫く大剣。

 つまり、


「こういう使い方も、できる」


 殺したということだ。

 そして、殺せるということだ。

 彼らの持つ不可侵という神秘のベールを――――剥ぐ。無敵という幻想を殺す。

 返り血めいた銀血を身に纏い、絞るように息を吐いた。

 狼は押し並べて、猟犬に刈り取られるものだ。


『……墜とされる!? 第一世代型に!? 第二世代型が!? 何なんだコイツ!? それとも新型なのか!?』

『首切り痕……待て、こいつ、まさか、あの猟犬の生き残りっていう……! クソ情報寄越しやがって! 死んだんじゃなかったのかよ……!』

『こいつがあの……! この……虐殺者が!』

「……貴官らがそれを言うか? 構わないが……」


 これで戦意を喪失してくれれば……。


『いいじゃないか! もう狩られきったと思った猟犬がいるとは……幸運だね! ここで落とさせて貰うよ!』


 だが敵は、嬉しそうに声を上げるだけだった。


「……不運の間違いでは? 墜ちるのは貴官たちだ。速やかに投降しろ」

『曲芸は二度も続かないものさ、猟犬! 投降ってのは、不利な奴がするもんだ!』

「そうか。ならば、誤りはない。……武器を捨て投降せよ。不利の中、死ぬことはない」

『減らず口を――――ははは! いい度胸じゃないか、猟犬! その剣でまだ遊べるかい!』


 深々と敵に突き立った大剣の尖端はひしゃげ、絡みついたコックピット隔壁とパイプに簡単には引き抜けない。

 必然、こちらの機動も制限された。デッドウェイトを抱えさせられた形となる。

 色めき立った敵機の注意が一斉にこちらを向いた。十機の人狼が蒼天に軌道の鎌首を擡げ、狩るべき獲物を照準した。だが――

 

『グリント−09オーナインを援護しろ!』


 雲居に紛れるように消極的な空戦機動を取っていた友軍機が、踵を返そうとした人狼に目掛けて弾を吐き出す。

 敵の離脱を防ぐように――当機への殺到を阻むように。

 それは麗しい友軍援護精神に見えるだろうか。


『ははっ、そいつらから黙らせてやれ! 尻で誘って飛び出させろ! 軌道を重ねて弾を集めな!』


 しかしそれは、敵の望むところだったか。

 友軍機の射撃に応じるように正対したままの機動で撃ち返す人狼。或いは敢えて火力に追い立てられるように機動しつつ、編成機体速度の違いから友軍編隊間での結束を引き裂こうとしている者。更には敵同士の進行方向を巧みに重ねて合流を企む者もいる。

 こちらの三機でかろうじて敵一機への弾幕が追い付くという状況だ。必然的に、四機ほどの敵には余裕ができている形となる。

 それらが遊兵かつ決定力として、隙を見せた友軍へと瞬く間に喰らいかかって編隊ごとに各個撃破を図る方針か。


(――当然、そう来るだろう。だからこそ……)


 その狩りは集団で行われる。

 そして――仮にどう攻めようとしても

 三機の射角。三人の視覚。

 こればかりは、第二世代型でも補えず上回れない。どんなにバトルブーストを行っても絶対的に誰かしらの火砲が追いつき、やがて集中する。初めから、そう、惑わされずに常に同一の一機を抑え続けろと決め合わせていた。

 必然、徐々に力場が削られていく。

 となれば敵もまた自機やその友軍の撃墜を嫌い、集中砲火に穴を空けんとその援護を行うのが必定。


『纏めて消えろ――――――!』


 叫びと共に、火力偏重の人狼が盛大にミサイルを放たんと噴射する。

 故に、


(――――――今だ)


 ――――――――



 天穹に命が散る。銀血が散る。

 巻き起こる盛大な爆炎は、果たして、友軍へと攻撃を行わんとし――――その迎撃の猛火へ、急激な回避機動を行った筈の人狼からであった。

 


