第114話 リヒルディスを巡って、或いは戦争という帰結
見える。
『投降――投降する! もう戦闘の意志はない!』
『いいかテロリストども、俺たちの答えはこうだ。――地獄に落ちろ』
武装を解除した鋼の巨人を、処分する弾丸が。
見える。
『やめてくれ! その人は関係ないんだ!』
『そう思うんなら……初めから関わるんじゃねえ! 薄汚え人殺しの分際で! おい、この女も連れてけ! 可愛がってやれ!』
潜んでいた者と、関わった者を、追い立てて引きずる特務部隊が。
見える。
『……はあ、なるほど。残党が……承知しました。ええ、こちらとは関わりありません。そう思ったからご連絡いただけたのでしょう? ええ、はい、勿論です。このようなことは我々としても遺憾です。私からも議会に提言させていただきますとも』
頭を幾度と下げながら、
『さて。……うん、使えそうじゃないか。走狗たちは役立ってくれた。関与の証拠は上がっているかね? これで彼らを追い落とせる。魔女狩り、大いに結構じゃないか』
その裏でほくそ笑む政治屋が。
静かに航行する片翼の天使じみた【
精神感応能力――というよりは、ある種の精神観測能力と呼ぶべきだろうか。
世に数多偏在するガンジリウムと同様に、今やウィルへルミナの視点もまた偏在した。既に彼女は、ある種の情報の支配者とも呼んでいい。彼女という情報を――彼女への印象や感情を得たそれら全てに己という火を移して、その火を宿した咎人との交流を通じてまたそこから飛び火させて、そこで呼応する精神の波を掌握する。
彼女の持つそれと同じ――――負の感情というものを。
(……愚かなものね、誰も。それも都合がいいわ)
【
それは波紋となり、怒りとなり、彼女の悪しき才能の余地を広げていく。
不安が、恐怖が、憎悪が、分断を深刻化させる。かつての大戦のように。
……否。
(分断? そんなもの、ただ、元々そうだっただけでしょう? 全てを溶かすか燃やすかでもしない限り、なくなるはずがないというのに)
地球に本拠地を置く企業体による搾取。
大規模寒波による食料輸入への危機感。
そもそも大地で暮らせる人類への反感。
同じ宇宙都市間での経済格差や分断。
これが概ね戦争の理由として語られているが――そんなものは、ない。
それがウィルへルミナ・テーラーの見解だ。
あれは、完全に自家中毒が引き起こした戦争だった。
或いはそれはある意味では――本当にある意味では、かつての世で行われた行為に対する清算の面もあったのかもしれないし、
なんにせよ、四番目の原因が未だにまことしやかに囁かれるのは、開戦のきっかけによる。
今や、ある種のその再現と呼ぶべきか。
暗黒の虚空に浮かぶ遥か青き惑星を眺めて、ウィルへルミナは吐息を漏らす。
(皮肉なものね。……あの戦いは、貴方がたが狂言に振り回されたものだというのに。今は同じ状況で、本当に内紛をしている)
秘匿衛星に向けて軍用艦を進める【
世界連邦政府時代の月面開発に由来する
その不均衡と分断。
地球の大規模寒波に由来する食料輸入危機に対して、まず緊張状態に陥ったのはこの各アークだった。
伝統と保守、それ故の権力を持つ
そんなアーク間での不和。
ついには互いに月とB7Rへと、宇宙航路封鎖兵器と上陸用宇宙艦艇を接近させた。それぞれが買い上げて、それぞれに輸送された食料を奪い合おうとした。
争いが起こるとすれば、遠すぎる地球と宇宙ではなく――宇宙同士であるはずだ、と。
誤認のままに兵を差し向けた。その宇宙軍を、軌道都市間での争いへの介入のために待機させた。いずれその場所は、己たちの住処にもなるのだと思って。
そこを――完全に突かれた。
食料危機に由来する輸送量の増加に備えた中継地点や情報施設としての新衛星。
また、
それらから、神の杖は投下された。
