【180万PV感謝】機械仕掛けの乙女戦線 〜乙女ロボゲーのやたら強いモブパイロットなんだが、人の心がないラスボス呼ばわりされることになった〜
第139話 味方殺しの天秤、或いは再点火の日。またの名をパノプティコンの歯車
第139話 味方殺しの天秤、或いは再点火の日。またの名をパノプティコンの歯車
その長くうねった黒髪に、金の片目を隠した控えめな少女だった。
自分がリーゼ――エリザベート・バーウッドという少女について知り得ることは多くない。
『……ハンスお兄様、また難しい顔してるの?』
『ああ。……特に問題はない』
『……。何で悩んでたのか、リーゼも聞いていい……?』
彼女が、当時民間人ながらに
無人宇宙戦艦や無人フリゲート艦の支配権を奪い取り壮大な同士討ちに発展させたこと。
電子通信制御に潜り込み
『つまらない話だ。……昔、師事した教授と検討した問題について考えていた。検討……いや、想定か。……つまり、酷く――……難しい話だ』
『……リーゼには、まだ早い……?』
『いや……そういう意味の言葉ではない。君を幼いと――一人前でないとは、思っていない。君は勇敢で、優秀で、献身的な努力家だ。見上げるべき人物だ。ただ――……』
『……ハンスお兄様?』
肘から先、膝から先の四肢を持たぬこと。
補助四肢を装着した電動車椅子は両親の形見であり、三代目なのだということ。
身の回りの仕事を代行できる補助ロボットをメイジーから送られたということ。
『お兄様が難しい顔しちゃってるなら……リーゼが聞いても、わからないのかなぁって思うけど……』
『……』
『……あ、あのね? でも、もしかしたら、リーゼも相談に乗れるかもしれないし……あ、あとね? 誰かに話したら楽になるかも――って、ご本に書いてあって……!』
『……楽になる気はない。これは常に俺が向き合い続けるものだ。これが、俺の唯一の正気を保証する。……俺に助けは不要だ』
『あう……』
ここ一番での勇気は誰よりもあること。
心優しく、控えめに常に誰かのことを案じていること。
手足の喪失をネタにした不謹慎なジョークもすること。
『……だが』
『お兄様?』
『君の心遣いには感謝する。……それは得難い、尊ぶべき優れた個人規範だろう。リーゼ・バーウッド……君のその心は、余りにも人として清いものだ』
『え、えと……褒められて、る?』
『ああ。……敬意に値する。君は尊い人間だ』
その機体は主にドローンと射手誘導型ミサイルで構成されているということ。
接近されてしまうと殆ど打つ手がないということ。
増加させた流量によって鈍重であるが、滞空能力と《
『俺と教授は、三つ、想定した。……今のこの支配形態が如何にして崩れるか、だ』
『支配形態……えっと、統一世界連邦が駄目になっちゃったみたいな……?』
『……そうだな。そうだ。もう既に皆、知ってしまっている。如何に強大だろうとも、それが崩れ落ちる日が来る――と。……この世界の住人にとって、支配者の代替わりは想定し得ない晴天の霹靂ではない。それが最も大きな要因だ』
『え、と……』
児童書の影響で、犬を飼いたいということ。
鳥には集られたからあまり得意ではないということ。
一度、水族館に行ってみたがっていたということ。
『お兄様は、
『……いや、勝つ。俺もいる。君もいる。ヘイゼルも、ロビンも、アシュレイも、マーガレットも、メイジーも……この戦いのために立ち上がった多くの人がいる。決して、負けて終わりは、しない』
『お兄様……』
『だが、勝ったところで――……、無意味か。それは、勝った上での話だ。全てはそれからだ』
熱心なクリスチャンの家庭に育ったということ。
同年代の少年たちと遊んだことがないということ。
実は将来サイバネピックに出場してみたいということ。
『
『お兄様……?』
『……余談だ。不要な言葉だった。……君も戻るといい。送っていこう。準備ができたら声をかけてくれ』
紅茶よりもコーヒー、コーヒーよりもココアが好きでそこに角砂糖を二つとチョコシロップを垂らすのが好きなこと。
両親を空爆で失ったところをマーガレット・ワイズマンに保護され、勧誘を受けたこと。
デジタルよりもアナログなボードゲームが好きなこと。
『えっと……あの、ハンスお兄様が何の話をしてるのかは……判らなかったんだけど……』
『……』
『でも、ね……』
『……?』
『でもね、お兄様? リーゼね、縮めなかったらその言葉、とってもとっても素敵だなって……! だって、きっといつか――――』
その程度だ。
戦場を多くは共にしなかった。
その程度しか、知らない相手でしかない。
それでも、彼女は、戦友だった。
大切な、仲間だった。
(何故……リーゼが……!? このタイミングで……!? いや――……状況から考えれば、どこかの勢力に手を貸していると見るべきか……!)
