22.兄弟
私は首を横に振り、患者の手を下ろすのだった。
「その薬もダメなようじゃのぅ」
私は病室の外のイスにうなだれる。
あれから十日が経った。
既に三分の一の時間が何の進展もないまま過ぎ去っていた。
これまであらゆる薬を与えたが、どれも著しい効果を示すものはなかった。
何の手掛かりも掴めぬまま、時だけが無情に流れていく。
もしかしたら本当に呪いなのかもしれない。
そんな疑念すら頭をもたげてくる。
「その様子じゃロクに寝ておらんのじゃろう」
ハッと顔を上げると、後ろ手を組んだシャルルベールさんが、目の前に立っていた。
「今日はもう帰るといい。森を散策したり、町を見て歩いたりするのもいいじゃろう。何かアイデアが浮かぶかもしれんからのぅ」
薬なんて必要ないだの、これは呪いだのと口では言っているが、シャルルベールさんも私に期待してくれているのかもしれない。
私はその言葉に甘えることにした。
「……ありがとうございます。では、すみませんが本日はこれで失礼します」
私は保全省の別棟を出ると、あてもなくぶらぶらする。
そう言えば、アルヴィニアの町も商業区の方は薬の材料を買いに行ったりと何回か足を運んだが、それ以外の場所についてはあまり行ったことがなかった。
まぁ、住宅街の方は特に行く必要もないだろうから、セルジュとアルベルトの言っていた作業場や工房のある方へ行ってみよう。
ここからでも見えるくらい大きな建物がいくつも並んでいるのが、それらのある地区だ。
建築材を加工するだけあって広い工場や作業場が必要なのだろう。
メイン通りを抜け、工房区の方に近付くと、金属のぶつかる高い音や、何かが削られるような音が至る所から聞こえてきた。
とある大きな建物のそびえる敷地内には、真っ白い直方体の石がいくつも並べられ、それらの石を魔道具が次から次へと吐き出しいてるのが見えた。
これが、セルジュとアルベルトの言っていた作業場なのだろう。
その作業場を横目に、工房区をさらに進んでいくと、今度は小さな工房が増えてきた。
そして、工房にはそれぞれ看板が掲げられている。
剣の形や兜の形をした看板は武具を作っている工房だろう。
イスの形は家具だろうし、シャツのような形は縫製の工房のようだ。
そんな中、星形の看板を掲げる工房が目に留まった。
星?
一体、何の工房なのだろうか。
興味が沸いたので、入ってみることにした。
「……すみません。お邪魔します」
「ん?」
「おや?」
扉を開けたそこには、何と偶然にもセルジュとアルベルトがいるではないか。
「二人ともどうしたの?」
「作業場の親方に教えられてな。ここは魔道具の工房らしい」
「親方の弟さんが工房長をやってるそうなんだ。ところで、クレアくんはどうしてここに?」
私は少し言葉に詰まりながら、苦笑する。
「治療が思うように進まなくて……。何か手掛かりになるようなものが見つからないかと思って、町を歩いていたら、ここの看板が気になって」
でも、セルジュが教えてくれたことで星の形の看板の謎が解けた。
そして、私がそう言い終えた直後だった。
「待たせたの。それで? 兄貴の紹介で、工房を見学したいじゃと?」
そう言って奥から出てきたのは、小さな丸眼鏡を掛けた、背の低い白髪の老人だった。
「ええ。お兄さんの作業場で使われている石材を加工する魔道具について、色々お話を聞いていたら、作った方にお話をお聞きする方が早いということで、こちらの工房を教えて頂きました」
「まぁ、確かに作ったは作ったがのぅ。ただ、昔からある魔道具をそのまま作り直しとるだけじゃからな。仕組みなんぞ、これっぽっちも分からんぞ」
