第119話 空洞、或いは凶星と凶鳥、またの名を鋭角の魔剣

 連なるマズルフラッシュ。


 腕部装甲内蔵型のショットガンが、散弾を吐き出す。

 発射中に駆動者リンカーによって銃身の角度を調整されながら放たれるそれは散弾同士の衝突を生み、漆黒の空洞騎士の前方で複雑なピンボールめいて不可思議な軌道を描く。

 弾丸に内蔵された機械回路及び加速度センサーは、自機に対しての弾丸の方角及び速度域を知らせ、中心核に備わった三軸のフライホイールが弾丸の軌道を補正する。

 ヘイゼル・ホーリーホックの御業の人為的な再現。

 放つたびに内蔵AIへとヘンリーの仮想人格を転写して行われるその突撃はフィードバックされ、撃てば撃つだけ彼自身――であり彼の写し身たる仮想人格AIが――に近付いていく装備だ。


 魔弾。


 己そのものを、敵破壊に指向する武装。

 人格の剥離。機能性への特化。

 真なる狩人化への加速。人間の魂を餌に疾駆する魔弾――ヘンリー・アイアンリング自身が望み提案した殺戮機構だ。


(オレ、は……オレは……?)


 どんな精神状態でも、魔弾は敵を狙う。敵にぶつかる。そして砕け散り、その度にヘンリーは死を味わう。

 ヘンリー・アイアンリングの使用に特化して製作された【アイアンリング】へと、己自身をより特化させていく兵装であり、それは本体の精神状態に関わらず仕事を為す。

 以って射撃と共にヘンリーからは戦闘に余分なる感情が廃され、戦えば戦うだけ加速度的にへと向かう――向かっていく。向かっていける。そんな装備だ。


 向かっていけていた。


 その筈だった。

 今までは、そうだった。

 そうであったと、いうのに。


「あのさ、大丈夫?」


 運搬船の救助に当たるフレデリック・ハロルド・ブルーランプからの通信。

 双子の兄のハロルドとは異なり十分に成長した肉体――それも十五歳にしては特異な程に頑健で長身の、成熟しきった肉体の主は怪訝な声を漏らした。

 訝しむような通信を、向けられている。


「あ、ああ……も、問題ない……」

「……そっか。でも、何かあったら言ってね。さっき言われたと思うけど――人命がかかってるんだから」

「――っ、」


 思わず、呼吸が止まった。

 浅く、早く、胸が早鐘を打つ。

 注意されている。きっと見られている。誤らないか。間違えないか。見られている。警告されている。きっと。


「医者にミスが許されないのと同じで、人の命にミスは許されないんだ。……厳しい言われ方しちゃったけどさ、そればっかりは仕方ないところなんだと思うよ。本当に気の毒だけど……。でも、君は一人じゃない。だから――」

「あ、ああ……分かってる――分かってるよッ!」

「……そう。ならいいんだ。うん、大丈夫……君だって強くなってるんだから、それぐらいなら簡単だよ。落ち着いて行こう。僕もついてる。二人で頑張ろう」

「――――っ、」


 そのまま指示に従い、戦闘域から船を離脱させていくフレデリックとその骨組みの鳥のような機体を見送る。

 彼は、強い。

 その矮躯の双子の兄と違って幼少期からの操縦神経の形成もないというのに機体を十分に操り、双子の兄よりもスコアを出している。優秀な人材だ。……年下の、優秀な人材だ。

 そんな少年から、慰められた。

 そうしなければならない程度に危ういと――頼りないと。実力が信じられないと、思われたのだ。疑われているのだ。そして戒められたのだ。それぐらい簡単なことならできるだろうと。もしくは、それも怪しいと。

 それも全て、


 ――〈そうか。……貴官のことはよく分かった〉〈下がれ、ヘンリー・アイアンリング特務中尉〉〈この状況で士官として判断が下せないというのであれば、兵士として弁えろ〉。