『な、に――――?』


 背部ウェポンコンテナからの武装射出中のバトルブースト制限――――。

 方向を誤れば、超高速で、己が放った兵器に衝突することとなる。或いは今まさに放ちつつある兵器に。

 流石にそのリスクは、如何に第二世代型同士の戦闘がなくとも論じられているだろう。己の兵装で自傷することを防ぐようにしているだろう。


 


 ミサイルをまさにウェポンコンテナから吐き出しているそのときにできるのは、コンテナの縁に機体が激突しない後方へのバトルブーストだけだ。

 そして後方へは、Gの関係で長距離の移動ができない。

 結果――――バトルブーストでの消費によって身を守る力場を削ったところに攻撃を叩き込まれる。そうとしかならない。そうとしか、なれない。

 神速の回避が引き起こすのは、という思考の緊縛であった。


「優位を過信しすぎたな。……装備と実力は違う」


 爆発が幾つも巻き起こる。

 友軍機の狙った敵数機は、空に散った。迫りくる機銃掃射に喰い破られるか――――或いは投射された大型グレネード砲弾に喰い付かれて。

 死ぬ。

 死ぬのだ、彼らは。

 殺せるのだ。

 彼らを殺すために、俺は、ここにいるのだ。


『なんだってこんな――――対策が早すぎる……何がどうなってるんだい……!?』


 狼狽える敵隊長機の声。

 悪くない。……これ以上の戦いが不要な損害を齎すと伝わるなら、悪くない。


「……ママにでも言い付けるか?」

『――ッ』

「聞き届ける者は居ない、という意図と受け取ったが……案ずるな。投降は受け入れる。今すぐに武装を解除し、指示に従え」


 更に続ける。


「結果の見えた戦いだ。……不利という理解は可能か?」

『その――――勝つのは自分だ、って態度が腹立たしいって言ってるんだよ!』

「一時の怒り故に、空に散るか。……その怒りは、果たして、命を懸けるに値するものか?」

『命を貰うって言ってるんだよ、不感症野郎!』

「そうか。不可能と通達する」


 そして、


『二人一組で当たれ! とにかくそいつらを抑えな! こっちはアタシが墜とす! ここの要はコイツだ!』


 一対一ワンオンワン

 願ってもない――――ここでこそ、果たせる技がある。

 空の彼方から迫る敵機に目掛けて、貫いた敵機を盾とする。串刺しに胸を貫かれた人狼が、仲間の弾丸で蹂躙される。

 無意味な銃撃を厭ったか、仲間の死体を攻撃することを厭ったか。バトルブーストで急速に回り込む敵機に、それでも正面を向け続けて――――告げるは一言。


「《指令コード》――――《最大通電オーバーロード》」


 紫電が迸り、串刺しの人狼が散弾として炸裂した。


『コイツ、死体を――――』


 バトルブーストを合わせたのは、流石というか。

 的確に散弾の薄い場所を狙ったのも、流石というか。

 こちらの再接近を警戒しつつ射線を切ったのは、実に優れた腕前と感嘆する他ないだろう。的確に、剣と斬撃での間合いを見切っている。

 ああ、故に――


「――――――最大出力マキシマム


 


