第66話 かくて聖者は行進を終え、或いは求められし狩人
メイジー・ブランシェット――消息不明。
ヘイゼル・ホーリーホック――心神耗弱。
ユーレ・グライフ――消息不明。
ロビン・ダンスフィード――【
アシュレイ・アイアンストーブ――心神耗弱による病気除隊ののち、【
マーガレット・ワイズマン――戦死。
リーゼ・バーウッド――昏睡状態。
「残る黒の駒も、
軍服の老人、礼服の男、或いはホログラムなど――。
多くの人間が顔を突き合わせた立派な卓の設けられた会議場で、その内の一人が苦々しく声を漏らした。
今や、
その事実が、彼らを悩ませる。
「マレーン・ブレンネッセルも、何故退役させたのだ――いや、何故、民間軍事会社になど務めさせた。今はまだこちらで御せているが……だがそれもゾイスト特務大将の下だろう?」
「ここが民主主義国家だからですよ。そして、資本主義国家だからだ」
「それにしたってやりようなど――――」
会議は紛糾する。
あの【
あの大戦の集結から三年。
世界を焼くほどの大火に持たされた火種は燻り続け、ついに吹き出ようとしていた。
肩の星と肩書を捨て、喧々囂々と声を上げる人々の議論を受けつつ、その内の一人が咳払いと共に続けた。
「なんにしても、こちらの有する駒は
「彼はあの戦いをくぐり抜けた兵たち、或いは新たに入隊した兵たちからの信頼も高い。前戦争の英雄と報じられたからな。……当人の気質的にメディア対応は向かないが、そも、軍人とはそんなものだろう」
「彼を有用に使う。それしかない――……貴方がたはそうお思いかもしれませんが」
神経質そうな軍服の男が一人、言葉を濁した。
「何か問題が?」
「……今の所、服務上の大きな問題はありません。法秩序に対しても、命令に対しても概ね良く従っている。……言われた通り、兵からの信頼もある」
彼は苦々しく、腹から息を吐くように告げた。
「……ですから、その扱いに困っているのです」
すぐさまその声に呼応するように、初老に差し掛かってなお厳然とした体格を持つ男が腰を上げていた。
彼がした合図に合わせて議会の中心に、ホログラムとして浮かぶ船――航空母戦艦・キングストン級四番艦『アトム・ハート・マザー』と六番艦『エイシズ・ハイアー』。
いずれも八万トンの排水量を持つ大型の
「いくらなんでも友軍の船を二隻もだぞ? どれだけの人員と予算と資源を吹き飛ばしたと思う? ともすれば我が方に最も損害を生み出したのはあの男だぞ? 寝返った第四位でも第六位でもなく、ハンス・グリム・グッドフェローこそが最も軍への損害を与えていると言える!」
荒らげる声の、その額には青筋が浮かぶ。
一隻に搭載されたアーセナル・コマンドは計:三十機。その乗組員は、合計二千人強――――全てが灰になった。
いや、奪われたのだ。たった一人の男の攻撃によって。
友軍の――その男によって。
「敵勢力への鹵獲を避けるためと、都市部での虐殺を行う友軍を防ぐため――とあるが」
「それにしたって急進的が過ぎる! 友軍の到着を待つなり、その後の軍法会議を待つなり選べただろう! 奴は決して、軍そのものに対しての利益を第一としてはいない!」
「即断即決、故の死神と言える――……
彼の活躍とその腕に値は付けられないが、与えた損害にも値は付けられない。
奪った命を値段に置き換えたなら――既に小国の国家予算など軽く凌駕しているのではないかと、そう思えるほどだ。
故に彼らは、口々に懸念を漏らす。
「彼は……本当に大丈夫なのか? 今回の一件で、それこそ本当に【
「相変わらずだそうだ。相変わらず、高い倫理観と使命感を有し――……」
巌のような男が、応じて叫ぶ。
「戦中と変わらないというなら、だからそれも問題だろう! 戦争中期、作戦行動前の集積場にて友軍に加えた被害! 銃撃! 報告には上がっているんだ! 本当に奴に首輪は付いているのか!?」