「問題ない。聞いたところで俺たちも分からないだろうから。ただ、俺たちにとって魔道具という物自体が珍しいので、どうやって量産しているのか見せて頂きたいと思っている」
「なるほど。まぁ、ええじゃろ。減るもんじゃなし。どうせあんたらの中で魔法を使えるのは……そこの嬢ちゃんくらいか」
ずらした眼鏡の奥から鋭い眼光をのぞかせる。
「ええ、そうです。治癒魔法を扱えるので、治療師としてアルヴィニアへ来ました。……そうだ! ミッドランド帝国で治療師になった際に、このシリンダー型の魔道具を支給されたのですが、これはこの国で作られたものでしょうか?」
そう言って私はポーチからシリンダーを取り出すと、工房長の老人へ手渡して見せた。
「ほう。どれ……」
すると、工房長が興味深そうにそれをじっくりと色々な角度から眺め始めた。
魔力を流してみたり、色々と試した後、私に言った。
「これは上の筒に入れた物から、魔法陣を通して何かを抽出する魔道具じゃろ? 違うか?」
「そうです!」
私は目を見開いて言った。
こんな短時間でいとも簡単に言い当てるなんて。
「良く出来ておるが、わしらの作ではないのぅ。同じ魔法陣を使った魔道具は確か、わしも作ったことがある。じゃが、魔法陣の定着のさせ方が甘いのぅ。魔力が漏れて、非効率じゃ。あんたらも魔道具の作り方を見たいんじゃろう? こうして精霊銀の粉末をかけて、魔力を流してやれば……」
後ろの棚からヒョイと小瓶を取り出し、シリンダーの中に銀色の粉末をパラパラと振りかける。
そして、老人が魔力を流すと、魔法陣と共鳴するように銀の粉末が青白く明滅したかと思うと、スッと消えていった。
「こんなもんじゃろ。ほれ」
そう言って老人からシリンダーを手渡される。
私は試しに軽く魔力を流してみた。
その瞬間、魔法陣がパッと明るく光り輝く。
「え!? ちょっと流しただけなのに……」
「眩しいな……」
「も、もういいんじゃないか、クレアくん……」
「え? ああ! ごめんなさい!」
私は慌てて魔力を止める。
「ま、まぁ、これで分かったじゃろ。……それにしても、すごい魔力じゃの」
「ありがとうございます。ええっと……」
「ジルベールじゃ」
老人はそう名乗った。
「ありがとうございます。ジルベールさん」
「なに。弟のためじゃ。それであいつの力になってやってくれ」
弟?
ジルベールさんの弟?
まさか。
「シャルルベールさん……ですか?」
「そうじゃ。見て分からんかったか? わしら三兄弟はそっくりだと、この辺りじゃ有名なんじゃがなぁ」
いや、シャルルベールさんの素顔を拝見したことありませんでしたから。
ということは、一番上のお兄さんが作業場の親方で、真ん中のお兄さんが魔道具の工房長のジルベールさん、そして末っ子が保全大臣のシャルルベールさんという訳か。
あれ?
でも、そうするとシャルルベールさんの態度に違和感を覚える。
お兄さんがこんなにすごい魔道具の工房長なのに、何であんなに魔道具に対して何も分からないといった様子だったのだろうか。
「シャルルベールさんのところで治療のお手伝いをさせて頂いていますが、魔道具を使って治療しているところは一度も見たことがありませんでした」
「やっぱりか……」
やれやれといった様子でジルベールさんが頭を振る。
「あいつは昔からそうじゃった。兄貴は魔道具の扱いに長け、わしは魔道具の製造が得意じゃった。一方、あいつは魔道具への理解があまり良くなくてのぅ。ただ、魔力は一番多く、いつの間にか治癒魔法も使えるようになっとった。そんな生まれ持った才が違うわしらに対して、元々、この工房長だったわしらの親父は当然ながら兄貴とわしを目にかけていた。それをあいつは気にしてのぅ。若い頃は相当グレておったよ」
グレてた!?
あのシャルルベールさんが?