 極超音速航行時における対・空気抗力の尖衝角ラムバウの投射。

 マッハ十八――――円錐にして三・一度の衝撃波のコーンが作られる。

 機体幅に対しそれを防ぎきり遠ざけるための力場は、実に百メートルを超えるのは自明の理。

 つまり、この剣という武装そのものが――――不可視の槍の一撃を見舞うための、最上の兵器となる。


 人狼が、揺らいだ。


 さらなるバトルブーストのまさにその瞬間に、力場を打ち付けられて揺らいだ。

 今頃、その駆動者リンカーは加速度に脳を揺さぶられているだろう。機体を覆う《仮想装甲ゴーテル》も完全に引き剥がされた。バトルブーストは行えない。

 対して――――こちらの全身を、否、尖衝角ラムバウ投射によってもう背面のみを覆う銀の血。


 奥歯を噛み締め――――紫電が弾ける。


「誤ったな。


 言葉すらも置き去りに。

 擬似的なバトルブーストによって打ち込まれた神速の一閃が、敵の胴部を両断した。

 銀血が舞う。

 おそらくは隊長機。頭目を討ち取ったのだ。

 指揮は、変わるか。方針は変わるか。


「三機目。……何人死ねば、無謀に気付く?」


 こちらの言葉に、返る言葉はない。

 単に、開戦から三十六機――――撃墜したスコアに、新たに一が追加されただけだ。



 ◇ ◆ ◇



 会敵から短時間での六機撃墜。

 第二世代型と第一世代型が衝突し――――第二世代型の損耗が、六機。


『姐さん!? 嘘だろ……姐さん!? 姐さん! 返事してくれ! 姐さん! アンジェリカ!』


 悲鳴が無線に混ざる。


『やったぞ! グリント−09オーナインがまたやりやがった!』

『ざまあみろ、狩人気取りのクソオオカミども!』


 おそらくは、開戦から最初の第二世代型撃墜。


『なんだ……なんなんだ……第一世代型に……それも、あんな――――騎士気取りの武器に! 陸なら判る! ここは空なんだぞ!? なんなんだアイツは! どうなってんだよ!』

『本当に……アナトリアで暴れ回ったっていうの……クソッ、プロパガンダじゃないのかよ! どうしてこんなヤツほっといたんだ! 死んだんじゃなかったのかよ! 何してたんだよ、味方は!』

『落ち着け! 隊長が墜ちた! 隊長は墜ちた! 指揮を引き継ぐ! 指揮はオレが引き継ぐ! 戦法を組み直せ! コイツら相手にバトルブーストは役に立たない! アレに近付かれるな! コイツは怪物だ! 舐めてかかるな!』


 アンジェリカ――……アンジェリカ・オライオン。

 アーモリー・トルーパーの宙間ショーチームの長。

 レースではなく、その専門分野はバトルショーやスペースアクロバットなどの実践的な領域であり、宇宙という慣性の殺せぬ機動困難な空間にてもチームが一眼となり、数々のショーを実行した。

 そのチームの一番の舞台は、クリスマスでのアンリミテッド・ドラグナーズアリアか。戦前は保護高地都市ハイランドでも放送されていたその出力・重量制限のないショーで、中型機で揃えたチームで他を圧倒して最多得点記録を出して準優勝に輝いた。孤児出身としては、最高峰の栄誉を手にした実力者であった。


 ……全ては、戦場の急速な変化だ。


 第一世代型の登場だけならば、やがて、それに見合った戦法が生み出されただろう。こんな尖衝角ラムバウの投射も、当たり前に皆が習熟しただろう。

 だが――――進歩が早すぎた。

 バトルブーストという神速の回避方法の出現により、接近する敵機を弾き飛ばす必要がなくなった。尖衝角ラムバウ投射にせよバトルブーストにせよ、いずれにせよ一時的に《仮想装甲ゴーテル》が目減りするならば、推進力を喪失し足を止めたままに近い形で行われてしまう尖衝角ラムバウの投射よりも有利な位置取りを奪える移動を重んじるのは自明の理。

 故に――――こうなる。


『クソッ、基地防空、増援を寄越せ! とんでもねえ化け物がいる! 首輪野郎だ! 生きてやがった! コイツは――ここで墜とさなければ不味い! コイツは衛星軌道都市サテライトの天敵に育つ! すぐに増援を出せ! 全部だ! コイツらは墜とさないと不味い!』