コックピットに警報音が響く中、操縦桿を強く握りながら思考する。
そして、反
となれば、ほぼ【
(……俺も【フィッチャーの鳥】の協力者の一人と見做されたか。いや、客観的にはそうであろう。そしてヘイゼルがああなってしまった以上、
排除の判断には頷ける。
逆の立場なら或いは、己とてそうするかもしれない。
何にせよ――特段に良くない状況だ。
リーゼは撃墜数第三位であるが、その理由は単純だ。
彼女はその技能の行使に対して持続性に難があった。それ故にオンライン空間を介した超広域に対する殲滅能力を持ちながらも、第三位の地位に甘んじていた。
だが、ことただの一戦に絞って戦うと言うならば――その脅威度はマグダレナに勝るとも劣らない。
こうして搭乗し機械の肉体に籠もっている中で、その電子情報をクラッキングできるというのはあまりにも強烈すぎる強さなのだ。
(①――リーゼが本人の意思で俺を狙っている。②――誰かがリーゼにその力を使わせている。③――同等の技能を持つ別の誰か。④――リーゼ本人かつ攻撃の意思はない)
いくつかの可能性を考えつつ、それでも己の行動は変わらない。
(仮に彼女が文民かつ個人としても、直接的な敵対行動に及んでいるならば対応する武力行使は法的にも是認される――――)
要件を認識しつつ、行動する。
全てを抑えられてしまったら、終わる。
どの択にせよそれは変わらない。
「ドミナント・フォース・システム――オフ。コンバット・クラウド・リンク――オフ」
外部との通信及び通信を元にした機体制御に干渉するシステムをシャットする。
それは完全に彼女の通信経路だ。
秘匿回線にせよ……オンライン、というのは言わば侵入のための門扉を開いているに等しい愚行だ。
その瞬間――――過ぎる考え。
(……なぜ、軍は、ドミナント・フォース・システムを? もしリーゼが敵対したら――それは最悪に致命的な兵器の欠陥になるとは思わなかったのか?)
今は考えるべきではない、しかし打ち消すべきではない発想。
エリザベート・バーウッドが絶対的に軍に忠誠を誓っているか、それとも死亡しているかでなければ安全性から普及させるには憚りがあるシステム。
何故――いや、何が――。
考えながら同時に、ホログラムコンソールに触れて片端から通信に関するシステムを落として行く。間に合うか。
(いや――既に入り込まれている。……ッ、駄目だ。コックピットからではプログラム自体の消去が行えない)
最悪なのはドミナント・フォース・システムに、バトルブースト時の衝突防止措置があるということ――――つまりは推進剤の噴射と力場の操作まで、リーゼに乗っ取られること。
リーゼにクラッキングされた
或いは――最も最悪なのは、
(
旧来の戦闘機パイロットが自己の肉体に行っている空戦時の身体コントロールを再現するプリセット――
現時点では随意運動の操作しかできぬという
また心筋の直接操作ができずとも、骨格筋の収縮や呼気の操作を利用したアドレナリンの分泌や――逆に呼吸操作による強制的な副交感神経の優位。
何よりも、過電流を
咄嗟に現在の設定からの書き換えに対しての警告表示を設定したが、果たして、どれだけ意味があるだろうか。
最悪の未来が、過ぎる。
最早、猶予はない。躊躇いの時間はない。
(――――勝てるとしたら一点。電子的ノイズによる人格破壊……電子的情報とエラーの渦で彼女を葬るしかない)
つまりは、彼女と今繋がっているということを逆手に取った攻撃。
操作しようと潜り込んだ彼女に目掛けて、掌握のその瞬間に致死量の電子的なオーバーフロー情報を与えて葬ることのみ。
技術的には――紙一重だが、可能だ。
自損を行い、自機の損傷……つまりは、こちらの肉体への損傷情報を彼女にまで流しこめばいい。
……逡巡の間に状況は最悪に転がっていく。
汗に濡れた拳を握る。
固く目を閉じる。
ならば、すべきは一つ――奥歯を噛み締める。
「
機体完全制御による肉体的/器物的な破壊を起こしその情報によるリーゼへの攻撃。また、同様に機体損傷を自己の痛覚に転写することによる電子的な殺し合い。
だが果たして、自分でリーゼ・バーウッドに勝てるか?
……否だろう。
彼女の電脳技術は並外れている。その世界に限って言えば、流体に干渉するヘイゼル・ホーリーホックにまで迫る支配力を有するほどの才能だ。易々と彼女のその土俵に上がっていいはずがない。
(だとしても――――そうだとしても、まだやりようはある。そうだ……まだ、ここでは、終わらない)
そうだ。
自分は立ち続ける。決して折れずに立ち続けるのだ。
そう決めた。
ならば、そうするだけだ。
「
ふと、脳を過ぎる今は亡き優しいあの娘の声=〈でも――……〉〈だからこそ、あなたを認められない〉〈あなたはいつか、あなたさえも殺してしまう〉。
……ああ。それは、正鵠を射ているのだろう。
やはり、
ハンス・グリム・グッドフェローの道の果てに、ハンス・グリム・グッドフェローは死ぬ。彼女は確かに言い当てていた。
なんだか場違いな笑いが出ると同時に、まだそうなる訳ではないと奥歯を噛み締め――
『――――管理者承認。ホログラムデバイスを起動します。当該人格プログラムのホログラムヴィジョンを形成』
コックピットに響いたのは、そんな、冷たさまで感じるほどの少女の声だった。
久しい。
あまりにも久しく聞こえなくなった、自分の、戦場での従者の声。
ロックされてしまっていたホログラムコンソールパネルの制御が取り戻された=ひとまずの致命は免れたか。
コックピット内部に浮かび上がるホログラム。
『ます、たー! ます、たー!』
ぴょんぴょん跳ねていた。
「………………随分と様変わりをしたな」
月色の瞳と、うねうねと蠢く乱れた長髪。
全体的に仄暗い海の底を連想させる群青を基調とした少女。身体の各部位がより女性的になり、見慣れぬ海棲生物めいたゴシック調のワンピースを身に纏っていた。
……まさか。そこまで思い詰めていたとは。
マグダレナをコックピットに乗せたその時からやけに彼女の外見についての言及があったとは、よもや、よほどそれまでの自己のホログラムが彼女の美的感覚に合致していなかったということだろうか。申し訳ないことをした。
『どうかお黙りくださいませ、
『ます、たー! ます、たー!』
『話を聞きなさいこの
『ます、たー! ます、たー!』
『…………………………………………削除実施。……【管理権限外】。はい……ええ、はい。
こわい。
こんな感じだっけ。
……ともあれ、メイド服に身を包んだ金の瞳の彼女――肩の後ろでぶっきらぼうにも大きな三つ編みに結わいた紫色の髪の毛を持つ彼女もまた、現れていた。
コンソールを眺める。
(……リーゼは、敵対の意図では、なかったのか?)