 彼を前に失敗して、判断を下せずに、役立たずの有り様を晒したから。

 すべきことをできなかったから。

 何一つの決断を下せなかったから。

 やっては駄目なことをやってしまったから。


 ぐるぐると、頭が回る。世界が動転する。吐き気が込み上げてきて、今ここにシートに座っているのかも怪しい。

 衣服すべてを引き剥がされて、荒野に蹴り出されたような寒さ。

 どうしようもない失敗。取り戻せない失敗。人の命を前にして、逼迫した戦場において、最低最悪のミスをした。


「アイアンリング特務中尉は、破片の撃墜を続行。繰り返すが、当てるだけでいい。貴官はそれに集中を頼む」


 戦闘に上昇した息。喘鳴に似た吐息。それでも沈着で揺るぎない声色。

 それらが入り混じって行われる彼からの通信はあまりにも端的が過ぎて、武骨が過ぎて、お前に任せられるのはそんな仕事程度だけだ――と言われている気がした。

 彼は、銃鉄色ガンメタルの機体は、こちらを振り返らない。

 ただ戦闘だけに向かっている。

 その救援も頼まれない。二人がかりの方が優勢になる筈だろうに、その役目を担わせて貰えない。相棒として不足だと思われているに違いない。


(大尉、オレは、間違っていたのか?)


 腕部からショットガンが、ヘンリー自身の魂を込めたようなそれら弾丸が蒼き星に向かう破片たちを妨害する。

 砕き割り、或いは角度を変え、大気との衝突で赤熱しながら蒼き星を目指す飛翔体の進路を打ち砕いていく。

 弾丸は言葉もなく、ただすべきことを実行する。

 ヘンリー・アイアンリングは、為すべきことを実行できない。


 お飾りだ。

 お飾りの存在だ。

 勝手に動く散弾という兵隊を吐き出すだけの、お飾りでしかない。


(大尉、オレは――……)


 地上に向かう破片たちの密度が増した。

 次から次へと落下を始め、その頭部を大気圏へと突きこんで赤熱する牙へと変わっていく。

 それらを、一度の射撃で――その中の無数の内の一粒の弾丸を以って狂わせる。狂わせていく。

 ただ、それは技術であって技量ではない。ラッド・マウス大佐の設計の妙であって、ヘンリー・アイアンリングの力ではない。


 本当は――……。


 手にした力で、彼を助けたかった。

 強くなったと。

 期待通りだと。

 お前が誇らしいと。

 そう、また、褒めて貰えると思っていたのに。


 あの日から――変わらない。


 見下していた筈の民間人の少女に命を助けられて。

 守ってくれと大尉に言われたシンデレラを守ることもできず、彼女に撃たれて蹲って。

 脳さえ差し出して強くなれたと思った手にしたその力を、シンデレラに向けて使うことになって。

 自分たちの小隊をバラバラにした男の一人に手も足もでず、挙げ句、あの焼ける街の悲劇を起こしたような傭兵に助けられて――――。


 胸の穴のように、本当に、ヘンリー・アイアンリングは空っぽだ。

 何もない。

 何も得られない。

 役立たずの空洞騎士。


(大尉――……)


 実力も空っぽ。判断も空っぽ。誇りも、気持ちも、何もかもが空っぽ。

 どう装飾しても取り繕えない裸の王様。

 無能な士官。

 あのどうしようもない無能のジャマナー・リンクランクでさえも指示と判断は行えていたというのに、そんなことさえも行えないお飾り士官。


 あの落ち着いた彼の声のまま――。

 その他大勢に向けるような声のまま――。


 そんな無意味な力だけを磨いて、お前は一体何をしているんだと――――そう問われた、気がした。


(オレは、間違えちまったのか?)


 答えは返らない。

 戦場は、ヘンリーを置き去りに進んでいく。

 銃身を振り付けながら吐き出す弾丸は自動的に軌道を修正し、ヘンリーがやることと言ったら大まかな方向を決めることと弾丸同士を衝突させることと射撃のタイミングを見極めること。

 そんな、訓練さえすれば誰にでもできること。


 彼は、違う。


 彼は、ただ一人で、強大な敵に立ち向かっていく。

 ただ一人、保護高地都市ハイランドの旗を掲げ、そこに住まう人たちを護らんと己を振り絞っている。

 そんな領域に、無能な士官の居場所はない。


(大尉――……なあ、大尉――――)


