31.アンリ・ルーベンス

 帝国には、どこの吟遊詩人が作ったのか、歌があるらしい。

 歴代の皇帝陛下を称える歌で、昔は国中の人々がそこかしこで口ずさんでいたそうだ。

 だけど、今ではその歌を耳にすることは少ない。

 では、その歌自体がなくなったのかと言えばそうではない。

 そのメロディーは広く歌われている。

 ただし、歌詞を変え、貴族を称える歌として。

 特に有名な候爵は一通り、歌詞に出てくるらしい。

 皇帝の絶対的な権力は揺るがないものの、国が大きくなるに連れ、それをまとめる者がたくさん必要になるのかもしれない。

 そうして、権力を持った身近な貴族の方が、天上人たる皇帝陛下よりも、国民の関心を集めるようになっていった。

 それが時代の流れというもののようだ。


「原因不明の病気、ディスガッツ病ですが、まずは患者を実際に診察してみないことには始まりません。なので、帝都の治療院を何ヶ所か訪ねてみたいと思います」


 ディスガッツ病。

 後日、エドガーさんに対象の病気の詳細を聞いたところ、そんな名前だった。

 症状としては、激しい腹痛と、粘液性の血便が断続的に訪れるそうだ。

 死亡する例は少なく、老人や子供が他の病気と併発したり、衰弱死したりするくらいで、大抵は治癒魔法だけで軽症化する。

 しかし、そのまま全快する者もいれば、しばらくして再発する者もおり、治療法が明確になっていないことと、どうやらディスガッツ病は感染するらしく、発病者が中々減らないことが、治療師協会で問題となっているらしい。

 つまり、私がディスガッツ病の治療法を見つけ出すことが出来れば、協会に認められ、戦線送りは避けられるかもしれないということだ。


「よし、行こう」


 私はアルベルトと一緒に、まずは商業区の治療院へと向かうことにした。

 帝都には主な区画ごとに治療院がいくつかある。

 商業区はその名の通り、様々な店が建ち並ぶ、帝都でも一番の賑わいを見せる区画のため、来院数も一番であり、最も忙しい治療院なのだ。

 それだけの患者を診ているのだから、ディスガッツ病の患者が一人くらいはいるはずだ。

 それに、もしかしたら最新の治療に関する情報が聞けるかもしれない。

 そういった情報は、当然ながら現場の人間が最も早く入手出来る。


「ここみたい」


 商業区の外れ、と言っても人の往来は激しい場所に治療院はあった。

 ケレの女神像の足元には硬貨がいくつも置かれ、誰が掛けたか知らないが、錆びた首飾りが掛けられていた。

 これも商業区ならではの光景だろう。

 私は扉を開けて中へ入る。

 すると、待合室は具合の悪そうな人たちでごった返しており、奥では助手と見られる者たちがバタバタと走り回っていた。


「すごい人だな……」

「帝都で一番大きな治療院ですからね。町の中心にあって、協会本部からも一番近いですし」


 私は受付の女性に声を掛ける。


「あの……」

「緊急でなければ、順番に案内しますので、こちらに名前を書いてお待ちください! 次の方! チャールズさん! 奥の五番の診察室へどうぞ!」


 受付の女性も相当バタついている。


「いえ、違うんです。私は治療師のクレアと言う者ですが、ディスガッツ病の治療に……」

「ああ、失礼しました! 本部からのヘルプの先生でしたか! えぇと、それでは、二番の先生の治療がちょうど終わりましたので、そちらでお話ください。……次の方!」


 これはゆっくりここで説明している訳にもいかなそうだ。

 とにかく、二番の診察室にいるという治療師と話してみよう。

 私たちは廊下を進み、二番の札が掲げられた部屋へと入る。


「はい、今日はどうされました?」


 目にクマを作った若い男の治療師が、座ったままこちらへクルリと向く。


「私、治療師のクレアです。今、ディスガッツ病の治療法を探してまして、実際に患者の方を診察させて頂けないかと思いまして……」

「治療師のクレア……? ああ、まさか、あんた、あのクレアか? ノルンでやらかしたっていう。まぁ、そんなことはどうでもいいや。治療、手伝ってくれるの? もう、毎日猫の手も借りたいくらいだからさ」