「個人間の諍いというなら、あの状況下では日常茶飯事でしたな。その中でも彼のそれは少なく、そして、妥当性も確認されている」
「だが……!」
「そして彼は、その戦中から憲兵隊と共同して秘密裏に規律違反者の処分に当たっていた。それを外部に漏らした形跡はない。粛々と、ある種の同士討ちのような行為もやり遂げている。不平不満を漏らさず従順に……軍や市民に対する忠誠心は疑うべきでもないはずだ」
冷静な声と、震える声。
二つが睨み合い――それに口火が切られたように、議論は吹き上がった。
「こんなことになるから、もっと多くの予算をかけておけばよかったのだ。陸軍や海軍ではなく――そしてこんな個人に依存する形ではなく、より確実なる手法で!」
「その確実なる手法とは、死神の刃に容易く葬られる手法のことですかな?」
「だから――その死神が、本当に我々の、軍の側に立っているかが怪しいことを論じているのだ! そして今や戦闘の主体が強襲猟兵に移っている以上、予算のかけどころというのもあるだろう!」
極論に走れば、
「ジェネラル、失礼ですが貴官は核ミサイルさえあれば歩兵は不要と論じられる方ですかな? いつの時代も軍の主力は歩兵だ。事実、機体搭乗前の
「あの
「全ての反抗勢力や傭兵会社の
応じるように誰かが声を上げる。
「アーセナル・コマンド採掘の規制案はどうなってるんだ? もっと政府側で残骸の回収を進められないのか?」
「遺棄された地点は重金属汚染地域も多いのですよ。それこそ捜索の手が足りていない。規制に従ってくれるなら、そも反政府組織にはなりますまいて」
「流通制限も捜査も……そのために憲兵機能をもった【フィッチャーの鳥】ではなかったのか? あれには、予算の削減の意味もあった。捜査権まで付与したエリート部隊――……即応集団の意味もあったというのに、まるで機能していないではないか」
「ゼネラリストは陸軍の仕事で、それだって専門兵科に分かれるスペシャリストですよ。強襲猟兵にそれを期待するのは、誤りだったのでは?」
「何を――正式な閣議決定だろう! 政府の支出を削りつつ、軍事力の増強も図る! 煩わしい兵科の所属の問題も一旦は解消する! そのための【フィッチャーの鳥】で、ゾイスト特務大将だ!」
唐突に矛先を向けられた老いた銀獅子――ヴェレル・クノイスト・ゾイスト特務大将は、僅かに眉を上げた程度で特に反論をしなかった。
アーセナル・コマンド。強襲猟兵という兵科。
その扱いは複雑怪奇だった。当初はそのハイGや長期間の空域移動という専門性から、乗る筈だった航空機が破壊された兵士たちが乗っていたが――そも戦闘機パイロットにも二種類ある。
即ち陸上の基地を根拠とし、領土の防空や或いは空中給油での航空攻撃を担う――空軍と。
空母の有する艦載機を操縦し、本土から離れた地点の制空権確保や対地攻撃を行う――海軍と。
その時点で、兵科の所属について一悶着があった。
神の杖――【
中には、戦闘機の代わりに――そして増設ブースターの代わりに――空母に艦載されて出撃したものもある。
また例えばメイジー・ブランシェット、その彼女の母艦であった
その兵器の有用性が確認されてからは、陸軍からも強襲猟兵は求められた。事実、
そしてそこからの、宇宙への展開――……。
陸軍、海軍、空軍、宇宙軍のいずれにもアーセナル・コマンドの所持は求められていた。そして、政府の見解では人員や予算、教育の関係から全軍に充足させることは難しいと結論付けられた。
方面に対する統合軍のような形での運用のプランもあったが、新兵器とその兵科の扱いについては未だ発展途上であると言える。
結果として、暫定的には奇妙な形ではあるが、概ねは空軍がその配置と育成を――これは当初ハンス・グリム・グッドフェローが空軍に所属していたこととも無関係ではない――。
そして、基本的には
