37.協力者

 あの立て続けに起きた来客騒動から数日が経った頃。

 ディスガッツ病の治療法を探す私たちの耳に、妙な噂が飛び込んできた。

 それは特区の治療院でも、様々な病気を治すことが出来る薬が売られ始めたというものだった。

 このタイミングでまた新たな薬が発見されるとは。

 しかも、特区で。

 無駄足かもしれないが、真相は知りたい。

 私たちは早速、特区の治療院へと向かう。


「どう思う? クレア君」


 揺れる馬車の中、アルベルトがそう尋ねる。


「あのお爺さんですからね……。眉唾だとは思いますが万が一ということも……。いずれにせよ今は何でもいいので手掛かりが欲しいです」

「ああ。そうだね。アンリのところの治療薬をたまたま手に入れて作った劣化品という可能性もあるからね」


 ただ、やっぱりあの治療師のお爺さんのことだからあまり期待はしていない。

 もう治癒魔法も使えないという話だし。

 程なくして特区の治療院の前に馬車が止まる。

 私たちは治療院に入り、薄暗い待合室を抜け、そのまま診察室へと向かう。

 すると、丁度患者が一人出てきたところだった。

 そのまま入れ違いでお爺さんのいる診察室へとお邪魔する。


「ほい、次の方!」


 お爺さんはやけに上機嫌だった。

 それもそのはずだ。

 デスクの上にはいくつもの空いた酒瓶が転がっている。

 前に来た時は酒代も底をついている様子だったのに、今はなぜか羽振りが良さそうだ。


「薬の売れ行きは好調ですか?」

「そりゃもう! ……って、ゲッ! 何じゃ! あんたらか!」

「私たちにもその薬を一つ売ってもらえませんか?」

「……ダ、ダメじゃ」


 急に狼狽するお爺さん。

 空き瓶を隠すように片付け始める。

 どうも怪しい。


「どうしてですか? そんなに素晴らしい薬を発見出来たのであれば、協会の承認を得て、帝国中に売りまくれますよ。そうなればあなたも億万長者です」

「い、いやいや、わしはもう老い先短いからの。当面の酒代さえあればそれで満足じゃ」


 そうして空き瓶を奥の木箱に置きに行った時だった。


「アイタタタタ……」


 お腹を押さえてうずくまるお爺さん。

 私はすぐに駆け寄り体を支える。


「大丈夫ですか!?」

「い、いや、なに大丈夫じゃ……」


 青白い顔でお腹を押さえ続けるお爺さん。

 その時だった。

 突然、診察室の扉が勢い良く開けられた。

 と思うやいなや何人もの患者たちが怒鳴り込んで来たではないか。


「おい! ハーマン! いくら飲んでも腹痛が治まらねぇじゃねぇか! どうなってんだ!!」


 ハーマンと言うのか、このお爺さんは。


「高いお金払ったんですよ! これじゃあんまりだわ!!」


 もの凄い剣幕で詰め寄る特区の住民。

 ハーマンさんはオロオロとたじろぐ他なかった。

 その瞬間、思った通りのことが起こっているのだと私は察する。

 そこで住民たちとハーマンさんの間に立つと、こう言った。


「落ち着いてください。私は治療師です。ハーマンさんの薬の代わりに、私が皆さんに治癒魔法を掛けさせて頂きます。あくまで、痛みを引かせる応急処置になりますので、再発してしまう可能性があることはご了承ください」


