21.暗中模索
「おはようございます。シャルルベールさん」
そう言って、全身真っ白の仮装セットを着込んだ私は事務室へと入るのだった。
「うむ、様になってきたようじゃの」
だから、嬉しくない。
すると、シャルルベールさんが不思議そうに私の手元に視線を送る。
「はて。誰かへの献花かの?」
私の手には、昨日買い込んだ薬の材料となる花があったのだ。
「私なりの治療を試しても良いと仰っていたので、これらの薬を与えてもよろしいですか?」
「おお、無論じゃ。そうか、薬の原料とな。では、お手並み拝見といこうかの」
シャルルベールさんは後ろ手を組みながら、ゆっくり病室へと向かう。
私もそれに従い、階段を上り、二階の病室へと入っていった。
昨日と変わらず、力ないうめき声が、そこかしこの病床から聞こえてくる。
二階はフロア一面が病室となっており、五十の病床が均等に配されているのだった。
私はその一人一人のベッドを巡りながら、こう説明していく。
「ミッドランド帝国から来た治療師のクレアと申します。ミッドランド帝国では、このような植物などを原料とした薬を使って、特定の病気を治療しています。例えば、このセレドの花はある熱病に効果があります。この病気に効き目があるか分からない上、予期せぬ副作用が出る可能性がありますが、ご協力頂けませんか?」
緊急事態とはいえ、望まぬことを行いたくはない。
そうして説明していったところ、効果も定かではないにも関わらず、三十人以上の患者の同意を得ることが出きた。
弱みにつけ込んでいるようで申し訳ないという気持ちもあるが、私だって本気で治したいと思っている。
だから、それを少しでも信じてくれたことに感謝しつつ治療を開始する。
昨日買った花はクレージュ、セレド、サビティラの三種類なので、それぞれ十人ずつに与えて様子を見ることにした。
どの花も基本的には解熱や鎮痛作用のあるものだ。
私はベルトポーチからシリンダーを取り出すと、クレージュの花を詰め込み、魔力を込める。
それの様子を見たシャルルベールさんが、突然、素っ頓狂な声を上げる。
「あ、あんた! そりゃ魔道具か!?」
「はい、そうだと思います。どうやって帝国が調達しているのか分かりませんが、帝国の治療師になった際に協会から支給されたものです」
外部の人間が、自分たちの専売特許である魔道具を持っていることに驚いたのだろうか。
確かに、これも当たり前と思っていたが、どこから入手したのだろう。
まぁ、世界は広いから、魔法の仕組みを解明して一から魔法陣を組み上げることは出来なくとも、魔法陣をそのまま複製して魔道具を作成する技術は、アルヴィニア人以外にも習得している者はいるかもしれない。
ただ、シャルルベールさんの驚きは、どこかそのようなものとは違っているように思えた。
「……ほ、ほぅ。……上の花がしわしわになっとる。……それで、下の筒に花と同じ色の液体が溜まっとると」
マスクのクチバシが当たりそうなくらい、まじまじと私のシリンダーを見つめている。
「あ、あの、もうよろしいですか?」
「ん!? あ、ああ! オ、オホン! 続けて構わんぞ」
私は黄色のクレージュから抽出した薬を、症状の進行度がバラバラな十人に飲ませた。
そして、同じようにセレドとサビティラもシリンダーで抽出し、それぞれ十人ずつに投薬したのだった。
その度に、いちいちシャルルベールさんが、ほぅと感嘆しながら、シリンダーをしげしげと見るのだった。
私は全員に薬を飲ませ終わった後、いてもたってもいられず、つい聞いてしまった。
「シャルルベールさん。アルヴィニアでは薬を使われないので、珍しい魔道具かもしれませんが、そんなに気にする程の物ですか? 私にはかまどの魔道具の方がよっぽどスゴい物に思えますが」
「かまど? ああ、そうじゃな。あれも魔道具じゃな。あんなもんの使い方なんて誰でも知っとるからどうでもいい。そうじゃないもんは……」
その瞬間、シャルルベールさんはハッとしたように手をぶんぶんと振る。
「そんな話はどうでもいいわい! 薬の効き目はどうなったんじゃ!」
私はどうにも腑に落ちなかった。
何か隠しているのか。
ただ、これ以上の詮索は難しいだろう。
私は最初に投薬した患者の方へ戻り、様子を見ていく。
「これでしばらく様子を見ましょう。すぐに効果は現れないでしょうから」
それから、数時間、保全省の職員が定期的に治癒魔法をかけていっていたが、症状が改善する様子はなかった。
投薬後、しばらくは熱が下がったり、痛みが和らいだりしたようだが、完治することはなく、再び元の症状に戻るのだった。
「あんたの薬も効かんようじゃの」
悲しいのか嬉しいのか良く分からない声で話し掛けるシャルルベールさん。
「……そうですね。まぁ、まだ初日ですから。他にも違う材料で作って、投薬を行ってみましょう」
とは言ったものの、正直焦りが募る。
ここまで全く効果がないとなると、まさに暗中模索だ。