だが宇宙軍は宇宙軍で宇宙艦隊を求め、陸軍もまた打撃力や防衛力を必要とする。
そのように多く上がった要望と、甚大なる戦争被害に対する予算の問題。それらへのひとまずの措置としての民間軍事会社の利用、或いは統合参謀本部付きの【フィッチャーの鳥】であった。
「少なくとも次年度は、強襲猟兵及びその関連に対する予算の増額を願いたいものだな。結局のところ一部の例外を除けば、
「お待ちいただきたいが、こんな容れ物ばかりに金をかけていたところで、そもこの出番は最後の手段というのを理解しておいでですかな? アーセナル・コマンドを戦場に出す以前に防ぐことなのが肝心なのです。それは陸軍と諜報による、反政府勢力への打撃だ」
「退役軍人省もお忘れなきよう。……十分なケアがされていれば、反政府勢力や民間軍事企業に流れる人材も抑えられた筈だ」
再び論争が始まる。
軍服も制服も、皆が声を荒げて互いを糾弾し合う。
それがどれほど経ってからか――……再び話題は、黒の駒へと戻っていた。
「内部調査資料は? 彼と反抗勢力の繋がりを示すものは? 検索履歴や本の購入履歴は? 何か、危険な思想に至りかねないものはないのか?」
「確認できませんね。基本的に彼は従順で、そのような点からも第八位――ヘイゼル・ホーリーホックと並んで軍には適当な人員であったのです」
「……本当にそうかね?」
白髪にして隻腕の将官が、隻腕でも除隊を免れた将官が――重い口調で口を開いた。
「仮にも一度は属していた船を――命令とはいえ、ああも簡単に撃沈できるものか? 少なからず同じ船で暮らしていた期間があるというのに……。ワシには、彼が軍人というよりは市民や法秩序の味方とも見える。仲間や同僚を、なんら特別なものと見做していないのだ」
深く皺が刻まれた表情のまま、彼は不信感を隠さないで続ける。
「それは……本当に兵士か? 大丈夫なのか? 故さえあらば、仲間とて容易く斬れる……そんなものは常人ではない。ワシには、同じ人間にさえ思えない。いっそどこかの星から来た、善良なだけの異星人とな」
「……仮にも多くの勲章を受けた前大戦の功労者に対する言動として、不適に思われますが」
「なんとでも言うといい。あの男は、信用できるのかね? ……腹の底で何を考えているか誰にも読めない英雄とは、それはある種の余計な毒だ。致命的な毒にもなる。全ての歯車が狂ってからでは遅いのだ。……そんな歯車を、中心に据えてしまうなど」
「有効に機能しているならば、蜂の巣を突く必要もないかと」
「だからその現状維持に向かう消極的な姿勢が、今日のような事態を招いたのだと――――!」
机を殴りつけ立ち上がる男と、それを諌めようとする幕僚たち。
その誰もの論を聞きながら、ヴェレル・クノイスト・ゾイストは手元の資料を改めて眺めた。
「……【
今のこの場に投じられれば、まさに、皆がこぞって食い付くような餌。
これを推察していたのか――。
この騒動という波を乗りこなそうとしているかの如きあの油断ならない男を、しかしそれでも無視することはできず、やがて議論が一度落ち着くのを見計らってから――ヴェレル・クノイスト・ゾイストは、吐息と共にやおら一つの提案をした。
そして促され、到底軍人には見えぬような――青き冷静と白き清浄を纏うような気配の白スーツの男が、ラッド・マウス大佐が入室する。
そして、耳障りのいい言葉と声で繰り出される弁舌。
その資料とホログラム。
彼が行った説明は、まさしく荒れるネズミを鎮める笛の音の如く――見事であったと言っていいだろう。
「本当に、有用なのだな? それこそ
「……ええ、無論。その懸念はありましょう。ですから余計に――その数が必要なのだと考えます」
質疑応答の最中、投げかけられた質問に、白きスーツの美丈夫は鷹揚な声で答える。
あたかもこれは舞台で――。
そして彼こそが、その一幕の主演のように。