 速すぎる世界の速度に、人間が、追い付いていない。

 その加速度に、適合する人類がいない。

 空戦の黎明期に数多のコンバット・マニューバが生み出されその使い手が歴史に名を残したように。

 こんな、単機による圧倒が可能となる。

 セオリーという赤子は、まさに、これから産まれていくものなのだから。


「この空は狭い。貴官たち自身が狭め、そして、故に死ぬ。……投降せよ。貴官らは脅威足り得ない。命を無駄にするな。その死は、何にも繋がらない」

『野郎……! ふざけた挑発を……!』

「単なる事実だ。挑発の意味もない。……その価値もない。無意味に、死ぬな。これは……ショーではない」

『――――っ、よくも吠えたな! おれたちに! それを! その言葉を! 言いやがったな!』

「……」

『無駄死にはてめえの番だ! サムライ気取り!』

『やめろ! 挑発に乗るな! 冷静に行け! 増援が上がってるんだ! 合流まで待て!』


 新指揮官がそうしたのか、敵の戦法に変化が生じた。

 バトルブーストを頼みにした低速や滞空での機動ではなく、足を止めずに追い立てるという従来のドッグファイトに。

 そうされてしまうと、近接しかできないこちらの武装での戦闘は難しくなる。迫る機銃と高速質量弾による追撃――地上ならばいざ知らず、今の空で剣にできることは多くない。断然有利なのは彼らであろう。


(……だが)


 あの計画が失われてなお、その経験は生きている。

 ……そうだ。衛星軌道都市サテライトは伝統的に空軍を持たない。空戦パイロットを持たない。

 あの、【アクタイオンの猟犬ハウンズ・オブ・エークティオン】にて行われたのは、やがて来たるアーセナル・コマンド同士の戦闘も視野に入れた訓練だった。元航空機パイロットと、人型機械レースの女神を教官に据えた訓練だった。

 そして自分には、先を知る知識がある。

 簡単に――――打ち破れない。この空は、落とせない。彼らに俺は、撃ち落とせない。


「……最後の、警告だ」


 射撃を躱し、加速圧に歯を喰い縛りながら、言う。


「投降せよ。故郷を離れ、死ぬ必要はない。ここに貴官らを埋葬する土はない」


 言いながら、首を動かして周囲を見る。

 迫る敵。方位。角度。

 明確に空戦だ――――しかしこれなら、第一世代型の友軍たちも喰い下がれる。死なずに済む。敵を留められる。未だに相手にはバトルブーストという回避方法もあるが、単純に搭載武装の関係で速度ならこちらが優位なのだ。