こちらの制御を奪われていたシステムの進行は止まっていた――フィーカを呼び出すことが仮に混乱を狙ったものであろうとも、無意味だ。というより彼女には必要ない。意表を突くよりも素直に攻撃する方が速い。
会話の余裕は、あるか。
どちらの意味でも……。
「……フィーカ」
『なんでしょうか。勿論、抜かりありません。感動の再会プラグインは用意しております。……
「その……産んだ、のか?」
『………………………………………………………………』
「いや……分裂、か?」
『…………………………………
「押しかけた?」
何それ……。
知ら……こわ……。
(フィーカの管理権限外ということは……管制AIではない? だとすると――)
じっと眺めると、
『ます、たー! ます、たー! ますたー? ……ますたー!』
彼女はうねうねと髪を動かして、自己主張するようにコックピット内で上下に跳ねる。
思い当たる節はない。
いや――――一点。
「まさか……リーゼか……?」
こんな……こんな姿になって……。
その成長はあまりにも驚くべきだが、しかし、言動がこれということはつまり――……彼女は深刻な酸素欠乏症或いは電脳使用による脳基質へのダメージを負ったということだろうか。
あまりにも、無情だ。
忸怩たる思いで拳を握り――その手を、そっと取られた。
『ます、たー! ます、たー!』
また月の兎みたいに跳ねる少女。
それに合わせて、こちらの腕も動く。
実体を持ったホログラム――というよりは、実体のようなものに連動させていると言おうか。
何が実体を形作るかなどアーセナル・コマンドにおいては決まっていよう。そして、そこから閃くものがあった。
「……この力場操作感覚は……【
『……………………………………』
「フィーカ?」
『……何故それで相手が判るのか、流石は歴戦の兵士。非常に奇妙かつ実に素晴らしいソムリエ技能と申せましょう。ええ、
「……褒められていると思うが、貴官に怒りの兆候が見受けられるのだが」
『はい、実に優秀な
酷い。
どうして。
(――――ともあれ)
あの【
あの破壊の間際、あちらと通信が確立した。そこで、膨大なデータを流し込まれた。
大方それはこちらの脳を焼ききらんとしたものであったのだろうが、間に合わなかった。そして破壊は完了したが――――おそらくは末期のそこで一部データをこちらに移していたのだろう。
後頭部と、己のその内にある機械を撫でる。脳に空いた臍の緒めいた空白の瞳を。
(……そこにある空白に根付いた、か。ある意味では俺と同類と呼べる。……同類、か)
一度、目を閉じた。
極限まで人間性というものを削ぎ落とした、究極の空虚たる本来のハンス・グリム・グッドフェローという人格――その器に呼び込まれた己。
空虚が見る泡沫の夢。
まさか、期せず、同胞と巡り合うとは。
おそらくはそんな彼女が入り込んだことで、フィーカとの接続に不具合が生じた。
いや、正しく言うならそれは不具合ではなく設計通りの機構であるため誤作動と呼ぶべきだろうが……とにかくなんにせよ、異常が生じていた。
それがどうも、リーゼからのクラッキングによって解消されたようだ。流石は電脳の支配者、と言うべきか。
(……そうか。【
ある種の親近感もあるが、己の機能の遮りとなることが明白なら、消すしかない。
だが――考えるべきはそれ以上に、
(今は何故リーゼがコンタクトをとってきたか、だ。それもこんな……俺への助力となるような形で)
目の前で飛び跳ねる海洋的少女を眺めつつ、どこか安堵に胸を撫でおろした。
エリザベート・バーウッド。
戦友。
共同で、幾度もアーク・フォートレスを撃墜した。
当時が……十歳から十一歳ほどなので、今は、ちょうどシンデレラと同い年辺りだろうか。
二人が顔を合わせたら、仲良くなれるときっと思う。
どちらも優しい子で、思いやりがある子だ。きっとそう時間もかからず打ち解けて――
『……
「なんだろうか? 戦況の共有だろうか? オンラインは遮断しているため口頭での説明となってしまうが……」
『何故、フィーカが再び言葉を交わす機会を得たのか……お気付きではないのですか?』
「……」
小さく拳を握る。
ああ――……と、強く瞼を閉じる。
『……メッセージがあります』
「……」
『続行承認と見做します。誤りがあれば、訂正を』
「……」
……こんな接触の仕方では、こちらがカウンタークラックにて加害すると予期できるだろう。
戦場にいる自分が、必要とあらば即座にそれを行える人間とリーゼは知っているだろう。
電子戦の手段を持ち得ぬまま弱点を晒しておく人間でないと彼女は知っているだろう。
その上で、自分に対してこのような接触を図ったということはつまり――
『――――「わたしを殺して」「このままだと手遅れになっちゃう」と』
……ああ。
初めから、きっと、そういう話だった。
同時に、ミサイルの接近警報がコックピット内部に赤く鳴り響いた。
警報。
幾度も味わった、死線の時間だ。
奥歯を噛み締め、強烈な加速度に身を任せる。
込み上げる吐き気とは裏腹に、頭は冷えていった。
リフレインする――――己の声。
――――〈会談の警護にあたっては、無制限の武器使用が許可されている〉〈投降勧告や行動停止命令は必要ない〉〈市街に進路を取る不明な機影を確認した場合、それが
さあ、お前は、例外を作るのか?