 片腕を失い、片足を失い。

 それでも、銃鉄色ガンメタルの古狩人は宙を翔ける。

 絶望的な巨大構造物とその支配者の錆天使へと、斬りかかっていく。


 あの日には、分からなかった戦闘の妙。

 あの日には、見えなかった機動の妙。

 あの日には、知れなかった不屈の心。


 余計な援護は、彼の邪魔になってしまう。


 それは、遠い。

 あの頃よりも、遥かに遠い壁だった。



 ◇ ◆ ◇



 蒼き星のその外側で、火炎じみた弾丸が空を裂く。

 無数の掃射。

 それは光線にも似て――或いは流星にも似て。

 まさしく今、地へと突き立てられる宇宙塵デブリの流星群が赤き衣を纏うその内にあっては何とも皮肉的だろう。


 加速圧が肉体を虐げる。

 連戦と不調に続く戦闘機動の反動は血液を翻弄し、己の肉体をどこまでも追い詰めてくる。

 喰い縛る奥歯は呼吸のみを許し、口を開く暇さえ与えない。

 つまりは、強敵だ。

 空域に根を貼るような巨大な金属体と錆び付いた片翼の天使は、これまでの強敵たちと同様にハンス・グリム・グッドフェローという男を追い詰める。

 

(あのアーク・フォートレスは戦闘経験、対人経験共に不足していたが――……心得ある者が用いると、こうまでとは)


 あの【腕無しの娘シルバーアーム】は正直すぎるほどにこちらを殺そうとしてきた。奴が撃つということはこちらを殺せる射程と機先ということであり、故にその力を見極め制圧することも難しくはなかった。

 だが、ウィルへルミナは違う。

 こちらを殺す攻撃と殺さない攻撃を混ぜており、当てるつもりもない牽制や何も考えない射撃や追い立てるための砲撃を交えていた。


 恐るべき敵だろう。


 しかし、【腕無しの娘シルバーアーム】ほどに機体が洗練されてはいないのか――地上絵の鳥を立体にしたが如き巨大体が力場の砲撃を行う際には、サーモにてその機体上に予兆が現れる。

 力場の循環と、ジェネレーターの稼働率上昇による温度変化。

 それが所謂、となり、こちらもかろうじてバトルブーストを合わせるだけの余裕が現れる。


「――ッ」


 左前方へと加速する銃鉄色ガンメタルのコマンド・リンクス。

 おそらくは、今、真横を不可視の砲撃が飛び去った。

 不可視であることは、構わない。例えば至近距離での銃砲など目で見れる物ではないのでそこは同じだ。ただ、銃口の向きと射撃がどこに着弾したのか知れないのは非常に厄介極まりない。


『一体どこまで戦う気だ、破壊者ブレイカー――――! 貴様も最早、限界に近いだろうに!』


 何より、ウィルへルミナの存在だ。

 無数の武装を荒野に突き立てる剣のように宙域に放った彼女は、機動のままにそれを掴み取りこちらに攻撃を加えてくる。

 力場を削るための面制圧のショットガン。

 爆炎にて目を眩ませるグレネード投射砲。

 超高速で飛翔するレールガンや、受ければ破壊を免れぬ大口径コイルガン。


 更には一撃必死のプラズマライフルや――そもそも手に取ることすらなく力場にてそれらを操り、多重多段多角多面的攻撃を仕掛けてくる。


 あの【腕無しの娘シルバーアーム】との戦いでも、その打破すべき本体以外にもアーセナル・コマンドは存在していたが――こちらの機動に喰らいついてくるというのはキリエ・クロスロードぐらいで、そんな彼女もどちらかといえば白兵戦に重きを置いた駆動者リンカーだった。

 一方のウィルへルミナは、ロビンのように手数の多い銃撃主体。

 そうでありながら機体は軽量の高速型で、更には力場にてモービット・オービットを投射することでこちらの力場を斬弾する飛翔斬撃までも持ち合わせる。


 実に厄介な――厄介な敵と、言う他ない。


(二つが合わされば、マグダレナにも匹敵するか……彼女ほどの超越的な技能はないにしろ、破壊力と速度と手数という意味では上回ってもいる)


