【180万PV感謝】機械仕掛けの乙女戦線 〜乙女ロボゲーのやたら強いモブパイロットなんだが、人の心がないラスボス呼ばわりされることになった〜
第102話 銃声、或いは葬送の鎮魂歌、またの名をホワイト・スノウ戦役
第102話 銃声、或いは葬送の鎮魂歌、またの名をホワイト・スノウ戦役
その機体が現れたとき、その場の誰もが抱いたのは戸惑いだった。
サム・トールマンとゲルトルート・ブラックは気まずそうな沈黙で迎え入れ、ロビン・ダンスフィードとメイジー・ブランシェットは目を疑った。
一定の技量に到達した人間は、相対する人間の質感を図ることができる。その存在の重力というのを、図ることができる。
例えば、静かに灯る青い焔のようなアシュレイ・アイアンストーブ。
例えば、天から飛来する岩石めいて頑健なるユーレ・グライフ。
例えば、毒槍を携えた暗夜の騎士じみて致命なるヘイゼル・ホーリーホック。
例えば、万物を死に誘う破滅の魔剣の如きハンス・グリム・グッドフェロー。
誰もが、皆、そこにいるだけで死を確信させるほどの重圧を放つ。
僅かな息遣いが、挙動が、佇まいが、それを明確に可能とする存在であると――如実に知らせてくるのだ。
故に、その、エコー・シュミットという少女は透明の影めいていた。
よく鍛え上げた中での平均的な
明らかにこの場の誰よりも存在感が薄く――――故にこそ、反響音という名前とは裏腹に一つの静寂めいていた。
「……破ァッ!」
既に戦闘続行困難なロビンに代わり、メイジーがまずは牽制の光弾を放つ。
最も警戒すべきサム・トールマン。
そして、火が点いたなら最も苛烈な炎として吹き荒れるであろうゲルトルート・ブラック。
先の協力関係によるものか、その指令への疑義によるものか。
未だ本調子には入らず、即応性と敵対性が薄い二人を差し置いて――メイジーは、エコー・シュミットの撃破を優先させた。
或いは彼女の感覚が知らせていたのかもしれない。
己に致命を齎すであろう、そんな相手を。
(何か……何か、おかしい……!)
炎熱のプラズマをアサルトライフルめいて射出するメイジーは、やがて、途中で異変に気付いた。
無意識的に行っていた己のそれが、機能していない。
否、機能していないのではなく――機能させていないと言ったほうが正しいのだろうか。
無意識的に相手の思考を把握する感応能力。
無意識的に行動の齎す未来を把握する予知能力。
それが、正常に作動していない。
いや――作動を恐れていると言っていい。
その少女と繋がってしまったが最後、メイジー・ブランシェットは確実に押し潰されると――……関節を逆に曲げれば折れてしまうと確信するように、メイジー・ブランシェットの生存本能はエコー・シュミットへの接続を拒んでいた。
「プラズマ――」
「叫ばなければ戦えないの? そう、気の毒ね」
「――――!?」
どころか、メイジーを先読みしたようなその言葉。
白銀の騎士の右手で渦巻く炎の牙に目掛けて、差し込まれたプラズマハンドガンの銃撃――身を捻って回避。
弾着に、荒野が爆ぜる。
プラズマ兵器は、アーセナル・コマンドの動力と同じくプラズマそのものを電力に変換する一種のジェネレーター――プラズマ融合超伝導電力発生炉――とプラズマを抑え込む力場の制御装置を兼ねた、ある種の弾体を有して初めて有効な兵器となる。
そうしてようやくプラズマブレードを叩き付けるに等しい致命的な殺傷能力を発揮することとなる。
プラズマハンドガンには、それがない。
どうしても小型化に限度がある弾体を装填できず、つまり、遠距離攻撃としては片手落ちの兵器であるのだ。有大気下では簡単に発散してしまい、碌な射程さえも確保できない。
だが……眼前の【ホワイトスネイク】は、そんな兵器を用いている。右手に掲げている。
それはつまり、二刀を用いているのも同然だ。
プラズマブレードに劣る殺傷能力と、同程度の待機電力を持つ兵器。