「彼らのように御し切れるかは判らない個人戦力ではない――貴方がたの、我々の確かな管理下における正式な戦力。一つ二つが歪んだことで、大勢には影響ない歯車……正すことができる自浄作用を持った戦力。部隊という規模それこそが、即ち安全装置となります」
新造艦を建設するより、或いは空母を改修してアーセナル・コマンドを搭載するより。
それは遥かに安価で――そして有用性が認められると、その資料は示している。
軍に忠実なる
「……『アトム・ハート・マザー』の撃墜指示を出したのは、その、ハロルド・フレデリック・ブルーランプ特務大尉と聞くが?」
また懸念の声が上がれば、
「彼はまだ、施術が完全ではありませんもので……データのように、その双子の弟ほどのものではないのですよ」
「だが……」
「必要ならば、処分すればよろしいのではないでしょうか。今、彼はあの
その毒蛇の如き男は、這い寄る鼠のような男は恐ろしい提案を――……しかし恐ろしいと思わせぬ声色で、告げる。
将官たちは顔を見合わせ、
「……ハロルド・フレデリック・ブルーランプ特務大尉の処分は追って定めるとしよう」
「是非、どうか寛大な処置を。年若き彼もまた、実力で言えば有数の人材なのですから」
そして、やがて質疑も終わりを告げる。
議会の面々の顔を眺め――己の提案と天才性への承認を眺め、かつて憲兵であった男は力を抜いたように肩を崩した。
「しかし、意外でしたな。見ての通り、あくまでも彼らに対する施術は――深刻な脳機能への損傷が認められた兵士に対する救済措置としてのもの。……新たなる所属員を設けることは、これに予算をつけることは、ともすれば人道的な批判さえも受けてしまうものですが――」
ともすれば挑発的とも取れるその言葉へ、厳然とした体躯の将官が応じた。
その双眸には確かな決意と使命感をたたえ――。
彼は、確たる響きで言い切った。
「我々とて、かの、マーガレット・ワイズマンが保ってくれた平和を護らねばならないのだ。――ただ一人、天の星として大気圏に死したる勇敢なる彼女のためにも」
それは今や、士官学校での教科書にすら名を残す。
宙陸両用戦艦の開発までの間際に、侵攻に対する反抗を盛り返し始めた
ただ一人で、半壊した機体でマスドライバーの殺人的な加速にも耐えきり、内臓に傷を負ったまま【
機体の通信異常にてその学習型AIの回収は叶わなかったが、彼女のバイタルデータは記録が残っている。
彼女が如何ほどの痛みの中、戦闘を行っていたか。そして如何なる苦しみの中、死んでいったか。
そして何よりも、その、声が――――。
――〈この声をお聞きの方。そして、そのご家族の方。わたくしは、マーガレット・ワイズマンと申します。しがない貴族の一人娘です〉。
――〈お聞きの貴方。貴方は、お元気でしたか?〉〈戦争は、終わりましたか?〉〈今は、如何にしてお過ごしですか?〉
――〈わたくしはそこにはおりませんが、どなた様も、どうか健やかなる生を〉〈貴方様たちの未来を〉〈わたくしは、ただ、それを祈りますわ〉。
高温に苛まれる機体の熱と、意識あるままに内臓を損傷する痛みを抱えながらも、まるで苦痛の呻き一つ漏らさずに慈しむかのように優しく語りかけてくる問いかけ。
かつてその声を聞いたとき――。
ここにいる高官の中には、涙した者もいた。
自分の孫娘と同じような歳の貴族の少女が――まさにその
そのことに胸を打たれた者も少なくない。
「なんとしても、この世界を――
高官の一人が言えば、彼らは決意を持って皆頷いた。
或いはハンス・グリム・グッドフェローがこの場にいたならば、言っただろうか。
この輝きこそ――受け継がれる輝きこそ――それを受け継ごうとする意志こそが、あまりに尊く、守るに値するものだと。
「……星の乙女。聖なる剣の御使い。輝ける騎士の星、マーガレット・ワイズマン」
「大佐?」