 彼らは、バトルブーストに回避を頼ることで高火力化を果たした。

 逆説的に――――――今は、ただ重くて遅い機体だ。


 ならば、あとは、高速で搔き乱されるだけだ。


「……」


 新たに上がってきた敵機たちは、戦場の変化を共有されないままに死んだ。実弾発射中にバトルブースト回避を行おうとして、次々と爆発に呑まれて散っていく。

 ……命が、散っていく。

 空に――――この青い空に。


「……無意味な抵抗だ。投降せよ。エース狩りとは、自殺志願者の集まりなのか?」

『この野郎……! 安い挑発を……!』

「事実の確認にすぎない。自殺と被撃墜が貴官らの持ち味か? ……閉幕のブザーは鳴った。試合ゲームはもう終わりだ。速やかに投降を勧める。……死ぬな。あのように」

『テメェ――――――――!』


 空へ追い立てられつつ、操縦桿をニュートラルに戻し、踏み込むフットペダルから足を離した。

 コンバットマニューバ――――バトルブーストこそないが、推進力に用いる力場と空気抗力を為す力場の打ち切りによる急減速という能力はある。

 それを利用すれば、緩急を付けた機動も容易い。

 これは、宇宙には存在しない重力と空気抵抗による減衰を用いた機動。


「――――――ッ」


 即座に右の操縦桿を押し込み、左の操縦桿を引く。同時、フットペダルにて推力全開。

 進行方向に背を向けるように急回転して、急減速にてのGを抜く。己の肉体をシートに押し付けるような圧力に変えつつ、進行方向の前後を入れ替えて再加速。

 ミサイルがこちらを追い越す。弾丸が空を切る。敵機がオーバーシュートして上昇していく。


 それでも再びロックオン警報が鳴る。

 後方。下方。ループで回り込んだか。

 全天周囲コックピットに、背後からの機銃が抜ける。光の矢のように過ぎていく。憤怒が、弾丸として放たれる。左右を抜けていく。

 青い空に、殺意の銃撃が線として奔る。


『逃げるな、てめえ! クソ犬が! 姐さんの仇だ!』


 こちらに追い縋り、喰らい立てるような空戦機動。

 螺旋階段で撃ち合うような喰らい合い。

 徐々に逸れる弾丸の感覚が狭まっていく。互いの軸が、合わさっていく感覚――――故に。


 ――――推力停止。急減速。

 ――――出力最大。尖衝角ラムバウ投射。


『ガ――――』


 停止するこちらを追い越した敵機が、バトルブーストにて切り返そうとしたその瞬間、真上から叩き付けられる。

 つまりは――――死だ。

 マイナスG。尻から頭部に抜けるG。

 それは人体に不可逆の破壊を引き起こす。脚部を圧迫する対G装備では耐えられぬ加圧。加速度。真下目掛けてバトルブーストを行ったように、死傷する。

 どの方向に彼が急速戦闘機動を行おうと変わらない。人体の構造上、そして運動ベクトルの合成上、もう死ぬしかない。……とても人間に与えられるようなものではない死を。受け取るしかない。


「言った筈だ。貴官らを埋める土はない……と。残る者は速やかに投降せよ。……死ぬな。故郷を焼かれぬ貴官らには、帰りを待つ人がいるのではないのか。貴官らの走るべきショーは……ここでは……ない、だろう……!」


 数的優位に立った味方と、頼みのバトルブーストを失った敵の均衡は崩れた。

 三機がかりで一機を仕留める戦法。

 ときには一時的に六機がかりとなり、弾丸を集中させていく。ミサイルの煙に混じりながら、爆炎が増える。


「……これ以上の死を積み上げ、その果てに何がある」

 

 呼びかけるが、空戦が収まる気配はない――いや、


『クソッ……クソッ! 武器を捨てろ! 退くぞ……! コイツは……コイツらは得体が知れない……! 仕事は果たした……! 教訓を次に活かせ! 生き残るんだ!』


 開いた傘が閉じるように、青い空に散開していた敵機が纏まるように離脱していく。

 投降を呼びかけたが――……離脱なら、それはそれで構わない。こちらも余計な命を奪わず、また、任務を遂行できる。

 メイジーたちの援護に向かおうかと、そう機首を向けた矢先だった。


『グリント−09オーナイン、ウォーロック01だ! 基地の制圧には成功した!』


 流石のデイビッド・マクレガーか。恐るべき早業だ。

 短距離通信にて共有されるホログラムマップ。

 海中からの強襲のまま、初撃にて敵の高火力機を火力集中で仕留め、その爆発に巻き込む形で周囲の重装甲機たちの力場を減衰。

 その後は敵が全身に力場を持たぬモッド・トルーパーであることを突き、速度で翻弄し、部隊を欠かすことなく制圧に成功したらしい。

 だが――


『奴ら、島の裏手に一発だけ隠してやがった!』

「状況は!」

『クソッタレ――――駄目だ、今、撃たれた……!』


 プラズマ焼夷弾頭の、発射。


(――――――――)


 思考が凍る。あの破壊が、また、引き起こされる――今度は何処に?


「マクレガー大尉! ミサイルの方向と高度を! 司令部との共有を!」

『ああ! 送る!』


 即応する彼との通信に割り込む少女の声。


『私が――――私がなんとかします!』

『何とかって……誘爆――――』

『黙って! 制御系を撃ち抜きます! 皆離れて!』


 メイジー・ブランシェットの意気を込めた声。

 飛翔するミサイルを、撃ち落とすのか。彼女なら、それもできるのか。それとも。

 こちらからも見えるほどの煙を吐き出して、その噴射炎に火の玉の如きシルエットに化したミサイルが雲混じる蒼穹を登っていく。

 間に合うか。間に合うのか。


『クソッ、全員着水しろ! 万一に備えろ!』


 マクレガーの声と応じて、機首を返す。

 そんな中、眩いプラズマの一閃が青空に放たれ――


(……軌道が、変わった?)