◇ ◆ ◇
冷え過ぎたコンクリート打ちの廊下を進むジュスティナは、一つ、己の肉体に感謝した。
右の義手。
銃を握り続けると、その握力による緊張から指先が悴んでいく。この寒さにもなればなおさらだ。
それがない。時折、痛みと怒りに包まれることを除けば――優れた道具に代わっていると、そう、感謝することができた。
「クソッタレ。……正直頭がおっつかねえ」
地下施設特有の疑似窓と、その先の既に電源を失った景観スクリーンを見送りつつ自然と言葉が口を出た。
ハロルドから齎された先程の情報が、消化不良のまま脳を転がっていた。クソッタレだ。
超鉱物生命体。
意識の転写。
出来の悪いアナログのサイエンスフィクションでも見ている気持ちだった。自分たちが使っていた資源が実は生き物で、その生き物たちにも思考があって、更にその思考目掛けて自分たちの意識を移す――――そんなバカバカしい計画が本気で考えられていた? それは一体何の冗談だ?
(まさか、データ化した意識で不老不死とでも――それともエイリアンと混ざり合って、究極の生命の完全体になるとでも?)
論外だろう。
今なお、明日の食事も取れずに死んでいくものも居る。
くだらない小遣い稼ぎに軍の物資を横流しするバカも、部品の補給に乗じて経路を誤魔化して作った機体を売るバカも、売った金で女や男を囲うバカもいる。
そんなバカどもが溢れる、ありふれてクソッタレで地に足が付いた現実に――――まさかそんなイカれた幻想が入り込んでくるなんて、悪い夢のようだ。
「……
「……?」
ポツリと呟いたハロルドに、ジュスティナは怪訝な表情を浮かべる。
「……無駄に話すのは、オススメできませんがね」
「まあ、聴け。……作物における受粉作業について、この世で蜜蜂を超えるものはない。かつて――旧世紀にある物理学者が言ったそうだ。この世から蜜蜂が消えたら、人類は五年と持たないと」
意図が読めず、視線を彷徨わせた。
こんなことなら近接戦闘訓練だけではなく、市街地戦闘訓練も受けておけばよかったと後悔する。
索敵と警戒、持続した有視界射撃戦闘は憲兵に求められる職務技能とは異なっている。無論、捜査上で逃走を図った犯人に対してそうしなければならなくなることも、稀にあるが。
「それでも
返答を待たずに、彼は続けた。
「昆虫ロボットだ。……無菌培養した昆虫の脳に極小の制御装置を埋め込んで、生体ロボットとして使う。同じサイズの機械を作成するよりも遥かにコストが低く開発の手間がないために、今ではこれが主流となった。完全にその増加も生殖も運動もコントロール下にある生きた道具だ」
何故、そうも饒舌に話すのか。
彼も
【
そうでない、あくまでも機体の操縦士スキルだけが重視される兵科が……こうして生身を晒すことへのストレスなのだろうか。
「……それが、一体?」
「いや――……」
端切れ悪く、彼は言葉を区切った。
「他にもある。
「……」
「……それを人間に応用して優れた
それこそ、かつてのサイエンスフィクションの世界だろう。
「……イカれてやがる。クソ宇宙人共が……。同じ人間とは思えねえですよ」
吐き捨てる。
心の底から思う。奴らは、人食い人種同然に常識の通じないクズ共だ。特に前線の事件調査で死体の確認を行うたびに思った。
十二歳だとか十三歳だとかも、あちらでは、婚姻可能年齢に数えられる。それも、親からの許可があれば。
つまりは、ある種の、金持ちのみに許されたステータスだ。それは彼らにとって、文化的に、上流を表すステイタスにもなる。憧れとは、ただ文化的にそうなっていれば十分だ――そういうものだ。
結果、物理的な結婚を――それも多数による――を行う連中が相当数いた。膣と肛門が裂傷で一つになってしまった死体などを見るたびに、随分とうんざりしたものだ。
「だから……起きたのだろう。戦争が。互いに余りにも隔たり過ぎてしまった。無重力の真空と、水も空気もある星では訳が違う。彼らはそこまで切り詰めなければ生きて行けなかった世界の住人なんだ。おそらくは、彼らにとってはより
「……」
「だから、この男たちは――……」
また、ハロルドが言葉を詰まらせた。
「どうしたんです?」
ハッキリ言って、集中に欠けてしまっていると思えた。
こんな状況で襲撃を行われたら――という背筋を這い上がるような危機感もある。
もっとも、ジュスティナも同じだった。先程目の当たりにさせられた事態の、その混乱の解消を求めていた。
「……ああ。随分と、果てない夢を見たものだ――と思ってな」
「夢……?」
「馬鹿馬鹿しい夢だ。……ある種のメタバースを利用した交流。四圏全ての人間が入居できる電脳惑星。四圏にとどまらず、宇宙に広がっていく人類たちがそれでも隣人や家族で居られる空間。相互理解の場所。……ときには喪われた者とすらも」
足を止めたハロルドが、呟く。
電脳メタバースでの生活――意識の転写は、そのどちらのためなのだろうか。