「いえ、皆様の心に打たれただけです。私も果たしましょう――義務を。兵士であるということの義務を」
そして、車輪は巡る。
狩人は、配置につけられていく。
世の祈りに――応じるままに。
◇ ◆ ◇
アイク・“スクリーム”・クリーム――――。
撃墜数ランク第十三位。
使用機体は、赤き
その主武装は両腕外装のチェーンガンと、背部の大口径プラズマ・キャノン。
拘束ワイヤーを射出するスタン・ワイヤー・ガンを両手に握り、それ自身に噴射推進装置を有するワイヤーにより敵機を攻め立て、その力場を崩し、そして仕留めるという残忍なエース。
スクリームというその呼び名の通り――――彼と相対する敵は、絶望の中で叫びながら死んでいく。
かつて数度、メイジー・ブランシェットと戦闘に及び、撃墜されてなお生き残った彼は、
星々が遠く輝く真空の宇宙。
青き推進炎が二足歩行の狼を加速させ、そして、残酷なる狩りが開始される。
ただしそれは――――彼が、彼の編隊が、狩られる側でという意味だが。
『ああ、うん、聞こえてる――――アナタの
それは黒いフードジャケットを纏ったような純白の機体。
訥々とした少女の声が無線に乗り、そして、その度に銃声が鳴る。
右腕には大口径のプラズマ・ハンドガン。
左腕には残骸解体用の斧と剣が一体化したようなブレード。
ただ的確に――淡々と。
進もうとする
戦闘機動の最中に、傍目にそれを見たアイクは戦慄する。
その有様はどこか、あの
『エコー・ザ・ラージチャンバー。……そうね、本名は違う。エコー・シュミット』
「そんな本名が――――なっ」
『ええ、そうね。正解。これがお終い――アナタのお終い』
「まさか、ここで、死っ――――」
全周モニターの振動感知光学センサー/音響補正システムが知らせる友軍の死。
だが、アイクの恐怖は終わらない。
「ん。……ライラック・ラモーナ・ラビット――【ラビット】、撃墜するね」
暗黒の宙域に浮かぶ、銀の卵。
真実、銀色の卵としか呼べない。
全くその表面に凹凸なく、あたかも鏡面めいて仕上げられた卵状の物体。
それが――――爆ぜた。
そして吹き荒れるは銀の死の嵐。銀の刃の嵐。
銀の竜が宙域を分断するかの如く、銀糸のワイヤーめいた一繋がりの超高速の流体が一個小隊を斬断していく。
兵器なのか。武装なのか。
銀の奔流は、《
更に、
「ゲルトルート・ブラック――【ソーサレス】、起動するわ!」
高飛車そうな声と共に黒魔女のような機体が銃撃を行い――――いや、それはいい。
そんなのはいい。
それよりも、なんと、恐ろしいか。
それは、悪夢的な異様だった。
宙に浮かんだ、縦長の青白き機影。
それは、花人間に見えた。
痩せこけた大男じみてひょろ長い長身の五体と、あたかも雄鶏めいて頭部から背部へ展開した鶏冠に思しき装甲板。青白き薔薇の如き、人型だった。
何よりも――――鎖。鈍く光る鎖。
その腰から下げられた無数の鎖には、戦利品か奴隷の如くに数多のアーセナル・コマンドが吊るされていた。
それとも、養分なのか。
……いや、それよりもおぞましきは、その腕部に握られた大型の兵装だろう。
それは――――大鋏だ。或いは大きなペンチか。
肥大化した取っ手には無数の噴射器が備え付けられ、その容赦なき刃はアーセナル・コマンドの胴を容易く両断するほどの巨大さと無骨さを持つ――質量兵器にして、切断兵器。
いや、本当に、狂っている。
一体誰がこの銃器全盛の世に、ボルトカッターめいた建築工具じみた代物を主武装にするというのか。
「サム・トールマン――【ルースター】。絶滅を実行する」
だがそれは、いるのだ。眼前に。
そしてその主たる禿頭の青年は冷静に告げ、鋏の刃が開く――アイクに目掛けて。鋏が開く。
それに合わせて、【ルースター】――雄鶏を意味する名の長身の機体が腰に吊るしたアーセナル・コマンドたちの、その頭部センサーが色とりどりに明滅する。