 彼女は未だに使用してはいないが、おそらく、アーク・フォートレスの力場操作を利用すれば、銃撃の軌道を変更しこちらへ追尾させることも可能だろう。

 それを切り札としているのか。

 それとも、今現時点で擬似的な神の杖を使用している演算処理能力の問題で利用できないのかは、知れない。


(後者とすれば、ヘンリーのおかげか。まさか、貴官がただ一人でこれほどの数の衛星爆撃を防ぎ止められるとは……成長したのだな)


 半身をとってから直角機動を行う宙戦機動マニューバにて敵の攻撃を振り切り、加速圧が緩まったそのときに大きく息を吸い込む。

 極力彼の集中力を削がせぬために必要なだけの指示を出したが、一体どこまでそれを続けていられるだろうか。

 その確かな援護のある内に、こちらも決着をつけなければならない。


 撃ち出される弾丸は少しずつこちらの力場を削り、装甲を削り、つまりは戦闘可能時間を削っている。

 厄介なのが、バトルブーストじみた武装の超高速配置。

 射撃を放つと同時に瞬間移動の如く掻き消えて、こちらを狙う銃口の位置が常に刻一刻と移り変わる。

 それを前に、容易な接近など叶わない。

 こうして撃墜されないでいるのは、敵に攻撃を仕掛ける――つまりこちらの進行方向の予期ができてしまう軌道ではなく、ただ回避に集中しているからに過ぎない。


(俺が、どこまで戦えるのかも――……もう判らない。初期化を多用しすぎた……)


 心臓が動転して、不整脈のように脈拍が安定しない。

 機体より先に肉体が壊れるのではないか、と思える。

 それはハンス・グリム・グッドフェローの唯一持つ継続戦闘能力を消費しながら行われる一時的な精密性の強化。ドーピングによって肉体を引き上げることが肝機能や腎機能への副作用を伴うのと同じように、こちらの時間を目減りさせていく諸刃の剣だ。


 一度目を閉じ、意を固める。


 対集団戦のテクニック――敵集団から大きく距離を取ることで、狭い範囲では多角的に向けられていたはずの砲門を、相対的に一方向からの攻撃のように見えるほどに遠くに押しやる技。

 その状態からなおも敵が全方位射撃を行わんと距離を広げれば、包囲の網の目が広がることによって火力の密度の低下を意味する隙となり、或いはより密集させるなら結局ただの一方からの射撃の域を出ず――どちらにせよこちらの接近を許すこととなる。

 今回は、それをただ回避に用いた。だからここまで生き残った。それでも急速に配置がリセットされるそれらを前には、接近の隙を作ることはできなかった。


 今では巨大な地上絵じみたアーク・フォートレスから遠ざかるばかりで――全くその撃墜や破壊を意味しない。

 それを捨て。

 殺しに――殺されにかかる他ない。


(……ここが死地か。いいだろう。元より戦場は全てが死地だ。今更、厭うつもりもない)


 強いて言うならマーシュやフェレナンドやエルゼにまた会いたかったし、ラモーナにとっては彼女自身がウィルへルミナにああされた果てにこちらが死んでしまうという事実を与えてしまうのが――……何とも悔やましい。

 ヘイゼルはどうしただろう。リーゼはどうしているのだろう。ロビンやメイジー。アシュレイは、どうしているのだろう。マグダレナはどうするだろう。

 この先のためにも、生き残りたいと思う。いや、そんなものがなくても生きていたいと思う。

 ただ――――兵士ならば、来る日だ。そんな覚悟はとうに済ませた。誓ったのだ。契約したのだ。


(……シンシア)