電脳空間に本人と同じ思考能力とパターンを持った幻影を用意して交流を進めさせるのか、それとも人々を電脳のゆりかごに住まわせた上で現実の煩雑な仕事を電脳人格に託すのか。
まるで、宗教の天国のような場所だろうか。
人は無駄に働くこともなく――――そして死人との交流も許され、肉体が死したる後も残り続ける。
(……ゾッとしねえですよ。バカバカしすぎて)
実際に、高名な戦略家や政治家の思考パターンを複数の書物や記録から再現したAIを作ろうとしたプロジェクトというものは、確かにあった。
ファンタズマゴリア計画――だったか。
結局のところそれは、誤作動に対しての備えから、今で言う補助AIのような地位に落ち着いたに過ぎない。
どうしても記録からでは作り上げる入力者の『解釈』か混じってしまうため、その再現のような言動はできても現実の問題を解決させるには戦略性が不安定すぎたのだ。AIというブラックボックスの思考学習アルゴリズム及び戦略的思考パターンは、人類の理解から外れていた。
「いずれのように、かつての統一世界連邦の日に戻ることも視野に入れて――相互に共存可能なのか、それを試すシミュレーターの意味もあったのだろう。文化圏の違い、前提条件の違い、軋轢……それらのデータを下に観測し検証して現実の政策に反映する。或いはそうでなくとも、ただ、互いが違うということを――認識するためか」
「……違うなんて分かりきってるじゃないですか。別の国でしょう?」
「オマエがそう答えるから、だ。『同じ人間とは思えない』という言葉は、初めは同じ系統の人間だろうと偏見を持っているからこその言葉だ。……前提からして異なる者だと認識すること、それを深く意識することこそが理解への一歩だ。分かり合うというのは同一化ではなく異種への理解と許容だ」
「……」
ハロルドは少なくとも、今や娯楽AIに成り下がったファンタズマゴリア計画のものよりも評価したのか。
「プランはいくつかあった。例えば四圏での婚姻や血縁関係を推し進め、或いはかつての世の宇宙飛行士のように一つの家族を宇宙と地球に分ける――――とかな。この超光速通信機かつ電脳演算機を利用した究極の単身赴任、という訳だ。見知らぬ家庭二つが宇宙と地球に分かれるよりも、一つの家庭がそれぞれ宇宙と地球に分かれる方が争いは起きにくいと……見込んだのだろう」
その言葉に、ジュスティナは鼻を鳴らす。
「……家族ってのも、そう良いものとは思えませんがね」
「それでもだ。それぞれが分かたれた別の家族の片割れたちならば、それらが徒党を組んで絶滅戦争的な殺し合いに発展するまでには至らない……と考えたのだろう。何より顔も見れることだし、話もできるものだ……そして物理的に距離が隔たっていれば、それらが齎す軋轢もない。『繋がりあったまま』『摩擦のない贅沢な孤独を過ごせる』とな」
「……」
いいとこ取り、と言う訳か。
血縁によるしがらみや、家族であることによる不満の積み重ねだとか、小さな支配構造だとか。
それらの欠点を抜きに、良いところを持ち寄れると。
「分かり合うと言いつつ、コイツらは異種が同種になる幻想を信じていない。繋がり合いの尊さを説きながらも、繋がり合わない孤独の必要性や、繋がり合うことによる衝突の軋轢や虐待などの懸念も説いている――……何よりもこれを唯一の天の救いの国ではなく、実生活を活かすツールと考えていた。新しい一種のインフラだと。……少なくともコイツらは現実的だよ。現実的でありながら、随分と理想家だった。……それともここから更に先を見込もうとしていたのかは、今となっては判らないが」
ああ、そうかと思った。
その博士たちは何も人類種の変革を望んでいた訳ではない。ただ、生活空間と社会生活の拡張を望んでいたのだ。
先のファンタズマゴリアと異なり――解釈を交えない電脳データによって作り出した『死者の賢人』を現実へのアドバイスに用いて、選択の補助に用いる。
距離が必要な家族には距離を、繋がりが必要な家族には繋がりを。そして、宇宙の果てを目指しながらも隣に居れる場所を。
そこで起こる諸問題を元に現実の行いを予防し、予測し、紡いでいく――――。
ああ、本当に、ただ。
新しく、社会を拡げるに当たっての――便利な道具としていたのだ。
人を、人のままで。
「……なんで今、そんな話を?」
「……」
ハロルドは、答えない。
「つまりは意識の電脳化――その再現はこの博士たちのプロジェクトにとっても命題で、必然的にその関係者も此処に記されているだろうという話だ。……じきに捜索AIによる洗い出しも終わるだろう」
「いや、だから、なんでその話を今――」
言い切るか、否かのところだった。
背後から、ガラスが砕ける音。
自分でも奇跡的なほど、反射的にジュスティナはそちらへと銃口を向けた。
「――」
だが、そこには何もいない――否、割れた窓ガラスの向こうにゴムのように伸び切った異様な手だけがある。