希少金属やガンジリウムは、輸出品としても高い位置付けを持つが故に、それらを船に積載したところで怪しまれることはなかった。
そして
だが、とっくに
歪な社会構造の下に一枚岩で、歪な思想教育の下に一枚岩で、歪な支配環境の元に一枚岩だ。
それも、何一つ物資を生むことができない宇宙という歪な土地に人を住まわせたから。苛酷な環境が、それらを作った。地球という母を捨てたことがそれを生み出した。
(地上の民は自らの罪の炎で己を焼いた――それもある意味では、正しいわ)
義務教育は十二歳で終了し、以後、最適な必要と選択の名の元に
婚姻は十三歳から可能だというのに、選挙権を持つ成年は二十一歳。なのに飲酒喫煙は十五歳。被選挙権に至っては二十五歳・三十歳以後となり――その頃には、既に、かつて最低限学ばされた社会や政治に関する知識などとうに薄れている。
社会的に習熟した年齢までに必要な時間――と銘打たれているが、結局のところ、それは、完全なる階層の固定を目的としているのだ。
子供の学習能力は、親の資本能力に由来する。これは旧世紀からもデータで示されている。
資産家や資本家を除けば十二歳までの限られた期間に十分な学習の素養を作り出すことは不可能なのだ。
それらを無視した上での、厳しい真空で生きていくための選択と集中――より先進的な社会構造。
そうして作り上げられた完全なる隔絶と分断。
支配と被支配。
家畜とその主。
そんな社会の歪さから目を背けるために作られた標語が――大いなる一つの
如何なる資本も技能も、住処ごと葬られる危険がある。
支配者にとって、一体化は望みだった。分断は避けたかった。どれだけ現実にそれがあるとしても目を瞑らせたかった。反乱や内紛は、全てを巻き込んで真空の宇宙への崩壊を意味するが故に。
だからそんな言葉を作ったというのに――そうして点けられた火が、熱が、一体化した宇宙市民の権限を叫んだ。
敵を討てと叫んだ。
侮辱を許すなと叫んだ。
真空の開拓者の力を見せろと叫んだ。
ああ、ピラミッドのような支配構造を作ったから――多くが作り出した利益を、一握りでその富と繁栄を得ようとしたから。
だから、ピラミッドの下層についた火を止めることはできない。数が足りない。止められない。
そうして突き動かされるままに戦いを起こして――逃げられない――全く、なんて愚かで自業自得なのだろう。自らが作り出した神話という毒が、全てを蝕んだのだ。
故に、
(立て直す――社会制度から、全て。そうしない限りはまた争いが起きて、また何もかもが焼かれる。そのためには、敗戦に全てが揺らいだ今ここで焼き尽くすしかない)
ウィルへルミナは、そう決意する。
殉教者気取りの狂信者であるアンドレアスの言葉もある意味では正しい。
この先に地球から宇宙に民が来ようとも、いずれそれらは確実に同じになる――真空の宇宙という究極的な極寒が故に、生存の保証がない虚空が故に、彼らは必ずや同じ構図に辿り着く。
厳しさがそれを作るのだ。
開拓の努力は、その後の安定や報酬を求める。故に開拓者は常に開拓し続けることはできず、どこかで己の苦労に見合った利益を求める支配者に変わる。その労力に報い続ける何かを求める。それがこの社会構造を作り上げる。
故に、まず、それを挫かねばならない。
豊かさを――富を。幾千幾万を殺そうとも、焼き尽くそうとも、自国民が生きていけるだけの豊かさを。
そして、変革を。
このまま豊かになろうとしたところで、それは、既に豊かであるものに流れるだけだ。その構造ごと焼き尽くさなければならないものだ。
幸いにして、まず一つの膿は取り除けた。
先鋭化した元軍部――それが如何なる形にしろ目的を達成したならば、彼らとその権限はかつての物語の継承者となる。神話の立役者となる。不可侵の領域に入る。
それは許さない。許されない。
故に――アーク・フォートレスという過去の遺物ごと、纏めて消し去る必要があった。
