17.アルヴィニアの民

「……ん。……う、ううん。……こ、ここは」

「あっ、目が覚めた?」


 褐色の彼がベッドから起きようとするのを、私は慌てて止める。


「まだ起きないで! 傷口を魔力で無理矢理塞いでるだけだから、安静にしてないとまた開いちゃう。リジェネレーションで回復力を高めているけど、まだまだ療養が必要だから」


 そう言って私はコップに入ったニンジン色の濁った液体を渡す。


「血も全然足りてないから、いっぱい栄養取って欲しいんだけど、食事はまだ難しいと思うのでとりあえずコレ、飲んでください」


 彼は不思議そうな顔でコップを受け取ると、鼻を近づけ、そして一気にグイっと飲み干した。


「……うまい」

「そう? 良かった。色んな野菜とか薬草を混ぜたジュースです。結構、苦手な人多いんだけどね」


 彼は無表情のまま、手にした空のコップに視線を落としていた。

 切れ長の目に、細い顎、そして尖った耳。

 中性的で絵画のようなその顔は、何かを思い詰めている様子だった。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「……ありがとう」

「どういたしまして。私はクレア。あなたは?」


 しばらく間が空いた後、ぼそりと呟く。


「……レオン。レオン・ブラッド」

「そう、よろしくね! レオン!」


 そう言って私は手を差し出す。

 すると、驚いた顔で私の方を見るレオン。

 レオンを襲った男たちと同様、やっぱり年齢不詳な見た目だが、どこかあどけなさが残る顔立ちだった。


「どうしたの?」

「……し、知らないのか?」

「何を?」


 すると、レオンはまた驚いた顔を見せると、言い淀みながらこう言った。


「……俺たちは、汚れた種族だって」

「そう、よろしく! レオン!」


 私はレオンが両手で握りしめているコップを無理矢理奪うと、そのまま右手で握手した。

 レオンが三度目の驚いた顔をしながら、私と私に握られた手に視線を往復させた。


「だから、俺、汚れた種族なんだってば」

「じゃあ、レオンは知ってる? 私たちは下賤で低脳な種族なんだって。あいつらが言ってた。どうせ、その汚れた種族っていうのもあいつらが言ってるだけでしょ?」


 それを聞いたレオンは静かに、コクリと頷く。


「レオンは私みたいな下賤で低脳な種族に、こうして触れるのは嫌?」


 すると、レオンはぶんぶんと首を横に振る。

 素直で聡明だ。

 そして、そんなレオンが罪人だなんてとても信じられなかった。

 だから、私は素朴な疑問をぶつけてみる。


「何でレオンはあいつらに襲われてたの? あいつら何者?」


 レオンはまた考え込むように黙り込んでしまった。

 だが、決心したのかゆっくりと話し始めた。


「あいつらはアルヴィニアの兵士さ」


 アルヴィニア?

 聞いたことのない地名だった。

 でも、確かにレオンやあいつらの見た目は私たちと少し違う。

 それがアルヴィニア人の特徴なんだろう。

 私はレオンの話に耳を傾ける。


「奴らは自分たちにかかった呪いの原因を、俺たち奴隷のせいにしようとしているんだ」


 急にパワーワードが色々と飛び出してきた。

 呪い? 奴隷?


「ちょ、ちょっと待って! その、レオンは……奴隷なの?」


 するとキョトンとした顔で、さも当たり前のようにレオンは言う。


「そうだよ。だって、この肌の色見ろよ」


 健康的な褐色の肌だ。

 スベスベで毛が全くない。

 とてもうらやましい。

 いや、そういうことではないな。

 レオンを襲ったアルヴィニアの兵士という男たちは、確かに透き通るくらい真っ白な肌をしていた。

 その違いのことを言っているのだろう。


「アルヴィニアでは、レオンみたいな褐色の肌の人は奴隷として扱われているの?」

「そう。汚れた種族だってね」


 私には理解出来なかった。

 というか、したくなかった。

 正直、私にはあいつらもレオンも少し肌の色が違うだけで、どちらも一緒の人に見える。

 それを、そんな理由で奴隷として扱われるということに、自分が帝国で受けた身分や性別に対する軽蔑と重ね合わせ、内心憤慨していた。

 だけど、今はその気持ちを抑え、続けて質問する。


「アルヴィニアの内情は分かった。それで、呪いっていうのはどういうことなの?」

「呪いという他ないんだ……。ある時、突然、アルヴィニアの住民たちの中に、高熱を出して、全身激痛に襲われながら死んでいく者が出たんだ。それが翌日には一人増え、二人増え、どんどんと数を増していった」

「それがどうして、レオンたちのせいだってことになるの?」

「理由は二つあるんだ。一つ目は、なぜか奴隷の俺たちから、そうやって死んでいった者がほとんどいないこと。そして、二つ目が、その呪いにかかった者は、肌が黒くなって死んでいくからなんだ」


 肌が黒く?