武装は、ナイフだけ。
なら、本体は――――しまった。これは罠だ。少女は銃を持っていた。注意誘導。単純で、極めて効果的な罠。
「ッ――」
衝撃を受けるのは、そんな思考と同時だった。
衝撃。
腰のあたりに、体当たりを受けていた。体当たりだ。代わりに、頬の真横を銃弾が過ぎた。恐るべき飛翔音。立て続けに。頭と胴を狙っていた射撃。
庇われたのだと――そう理解しながら、銃撃方向へと銃口を向け直す。敵の姿は消えている。
「ハロルド!?」
ジュスティナの死線を外した彼は、小さな痛みに呻いていた。
庇う形で、彼は肩を撃ち抜かれたのだ。
「ッ……フン、やはりコイツの相手は僕しかできないようだな。期待はしていなかったが……オマエは足手まといだ」
左手で銃を握り直して、冷や汗が流れ始めた頬で彼は不敵に笑った。
赤紫色の髪が、精気に、炎のように波打っていく。
「生憎と、足手まといを抱えて戦ってやるのは二度と御免でな。……僕もあの女以外にやるつもりはない」
言いつつ、銃撃。
既に役目を終えている地下景観スクリーン目掛けて窓ガラスが飛び散っていく。
高速で何かが、窓の外――地中と建物の狭間を動いている。軟体のモンスター。
「行け。先程の分、間違いなくヤツの怒りはまず僕に向いてくる。その辺りは単純な子供だ……その間に脱出しろ」
あの対応は、それも、狙っていたのか。
あの時点でハロルドは、この絵図を考えて居たのかもしれない。
そして、
「大佐の不法を証明しろ。――ジュスティナ・バルバトリック。オマエも、気高い
その一言が、後押しになる。
振り切るようにジュスティナは走り出し、同時、援護射撃が行われる。
笑えないモンスターパニックだという感想は、消えていた。
◇ ◆ ◇
寒々しい宇宙空間の――――更に無機質な電子機器の明かりに包まれた船内。
船というより、それは、半ば檻だろう。
本来なら不要であった自律兵器の中に作られた管制室。人の手による最終的な安全装置。
筐体の内部をくり抜いてそこに電磁力で浮かべる形で、居住空間及び生活室はある。高温の流体溢れる機体からの熱で、死亡することがないように。
室内には、空中には、僅かに血が漂っていた。
最終発射承認キーに必要な三人以外は、殺した。己を殺した。殺して、保存用にミートブロックに変えた。
食料の備蓄は、およそ、三ヶ月分ほど。
起きているのは、一人だ。
残りの二人は承認以外には不要のため、意識を喪失させている。三日に一食。随分とやせ細ってきていた。
そういう意味でも、ウィルへルミナにはあまり時間がなく――――それはあちらにとっても同じだろう。
この最終局面でなければ、この兵器を奪い続けるのは困難だったに違いない。
(……頃合いね)
共有したもう一人の己――敢えて顔を焼き潰した背格好がよく似た"端末"の眼前で噴出した、白亜の円卓の上での新たな疑義と論議を前に、吐息を一つ。
手元の本を畳む。
それはある種の挫折にも似ていたし、諦めや納得に近いものでもあった。
……先程のあれは、本心でもあったのだ。
ヴェレル・クノイスト・ゾイストの思惑と共に運ぼうとしていた着地点、つまり、
それは望ましいものであり、また、ウィルへルミナとしても【フィッチャーの鳥】に利用価値を見出していた。即ちは、旧政府や旧思想の残党の掃討だ。
どう転ぶにしても、旧体制派はガンになる。
父を殺された恨みだけではない。
既に終わってしまった『新たなる建国神話』の妄執に縋り付こうとする者たちは、邪魔なのだ。その存在がいずれ来たる
それらの掃討のために【フィッチャーの鳥】を用いるのは十二分に理に叶っていたし、その意味では彼らの存続を助ける気持ちもあった――――そして、
(奴らにその後の主導権を取られないためにも、簡単に潰されてしまう形だけの監査機構ではない……実力ある監査組織として、貴方たち【
ウィルヘルミナとしてもかつての知己たるマクシミリアンの存在だけが理由ではなく、【
だが――――そのどちらも崩された。
もう終わりだ。
分断は避けられない。
そして誰かがそれを避けようとするなら、新たなる敵を――――かつての祖国が外敵を作ったそのように、国の外に敵を用意しなければならない。
ああ、そうなったらどこが対象になるかなど決まっていて――……。
そして、何が理由になるのかも決まっている。
あの男は、コンラッド・アルジャーノン・マウスは、既にその鬼札を手にしているのだから。
今この場で誰もが喜べる、一致団結すべき敵の虚像を用意できるのだから。
初めから、コンラッド・アルジャーノン・マウスのその札がために決裂の未来は予期できた。
それでも――……それでも。
もし本当に交渉が上手く運んだならば、つまり、ウィルへルミナを含む
だが、それは失われた。
その未来は、焼き尽くされた。齎されたのだ。一人の男によって、決定的な分断が。