不可解すぎる兵装と言うしかなく――
「そうね。生身のときから慣れているからとしか、言えないけど」
読心か。
先読みと共に差し込まれる、そんな言葉。
メイジー・ブランシェットを把握した上で、そう零されるその言葉。
それは果たして――だからこそ、メイジー・ブランシェットにとっては福音となった。
その返答から推測される相手の先読み時間。
それは、ある種の、そんな戦闘の第一人者であるメイジーだからこそ知れるものだ。他の誰しもが感覚的に把握できず、彼女だからこそ組み立てられた戦闘理論によるものだ。
かつて用いていた兵器も使えず、ハンス・グリム・グッドフェローから与えられた唯一無二ともいうべき機体の傷を引きずった上での戦闘。
そして、己の技能の一方を封じられた状況。
だが――だとしても、メイジー・ブランシェットは恐れを飲み込むように不敵に微笑んだ。
その戦闘理論こそが、おそらくメイジーのみがこの世で組み立てられた無二の理論。
ならば仮に己からそれが損なわれようとも、同等の理論で戦う相手を前に遅れを取るはずはないのだ――と。
「悪いけど、ハンスさんに嫌われたままなんて嫌なんですよ。……まだ綺麗になったって言って貰ってもないし、抱き締めて貰ってもないし、その先とかもされてないんです。……してくれないかなぁ。どうかなぁ。でも、まだこんなところで死ぬ気はないんですよね」
「そう。皆そうね。皆、そう」
「ああ、私をそこらの皆と同じって思わない方がいいですよ。――だって仮にフラれるにしても、あんな形は御免なんだから!」
「楽しそうね。羨ましい」
柳に風か。
湖面の月か。
揺らぐことのない少女と、譲ることのない少女。
その二つの狩人が、衝突する――――。
◇ ◆ ◇
薄汚れた銅貨。
かつてある少女は、その約束が果たされぬままコインを手放した。それは机の引き出しの片隅にて、静かに錆び付いている。
主にも忘れられたコイン。
床に落とすと、悲しい音を立てて転がる。
運命というコインは、果たして、常に同じ側で倒れるのだろうか。
その結果は、誰もが知ることはない。
或いはそれを、人は、悲劇と呼ぶのかもしれない。
◇ ◆ ◇
それは傍から見れば、奇妙な――そして静かな戦いだったかもしれない。
エコー・シュミットの友軍である黒魔女の【ソーサレス】と人狼を引き連れた【ルースター】は、ロビン・ダンスフィードを抑えるように沈黙したまま。
流石の不壊の城塞という名を掲げたロビン・ダンスフィードも、右腕以外の機体の四肢を失ってしまえば容易く戦闘に加わることもできず。
そして、致命打を与えられた巨大蝶のアーク・フォートレスは獣がそうするように最早攻撃の気配もなく傾いた機体で飛びさろうとしている。
その下にあって、風吹き荒ぶ荒野で二機のアーセナル・コマンドが相対する。
所々が砕けて、硬化した銀血に覆われた無手の白銀騎士――第二世代型アーセナル・コマンド:
黒きフードジャケットを纏ったかの如き湾曲した装甲板に包まれた、純白の流線型の装甲を持つ【ホワイトスネイク】。
刃の先に斧の刃を誂えたように刀身の尖端が幅広に広がった左腕の斧剣と、怪物拳銃じみたプラズマハンドガンを右手に握った黒衣の狩人が両手を垂らして佇む。
あたかも西部劇の如き、互いの一挙手一投足が死の弾丸を吐き出すと言わぬばかりの睨み合い。
まず動き出したのは、メイジー・ブランシェットの白銀騎士であった。
「破ぁ――――ッ!」
収束したプラズマが、手のひらから撃ち出される。
対する【ホワイトスネイク】は、刀身を斜めに構えた斧剣にて的確に受け逸し――同時、踏み込む一歩。
推進剤を用いないただの踏み出し。
しかしそれは、正解だった。
技能の半分が封じられたとはいえ、接続者であるメイジーにはその接続先が補足できる。