まだ、今回投薬した三種類の中に、少しでも優位性のある薬があったら、それに似た効能の薬を使っていくというような方向性が見えたのだけど。
どうやら、今はまだ手探りで進んでいくしかないようだ。
だけど、与えられた時間は多くはない。
もっと効率的に進めなければ。
「シャルルベールさん。私はあくまで、呪いではなく、病気だという考えのもと、お聞きしたいのですが。過去、似たような病気が発生したことはありますか?」
「ない。断言出来る」
そうきっぱりと言われてしまっては、取り付く島もなかった。
何か少しでも情報を得ようと思ったのに。
落胆した様子を見せる私に、シャルルベールさんが絞り出すような声でぽつりぽつりと言った。
「突然の出来事じゃった……。息子も娘も、老いぼれを残して、あっという間に逝きおった……。わしらが何をしたと言うんじゃ。なぜ、わしらだけがこんな仕打ちを受けなければならんのじゃ。……これは、呪いでなくてはならんのじゃ。薬で体の症状が回復したとしても、呪いでなくてはわしらの魂までは救われんのじゃ」
シャルルベールさん、あなたは間違っています。
とは、言えなかった。
私にそんなことを言う権利なんてない。
魂を救う。
それも立派な治療の方法の一つかもしれない。
もしかしたら、その方法を突き詰めた結果、辿り着く場所は偶然同じかもしれない。
だから、シャルルベールさんはシャルルベールさんの、私は私の信じる治療をして、皆を助ければいい。
だけど、本当の意味でアルヴィニア人を救えるのはシャルルベールさんかもしれない。
私は無言で病室を去ったのだった。
保全省の別棟を出ると、すぐにレオンがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「クレアさーん! 今日の治療は終わり?」
「ええ。今日のところは、ね。レオンはどうしてここに?」
「つれないなぁ、クレアさん。俺も仕事が終わったから、クレアさんを迎えに来たんだよ」
「そうだったの? ありがとう。レオンも仕事があるの?」
「もちろん! 奴隷だからね!」
胸を張って言うことではないと思うが。
「どんな仕事してるの? 大変じゃない? 大丈夫?」
「全然! ……そうだ! まだ帰るには早いから、俺の仕事見ていく?」
キラキラと瞳を輝かせて私を見つめるレオン。
私もレオンの仕事に興味があったので、二つ返事で答える。
「うん、見たい」
「やった! じゃあ、着いて来て!」
そう言ってレオンは町の西方、ダークレヴ居住区のある方へ向かって歩き出した。
しばらく他愛もない話をしながら歩き、ダークレヴ居住区に入ってもまっすぐ進み、遂には西門の前まで来ていた。
「町の外でみんな仕事してるんだ」
ということは、レオンは仕事が終わって疲れているにも関わらず、わざわざ保全省の別棟のある町外れまで迎えに来てくれていたのか。
そんなことまでしなくていいのに。
なんて言ったら、またつれないなと悲しい顔をするだろう。
だから、その分、ありがとうと言おう。
「皆、どんな仕事をしているの?」
私たちは西門をくぐり、町の外に出た。
すると、すぐに立派な広大な畑が目に飛び込んできた。
「まぁ、見ての通り、畑仕事が中心かな」
農作業している人たちは、そろそろ仕事を切り上げようという頃合いで、カゴに詰めた収穫物を荷車に積んでいるところだった。
どの作物も十分に収穫出来ているように見えた。
だが、それらを積んでいるダークレヴの人たちは、皆、やせ細っていた。
「あんなに美味しそうな野菜が一杯採れてるのに……」
「うすうす気付いてると思うけど、あれは俺たちが食べられるものじゃないんだ。みんな、アルヴィニア人のための食事だよ。俺たちが食べられるのは、出来損ないか腐りかけの野菜だけだよ」
「じゃあ、私たちの昨日の食事は?」
「あれはブラックマーケットで買ってきたものだからね。俺たちはアルヴィニアの店じゃ買い物なんて出来ないけど、俺たちの中にも彼らとの仲介役みたいな人がいてね。それがブラックマーケットのココルさん。お金さえ渡せば何だって仕入れてくれるんだ」
自分たちで作った野菜を、高いお金を払って買い戻す。
何とも馬鹿らしい話だ。
「……皆、不満に思ったりしないの?」
「不満? そりゃ不満だらけに決まってるよ。だけど、俺は生まれてずっとこの生活だし、他の世界だって知らない。それに、結界があるから外の世界に逃げ出すことだって出来ない。だから、みんなこれが当たり前だと思って、諦めてるよ、きっと」
そうだ。
ここは閉じられた世界なのだ。
逃げることも、戦うことも出来ない彼らは、ただ従順な羊となるしかないのだ。
不確かな呪いを解くための供犠にされようとも。
「……レオンも彼らと同じように畑仕事をしてるの?」
「ううん、俺は違う仕事なんだ。こっちこっち!」
中央のあぜ道を進み、森の奥の方に入っていくと、木の柵やちょっとした小屋が見えてきた。