 幻影のように瞼に浮かんだ金糸の少女との再会を掻き消し、奥歯を喰い縛る。

 一目。

 あと一目、彼女と会いたかった。言葉を交わしたかった。その無事を確かめたかった。


 だが――――。


 あの日のマーガレット・ワイズマンのように。

 傷付いてなお、単身このアーク・フォートレスと戦った彼女のように。

 これまで多くの兵士が、人々が、己へと施した輝かしい献身のそのように。


 ――――


「《指令コード》――――《出力最大加速オーバードライブ》」


 紫電が弾ける。

 魂を、加速させよ。



 ◇ ◆ ◇



 最大の加速の中で、全ての景色もまた加速する。

 昏き虚空の天の遥かに望む星々は、後方目掛けて千切れていく。

 己の肉体も、手足も千切れていく。置き去りにされていく。そうと思わせるほどの最大の圧力に骨身が軋んだ。


 目指すは、敵機。


 ただ一直線に刃の如くに両断せよと己に命じ――しかし、そんな前方の虚空に待ち受ける光景に驚愕した。


『刻まれるのはお前だ、破壊者ブレイカー――――!』


 ウィルへルミナの叫びと共に展開された敵の兵装機構。

 それは意外であり、ある意味では至極合点のいく攻撃だった。


 空域に展開する刃じみた形状の翅たちから、真空の宙に放たれるは――金属ワイヤー。

 それぞれで火花が散る。電磁接続。

 刃の翅――モービット・オービット同士を繋ぐは、ガンジリウム循環型の切断ワイヤー。


 多角砲撃などという、単なる点でしかない攻撃ではない――線制圧だ。

 空に浮かぶ星星を線で結んで星座とするかのように、宙を飛び交う飛翔体同士がワイヤーで繋がって空域制圧を行ってくる。

 無重力空間での操作制御のためにもワイヤーそれ自体にも力場を持ち合わせ、つまりこれは全てが斬撃と呼んでいい。


 最早、その軌道の計算や推定は困難だ。


 その二つの刃の翅が通り抜ける空間が全て死の領域となり、好き勝手に動く翅の複雑な軌道を捕捉することはできず、そんな線が自在に動けばもう面制圧と同じだろう。

 それが無数に。

 空間そのものを分かつ斬撃の如く配置されている。


 更には、アーク・フォートレスからの不可視の力場。

 おそらくは、空間に置かれた感知不能の致死の刃。

 如何なる速度でも躱し得ない、如何なる機動でも振り切れない、如何なる技術でも揺るがせない、絶対斬撃射程圏が形成される。


 ここで、終わりか。


 ワイヤーで繋がった二つの翅がこちらを斬断しようと接近し――――


「《指令コード》――――《最大防御フルアーマード》」


 ――一転。

 古狩人は、出力全てを装甲目掛けて割り振った。


 宇宙では推進をやめたからといって止まることはない。

そんな環境が、最大の加速と最大の防御力の両立を許す。


 接近する敵のワイヤーの力場と、こちらの機体の最大力場が衝突する。

 その相対速度故にそれは強烈な砲撃と同等の破壊力を持ち合わせ――だが、ジェネレーター出力とガンジリウム流量を増させたという実にシンプルにしてこれ以上ないコンセプトを持つ第三世代型最新鋭高性能量産機コマンド・リンクスは、それをも防いだ。

 瞬間、そのワイヤーを握りつける。


 ああ――実に単純な方程式だ。


 モービット・オービットのようなそんな子機が、アーセナル・コマンドほどの大きさもないそれらが、一体どうしてこちらの出力を上回る。

 そうできるなら、アーセナル・コマンドは必要ない。

 こんな有人兵器が、今も戦場に居やしない。

 故にこれは、決まりきった当然の結果であり――


「《指令コード》――《最大通電オーバーロード》」


 弾ける紫電――敵の電力量を上回る力によってそれらの制御を振り切り、限界値を超えることで内部回路を焼き切る。

 その制御を奪ったまま――己の武器じみて奪取。

 廻る歯車じみて、或いは唸る風車じみてワイヤーを旋回させて――今度はこちらが空間を薙ぎ払う。


 それに巻き込まれる子機。

 或いは、超高速で回避する子機。

 何より――そのワイヤーが空間に設置された不可視の力場刃と接触し、それらの存在を知らせてくる。


 それで、十分。

 十二分に――――殺せる。

 

「《指令コード》――――《出力最大加速オーバードライブ》」


 再びの加速。

 そのまま一直線に、円柱と円盤が組み合わさったようなアーク・フォートレスの機体目掛けてプラズマブレードを抜き放つ。

 噴出する紫炎。

 だが――――阻まれ、その装甲まで、至らない。


(ッ……わかってはいたが……デタラメな圧力だな)