あんな兵器の設計図を世界に広めるとは冗談ではない。相互破壊確証というかつての伝承は、アーセナル・コマンドという兵器の出現と拡散によって既に万人の万人に対する闘争と化した世では、あまりにも夢見がちがすぎる。本当に何もかもが焼き尽くされかねない。馬鹿げている。
次なる手立てには、今まさに手をかけようとしている。
物語を作ることだ。神話を作ることだ。役割を作ることだ。あとは己の技能――この身に宿した悪なる炎と、得た立場を以って社会構造の変革を図る。
まずは、
あの大戦で唯一の特需を受けた
目指すのは、中央集権などという生易しいものではない。
この技能を以って、作り上げるのだ。
ウィルへルミナ・テーラーによる完全な差配を。
あらゆる余人の介在の余地のなく、不正の介入も叶わない徹底した支配を。絶対的な構造を。いつかの明日までの時間を稼ぐ大いなる橋を。市民の安定を。
呪われた火の力は、それを為せるだけの素質である。
(悪と呼びたければ、呼べばいいわ。私は何としても――何としても自国を建て直す。地球がいつ滅んだとしても、生きていけるような宇宙の国を作り出す。それ以外の全てを奪い集めたとしても、ここだけは活かす)
悪なる力――。
しかし、ウィルへルミナのその力も万能ではない。
全てを燃やし切れぬ以上は必ずやどこかで衝突が起こり――どこかで綻びが起きる。己のその手には、根本的な武力というものが足りなさすぎる。
そのためにも、
(……あれだけの力があれば、一度は国を纏めて――それを正すための猶予が与えられたでしょうね)
欲しかった――あの力が。
個人が世界を焼き尽くすことも可能となってしまった世界で、その個人全てを内包した世界すらも天秤にかけて焼き尽くせる殺戮の化身。
絶対的な破壊者。
ただ進むだけで全てを平たく均す、純粋なる暴力。
(……そう思うと、今からでも、惜しいわ。未練じゃなくて、ただその力が……貴方が居たなら、きっと、天下を治められたでしょうに。私の力と、貴方の武があれば……)
じっと、手に力が入る。
そこまで考えながら、視界の彼方で――モニターで拡大したそこで起こる二つの勢力の衝突を見つめながら、ウィルへルミナは小さく首を振った。
(いいえ……違う。私は、何の打算もなしにただ近くに来て欲しかった。きっと、それをしてくれる男だと、思ってしまった。――あの男の愛と施しに、見返りなんて必要ないんだって)
敗残兵の合流の騒動の中で、抵抗した父は射殺された。
縁者もなく権力も持たないウィルへルミナに対して手を差し伸べようとする男たちも居たものの――……その視線の中には、彼女の容姿と肉体をどこか値踏みするものも含まれていたのだ。
後ろ盾もない、見目だけがいい女。
そんな女が、果ての見えぬ宇宙船の旅の中で、本国から逃亡し続けるという抑圧ストレスを多く抱えた人間たちの中で、頼ることもできない真空の鳥籠の中でどう生きればいいのか――選べる道などそう多くはない。
それでも、抗った。
その道だけは選ばなかった。
父母の職業と経済的な余裕から――幸いにして適性試験を潜り抜けたことで受けられた教育と知識と技能で、女ではなく技術者の一員として己を成り立たせ、隙を見せぬように注意深く振る舞い、時には理解力のない子供の如く道化的にもなり、己というものを何とか立ち上がらせた。
だから、欲しかった。
居場所になってくれる人が――。
どれだけの悪を為してしまったとしても、そのことに疲れ悔やんだとしても、諦めたくなったとしても、支えてくれるその人が。
決して折れることのない絶対的な柱が。
――〈申し訳ないが、ウィルへルミナ・テーラー。君には同情するが、私は……その旅には同行できない〉〈血塗られて、とうにその資格を失ってしまったのだ〉〈きっと誰よりも……この場において〉。