つい吹き出しそうになる。
「そんな妙なプライドもあって、あいつはわしらとは違う、自分の力で生きていくということを示したいんじゃろうな。じゃから、魔道具なんかに頼らず、自分の魔法で治療をすると決めておるんじゃろう。じゃが、今のこの最悪の状況ではそのやり方も通用しなくなっておる。そこで、あんたに頼みがある」
そう言ってジルベールさんが奥の机の引き出しから、古ぼけた一枚の羊皮紙を取り出し、私に差し出した。
「これは?」
「そいつは、わしが昔、保全省に卸した魔道具のリストじゃ。こいつを使って、あいつを手伝ってやってくれ。どうせ、あいつは使い方なんてこれっぽっちも分かってないじゃろうから、倉庫の隅でホコリをかぶっとるじゃろ」
羊皮紙を眺めると、そこには様々は治療用と思われる魔道具の名前が並んでいた。
自動で定期的に治癒魔法を発動する装置に、膿などを排出させるための瀉血用の針や、体力が一定以下に低下すると知らせてくれる水晶、傷口を一時的に塞いだ後に回復薬として吸収される糸と針などなど。
私は口元が緩むのを感じる。
ようやく手掛かりを掴めた。
もしかしたら、この中に何かヒントになるものがあるかもしれない。
「分かりました! ジルベールさん! すぐにシャルルベールさんのところに行ってきます!」
そうして私は羊皮紙を握りしめるやいなや、工房を飛び出したのだった。
「……真っ直ぐないい娘じゃな」
「ああ」
「ええ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「シャルルベールさん!」
私は保全省の別棟に入ると、一目散に事務室の奥へと飛び込んだ。
「な、なんじゃ!? 何の騒ぎじゃ?」
「聞きましたよ!」
「い、一体何じゃ? 藪から棒に」
「治療用の魔道具がここにはこれだけあるはずですよね?」
そう言って私は羊皮紙をデスクにバシッと置く。
その瞬間、シャルルベールさんが苦々しい口調でうめく。
「これは……。あのお節介め……」
どうやら出所について察したようだった。
「現物を見せて頂いてよろしいですか? この中に、何か治療法を見つけるための手掛かりがあるかもしれません!」
シャルルベールさんは頭を抱えていた。
何を考える必要があるのだ。
時間がないことはシャルルベールさんも分かっているはずだ。
だが、シャルルベールさんの口からは予想外の言葉が飛び出す。
「……捨てたわい」
「え?」
まさかと思い聞き直してしまう。
だが、何度聞いても同じだった。
「全部捨てたわ!! わしには魔道具なぞ無用の長物じゃ! わしの治癒魔法と優秀な職員たちがおればどんな病気も治療出来た。それはこれからも変わりはせん!」
「今まではそうだったかもしれませんが、今回の病気は無理です! それなのに、魔道具を捨ててしまうだなんて……」
「ふん! 何度も言うようじゃが、こいつは呪いじゃ。元々、魔道具なんぞあったところで何の役にもたたんわい!」
ダメだ……。
結局、堂々巡りになってしまった。
それに捨ててしまったのでは、どうしようもない。
ジルベールさんにお願いして、一から作ってもらおうか。
いや、それだってどれだけの期間が掛かるか分からない。
せっかく掴んだ手掛かりだというのに。
だけど、本当に捨てたのだろうか。
私のシリンダーをまじまじと見ていたシャルルベールさんのあの様子。
私には到底信じられなかった。
だから、意地だかプライドだか知らないが、シャルルベールさんの暴言に腹が立ってきた。
こんな危機的状況で何を考えているんだ。
「もういいです! 同じ治療師として、患者を思う気持ちは同じだと思っていたのに……。見損ないました!!」
そう声を荒らげる私に、シャルルベールさんは何も言わず、ただ頭を抱えているだけだった。
私はデスクに置いた羊皮紙をひったくるように取ると、ドスドスと足を鳴らし、部屋を後にした。