(……お前も、焼き尽くす者だ。ハンス・グリム・グッドフェローとは別の意味で――――しかしその存在のすべてが、世を焼き滅ぼす者だ)
グリム・グッドフェローは、その在り方の果てに。
アルジャーノン・マウスは、その在り方の始まり故に。
どちらも、世界を焼き尽くす。
悪意なき純粋なる暴力そのものと、暴力なき純然たる悪意そのもの。
「どうあっても争いが止められず、未来永劫に殺し合う分断と摩擦の世界を生むと言うなら―――」
分断を避ける――ああ、それは、正しい。
社会的に避けられぬもの以外のあらゆる分断を潰した果てに、ようやく、その摩擦は取り除かれる。
ならば、結論は至極単純な一つだ。
「
あの日の、コンラッド・アルジャーノン・マウスの脅迫に対する返答。
ウィルへルミナ・テーラーの天秤におけるより少ない犠牲。
このままでは終わりなき闘争の未来が待ち受けるというならば、闘争相手をことごとく打ち果たしてしまえばいいだけという単純な帰結。
ハンス・グリム・グッドフェローの猛攻によって出力が低下した機体では、大規模な【
それでも、それは未だ――――いいや新たに。
白き少女から齎された情報によって、災害の権能を獲得した。それはまさしく、翼を持つ蛇の権能。悪炎の巨人。
かねてより、蓄えた。
僅かな力を重ね、束ね、蓄え、備えて――
「火を掲げなさい。――――焼き尽くすべき何もかもに」
そして、ホログラム・コンソールに触れる。
目標――――レヴェリア・シティ。
今まさに熱した鉄鍋の如き火薬庫となったそこへ、ウィルへルミナは火を投じる。
故に――――――ああ、爆発は加速させるのだ。
極光への加速度へ。
すべてを振り払う加速度へ。
絶命の剣が鞘から解き放たれる、その加速度の世界へ。
ここからは死の時間だ。
果てどない、死の時間だ。
火は、焚べられる。
◇ ◆ ◇
全周天コックピットの中、ホログラムレーダーと画像システムが危険を知らせる。
「フィーカ、貴官の交信相手はリーゼ・バーウッドで間違いないか」
『……
敵勢力不明――誰何は可能。
市街地への物理的な敵機影の接近はナシ=交戦規定の排除対象に該当せず――――否。電子的欺瞞による本体航行中の可能性。他、これに乗じた敵友軍機の接近の可能性。
つまり、十分、排除対象区分に相当する。
説得による被害の減少の可能性――――否。説得が可能にせよ、交戦規定に敵行動停止命令及び投降勧告への言及がある=第一義は、あらゆる遅滞行動を避けるべし。
説得の法的合理性――――存在せず。
即座に、己は、兵士へと切り替わった。
法に基づく、行政権の行使者――その代行者に。
つまりは、暴力装置に。
「……」
この程度の攻撃で自機に損害はないという点からは、強制力の行使を留まることは可能だ。
しかし、それは交戦規定と対立する。
なのでその筋からの主張は完全に場違いであり、これについては己から切り離される。平常ならいざ知らず、今回に関しては己の裁量権の外だ。
同時に、兵士として浮かぶ懸念。
彼女という強大な戦力を説得することで防げる被害と利益を考えた上で合理性は――――懸念:そうして敵が時間を稼ぐ作戦の場合、生まれる被害については?
顔見知りならば時間が稼げるという作戦は、軍事的に十分想定に難くない。敵が行う行為に挙げられるだろう。
……それを覆すに足る有意な証拠と利益は? 既にクラッキングを行っている相手に対して存在するか?
(……何らかの、こちらに利するメッセージを送ってきている、つまり味方という可能性を鑑み――――駄目だ。論の飛躍が大きい。推論に過ぎず、有意な法的正当性が存在しない)
ここで応撃しない正当性は存在しない。
言えて、誰何の一言のみ。
兵士たる己に許されるのは、そして己自身が己に許すのはその行動だけである。
(彼女は……リーゼは、大切な戦友だ……二人といない……大切な……)
目の前に迫るミサイルを躱しつつ、操縦桿を握る拳に力が入る。
感情は、彼女を生き残らせたいと願っていた。
だが――――――それ以上に、同時に理性は、彼女が敵対した際に生まれる被害を弾き出していた。
そう。
執行者として切り替わった今となっての懸念は、もうそれのみだった。論点はそこだった。感情以上に理性が、このまま、敵対していいのかと問うていた。
(……俺のそんな内心は無視する。その上で、それでも果たして、このままここで撃墜を行っていいのだろうか? リーゼ・バーウッドという歴史に二人といない戦力を)
どうすべきだ? 軍人として感情を抜きにして、リーゼ・バーウッドとここで戦闘を決定させることは、果たして行うべきことなのか?
もし――彼女が本当に敵対していたとして、仮に『戦友』という唯一無二の身分からその説得の余地が生まれるとしたら、それでも無視して戦うことは合理的なのか?
それは、交戦規定と相反することになっても、実行することなのか? どちらが優先すべきことだ?