 急な私の申し出に住民たちはざわついた。

 そこへ見覚えのある声が私に向かって投げられる。


「あー! あんた、あの時の治療師か!」


 その声の主は、いつかの教区の治療院の前で治療をしたギャンブル好きのあの男だった。

 ここへこうして顔を出しているということは、やっぱり根本的にディスガッツ病は治癒出来ず、再発してしまったのか。

 すると、その男は周りの住民たちにこう言ってくれた。


「この治療師さんは本物だ! 痛みがキレイさっぱりなくなっちまうぜ! ハーマンに払った薬代で、この人の治療が受けられるなら安いもんだぜ!」

「そうかい? まぁ、あんたが安いって言うんなら本当だろうな」

「痛くなくなるなら何でもいいわ。早くしてちょうだい!」


 ギャンブル好きの男のおかげで、ハーマンさんに詰め寄っていた住民たちが一斉に私に詰めかける。


「落ち着いてください! 皆さん順番に治療しますので待合室でお待ちください!」


 そこへ率先して住民たちを誘導し始めるアルベルト。


「はいはい。では、皆さん診察室を出て待合室へお願いします」


 まさか侯爵家のアルベルトがそんなことまでしてくれるとは思ってもみなかった。

 本当に感謝しかない。

 アルベルトは患者たちと談笑しながら診察室を出て行った。

 まだまだ私はアルベルトに対する理解が甘かったみたいだ。


*********************


「ふぅー。これで終わりです」

「ありがとうございます! 本当に痛みがないわ!!」


 そうして軽い足取りで最後の患者を見送る私とアルベルト。

 いや、厳密には最後ではない。

 ここにも一人、バツが悪いのか、単にお腹が痛いのか、顔を歪ませた老人がいる。


「それで、ハーマンさん。あなたもディスガッツ病だったんですね?」

「い、いや、そ、その……」

「あなたの隣に寄った時、軽く魔力で診ましたが、ディスガッツ病と同じ異常が腹部にありましたよ。苦しいのならご自分の薬を服用すれば良いではありませんか」


 私は少し意地悪くそう言ってみる。

 それくらいのことを言われても仕方ないと思う。


「……す、すまん。……ちょっとした出来心じゃったんじゃ。……わしにも治癒魔法を掛けてもらえんかの?」

「もう。……分かりました。でも、応急処置が終わったらお願いしたいことがあるので、協力してもらいますよ」

「……わしに出来ることであればやりましょう」


 しゅんと反省するハーマンさんに私は治癒魔法を掛け、損傷した腹部の内側を修復するのだった。

 治癒魔法を掛けている間、ハーマンさんは贖罪でもするかのように訥々と語ってくれた。

 たまたま、昔懇意にしていた貴族の患者が教区の治療薬を手に入れたので、ハーマンさんにも分けてくれたという。

 そこで魔が差したハーマンさんは、元の治療薬を薄めても少しくらい効果が出るだろうと思い、ほとんど水になった治療薬を格安で大量に特区の患者に売って酒代を稼いだらしい。

 まぁ、結果はご覧の通りという有り様で、騙そうと思ってやっている以上、因果応報という他ない。

 そして肝心の治療薬はというと、水で薄めたものも全て売り切ってしまったから、残念ながら薬を調べることは出来なかった。


「はい、これで応急処置は終わりです」

「……見事じゃ。いや、さっきから見ておったが、実に見事な治癒魔法じゃ……」

「そんなお世辞を言ってもチャラにはなりませんよ」

「茶化すでない! 本心からそう言っとるんじゃ! ディスガッツ病の治療法を見つけるなぞ馬鹿なことをと思っておったが……。案外、馬鹿に出来んかもしれんのう……」


 アルベルトがポンと私の肩に手を置く。

 私を信じてずっと着いて来てくれた人がいる。

 こうして私を認めてくれる人もいる。

 何だか胸の奥の方が熱くなる。

 これまで嫌な思い出の方が多かったこの帝都で、私はずっと一人で闘ってきた気がする。

 だけど、ようやく私を理解してくれる人が出てきてくれる。

 でも、もう少しだけ、私という治療師の存在意義や自らの力を証明するため。

 病気で苦しむ人を救うのは大前提だけど、私は自分のために、これからハーマンさんにわがままなことを言ってみる。


「では、ハーマンさん。このことは内密にしておきますので、ディスガッツ病の治療法を見つけるのに協力頂けますか? そして、ハーマンさんもそれを秘密にしてもらえますか?」