その速度に対して的確に攻撃を合わせられるかは別問題にしろ、少なくとも彼女にとって急速戦闘機動は、まるで追えない動きではない。
むしろ、かつてと異なり今と至っては――何の力場による収束を行われぬプラズマ投射戦法にとって、敵が自らその力場の減衰を齎してしまうバトルブーストの利用というものはメイジーにとっての援護となろう。
それを知ってか、ただ、緩やかなる移動を始めた【ホワイトスネイク】。
人間に例えれば無造作に歩み寄るようなその動きを前に、やはりメイジーが感じるのは違和感だ。一部の超越した達人めいた頂点たちのような無駄のない挙動は見られない。
だというのに、見えているかのように実に的確にメイジーの攻撃を捌ききったあの手腕。
つまりは、やはり、自分より詳細に未来の把握が可能な相手だと推定しつつ――選ぶのは、飽和火力による攻撃だった。
未来を読もうとも知ろうとも、それが、逃れられない攻撃であるならば防ぎようはない。
事実、かつてメイジー・ブランシェットが相対したアーク・フォートレスや一部のエースパイロットとの苦戦は、そんな、彼女自身の技能に従った油断をついたような攻撃によるものだった。
特に――その時は知らなかったが――兄であったマクシミリアン・ウルヴス・グレイコートこと、ライール・アンサン・グレイウルフという男はそれを得手としていた。
鍛え上げた肉体による直線的な加速と、嗅覚ともいうべき戦闘勘によって敵を誘導して追い詰める戦法。
兄でなければ、なんとしてでもそこで叩き落としてやりたいと――今でもそう思えるほどの、実に嫌らしい攻撃である。
(兄さん……って呼ぶのも何か気持ち悪くて嫌ですけど、参考にしますね。まあ、ハンスさんとの結婚式には読んであげま――……無理かなあ。フラれたもんなぁ。ううっ、やだなぁ。せめてフラれるにしても好きってぐらい伝えたいよぉ……言わせてほしいよぉ……)
挫けそうになる心とは裏腹に、メイジー・ブランシェットの両腕は稼働する。
光を滾らせたそのままに真下に目掛けて――つまりは、大地に対する攻撃だ。
エコー・シュミットの未来は読めない。それがより優れた素質によるジャミングめいたものなのか、それとも別のものなのかは定かではないが……本当に、僅かながらにしか感じられない。おそらくは、決定的な致命の一閃しか知り得ない。
また、別にメイジーは完全なる予知能力者ではない。
明確に未来の光景が判る訳でなく、言うなれば、仮に例えるなら――選択肢が判るだけだ。選択肢というより、そこが何かを選択すべき地点であると何となく感じられるだけだ。その付属物が少しばかり知れたり、或いは時にはより大きく把握できたりするだけだ。待ち受ける恐るべき先について、警告めいて感じるだけだ。
だから、予知能力者としての戦いにはならない。
しかしそれでも――実に卓越して、それは読める。
そんな第六感が示す、決定的な崩壊。
メイジーの攻撃が大地に叩きつけられると同時に、それは実に大規模な崩落として――発生した。
サム・トールマンが告げた住民の退避という言葉。
それに従うのであれば、あの街から――あのアーク・フォートレスの攻撃を前に逃げ出せるだけの道がある。
つまりは、まず、地下道だ。
あの踏みつけめいた触腕の叩きつけによって砕き尽くされたことも考えられたが――――その破壊の痕跡の中に、飛び散ったコンクリートや鉄骨というのは極めて薄いものだった。ならば、まだ、地下道そのものは完全に砕かれていないと見るべきだ。
そして果たして――砕けた。
地下道の天井が崩れ、それはメイジーの足場と【ホワイトスネイク】の足場の破壊を意味していた。
同時――全身の力場を手先に収束。
巨大な念動波めいて、持ち上げる腕に合わせて瓦礫を制御。
「そぉい!!!」
結果――ちゃぶ台返しめいた足場破壊。
そして、念動力じみた無数の飛び石だ。
力場を持つ流石のアーセナル・コマンドと言っても、いや、だからこそ散弾には弱い。無秩序に力場に押し寄せる散弾は、大きく力場を削り取る。