狂った笑い顔に似て。
犠牲者たちはカタカタと鳴り。
頭部のセンサーがチカチカと光り。
花人間の腰にぶら下がる死体たちのその手足が、踏みつけられた虫の死体の如く、うぞうぞと蠢いた。
狂っている。
狂っている。
それは、死者の王か。全てを死の河に引き摺り込む、冒涜的な死の混沌か。
虐殺は開始される。
一切の呵責なく――一切の容赦なく。
ただ、殺戮の嵐は吹き荒れる。
狩人は蹂躙する。
そこに人は居らず――全てが獲物であるかのように。
ただ無慈悲に、蹂躙する。
エコー・シュミット――――【ホワイトスネイク】。
サム・トールマン――――――【ルースター】。
ゲルトルート・ブラック――【ソーサレス】。
ハロルド・F・ブルーランプ――【ブルーランプ】。
ライラック・ラモーナ・ラビット――――【ラビット】。
フレデリック・H・ブルーランプ――【ブルーランプ】。
ヘンリー・アイアンリング――――【アイアンリング】。
エディス・ゴールズヘア――――――【ジ・オーガ】。
――彼ら、【
◇ ◆ ◇
そして、黒よりも深い深海で。
或いは、青よりも遠き高層で。
白い少女が――――新雪の如くか、はたまた天使の翼の如くか。穢れなき純白の長髪を溢れさせた月色の瞳の童女が、空――或いは頭の上の地を見やって微笑む。
「さて……と、どうなるかな。【
少女は白魚のような指を折り、歌うような気軽さでステップを刻む。
待ち望んでいるのだ。
舞踏会を。
一世一代の逢瀬を。
愛する王子様との、その会合を――――ああ、なんと高鳴る胸! 踊る髪! 飛ぶような足運び!
「そろそろ僕の方を見て欲しいな――なんて言ったら、ワガママかな? でもキミはずっと僕を待たせてるし、でも僕は、ずっとキミを見ているんだからね。王子様?」
少女が目線をやる先に浮かぶ魔法の鏡――ホログラム。
それは全て、ある青年を映している。
光のないアイスブルーの瞳と、側頭部を刈り上げた黒髪。軍人らしい肩幅と、精神を表すように遊びのない肉体。
純粋なる暴力の化身。
人にして人の域を超える者。
真なる超越者――死と鉄の嵐の支配者。
さながらプラネタリウムの如く、数多の回る鏡が空間を埋め尽くす――――ああ、鏡よ鏡。この世で最も美しい僕の伴侶は誰?
「……ふふ。まだ舞踏会には早いよ? 招待状も、出してないだろう?」
白き少女が、足を止める。
その背後には誰もおらず――しかし彼女は、それでも天使の如き笑みで言葉を続けた。
「亡霊に出番はないよ? そうだろう? そんな未練がましく――……アレは君のものじゃない。やっと見付けた僕の伴侶なんだから。僕だけの王子様なんだから」
鼻歌と共に指が動く。
指揮者めいて――――その白い胸元に収まる魔法の鏡。死神の肖像。青年の横顔。仮に心臓が失われようとそれを高鳴らせる、心そのもの。
「分断は避けられない。分かりきったことさ。あまりにも必然で、そうなるものなんだ。だから――ああ、だからこそ彼は羽ばたく。彼こそが分断の象徴さ。あらゆる害を断ち、あらゆる生を絶つ――究極の暴力の化身。剣そのもの。絶対に混ざり合わず、分かり合わない黒き刃」
やがて気配が掻き消えたか、それとも初めからそんなものはなかったか、或いは少女が意識から外したか――。
鏡を抱きしめて、少女は回る。
口付けを。どうか口付けを。
世界が焦げて、何もかもが砕けて、溶けて、混ざり合ってしまうだけの口付けを。
その中でも失われない愛を――――刃を。
「ああ――……ふふふ、愉しみ――――。僕のこと、殺してね? ね、ハンス・グリム・グッドフェロー?」
少女は、ただ祈る。
満天の星へ、祈る。
こんなにも愛おしい。狂おしく愛おしい。
きっと――彼と殺し合うためだけに、自分は、生まれてきたのだから。
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