 これは、わがままの度を越しているかもしれない。

 ハーマンさんの置かれた状況を利用した一種の脅迫かもしれない。

 だけど私には他に方法はなかった。

 私は祈るようにハーマンさんを見つめる。

 すると、ハーマンさんは全てを見透かしたように、まさに好々爺然とした笑顔で静かに首肯する。


「新たな治療薬が出来る、その奇跡の瞬間に立ち会えるなぞ光栄じゃ。治療師冥利に尽きるわい……」


 何も聞かず、そんなことを言ってくれるハーマンさんに、私は深く頭を下げた。

 そこへアルベルトが首をかしげて問い掛ける。


「ところで、何か見当はついているのかい? ハーマン氏の好意的な協力を頂くとして、それが……」


 アルベルトは最後まで言い切らず、あいまいにごまかした。

 酔っ払いの治癒魔法も使えない老人の協力を得たところでどうしようもない、と思っているのだろう。

 そこで私はベルトポーチから一冊の小さな本を取り出す。


「ガスパルさんの治療の記録です。……正直、治療と呼ぶにはおぞましい内容ですが」

「ああ、もし協会から詳しい調査を受けた時のために、ハウザー氏の行いを証明する奥の手として持ってきていたね。まぁ、エドガー・エメリッヒのおかげでその心配はなくなったが……」

「教区の前でディスガッツ病の患者を診てから色々と治療法について模索していたところ、実はガスパルさんの過去の記録に似たような症例がいくつかありまして……」


 つまり、それをハーマンさんに試そうというのだ。

 ただ、それはある意味ではガスパルさんと同じ罪を犯すということになる。

 違う道を歩むと決別したはずだったのに、結局は私も同じになってしまう。

 だから、私はすぐに治療法を試すことが出来なかった。

 だけどここで千載一隅の絶好の機会に巡り合えた。

 それは、治療師であるハーマンさんが発症していたことだ。

 治療師の心得、第一条にある通り、治療は、生命の尊重と個人の尊厳を保持しなければならない。

 個人の尊厳を踏みにじる様な人体実験は決して認められない。

 では、治療師が新たな治療法を見つけるにはどうするか。

 簡単だ。

 自分がその病気に罹り、好きに治療法を試せばいい。

 実際、そうして多くの治療法が発見され功績を上げる治療師は少なくない。

 しかし、そうして命を落とす治療師も少なくない。

 それを全て理解した上で、ハーマンさんは私を信じてくれたのだ。

 私のわがままで終わらせない。

 いや、終わらせる訳にはいかない。

 その信頼に応えなければ。

 すると、ハーマンさんがぼそりと呟く。


「……ガスパルの? そうか……。あの小僧の記録か……」

「ガスパルさんをご存じなのですか?」

「いつかは忘れたが、まだ奴が小僧の頃、わしの部下におったよ。やけにギラギラとした目付きで治療に貪欲な奴じゃった。過度な治療をすることもあったようじゃが、規定違反で罰を食らうのは上長であるわしも一緒じゃから、見て見ぬふりをしていたわい。権力者には逆らうな、がわしの信条じゃからな。……もしかしたら、それが奴を助長させてしまったのかもしれんのう。全ては巡り巡ってやってくるということじゃ。じゃから、今回の治療についてはお前さんが気に病む必要は全くないの! ひゃひゃひゃ!」


 あっけらかんと歯の抜けた顔で笑うハーマンさん。

 今の話が嘘か本当か分からないが、その笑顔は私に対する思いやりであることは間違いない。

 だったら、私も全力でぶつからなければ。

 絶対、無事に治療法を確立する。


「ありがとうございます、ハーマンさん! それでは、治療を始めさせて頂きます!」


 そう高らかに宣言すると、私は仲間たち共にディスガッツ病との闘いへ挑むのだった。

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