砕けた足場を前に飛行するか。
バトルブーストを行おうとも、行わずとも、少なくとも相応の力場を削り取れる攻撃。
どちらの択を選んだとしても、最低限のその保証はされるという決定の強制。
仮に飛行を選択したとしてもそれはそれでやはり力場の消費であり、いずれにせよ構わない――――とプラズマの収束を始めたメイジーは、コックピットで大口を開けた。
「えっなにそれは」
飛来する瓦礫を次々に踏みつけて行われる跳躍。
同じことはできるものだが、いざ目の前で他人にやられると非常に気持ちが悪い。アーセナル・コマンドはそんな仙人めいた動きをしていいものではない。ロボットなのだから。
そうして天への階段の如く跳躍で凌ぎきった【ホワイトスネイク】を相手に、心底の気持ち悪さと共にプラズマを投射――――だが、斧剣で打ち払われた。
しかし、それでよかった。
「プラズマ――昇・竜・パンチッ!」
パンチという言葉とは名ばかりに、透明の腕によって大地から投じられる巨大な瓦礫。
空中で逃げ場がない――いやあるんだが――その黒衣の機体目掛けて飛翔する巨大な岩石。
ハンドガンでは迎撃不可能。
否応なく、バトルブーストを利用せねばならない攻撃。
あとはそこに目掛けて光線を叩き込むべし――――と指を曲げた両手にプラズマを収束させつつ、またしてもメイジーは困惑した。
避ける気配がない。
動く気配もない。
そのまま、その影に呑み込まれるように岩石に衝突する【ホワイトスネイク】。
「えっ事故では」
思わずそんな言葉が漏れるほど、見事なまでの正面衝突だ。何一つ回避も防御もせず、その黒衣を纏った純白の機体は巨大な岩石の直撃を受けた。
だが――弾かれない。
弾き飛ばされない。
メイジーからは岩の姿しか見えないそのまま、それが落下していく光景しか映らない。
(まさか、盾に――――)
攻撃に合わせて斧剣を突き立て、或いは後方へと速度を調整しつつ衝突を合わせて突き立て、関節をロックして耐えたというのか。
敵の移動の隙をつこうとしたプラズマが、ただ、虚しく両腕に灯る。
いや――むしろ悪い。
こうしてプラズマの収束に力場を用いてしまっているその時には、機体で利用できる力場に余剰がない。つまり、バトルブーストも防御も行えない。
「――ッ」
その間隙を縫うように、緩やかに回転する岩石から突き出された右のプラズマハンドガンの銃身。
それが――火を吹く。
実に的確にメイジー目掛けて、プラズマの光弾が放たれる。
咄嗟、両手のプラズマによって敵の攻撃を迎撃する。
宙空で炸裂する二つの火花――だがそれに待たず、牽制射の如く連続して降り注ぐハンドガンの銃撃。
それが、頭上からメイジーを抑える。
火柱が上がり、大地を抉る。
プラズマ収束の暇さえも与えぬように、回避先を読んで行われる数多の銃撃。
「ちょっと信じられないぐらい腕がいいというか……!」
流体ガンジリウムの流速操作による重心操作も合わせつつ、身を捻って銃撃を躱す。
天から地へと降り注ぐ流星めいた砲撃を、機体を左右に振りながらも躱し続けるその時――回転する岩を蹴って、直線的に飛翔する【ホワイトスネイク】。
未来予知というよりも、未来操作だ。
あまりにも機械の如く的確に――それこそ
普段それを行わないのは、集中力の違いかはたまた別の理由か。
ともあれ、メイジーが開いた筈の距離を詰めて――黒衣の狩人が、眼前目掛けて降り立った。
その間は、三歩。
一時的に
一歩――メイジーの白銀騎士の右手にプラズマが収束する。
二歩――【ホワイトスネイク】が斧剣を振りかぶる。
三歩――プラズマ収束を行うということは、バトルブーストが用いれないということ。つまりは、互いに紙一重のタイミングを見極めねばならぬ攻撃対攻撃の場面だ。
だが、
「プラズマ・フラッシュ!」