動物の鳴き声が聞こえ、アレの臭いが漂ってくる。
「ここがヤギ小屋で、あっちが養鶏場。俺の仕事はこいつら、家畜の世話だよ」
「そっか。家畜もいるのか……」
そう言いかけた時だった。
目の端に物凄い勢いで黒い影が横切る。
そして、その影は一瞬にしてレオンに飛び掛かる。
「レオン!!」
私はとっさに叫ぶ。
だが、返ってきたのは予想外の声だった。
「あははははは! くすぐったいよ!」
笑い声。
だけど、私はいまだに笑えなかった。
レオンに飛び掛かり、顔をベロベロと嘗め回しているのは、巨大な真っ黒いフォレストウルフだからだ。
こんなに大きくて黒い毛並みのフォレストウルフは今まで見たことのない種類だったが、フォレストウルフに間違いないだろう。
「レ、レオン……? だい、じょうぶなの?」
「え? ああ、大丈夫だよ。こいつは俺のペットのクロ。森の野獣から家畜を守ってくれてるんだ」
レオンの横でどっしりとお座りをして背中をなでられているクロは、自慢げに私を見下ろしていた。
クロとかいう名前のレベルじゃないだろ。
「クロ、こっちはクレアさん。俺の命の恩人」
するとクロは鼻をふんふんと鳴らしながら、私に顔を近づけた後、伏せをして頭を下げた。
レオンをちらと見ると、笑顔でうなづいている。
私は恐る恐るクロの頭に手を置き、優しくなでた。
ふわふわとした毛が気持ち良かった。
どうやらクロも気持ち良い様子で、目を細め、ハッハッと口を半開きにしていた。
こうして見るとまるで犬のようであるが、そこから見せる巨大な牙が私を現実に引き戻す。
「この子は一体どうしたの? フォレストウルフは群れで生活しているはずでしょ?」
「こいつは生まれたばっかりの時、群れからはぐれたのか、森の外れで一匹でいて、イノシシに襲われてたんだ。それを助けてからずっと一緒なんだ。もう、こいつも人間の匂いが付いちゃったから群れに戻れないし、かと言って危険な森で一匹でエサを捕って暮らすことも難しいからね。クロも俺たちも似たような境遇って訳さ」
「ほるほどね。……それにしても、フォレストウルフがこんなに人に懐くなんて。帝国じゃ見たことなかったな」
「ああ、それは俺たちだからかもしれない。じいちゃんに聞いたことがあるんだ。俺たちダークレヴはアルヴィニア人と違って魔法は使えないけど、不思議な力を持ってるって」
「不思議な力?」
「そう。動物に好かれる力なんだって」
動物に好かれる力。
何とも可愛らしい力だ。
そう言えば、いつの間にかヤギたちも柵のところまで寄ってきて、レオンに向かってメェメェと鳴いている。
「特に俺がみんなより強い力持ってるみたいで、こいつらの世話を任されてるんだ。こいつら大人しくて、ちゃんと言うこと聞くから、全然大変じゃないよ」
その力のおかげで、レオンが適任という訳か。
「あ、そうだ! せっかくここまで来たんだから、ちょっと来て!」
そう言ってレオンが駆け出していくので、私もそれに着いていく。
とある柵に囲まれた場所へ近付いていくと、そこにいたのは何と牛だった。
「え? 森に牛?」
「そう! 俺の小さい頃、どこからか逃げ出して来たのか、森に迷い込んだらしくてね。そこから少しずつ数を増やしてみてるんだ!」
何だか簡単に言っているが、そんなこと出来るのだろうか。
牧畜のことは良く分からないが、これが普通のことならば、美味しいステーキをもっと一杯食べられているはずだ。
だから、これは動物に好かれる不思議な力の賜物に違いない。
「ちょっと待ってて」
そう言って小屋に入っていくと、何かを持ってすぐに出てきたレオン。
手にしていたのは木のコップで、それを私に差し出した。
「はい、搾りたての牛乳。ちゃんと煮てあるから」
「すごい! いいの?」
「ないしょだよ」
レオンが片目を閉じ、いたずらっぽく笑う。
「じゃあ、いただきます!」
そう言って私はコップを傾ける。
甘い。
すごく甘い。
今まで飲んできた牛乳が水みたいに感じるくらい、濃くて甘い牛乳だった。
それでいてしつこくない。
ゴクゴクと喉を鳴らして、一気に飲み干してしまった。
「どう? 俺の仕事は?」
「すごいよ、レオン! 最高!」
レオンは途端に照れてしまった。
はたまた夕焼けのせいか。
レオンの顔は真っ赤になっていた。
こんなに純真なレオンが殺されるなんて、やっぱり何かが間違っている。
シャルルベールさんが呪いでなくては、自分たちは救われないと言っていた。
じゃあ、そのために殺されるダークレヴは救われるのか。
望まぬ死によって救われるなんてありえない。
相反する両者の思い。
それに答えを出すことは出来るのだろうか。
いや、出すしかない。
出せるとしたら私たちしかいないはずだ。
きっとこの国の異物たる、異邦人である私たちにしか出せない答えだ。
その答えによって、この国の運命が変わるに違いない。
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