(……いや、ここまで、メイジーやロビンとの交戦を咎められていない。つまりは軍としても、既に敵対行動を行った
つまり、その問題もまた、覆すに足る合理性も正当性も持たぬということだった。
ああ、ならば、己に選べる選択肢は一つしかなかった。
彼女を大切な戦友と思ったその上で――――己は、それを選ぶ。選べる人間だった。選ぶと決めていた。
「……彼我不明機、いや――返答がない場合、その技能からリーゼと想定する」
戦闘機動の中、無線に声を乗せる。
「……君の中の俺は、そうも、会話の価値がない相手なのだろうか……? 俺に話せることは、ないのか……?」
己の口から出たそれは、説得にあたって使用できる相手の人間性の利用だったのか。
それとも、己自身の感傷だったのか。
「俺は、君を、仲間だと……思っている。頼む、リーゼ。俺に剣を抜かせないでくれ……」
そう告げ――しかし、ミサイルアラートが消えることはない。
このミサイルも、現実に撃たれているか判らない。
これがクラッキングによるものなら、平時であれば、そこが法的な論点になるかもしれない――つまり正当防衛と誤想防衛の差――と考えながら、架空の裁判を考えた。
『攻撃される当機からはそれが現実か非現実かの判別は困難だった』――――――ああ、きっとそう弁護されるだろう。つまり、強制力の行使は必然ということだ。
(……駄目か。であれば、交戦規定に従い――)
如何にして戦うか。
そう、己の意識を切り替えた途端だった。
膨大な――――空振。衝撃波。
「――――」
我が目を疑った。
空の向こうに――――如何なる地上兵器を用いても行えないほどの天を衝く噴煙。膨大すぎる。
土色の煙が、山から吐き出されていた。
遠目に、赤き岩が弾き出されている。
(噴火、だと……? よりにもよって、このタイミングで……? まさかリーゼが――)
直後、首を振る。
(……いや、不可能だ。ヘイゼルならいざ知らず、彼女の技能を持っても到底及ぶことではない。彼女に使えるのは既存の兵器群のみ……それを使って人為的に噴火を起こすなど不可能に近い)
火口に爆弾を放り込んだところで、噴火は起こらない。
何らかの原因によって地下にマグマ溜まりが生まれ、その圧力が限界に達した際の噴出が噴火である。
地下にマグマを集め、その圧力を高めることは如何なる爆弾を用いても不可能であろう。
何にせよ、
「……当機はこれより統一軍事法典の基本指針に従い、被災救助に従事する義務を負う。可及的速やかにその指揮下に入らねばならない」
状況が変わった。
緊急性の項目に、さらなる掛け金が上乗せされた。
「当機に対する妨害行動を停止し、速やかに所属と姓名を明らかにせよ。さもなくば――……さもなくば、強制力を行使する他ない」
想うのは、あの街に集まった市民のことだ。
あそこで暮らす人、あそこに集まった人。
前者を速やかに避難させること、そして後者の存在により収容や避難が難しくなること――現時点で幾らでも懸念は浮かぶ。
防衛戦力と同時に、災害対処戦力も必要となる。
つまり、今以上に、遅滞行動に対する強制力行使の正当性と必要性が生まれる。
「……現状、市民への大きな被害が想定される。速やかに行動をしなければならない。市民が被害に逢っている。あの日の、マーガレットに保護された君のように……そこにいる市民が」
デモ隊は、パニックに陥っていないか。
それが原因で死傷が起きてはいないか。
彼らも市民だ。普通に暮らす命のある人だ。何一つ、軽々と取り扱われてはならない人々だ。
あの日、自分たち航空隊に手を振った市民たちも――それ以外も。
命は命というだけで、差別されてはならぬものだ。防衛の対象となるものだ。
己は、そう誓約したのだ。
「彼らは、生きている。生きている命だ。それが、喪われてしまう……苦しみの中で、永遠に喪われてしまう。俺たちに彼らの痛みは判らない。だが、とても痛くて、とても苦しかったことは判る……とても怖かっただろうとも」
それまで当たり前に生きてきた命の果てが、そうであるなど。
そんな悲しいことは、ない。
彼らの人生のその終わりが、訳もない苦痛であっていい筈がない。
苦しんでいい、筈がない。
「そんな気持ちのまま、最後にその気持ちの中で、それが貼り付いて……彼らの人生は終わってしまう。……死んでしまう……そうなってしまうんだ……!」
自分と異なり、二度目はない。
どこの誰にも、二度目はない。
喪われてはならないものだ。儚く、弱く、尊く、大切で、尊重されねばならないものだ。
生きたいと願った小さな一つ一つが、ここまでの世界を作った。衣服を作り、建物を作り、医療を作り、科学を作り、言葉を作り、産業を作り、文化を作り、法典を作り、市街を作り、国家を作った。
それは、祈りが為したものだ。
儚く壊れやすい者たちが、それでも壊れずに生きたいと願って作ったものだ。
彼らの、生きたいという、願いなのだ。祈りなのだ。
それが、ここまで、続いて来たのだ。
この世界は多くの人々の祈りで作られて、多くの人々を載せて進む揺りかごなのだ。
それは――――――断じて。そう、断じて。
何者にも踏みにじられては、ならぬものだ。
守り抜かねば、ならぬものなのだ。
決して、打ち捨てられては、ならぬのだ。
守り、慈しまねばならぬのだ――――何があったとしても。
「……これを聞いてやめぬというなら、貴官はリーゼ・バーウッドではないと認識する。つまり、当機から、軍事的な合理性を鑑みた上で……その戦力に注意した取り扱いの必要がなくなる」
答えぬならば。
つまりは、もう、そういうことだ。
そして、消えぬミサイルアラート。
「――――そうか。それが、君の望みか」
言葉を一つ。
脳は冷えた。心は切り替わった。
決めている。
その線を超えた相手はことごとく――――
「グリント
――――殺すだけだ。
天秤は、定まった。
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