 ミサイルに直撃することなく、一条の光線を残して青空が閉じる。

 その代わりに、ねずみ花火じみてミサイルは出鱈目に旋回を開始し……そのままやがて、静かに着水した。

 唐突に。

 放たれてしまった虐殺の兵器は、子供の玩具よりも呆気なく海に沈んだ。



 ◇ ◆ ◇



 ディスプレイの明かりだけが浮かんだ室内で、肘から先のない少女の垂れ下がった白衣がその額を拭う。


「……危な、かったぁ」


 ほう、と吐息を漏らす黒髪の少女。

 ようやくミドルスクールに入学するか否かといった年齢の彼女は、年齢よりも幼げな金の瞳でモニターを見る。


「リーゼ、お手伝い……できたかな……?」


 モニターやホログラムディスプレイに数多浮かんだ鋼鉄の騎士は、異なる角度や距離からただ一機の銃鉄色ガンメタルのアーセナル・コマンドを映し出している姿だ。

 衛星監視。

 基地防空光学レンズ。

 機体搭載カメラ。

 その全てが少女――リーゼ・バーウッドの掌握下となり、全ては一人の人間の観察に使われていた。


(剣だけなんて、本当に騎士様みたい……すごいなぁ)


 リーゼは、ほう……と息を吐いた。

 余りにも鮮やかな撃墜の手腕。

 思わず、見惚れてしまった。人はああも美しく――無駄なく戦えるのだろうか。

 美しい数列やプログラムコードのような戦闘。

 疾走する肉体の機能美。

 全てを見通す目を持ったような敵予測。


(すごいなぁ……いっぱい……いっぱい頑張ってる人なんだ……すごいなぁ……一人で、そうしてたの……かな)


 優しい人、なんだろう。

 きっと、強くて優しい人なんだろう。

 ずっと一人きりで戦おうと――守ろうとしていた、そんな人なのだろう。


 こんな世界の中で――――童話や物語の騎士様みたいに立ち続ける、一人の人。


 きっと強くて、優しくて、だけどどこか悲しい人。

 あんなに呼びかけていた投降の言葉は、誰にも届くことなく――……それでもこの人はいつもそれをやめない。

 最後まで、そうしている。たった一人で。

 そのことを知っているのは、今の所、全てを見ているリーゼ・バーウッドしかいない。彼はまた、異なる戦場に飛んでいく。

 だから、


「リーゼも、いるよ……?」


 黒髪に隠されていない片眼でモニターを見る少女の口から、そんな言葉が漏れた。

 この手があったら、その頬に触れられたのだろうか。

 泣かないでと、言えたのだろうか。

 一緒にいるよ、と言えたのだろうか。


「リーゼも、一緒に、戦うから――……」


 そうして彼女は決意した。


 ホログラムが移り変わる。

 モニターが移り変わる。

 長大な文字の羅列が空中に投射され、暗い室内は魔法陣を解き放ったかのような光に包まれた。


 電子の女王が、玉座から腰を上げた――――――。



 ◇ ◆ ◇



 研究されていたプラズマ焼夷弾のデータは海上遊弋都市フロートの有していた弾道ミサイル技術と組み合わされ、各地に配備が行われていた。

 しかし――――突如としてそれは、暴走。

 発射されるプラズマ焼夷弾の大半が彼ら自身の陣地を焼き尽くし、致命的な航法装置の誤りとされるも、その詳細原因は不明とされる。


 結果、しばしの間、プラズマ焼夷弾頭は戦場から姿を消すこととなる。


 大規模な無人兵器の暴走が起こる、その数日前の出来事だった。



 ……全て、リーゼ・バーウッドの、功績だった。

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