「いえ、ここのお手伝いという訳ではなく、ディスガッツ病の治療を……」

「それだけ? あんな腹痛病なんか治癒魔法掛けときゃ一旦治まるんだから、それよりニンドウの抽出手伝ってよ」


 どうやら現場ではそんな認識らしい。

 効果的な治療法がない以上、やれることはないのだから仕方ない。

 だったら、救える患者を多く救った方が良いというのは当然の選択だろう。


「それにしても、ニンドウの抽出ですか? そこまで手が回らないなんて、やっぱりすごいお忙しいんですね……」

「それもそうなんだけど、知らない? 戦争で最近、ニンドウの流通が少なくなっちゃって、高騰してるんだよ。だから、一つのニンドウから少しでも多く、高純度の抽出をして経費抑えろって上から指示出ててさぁ」

「そうですか。それで、ニンドウはどこにありますか?」

「え? あ、ああ、そこの箱の中のが全部だ」


 私はその棚の近くに置かれた木箱を開けると、自分のシリンダーにニンドウをギュウギュウに詰めていく。

 そして、一気に魔力を流し込む。

 ジルベールさん調整のシリンダーは本当に魔力効率が格段に高く、安定性も抜群だ。

 あまり強い魔力を込めすぎると、中の素材がダメになってしまうのだが、そこも最高威力を保ったまま、最高効率で魔力を伝導してくれる。

 あっという間に濃いオレンジ色の液体がシリンダーの下部一杯に溜まっていく。

 私はそれを棚の空き瓶に移すと、再びニンドウから薬を抽出する。

 抽出されたニンドウはカラカラのカサカサで、もうこれ以上いくら搾っても、一滴たりとも出ないといった状態だ。


「なんつぅ魔力だよ。……あんた、本当に、あのクレアか? でも、女の治療師なんて、クレアくらいしか……」


 私は最後のニンドウの搾りカスを木箱に落とすと、棚にニンドウの薬の瓶をカチャリと置く。

 そこには、一面オレンジ色の薬瓶がギッシリ並んでいた。


「正真正銘、私があのクレア・エステルです。それで、ディスガッツ病の患者はここにはいらっしゃいますか?」

「え?」


 呆然と棚を見ていた男がハッと我に返ったようにこちらへ振り向いて答える。


「あ、ああ、ディスガッツ病ね。いやぁ、手伝ってもらったところ悪いんだが、最近は診てなくてね。あれは、少し衛生環境が良くないところで頻発するなんて噂を聞いたことがあるな……。特区の方の治療院に行ってみたらどうだ?」

「特区ですか……」

「それよりも、また手伝いに来てくれよ! 平民だとか女だとか、この際どうでもいい! とにかく即戦力の人間が欲しいんだ!」

「わ、分かりました。また機会があれば……」

「それ、絶対に来ない返事だ。分かってるよ。あんたも今、帝都にいるってことは色々忙しい立場なんだろ。仕方ない。また本部に人寄越せって直訴するよ。ほら、お互い忙しいんだから、気にせず行けよ」

「お忙しいところ失礼しました。特区の方に行ってみます。ありがとうございました」

「礼言うのはこっちだよ。ひと月分の残業、一瞬で終わらせやがって。……あぁ〜、今日は早く寝られる」


 私が部屋を出る時、そんな声が後ろから聞こえたのだった。

 治療院を出た私たちは特区と呼ばれる区域へと向かう。

 特区とは、いわゆる貧民街である。

 職を失った者や、元罪人といった者たちが多く暮らす地域だ。

 確かに、治療師の男が言うように、衛生環境はあまり良くない。

 そのため、病人が多いのも事実だ。

 それらの病気が帝都全体に広がらぬよう、瀬戸際で食い止めるため、全ての費用を税金で賄っている治療院があり、特区の人間であれば無料で治療を受けられる。


「特区か、懐かしい……」

「え? 懐かしいんですか? 意外です。そんな地域、足を踏み入れたこともないのかと思ってました」

「まぁ、大抵の貴族はそうだろうね。特区は異端者にとって格好の隠れ蓑になるから、昔は貧民のフリをして調査に出向いてたよ。今はこんな立場だから、自分で調査をすることは滅多になくなったけどね」