握り潰したプラズマに合わせて、振り下ろされる斧剣を前に強烈な閃光がその場を包む。
そしてプラズマ収束に用いられた力場の発散に合わせた――虚をつくバトルブースト。
敵機の側方に回り込むような、メイジー・ブランシェットの一世一代の正面牽制。
敵の目を潰し、そして、防御の薄い側方部からの近接攻撃を仕掛けるという白兵戦の定理。
しかし、それでも――黒衣の狩人の姿と位置が、モニター上で何ら変化しない。
(まさか、私の動きに合わせて――――)
一体、何たる超越的な機先判断だろうか。
バトルブーストに完全に合わせたバトルブースト。
これ以上ないほどに的確にタイミングを読み、これ以上ないほどに何の狂いもなく行われた急速戦闘機動。
流石のメイジーとて、そこに存在しないエネルギーは使用できない。
バトルブーストという形で損ねてしまった力場が故に、プラズマの収束は叶わない。
だが、
「……そこは、年季の――差なんですよ……ッ」
僅かに、振り下ろされ――切り返して振り上げられた【ホワイトスネイク】の斧剣が及ばない。
これこそがメイジー・ブランシェットの持つ技能。
効率的な力場運用によるバトルブーストという差が、彼我の距離を分けた。
如何にエコー・シュミットと言えども、その僅かな差は埋められない。
構え直す斧剣は遅く、掲げ上げるハンドガンは遠い。
まさしく恐るべき狩人ともいうべき、最小限にして最低限の戦闘機動であったが――――その最低限の力を用いた凌ぎ合いという点においては、かねてより得手とするメイジー・ブランシェットに軍配が上がった。
そして、
「破ぁ――――――ッ!」
両手に収束させたプラズマが、彼女の叫びに応じて解き放たれる。
バトルブーストに伴い低下した力場の圧力では、その何の力場の被覆も持たないプラズマでさえも致命となる。
竜の顎を模したような白銀の騎士の両手が、黒衣のフードに包まれた【ホワイトスネイク】の胴を吹き飛ばした。
故に――
『――――
その言葉と共に、未来演算が終わる。
そう。
それは、演算だ。
確実に齎される死の演算だ。
辿り着く筈の未来に至り――あたかも時空間に対しての縦軸方向の
続けよう。
狩人とは、歩き続けるものだ。
一歩――メイジーの白銀騎士の右手にプラズマが収束する。
二歩――【ホワイトスネイク】が斧剣を振りかぶる。
三歩――プラズマ収束を行うということは、バトルブーストが用いれないということ。つまりは、互いに紙一重のタイミングを見極めた攻撃対攻撃の場面だ。
「プラズマ・フラッシュ!」
握り潰したプラズマに合わせて、振り下ろされる斧剣を前に強烈な閃光がその場を包む。
しかしそれにまさに合わせるように、一発だけエネルギーを温存したまま――まず放たれた【ホワイトスネイク】のハンドガン。
そして、バトルブーストにバトルブーストを合わせた踏み込み。
直前のプラズマハンドガンの砲火が、遅れて、まさにメイジーの行く先を遮るように過ぎ去った。
その分、近付いた双方の機体。
利するは、斧剣の間合いで勝る【ホワイトスネイク】。
対するメイジーは、バトルブーストにて逓減された力場によってプラズマの収束を行えない。
そこに目掛けて、振り上げられる斧剣。
「これで――」
だが、
「ッ、今――――!」
余力全てを注ぎ込んで収束させた力場が、あたかも第三の腕のように【ホワイトスネイク】の関節を抑え込む。
それを可能とするメイジー・ブランシェットの集中力。
まさしくそれは、彼女にとっても決死の一瞬だった。
振り上げられる斧剣が止まる。
それは、メイジーの持つ力場全てを収束させた防御だった。決して揺るがない絶対の圧力だった。
関節を完全固定されたその力に、【ホワイトスネイク】は対応できない。
お互いの力場が取り戻されるまでの、そして取り戻されたあとも続くであろう透明の力比べの中、
「ハッ、よくやった――アホの子」
響く銃声。