 衝突する二つの力場に、プラズマが揺らいで弾け飛ぶ。

 天体衝突誘引――阻むものがない宇宙空間かつ高度な指向性を持たせているとはいえ、あのような長距離にまで力場を届かせるアーク・フォートレスの《仮想装甲ゴーテル》は甚大だ。

 まさしくそれは鎧として、不可視の圧力としてこちらの攻撃を受け止める。


 だが――――


 二度の最大加速を以って、こちらは十二分すぎるほどの慣性を持つ。

 アーセナル・コマンドという巨人が有するそのエネルギーは如何なる砲弾をも超え、更に振り絞るプラズマの炎は敵の力場を掻き乱す。

 故に――拮抗は終わった。

 些か中心から逸らされながらも、敵の円柱の一つを切断するに留まる。


 それでいい。


 あとは死ぬまで切り刻むだけだと、そのまま再度速度に身を任せようとして――――驚愕した。

 斬りつけたそこから噴出した銀血。流体ガンジリウム。

 可能な限りのガンジリウムで満たせるように、それは、内部に高圧で詰め込んでいたのだろう。斬断に頸動脈から血が吹き出るように、巨体を廻る銀色の血が銃鉄色ガンメタルの機体に振りかかった。


(マーガレット……何故、君が墜ちたかと思えば――――これの……!)


 ふと、抱いていた己に訪れた答え。

 大気圏を離脱するほどの速度を以って宇宙に向かったマーガレット・ワイズマンが、何故、大気圏の流星になったか。

 宇宙空間ではその速度は低減しない。そして地球軌道を周回可能な速度は、大気圏を離脱する速度よりも下だ。

 彼女がそれを保てていれば、地球の引力によって引かれて落ちることはなく――燃え尽きることもなかったであろうに。


 戦闘のための減速かと思ったが、あの第二位の飛翔者ダブルオーツーのマーガレット・ワイズマンに限ってはあり得ない。

 きっと彼女はこのアーク・フォートレスを破壊し、そして、敵の末期の血潮によって道連れにされた。

 これが、かつて、マーガレット・ワイズマンの命を奪ったもの。


 視界不良。

 機体温度上昇。

 速度低下。


 つまりは明確なる隙であり――

 

『これで、終わり……終わりなのよ、オーグリー……』


 そんな己の機体へ、銃鉄色ガンメタルの古狩人へ、その胴と四肢へと四方八方から刃が突き立てられた。

 機体は全壊。

 完全なる破壊であり、言うまでもない敗北。沈黙。機能停止。頭部バイザーから、機体稼働中を示す警告光が失われる。


 故に、


「――――――――――


 数多に串刺しにされた銃鉄色ガンメタルの古狩人の、バイザーが光る。

 マーガレットの死の真相から、力場を集中させてジェネレーターとコックピットだけは守り抜いた。

 自機はまだ戦闘可能だと、機動可能だと、機体の起動状態を示す眼部ランプが光を放つ。

 そうだ。

 己の意思は砕けない。ならば己は、砕けない。


 言うべきはただ一つの言葉。


「《指令コード》――《最大通電オーバーロード》」


 弾ける紫電。全身に纏った銀血に通電。

 以って生み出した力場によって流体ガンジリウムを圧縮し、銃鉄色ガンメタルの装甲に吹き上がるは炎の鎧。

 己を貫く数多の剣を、焼き溶かす。

 更に――内部機関、駆動。


(ま、だ、だ――――――――…………ッ)


 《例外処理エクストラ》――――――《出力最大限界持続フルバースト》。


 放つは、意思。

 放つは、剣。

 いざ抜き放つは、炎の魔剣。


 己をただ一振りの――――灼熱の、滅びを滅ぼす魔剣に変える。

 