「色々苦労されてるんですね……」

「いやいや、周りは必死で止めていたんだけどね。貴重な経験の機会だからと私が無理矢理押し切ったのさ」


 そう言って明るく笑うアルベルト。


「アルベルトらしいですね」


 私もつられて笑ってしまう。

 そんな話をしている内に特区の治療院に着くと、商業区とは対照的に、ケレの女神像の首や腕はもげてなくなり、悲惨な姿を晒していた。

 扉を開けると中はどんよりとした空気に包まれ、待合室の患者たちが一斉にジロリとこちらを見たかと思うと、サッとすぐに視線をそらした。

 私は受付の老女に近付くと、声を掛ける。


「あの、私、治療師のクレアと言いますが、こちらの治療師の方とお話させて頂けないでしょうか?」


 すると、老女はモゴモゴと何かを言った後、奥の廊下を指差した。

 老女の言葉は聞き取れなかったが、治療師と話せるようだったので、奥へと進み、突き当たりの部屋へと入った。


「はいはい、今日はどうされましたかの……」


 そこには、熟練の魔法使いといった風貌の老人が座っていた。


「私、治療師のクレアと申します。突然の訪問失礼致します。今、ディスガッツ病の治療法を探していまして、もしここに患者がいれば私に治療をさせて頂けないかと思い、やって参りました」

「ディスガッツ病……。はて……」


 老人は開いてるのか開いてないのか定かではない瞳で虚空を見つめると、長く伸びた真っ白いヒゲを撫でる。

 そして、何かを思い出したかのようにこちらへ向き直る。


「そうか。お前さん、一足遅かったのぅ」

「遅かった、と言いますと?」

「腹痛病の患者なら教区の治療師に取られたわい」

「教区の治療師?」


 すると、老人はニヤリと歯の抜けた口を歪ませると、親指と人差し指を擦り合わせながら、それをこちらに向ける。

 それを見たアルベルトが肩をすくませると、ポケットから銀貨を数枚取り出し、老人に渡す。


「わしの給金も年々、下がってきおってのぅ。ここもお情けで配属させてもらっとるから、あまり文句は言えんが」


 そう言って老人は立ち上がると、棚から琥珀色の液体が入った瓶を手に戻る。

 その液体をグラスに注ぐと、クイっとあおる。


「こいつのせいでわしの人生はドン底じゃが、こいつのおかげでわしの人生はいつでも最高潮じゃよ」


 老人は瓶を持ち上げ私たちにも勧めてきたが、手を振って断る。


「それより、教区の治療師に取られたというのはどういうことですか?」

「知らんのか? 最近、教区の治療院の若造共が治療薬を作ったとかで、ディスガッツ病の患者は顔を見せなくなったわい。まぁ、特区の奴らは大した金なぞ持っておらんから、すぐに戻って来るじゃろうが。わずかな望みに賭けて、今は教区の方に通っとるんじゃろ」

「治療薬!? そんな!」


 それでは今回の作戦は完全に失敗だ。

 病気で苦しむ方たちには申し訳ないが。


「とにかく、まずはその事実を確かめようじゃないか。あの曲者、エドガー・エメリッヒが、その情報を知らなかったとは考えにくい。それに、こんな穴だらけの作戦を提案することもね」

「……そうですね。エドガーさんが何を考えているかは分かりませんが、その治療薬については調べる必要がありますね」


 そうして、私たちが治療院を出ようとした時、老人が自嘲したように笑ってこう言ったのだった。


「権力者には逆らうな。わしのようになりたくなけりゃのぅ。ひゃっひゃっひゃっ……」


 残念ながら、底辺である私にとって、周りにいるのは権力者だらけだ。

 そして、老人の人生に何があったのか知らないが、それに逆らう他、私に生き残る道はないのだ。

 私たちは急いで教区へと向かう。

 教区とはつまり、教会のある地区で、モーリアン教会の本拠地がある場所だ。

 とは言っても、治療院があるのは、教区の外れで、教会からは割と遠い。

 それに、かつて治療師が教会と喧嘩別れしたとはいえ、それは昔の話であり、今は治療と信仰というそれぞれの分野の住み分けが確立されているので、教区にある治療院だからといって、特に教会からの圧力などがある訳ではない。