回避の行えないエコー・シュミットのコックピットを、右腕一本、レールガンの一閃が消し飛ばした。
飛び散る内部機械と、力学エネルギーに無残にも引きちぎられたエコーの小柄な身体。
故に――
『――――
未来演算が終わる。
一歩――メイジーの白銀騎士の右手にプラズマが収束する。
二歩――【ホワイトスネイク】が斧剣を振りかぶる。
三歩――プラズマ収束を行うということは、バトルブーストが用いれないということ。つまりは、互いに紙一重のタイミングを見極めた攻撃対攻撃の場面だ。
「プラズマ・フラッシュ!」
握り潰したプラズマに合わせて、振り下ろされる斧剣を前に強烈な閃光がその場を包む。
しかしそれにまさに合わせるように、一発だけエネルギーを温存したまま――まず放たれた【ホワイトスネイク】のハンドガン。
そして、バトルブーストにバトルブーストを合わせた踏み込み。
直前のプラズマハンドガンの砲火が、遅れて、メイジーの行く先を遮るように過ぎ去った。
その分、近付いた双方の機体。
利するは、斧剣の間合いで勝る【ホワイトスネイク】。
対するメイジーは、バトルブーストにて逓減された力場によってプラズマの収束を行えない。
そこに目掛けて、振り上げられる斧剣。
「これで――」
だが、
「ッ、今――――!」
余力全てを注ぎ込んで収束させた力場が、あたかも第三の腕のように【ホワイトスネイク】の関節を抑え込む。
それを可能とするメイジー・ブランシェットの集中力。
まさしくそれは、彼女にとっても決死の一瞬だった。
振り上げられる斧剣が止まる。
「そうね。知ってる」
だが――同時、耐大気用の収束力場である
互いに叩きつけ合った全力の力場。
それはその一時的な喪失を意味し、つまり、メイジー・ブランシェットからプラズマの操作能力が完全に失われることを意味していた。
互いに力場の防御を失ったという状況。
そこに来て【ホワイトスネイク】のプラズマハンドガンは、致命の武器としての威力を持ち合わせる。
直後、銃声が響き――頭部を半壊させられた白銀の騎士は、しかし、既に攻撃を開始していた。
黒衣を纏う【ホワイトスネイク】の胴が浮く。
身を翻して回避に並んで打ち込まれた左のフック。常識外れの、アーセナル・コマンドによる完全格闘戦。
「っ、覚悟して――――!」
エコーとの削り合いにかつてなきまでに集中力を削られたメイジーからの、脂汗を滴らせながらの連続格闘機動。
それは、焔だ。
尽きることのない焔だ。
永劫と続く煉獄の焔めいた打撃の嵐が、【ホワイトスネイク】の肉体へと叩き込まれる。
前後左右に衝撃によって撹拌されるエコー・シュミットの内臓は狂い、振りつけられた脳は頭蓋の中で無残にも潰れ千切れた。
故に――
『――――
未来演算が終わる。
『――――
未来演算が終わる。
『――――
未来演算が終わる。
『――――
未来演算が終わる。
『――――
未来演算が終わる。
死が、確定する。
それは傍から見れば、奇妙な――そして静かな戦いだったかもしれない。
エコー・シュミットの友軍である黒魔女の【ソーサレス】と人狼を引き連れた【ルースター】は、ロビン・ダンスフィードを抑えるように沈黙したまま。
流石の不壊の城塞という名を掲げたロビン・ダンスフィードも、右腕以外の機体の四肢を失ってしまえば容易く戦闘に加わることもできず。
そして、致命打を与えられた巨大蝶のアーク・フォートレスは獣がそうするように最早攻撃の気配もなく傾いた機体で飛びさろうとしている。
完全に刳り尽くされた荒野の中で、二機の狩人が相対する。
「――――っ、この人……!」
吹き抜ける砂塵が、紫炎の光弾に蹴散らされる。
弧を描く炎の軌跡。吹き荒ぶ熱波の竜巻。荒れ狂う閃光と熱線の嵐と、飛び交う石礫の雨。
誰がどう見たとしても、追い詰めているのはメイジーの方だ。
その白銀の騎士の放つ熱線を前に、光線を前に、黒衣の狩人は何一つの応射もできない。
