第3話

 名前は津田駿つだ しゅん、歳は私と全く同じで来月の誕生日に三十四歳になる。趣味の仲間が集まるグループの中で、最初は他愛のない世間話をする程度の仲だった。

 急によく話すようになったのは、誕生日が同じだと分かってから。それがきっかけで、DMダイレクトメールを交わしはじめた。

 趣味も同じで話は合うから、すぐに私たちは直接会うようになった。


「そして彼と付き合うことになったんですね」

「はい。誰かとお付き合いするのは初めてのことでした。駿くん……あの人はとても誠実そうに見えました」


 交際は順調だったと思う。あの人は隣の県に住んでいたが、うちまでは車を使えば一時間ちょっとで着く。私はワンルームに一人暮らしで気楽だったので、実家住まいのあの人とはもっぱら私の家で会うことにしていた。

 もちろんずっと家のなかで会っていたわけではない。付き合っていた二年間の間には、数え切れないほどデートをした。流行っている映画を何度も見に行ったし、水族館やテーマパークにも行った。車でいろんな場所を走って、夜景のきれいなスポットを教えてもらった。近所のスーパーで一緒に買い物をして、一緒に料理を作って食べた。

 次から次へと、あの人との思い出があふれ出す。

 そんな私の話を、笹倉さんは何度も頷きながら聞いてくれた。そして時々質問を挟みながら、さらさらと手帳に書き留めていた。


「では、約二年間いいお付き合いをされてたんですね」

「はい。私はそう思っていました」

「そして十年前に急に別れを切り出された、と」

「そうです。ちょうど私とあの人の誕生日まであと一週間というときでした」

「そのときの様子から、柴岡さんは交際相手の津田さんに、他に付き合っていた人がいたのではないかと思った?」

「はい」

「彼が何か言ったからですか?」

「いえ、私とはもう一緒に居れないとだけ。でも」

「でも?」

「最初は動転して何も考えられませんでした。でも……よく考えたら怪しいと思うことは何度かあったんです」


 ある時、急に服の趣味が変わった。よく似合ってるって言ったらあの人は目を伏せたから、はにかんでいるのだと思ってた。

 車の助手席のシートの位置がいつの間にか変わっていたことも。あれって思ったら「昨日家族を乗せたんだよ」と、すかさずそういった。

 他にもいくつかある。どれも些細な出来事で、気のせいと言われればそうかもしれない。


「分かりました。もう一度確認しますが、津田駿さんの近況ではなく、十年前の様子を調べるんですね?」

「はい。いまさら可笑しいと思われるでしょうけれど。あの時どうして私が捨てられたのか、真実が知りたいんです」


 思い出を語った勢いのまま、つい前のめりで力説してしまう。笹倉さんは頷いて、よくあるご依頼ですよと私を安心させるように微笑んでみせた。

 費用などの細かい条件を確認して、笹倉さんと契約書を交わすことにした。この探偵事務所は調査員が笹倉さんひとりだから、調べるのには時間が掛かる。でも今さら急ぐ依頼でもないから、私はそれでいい。しかも期限を決めない定額コースは追加料金がほぼ必要ない。そのかわりに定期的に会って経過報告を貰うことになった。

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