 教区の治療院に着くと、既に人だかりができていた。

 その前で、何やら声を上げている若者がいる。


「本日分の水薬はこれで終わりです。また、精製して明日提供します」

「お願いです! 金ならいくらでもあります! 薬をください!」

「薬があれば当然、渡します。だが、ないものは渡せない」

「嘘だ! どうせ私よりも爵位の高い貴族に、法外な値段で売り付けているのでしょう?」

「嘘? 私が嘘を吐いていると?」

「い、いえ、滅相もございません……。必死でしたので、少々口が滑ってしまっただけで……。どうか、お許しください。ルーベンス様」


 ルーベンス様と呼ばれた若者は、まだあどけなさの残る顔立ちをしていたが、その立ち振る舞いは威厳に満ちていた。

 すると、それを見たアルベルトが驚いたように言った。


「あれは、ルーベンス家のアンリか?」

「お知り合いですか?」

「まぁね。特段親しいという訳ではないが、パーティーで何度か挨拶をした顔見知り程度だが。そうか、治療師になっていたのか」

「パーティーで挨拶……と言うと彼も名のある貴族なのですか?」

「ああ、ルーベンス家も有数の侯爵家の一つさ」

「侯爵家……。じゃあ、アルベルト様と同じ爵位の貴族ってことですか!?」

「そうなるな」

「うう、そんな偉い人が相手だなんて。しかも、治療薬を見つけたってことは治療師としてもズバ抜けて優秀なはず……。もう、私に勝てる要素がありませんけど……」

「何をそんな弱気なことを。それを確かめるためにやって来たんじゃないか」

「それはそうですが……。と、とにかく話をしてみるしかないですね」


 そうして、私は人混みを掻き分け、アンリ・ルーベンスの前までやって来るのだった。


「さっきも言った通り今日の薬はもうない。明日、また来なさい」

「あの、私は患者ではなく、治療師なのですが、お話をさせて頂きたく……」

「治療師だと? 女の治療師なぞ聞いたことがない。所属は?」

「ノルン支部の所属です。……今はまだ。治療師のクレア・エステルと申します」

「ノルン? クレア? ……あ、貴様がクレアか! 平民のくせに少しばかり治癒魔法の適性があるからといって、金に目が眩み、何とか治療師資格を取得したものの、ロクに成果も上げられなかったので、ノルンに左遷になったと思えば、先任のハウザー氏をノルン人と共謀して殺した極悪人! 治療師の風上にも置けぬ者が、よくノコノコと帝都の神聖なる治療院まで来られたものだ! 恥を知れ!」

「い、いえ、ルーベンス様! それは誤解なのです! 詳しくはお話し出来ませんが、今は訳あって、ディスガッツ病の治療法を探しているのですが、この治療院で治療薬が作られたと聞きここまで参りました。どうか、その薬について少しだけでも見せて頂けないでしょうか?」

「黙れ! 平民の分際で! 私と口をきこうなどとおこがましい。これ以上近付けば、問答無用で私の護衛が切り捨てるぞ!」


 これが正しい侯爵家の反応だ。

 そこへ、正しくない侯爵家のアルベルトが、ずいと私とアンリの前へ割って入る。


「久しいな、アンリ」

「貴方は、アルベルト様。どうしてここへ?」


 同じ侯爵家で、アルベルトの方が年上だからか敬語で話すアンリ。

 そして、突然の登場に驚きながら、アルベルトと私の顔を見比べる。


「今はノルンの一件で、神殿騎士として彼女と行動を共にしている。治療師協会も我々も、彼女の話の真偽を確かめるため、治療師としての実力をディスガッツ病とやらの治療法の確立によって、測ろうとしている。そのため、アンリにも協力して欲しいと思ったのだが……。先程の言動は少々目に余るな」

「私は当然のことを言ったまでです。彼女は治療師になって以来、一度も治療を行った記録がないそうです。治療の出来ない治療師など必要ない! ハウザー氏を殺めたことは私も眉唾だとは思いますが、ハウザー氏の身になれば、辺境で一人苦労されているところに、こんな無能を送り込まれて来てしまったのだから、逃げ出したくもなります」


 なるほど、そういう理解もあるのか。

 確かに、客観的な事実に基づけば、アンリの言っていることも筋が通っている。


「その誰も知らない実力を測ろうと言っているのだ。思い込みだけで決めつけていては、いつか足元をすくわれるぞ。それと、彼女は今、私の庇護下にあるから言葉には注意した方がいいぞ。不用意に刃を向ければ、私も相応の対応を取らざるを得なくなる」