時折バトルブーストを交えつつ、ただ殺されないように足を運んでいるに過ぎない。
余人には、そう見えるだろう。
取り立てて洗練された機動でも、万人を魅了する華麗な技量でもない。
だがそれは――だからこそ、死であるのだ。
「なんで……なんでっ!」
メイジーの額から脂汗が飛ぶ。
その極限の集中は、或いは、あの【
僅かながらに読めてしまう己の未来。
エコーの一挙手一投足が、それが、その果てにあるメイジーの致命を連想させて精神を削り切る。
故に悪あがきを続けているのは、最早、メイジーの側と言えた。
何もできない。
何もさせて貰えない。
何一つ、選べる未来がない。
これではまるで――
「そうね。アナタが齎した死と同じ。例外なく、死は同じ」
淡々と。
絶技も、魔技も、必要ない。
神速の踏み込みも、絶影の加速も必要ない。
ただ的確に。
ただ一つずつ。
躱し、弾き、逸し、掠め、そして何よりも着実に近付く――武骨な斧剣と大型の拳銃。
狩りだ。
獲物を弱らせ、追い詰め、削ぎ落とし、剥ぎ取り、引き剥がし、削り取り、討ち果たす狩りだ。
これは、紛れもなく、狩人だ。
かつてのメイジーのそれよりも洗練された狩人。
才能で劣り、素質で劣り、だからこそより完成形に近付いた――ただ人間としての極点。
「っ、わたし……っ」
粉塵が舞う。
目晦ましの光撃として握り潰した右手のプラズマが、斧剣を盾に遮られた――一歩。
「――ッ、このぉ……っ!」
閃光が散る。
左手に収束させた熱線が、僅かに身を翻した黒衣の機体に躱された――――二歩。
「っ、ハンスさん……っ、……」
そして、三歩――――。
握り付けたプラズマを掲げようとした白銀の右腕が、【ホワイトスネイク】の左の斧剣に弾き逸らされる。
完全に突かれた虚を前に、差し込まれる大口径ハンドガン。
ガラ空きのコックピット。
黒き虚無の如き銃口。
疲弊し集中を失い、最早、制御を手放したその力場。
そして――
「やだよぉ……会いたい、よぉ……っ」
それが彼女の、最後の言葉となった。
咆哮を上げるハンドガン。
避けられない紫炎の死が、真正面からメイジー・ブランシェットを撃ち抜いた。
「……おやすみなさい、
訥々としたエコー・シュミットの声の前で、膝を突いて崩れ落ちる白き
誰が見ても即死が明らかなその機体に――更に頭部に二発、腹部に二発の銃撃が加えられる。
確実なる処刑執行。
「……っ、」
ゲルトルートも、サムも、何の言葉も漏らせなかった。
エコー・シュミットの戦闘はいつもそうだ。
不気味なほどの一方的な殺戮。
どう考えてもその腕前は卓越したものではなく、その実力が隔絶したものではないと思えるのに……それでも一歩一歩、そこがどれだけ果てしない先であろうとも絶対に辿り着く死という結末。
データが何一つ当てにならない。
彼女の反射能力を示す分析データも、その肉体の頑健性を示す分析データも、そうなる未来は奇跡に等しいと示しているのに――その奇跡を、エコー・シュミットは引き寄せる。なぞりきる。
そんな不可解すぎる歩み寄る鋭角の死。
エコー・シュミットという少女は殺し、そして、殺され続ける。
極めて高度な未来演算の内に受ける苦痛は現実と等価であり、エコー・シュミットは実際に死に続けている。何一つ誇張ではなく、死亡と蘇生を繰り返している。
それでも少女は揺るがない。
幾千幾億と死そうとも、決して折れることなく敵を狙い続ける鋭角の猟犬。彼女に狙われることが、即ち、死を呼ぶに等しい惨状。
その果てない精神性を指して、言うのだ。
――これこそが
真実、彼女は、あらゆる
凡百の
或いはこれまで己が得ていた長所である先読みを封じられた戸惑いの中で、討ち取られる。
そしていずれにせよ、彼女と相対した先に待ち受けるのは全てを解体され尽くした上での死だ。
これぞ、まさしく狩人。
一つの終末装置。