――〈うん、でもね。安心して、うぃるま〉〈おーぐりーは柱になろうとしてるの〉〈誰に寄りかかられても、誰に求められても決して揺るがない柱〉。
――〈案ずるな。俺は全てに備えている〉〈……君はあの時点で、俺が役に立つから仲間と言ったのか?〉〈この世の誰が君を否定したとしても、俺は肯定する〉。
あの刹那の折――残り火の自分が、ライラック・ラモーナ・ラビットの心に同調してしまったのだ。
それまでは、酷く感情を刺激されるが、そうとまでは思っていなかった。
いいや、きっと――……ああまでも支配したいと思ったのは、孤高を許せないと思ったのは、きっとその隣に誰も置こうとしないからかもしれない。置いてくれと、無意識に思いたかったのかもしれない。或いはそうも他者に怯えずに振る舞える実力が羨ましかったか。
でも、きっと、それだけだった。
だけど、あれは、駄目だった。一瞬――一瞬でも、それが、己に向けられたものだとしてラモーナの心と重なり合ってしまった。
打算なく行われる施しと献身。
ただ仲間を庇うためだけに咄嗟に手榴弾に覆い被さる兵士のような、そんな、どんな名前のラベルを付けることのできない愛。
助けを求めたら、何もなく答えてくれると――そう思わせるものがあった。
それは何かの、聖者みたいに。
眩しかった。
欲しかった。
何かになろうとしなくても、何者でもなくても、無理やり立とうとしなくても、役立たなくても、それでも味方だよ――――と。
世界中の何が敵に回っても護ってくれるんだ、と。
そしてそれをできるほどの力が本当にあるのだ、と。
そんな場所になってくれる
まるで塔から連れ出されることを夢見る少女のように。
彼はそれをできてしまう神話の英雄なんだ、って。
「……久方ぶりの夢は、そんなにも楽しかった? ウィルへルミナ――」
ほんの少しだけ。
ほんの一瞬だけ、戦争もなく、何事もなく、ただの少女として生きられていたら、そうなっていたんじゃないかな――……と。
彼らとの交流で、三年ぶりとなる日常で、あの色付いた日々によって夢想してしまった。
(……それとも、やはり、羨ましかったのかもしれないわね。ずっと何かに縛られているようでいて――徹底してどこの何者にも与さない。己の意思一つ、論理一つで進んでいく極光の旅人)
或いは、自由。
その先に滅びが待っていようとも、終わりが待っていようとも進み続ける自由。
何事とも分かち合わず、譲らず、折れず、砕けずに進んでいく自由。
あらゆる重力を無視して振り切っていく自由。
鋼の風。
飛び続けるもの。
潰えぬもの。
壊せぬもの。
「ふふ……生き残るのね、貴方。本当に――本当に強い。どこまでも強くて、欠けず、折れることのない剣みたい」
分け身のような八人の自分の死に、その感触に包まれながら笑っていた。
一度目の交戦を加味した上で殺しにかかった筈だが、彼は、それも突破していた。比類なき猟犬だ。いずれ己の喉元にすら迫るとさえも思える。
それは、彼個人の怒りではなく。
ただの機能として。在り方として。そうであるべきものとして、ウィルへルミナを殺しに来る。
ああ――……だから。
(……その点だけは、見倣うことにするわ。ウィルへルミナ・テーラーは、ウィルへルミナ・テーラーの意思一つで悪行を為す。私は私の意思を以って、貴方と世界を焼き尽くす。……貴方が、貴方の意思で私を殺す日まで)
もう迷わない。
躊躇わない。
一直線に、全てを平らに均して進むだけだ。
狂った火に取り憑かれたかのように――進むだけだ。
「全軍、前進――奪い取れ! あれは元来、我々のものだ!」
アーク・フォートレスという戦略目標の喪失。
アンドレアス・シューメーカーという教祖の死亡。
その二つに心を揺るがされた兵士たちを掌握したウィルへルミナは、新たなる指揮官として戦闘の号令を発した。
作るために。
壊すために。
ただ、悪として――。