「何をそんなに平民の女一人に肩入れしているのです? 昔からアルベルト様のそういうところが理解出来なかった。私からも一つ言わせてもらえば、侯爵家がそんな態度を取っていれば、いつか舐められ、衰退していってしまいますよ」


 何だかもう私の入れるような話ではなくなってしまった。

 あまりの険悪ムードに、私はズサッと後ずさりする。

 とその時、ドンと背中が何かにぶつかった。


「おっと、大丈夫かい?」


 私は急いで振り返る。

 と、そこには背の高い三十過ぎくらいの男性がフードを被って立っていた。


「すみません! 不注意でぶつかってしまいました。お怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫だよ。それより君は治療師なのかな?」


 ニカッと白い歯を見せてさわやかに笑う男性は、年に似合わずダンディな声でそう尋ねてきた。


「は、はい。治療師のクレア・エステルと申します」

「ほう、君がね」


 意味深に目を細めて私を見つめる男性。


「それで、君も彼らの水薬を?」


 彼ら?

 そう言えば、特区の老人も若造共と言っていた。

 だけど、ここにはアンリしかいない。

 他にも治療師がいるのだろうか。


「はい、そうなんですが……。この様子じゃ、手に入れるのは難しいかもしれません……」


 もう顔も割れてしまった私たちでは、明日からバカ正直に薬を買いに行っても絶対に売ってくれないだろう。

 このまま薬を調べることが出来なければ、私の辞令取り下げは絶望的だ。

 状況的には、詰んでいる。

 サァーっと嫌な汗が背を伝う。

 だが、そこへ耳を疑うような言葉が掛けられる。


「だったら、私が薬を手に入れようか?」


 フードを被った男性がさらっとさわやかにそう言った。


「えっと……。でも、貴方も薬が必要なのですよね? 病気の方を治療するために」

「いや、実は私も薬そのものに興味があってね。だから、薬を手に入れられたら、半分ずつ分けてあげてもいい」

「本当ですか!? それは大変ありがたいお話ですが、なぜそんなことを?」

「さっきの君たちのやり取りが面白かったからね。君も治療ではなく、この薬について調べるつもりなんだろう? であれば目的は私と一緒だ。だから、半分あげる代わりに、調べた結果を私にも教えて欲しい。どうだい?」


 それは願ってもない話だ。

 だけど、薬そのものに興味があるというこの男性の、その先の本当の目的は一体何なのだろう。

 胡散臭すぎる。

 そう思うものの、しかし、私には選択肢はなかった。

 このチャンスを逃せば次はないだろう。

 私は大きく頷く。


「ぜひ、お願いします!」

「よし、では交渉成立だ。私も目立った動きはしたくないので、薬を手に入れたら、こっそり連絡するよ。次からは人目のつかないところで会おう」

「分かりました。あ、あの貴方のお名前は?」

「そうだな、 レオと呼んでくれ」

「ありがとうございます、レオさん」


 すると、レオさんは人混みの中をするすると抜けて行き、その姿は見えなくなってしまった。

 そこへアルベルトが戻って来る。


「ダメだ。アンリの奴。相変わらず頑固のようだ。ところで、今誰かと話していたかい?」


 どうしよう。

 今の話をアルベルトにもするべきか。

 でも、目立った動きはしたくないということだから、とりあえず薬が手に入るまでは黙っておこう。


「いえ、特に。それより、薬は正攻法では手に入らなさそうですから、ここは一旦引き下がって考えましょう」

「そうか……。そうだな……。力になれなくて済まなかった」

「いえいえ! そんなことありません! アルベルト様がいなければ、アンリ様とまともに話も出来ませんでしたから。ありがとうございます」


 私は目を泳がせながら、当たり障りのないことを言って誤魔化した。

 とにかく今は、謎の男、レオさんの連絡を待つしかない。

 私たちは教区の治療院を立ち去るのだった。

 と同時に、アンリの背後の扉が少しだけ開く。


「……今のが、あのクレアですか? アンリ様」

「ああ、クレイグ。君の言った通り、悪そうな顔をしていたよ」

「……あれがクレア。……また俺の邪魔をする気か。……だったらその前に」


 そうして、バタンと扉が閉じられるのだった。

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