 心臓が、機関部が、激しい異音を上げる。

 それ以上に、焼け焦げる。

 装甲という表皮が焼け焦げる。骨子フレームが焦げ融け、循環パイプが荒れ唸り、回路ラインが焼き切れ、動力モーターが笑い狂う。


 生の十秒。

 死の十秒。


 ――――






 【警告】――電力の喪失まで【十秒】。


憤怒のグリムザル……鋭剣グラム……!』


 無制限に弾ける紫電と、無秩序に吼える紫炎。

 吹き出るそれは敵機の投射力場を掻き乱し、こちらへと襲いかかる透明の拘束を引きちぎる。

 溶かされた骨身に突き立てられた敵の刃は、それもまたプラズマの鎧として己の元で荒れ狂う。


 力場にてコックピットを覆い炎熱を遠ざけながらも、しかしその中枢部の機能はほぼ既に死んでいる。

 既に、コックピット内部のモニターは光を失った。

 完全なる暗黒。宇宙よりも暗い暗黒。

 何の視界も得ないが故に――初期化コマンドを実行し、力場の触覚にて世界を把握する。


 死にかけどころか――今まさに焼かれていく死体に合一するような嵐の如き感覚に、精神と神経と肉体が苛まれるも――砕けんばかりに奥歯を噛み締めて踏み倒す/踏み超える。


『これでは、攻撃も…………!』


 敵から撃ち込まれる弾丸、砲撃、プラズマ炎――その全てを燃やし尽くし、奪い集め、統べ強いて己の力とする。

 炎の魔剣。

 炎の化身。

 己は、ただ一個の暴力と化した。


 そして――――それを、叩き付ける。


 プラズマブレードを射出するに等しいと言われるプラズマライフルは、プラズマが発散しないようにその中核に弾体を用いて力場で覆っている。内核コアをプラズマという装甲アーマーで覆ったかの如き兵器だ。

 敵にぶつけるためのプラズマそのものをある種のバッテリーとして電磁誘導にて内核コアにて発電を行い、以って力場を生み出すための力に使う。

 力場制御の内核コアを有するプラズマの塊。


 ああ――……つまり、今の己と同じだ。


(――――――――)


 そんな己を叩き付ける。振り付ける。

 古代文明の超兵器の如き、円筒と円盤を連ならせたナスカの鳥の地上絵めいた巨大なアーク・フォートレス。

 その力場を力場が削る。プラズマが削る。


 薄皮一枚、肉一片。

 円筒を削り、円柱を欠かし、その円盤が大切に抱える巨大な大脳めいた構造体へと襲いかかる。

 弾き飛ばされようと。

 その骨子に到達するまで、幾度と阻まれつつも敵目掛けて喰らいかかる。

 