◇ ◆ ◇
一度目の射撃に関しては、試運転のように弾体のコンテナを引き寄せ装填した。
二射目は、軌道衛星上を漂う弾体の直接降下であったが――不可視の力場を利用していたその運動は、弾体の回転や軌道方向から、【
あたかもナスカの地上絵めいた、ずんぐりと丸い胴部と幾重に突き出したパイプ状の構造体。
象形的な鳥の如きその衛星へと、剣めいた宙陸両用巡洋母艦を中心とした【
迎え撃つ【フィッチャーの鳥】は、既に欺瞞の効果を失ったとして四隻の要塞軍艦で【
そんな中――胸の中心のコックピット周囲を三つのリングに囲まれた黒き空洞騎士が、デブリひしめく軌道を駆ける。
彼の役割は、即ち一騎当千。
特記戦力の迎撃であり――それは、アシュレイ・アイアンストーブというかつての英雄に対してのものである筈だった。
だが、
「まさか……指揮官のそっちから来るなんてな。オレ程度なら、オマエでも倒せるって言いたいのか?」
そんなヘンリーに向かってきたのは、灰色に塗装された【ホワイトスワン】――【アグリグレイ】。
幾度と戦場で邂逅した因縁の敵。
一度目は手も足も出ず、機体から放り出された。
二度目は戦いに及ぶも呆気なく蹴散らされた。
そして、それ以上に――
「オマエだけは……ここで撃ち落とす……! オマエがシンデレラを、誑かさなければ――――!」
積年の怒りが降り積もる相手と、そう言って過言ではなかった。
それは、ヘンリーから全てを奪った。
新たに得た上司も、仲間も、居場所も――何もかもの破綻の理由となったものが誰かと言うなら、それは確実にマクシミリアン・ウルヴス・グレイコートなのだ。
だが、
『こちらに加わったのは、彼女の自由意思だろう』
「あんな子供を唆して――自由意思もクソもあるってのかよ。アイツはまだ、十四歳そこいらのガキじゃねえか!」
『……君がそう見るから、その言葉を彼女が受け入れられなかったのではないかね。人と言葉を交わそうと思うなら、少なくとも真摯に扱うべきだ。……私はそうしたつもりだが』
その冷静な物言いは、違えど――どこかかつての上司を思わせた。憧れの兵士を思わせた。
それが、反感として激発する。
「黙れ――このロリコンが!」
『私はシスコンだ』
「うるせえ、黙れ! 聞いてねえんだよ! 死んだあとも同じように言えるなら聞いてやる!」
ヘンリー・アイアンリングの、残り僅かな人間性。
いずれの戦いの果てに削られていくもの。
それを燃やし尽くすのは、人として戦うのはまさにこの場面であるべきだと息巻き――直後、冷や汗を感じるほどの殺気を浴びせられた。
そうだ。
冷や汗だ。
幾度とシミュレーターで
冷徹な声が、届く。
『些か、軽んじられたものだな。……あのハンス・グリム・グッドフェローを、あの戦力で、ああも足止めできた人間はこれまでいたかね?
「――ッ」
そうだ。
その領域に手をかけたからこそ、ヘンリーにも知れた。
素人同然の集団で、しかもアーセナル・コマンドも碌に用いぬモッド・トルーパーたちで、あのハンス・グリム・グッドフェローを引き止めた。
ハンス・グリム・グッドフェローとヘイゼル・ホーリーホックを同時に相手取り、生き延びた。
一度や二度ならず、幾度と対峙して生存した。
それは、偉業だ。
彼の前に姿を晒して、刃を交えて、無事で終わるものはいなかった。
だというのに目の前の男は――そんな不可能を幾度と成し遂げた。
近付いたからこそ分かる、その不条理。
『ここが正念場なのは私も同じだ。……喜びたまえ、若人。――君は今、あの戦いの生き残りを相手にするのだ』
そんな男が、何一つ疑うこともない確たる戦いを前に牙を剥く。
前大戦の伝説が――灰色の狼が。
静謐にして荘厳に、【アグリグレイ】は翼を広げた。
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