事務員たちの気にしない風を装いながら、ジロジロとこちらを伺う視線も鬱陶しく感じたが、私はそのまま何も言わず、保全省の別棟も出ていくのだった。
夢中で歩き続け、中央通りまでやって来ると、広場のベンチにドカッと腰を下ろす。
「はぁ……」
私は大きなため息を一つした後、羊皮紙を開く。
現物を見られなかったのは残念だけど、一応、治療用の魔道具というのはどのようなものがあるか、このリストで把握は出来そうだ。
魔道具の名前だけで内容が分からなければ、ジルベールさんにどんなものか聞いてみよう。
そんなことをぼんやり考えていると、背の高い、見慣れた顔の男が一人、近付いてくる。
「どうした? 保全省に行ったんじゃなかったのか?」
相変わらず、セルジュはストレートな物言いだ。
「……セルジュこそ、何してるの? アルベルトは?」
「別れて情報収集だ。アルベルトとは四六時中一緒にいる訳ではない」
「アルヴィニアの街中で会う度、いつも一緒だったから。二人が仲良くなれたみたいで良かったよ」
「別に初めから仲は悪いと思っていない。それで? 何を暗い顔しているんだ?」
そう言ってセルジュが隣に座る。
私はしばらく黙っていたが、吐き出すように言った。
「シャルルベールさんと話したんだけど、上手くいかなくて、怒って出てきた……」
「早いな……。魔道具を見せてもらえなかったのか?」
「捨てたって……。それで、こんな状況だっていうのに、まだ呪いだとか言ってるから、つい頭にきて……。アルヴィニアの人々を救いたいという気持ちは一緒なのに……」
「そうか」
私たちの間に沈黙が流れる。
黙ってないで何か言って欲しかった。
そうか、の一言で終わり?
ジト目でセルジュをちらと見やる。
だが、セルジュはそんな気持ちを知ってか知らずでか、どこか遠くを見つめていた。
そして、そのままようやく口を開く。
「焦るな」
私はセルジュを二度見する勢いだった。
焦るな?
シャルルベールさんに対する非難でも、私への共感でもなく、焦るな?
私はセルジュの顔を両手で挟むと、ぐいと無理矢理こちらを向かせる。
「む……何をする」
「焦るなって何? どういうこと?」
「そのままの意味だ。お前らしくもない」
「全然分からないんだけど。何の解決策も見出だせないまま、十日が過ぎたんだよ。それで、やっと糸口が掴めると思ったのに、また空振り……。こんな状況で焦らない方がおかしいでしょ」
すると、セルジュが顔を挟んでいた私の両手を掴み、顔から離す。
「そうだな。だが、焦るな。お前はこれ以上ないくらい優秀な治療師だ。だから、落ち着いて、一つ一つ治療法を探していこう。クレアなら出来る。俺たちを、ノルンを救ってくれたように」
私の手をセルジュがぎゅっと強く握る。
不思議と私は肩の力が抜けていく。
焦るな、か。
確かに。
焦らない方がおかしい状況かもしれないが、焦ったところで仕方ない。
むしろ、気持ちが焦っていたせいで、周りが何も見えなくなっていた。
シャルルベールさんとの話だって、もう少し落ち着いて、シャルルベールさんの気持ちを汲み取っていれば、違う結果になっていたかもしれない。
そう、やはり私はシャルルベールさんが魔道具を本当に捨てていたとは思えないのだ。
これは完全に私の失敗だ。
「……ありがとう、セルジュ」
「……あ、ああ」
セルジュが握っていた手をパッと離す。
そして、前へ向き直ると、またどこか遠くを見るのだった。
見ていないようで、なんだかんだ見てくれていたのだ。
私はついふっと笑みがこぼれる。
「……行くのか?」
「うん」
私は立ち上がる。
セルジュのおかげで余計な雑念が吹っ切れた。
私はセルジュと同じように、真っ直ぐに前を見つめる。
そして、再び歩き出すのだった。
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