 己は猟犬だ。

 ただ一つの刃だ。ただ一個の暴風だ。ただ一振りの剣だ。

 ならば、敵を斬り刻む以外の機能は――――必要ない。


 絶死に至るまでの事象の地平にて、永劫をも容易く超える刹那の時間に削り合う。

 敵の力場の投射に跳ね飛ばされ、しかし幾度だろうとも鋭角に斬りかかるプラズマの嵐。

 殺すか、殺されるか。

 そんな原初の会話しか存在しない。万物に通じ、万象に適う究極にして始原のコミュニケーション。


 暗夜に浮かぶような青き星のその外縁で、二つの凶星が文字通りに衝突する。


 吹き散らすプラズマとガンジリウムが敵の力場を削ぎ、襲いかかる不可視の砲撃がこちらの力場を砕く。

 離脱、転身、斬撃――――。

 全ての能力をこちらとの戦闘に回したアーク・フォートレスを相手に、揺れ動く紫炎の狩人は接触という斬撃を積み重ねる。


 敵から吹き出す銀の血を吸い上げ――或いは、敵こそがそれを高温のプラズマ刃に形成して斬りかかる。


 剣と剣、炎と炎の凌ぎ合い。

 纏いし焔は火勢を増し、巡りし銀血は出力を増す。

 脳で描く機動のままに、敵の巨体へ喰らいつく。

 鋭角に――どこまでも鋭角に。


 一度で足りぬならば、二度、三度、四度と己を振り付けて叩き付ける。


 その度に迫る、敵の中心。

 徐々に、敵力場の出力が弱まっていく。

 あの流星群を起こさずにこちらに集中しているのではなく、最早、それを起こすこともできぬというのか。

 翻る推進炎。鋭角的な切り返し。

 プラズマが瞬くたびに光沢ある装甲が焼かれ、そして漏れ出た流体ガンジリウムが銀血として霧になる。


 それはすぐさま、炎に変わる。

 敵の血を喰らい燃え上がるプラズマの剣と――――己の血を刃に変えるプラズマの牙と。

 二匹の獣が、喰らい合う。


 ただ果てすらも忘れて――――殺し合う。


 唸る剣閃。吼える砲撃。

 力場と力場の削り合い、即ちは殺戮本能と生存本能の削り合い。

 二つの器物。二つの怪物。

 滅びの火を束ねた剣と、滅びの星を司る鳥が殺し合う。


 たった十秒。


 訪れる終わりは――――果たして、どちらにとってであったのだろうか。


(――――……)


 やがて、アーク・フォートレスの円盤じみた胴から伸びる嘴や翼や尾羽を模した円筒に無数の斬撃を刻むも――遂にはこちらの機能が、喪失する。

 流体ガンジリウムを焼夷したプラズマを抑えておく力場という刀身が失われる。

 何も防ぐことはできず――コックピット外装を焼き払いながらも身に纏っていたプラズマは、その熱量のままに暗黒の虚空に爆裂的に発散された。


 生まれるは、弾け飛ぶ光炎と焼け残った残骸。


 ――――


「ヘンリー……ヘンリー・アイアンリング……!」


 真空で、この声が通じるか。

 通信は生き残っているか。電波は伝わるか。

 そんなことには構わず――――敵の力場による攻撃がこちらに集中し、そして今まさにプラズマを大規模にばら撒いてその大規模な力場を乱したここが勝機だ。

 言うことは、一つしかない。


「ッ、撃て――――!」


 そして、兵士としての反射――――こちらの言葉を受け取ったのか、勝機を見出したか、遠方から放たれたプラズマライフル。

 ヘンリー・アイアンリングの空洞騎士の放った紫炎の弾丸は、敵アーク・フォートレスが弾体めいて抱えていた脳髄じみた人工物を撃ち抜いた。


 逸らされた。


 その兵器の中核の打破は叶わなかったらしい。

 あれほどに力場が弱まり、そして駄目押しを行ってなおも未だに、自己の中枢を防御するだけの力場は残っていたのだろうか。

 結局はその搭載物か運搬物か――謎の人工構造体を壊すのが精一杯であった。


 だが、ウィルへルミナの悲鳴が聞こえる。

 つまり何らかの効果はあったらしい。

 ならば何よりだと目を閉じようとしたこちらへ――――向かってくる漆黒の空洞騎士。


(違う……ヘンリー……優先すべきは、俺じゃない……敵を撃ち落とせ――……今の貴官なら……)


 しかし、声を発そうとしても言葉は出ない。

 そのまま、焼け焦げた機体を空洞騎士に回収された。

 砕けたコックピットからは、ウィルへルミナの錆天使と満身創痍のアーク・フォートレスが離脱していくのが見える。


 痛み分け――なのだろうか。


 それとも破壊されたあれは、ウィルへルミナの計画において重要な構造体だったのだろうか。

 いや、そのことはいい。

 戦闘にて確認したが――……あれほどまでにガンジリウムを流出させれば、しばらくは長距離に及ぶ力場の利用もできないだろう。つまり、兵器としてもダメージは十分に与えられた筈だ。

 そんなことを考えながら、背後から訪れる深い眠りに引かれていく。


(ああ――……だが、そうか。貴官は、決断は、できたのだな)


 こちらの作った敵の隙を確かに狙い、どんな判断にせよ彼は即座に決断を下した。

 それだけは、この戦いの中で、喜ぶべきことだろう。

 願わくば自分の救助ではなく敵の撃墜を優先してほしかったが――……友軍を見捨てないのもまた兵の務めとするならば、これはこれで、彼の判断は誤りではない。


 何にしても、自分は、これで戦闘不能だ。


 ならば、しばし眠るだけだろう――……目覚め、再び戦闘に赴くその時まで。


 戦闘は、終了した――――。

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