ハンス・グリム・グッドフェローという――その本来の青年が至りし極点と同じ、徹底した無限の狩り。
「……ああ、そうかい」
故に、
目の間で少女が、戦友が喪失するという悲劇。
そんなこの世界ではありふれた悲劇すらも、この男の前では――破滅を意味した。
「滅びやがれ――この星ごと、一切合切」
その言葉と共に、ロビン・ダンスフィードが放った一発の弾丸。
入れ替わりに放たれたプラズマハンドガンが、その熱線が、彼の乗るコックピットを撃ち抜き沈黙させた。ロビン・ダンスフィードの肉体は蒸発し、確実に絶命した。
最後の言葉を残すこともなく。
第四位も、また、戦場の露と消える。
「……そう。仲間想いね、アナタたち」
だが、呟かれたエコーの言葉。
その視線の先には立ち昇る黒雲――……主が死してなおも成長し続ける、果てしない積乱雲。
立ち上がる巨人の如く、膨れ上がる巨獣の如く、その黒く蠢く雷雲は膨張していく。
さながら、黒き葬列か。
それは連鎖する悪夢。一つの雷雲を皮切りに、不安定になった電磁場と熱場と大気は急速に数多の雷雲を生み出し続ける。
そうだ。
言葉通り、なんの誇張ではなく、その雷雲はこの星を覆い尽くすだろう。真実この地球を死の星へと変え、この星に滅びを与えるだろう。
大石を投じて生み出した渦と波が水面を捉え続けるように、果てしない崩壊を招く――それを可能とする計算と戦闘勘という奇跡。
故に彼女は、奏でるのだ。
『――――
未来演算が、終わる。
未来演算が、続けられる。
死亡するまで。
勝利するまで。
エコー・シュミットの
◇ ◆ ◇
そして今まさにキングストン級一番艦キングストンを中心とした【フィッチャーの鳥】の主力艦隊と反政府無軌道テロリスト【
黒山羊の卵じみた【
暗夜騎士めいた機体に乗り込んでいるラッド・マウス大佐は、僅かに目を閉じて感慨深げに呟いた。
「……ふむ。場は整った、と言おうか」
「あん?」
「何――大義名分、というのは大事だろう? 与えてやるのだよ。その必要性というものを。それだけの暴力がこの世に許されていいのだという、そんな理由を」
この自分だけがそれを可能とするのだ――と言いたげな大佐の言葉に、【ジ・オーガ】に待機するエディス・ゴールズヘアは肩を竦めた。
「悪巧みは程々に頼むぜ、リーダー?」
言うだけ言ったというそんな言葉に、大佐も、発したエディス自身も重さを感じていない。
己の適性のなさを理解してか、佐官への昇任試験の受験も行わぬエディスには、まだ、現場主義者という面が強い。
結局のところ、彼も同じなのだ。
必要性のある妥当な暴力に己を変えるのを、待ち望む一人だ。
故に、
「何、些事さ。……これにて役者は揃ったなら、大道具も必要だろう?」
そんな弁えた副官に対して、大佐は上機嫌にただ目を細めた。
周囲の風景の中に操縦席のみ浮かんだかの如き錯覚を与える、全周天型のモニターシステム。
その内にて、無数の青きホログラムが浮かび上がる。
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そして――――【
より正確に言うならば、その機体に関しては継母を意味する単語を用いて――【雪衣の白肌《スノウホワイト・リヒルディス】と称するべきか。
かつての大戦にてマーガレット・ワイズマンに破壊され、そして、今や【フィッチャーの鳥】にて再生されて秘匿される【
【
そして彼らが【フィッチャーの鳥】を糾弾し、その存在意義を問うために入手しようとしている一連の戦闘の目的そのものだ。
「そして、舞台に役者が揃ったならば――あとは登場人物は、減るだけなのだよ」
意味深な笑みを浮かべて、彼は頷いた。
遠く離れた地上からの通信を示すそこには、メイジー・ブランシェットの撃破が記されていた。
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