 そうか。

 レオンたちは肌の色が濃いという理由で奴隷にされているのだ。

 それが、死んだ者の肌が黒くなって、しかもレオンたちの中にはそうやって死ぬ者がいないとなれば、今の扱いに不満を持った奴隷の中の何者かが、呪いをかけたと考えるのも腑に落ちる。

 だけど、呪いなんてあるのだろうか。

 しかも、そんな都合の良い呪いなんて。

 そんなことが出来るなら、奴隷になんかなっていない気がする。

 それに、高熱が出るという状態から見て、呪いというより、何らかの病気にかかっている可能性が高いと思う。

 ただ、肌が黒くなるなんて病気は聞いたことがないし、何より不可解なのは、レオンたちにはかからないということだ。

 アルヴィニア市民にはかかって、奴隷にはかからない。

 そんな病気があるのだろうか。


「……それで、レオンは助けを求めにアルヴィニアを抜け出してきたの?」

「……うん、まぁね。正確には、処刑される前に母さんたちがこっそり逃してくれたんだ。……だけど、兵士にバレたみたいで、ここへ辿り着くギリギリのところで、あいつらに襲われたんだ」

「処刑!? どうしてレオンが処刑されるの?」


 また、パワーワードが飛び出した。

 そりゃ帝都にいた頃だって、罪人の処刑はあったけど、あくまで法に従った、れっきとした罪人に対する処刑だから、別に自分とは関係のないことだったし。

 だけど、目の前にいる、辛うじて一命を取り留めた人間が、国に戻れば命を奪われてしまうなんて。


「処刑は見せしめさ。早くこの呪いを解かないと奴隷を一人一人殺していくぞというね」


 そう言って自嘲気味に乾いた笑みを浮かべるレオン。

 一体、私は何のためにレオンを治療したのだろうか。

 もし、呪いなんかではなかったら、処刑に意味なんて何もない。

 ただ殺されるだけだ。

 アルヴィニアの偉い人たちは何を考えているんだ。

 まずは原因究明に全力を尽くすべきなんじゃないのか。

 それが出来ないのであれば……。


「私がやってやる!」

「へ? い、いきなりどうした? お、俺を処刑するのか?」

「え? あ、ち、違う違う! レオンが処刑されるくらいなら、その呪いとやらの原因を突き止めて何とかしてみせるってこと。そうすれば、もう見せしめの処刑なんて必要ないでしょ?」

「そりゃそうだけど……。でも、そもそもアルヴィニアには入れないんじゃないかな。他国との交流なんて一切ないから。入れたとしても原因を調べさせるなんてこと、彼らのプライドが許さないと思うよ」

「だけど、原因が分からず、奴隷を処刑するなんて暴挙に出てるようじゃ、彼らだって切羽詰まってるはずだから、背に腹は代えられないと思うけど。そこを上手く突けば……。私だってミッドランド帝国の治療師の端くれだからね」


 レオンは腕を組んでうーんと唸る。

 その顔は、さっきまでよりどこか明るく見えた気がした。


「まぁ、その辺は私たちの方で何とか考えておくから、レオンは療養することに専念しなさい。まだ、完治まではしばらく時間がかかるから」

「分かった。……ありがとう、クレア」


 そこで私は初めて、レオンの本当の笑顔を見ることが出来た。

 私は少しだけ安心して病室を出た。

 すると、そこにセルジュとアルベルトが待っていた。

 私は彼らの顔を見渡して、こう切り出した。


「相談があります」


―――――――――――――――――――――――――――


「……という訳なの」


 私はセルジュの執務室で、向かいのソファに座る二人にレオンから聞いた話を子細に伝えた。


「……アルヴィニア。聞いたことのない国だね」


 アルベルトが腕を組み、首をかしげる。


「俺もじいさんから聞いていただけで、アルヴィニア人を見るのは初めてだ」

「そういえば、セルジュ君は彼らに向かって掟がどうとか言っていたな」

「ああ。彼らは古くからミュルク大森林に住む者で、森の民なんて呼ばれていたりするらしい。自分たちが最も優れた人種だと考え、他の人種は劣った存在だという思想から、基本的に国交は断絶している」

「それでレオンたちを汚れた人種だなんて呼んだり、私たちを下賤な人間なんて言うんだ」

「それが原因なんだろうが、遥か昔にノルンとアルヴィニアでいさかいが起きたらしい。その際に、お互い干渉するのはやめようということで、掟が出来たようだ」

「お互い関わりを持たず、それぞれの民を傷つけるような真似はご法度というものか」

「そんなところだ。だから、今回のレオンの場合はそれを逆手に取って、ノルンの領土において彼を死なせることはできないということになる」

「でも、レオンがアルヴィニアに戻ったら、処刑されてしまう。だから、私はレオンを助けるためにアルヴィニアに行く。もし、呪いと呼ばれるものが病気だったら、多くのアルヴィニア人を助けられるかもしれないし」


 それを聞いたセルジュが苦笑いをする。


「クレアのその行動力には敵わないな。だが、排外主義のアルヴィニアがそう簡単に受け入れるとは思えない。……俺も行こう。ノルンの代表として話を通した方が多少は効果があるだろう」

「……ごめんね、セルジュ。こんな大変な時に、私のわがままでまた問題起こして」

「問題が起こっているのはアルヴィニアだ。クレアが気にすることではない」

「ありがとう……」


 そこで一際大きな咳払いをするアルベルト。


「当然、私も行こう。私の任務はクレア君を守ることだ。アルヴィニアで何があるか分からないからね。ノルンの方は副団長に任せておけば大丈夫だろう」

「ありがとう! アルベルト! 私も、ノルンのいつもの患者は事務の子にお願いするつもり。もし、緊急の事態が起こっても、魔力水晶があるから。これを割ってもらえば、私の持ってる水晶も割れて、戻らなきゃいけないことが分かるようになってるの。だから、ノルンの方は大丈夫だと思う」


 それを聞いて、セルジュがひざをポンと叩く。


「決まりだな。レオンが完治したらアルヴィニアに向かおう」


 私たちは頷き合い、決意した。

 乗りかかった船だ。

 もう、ここまで来てレオンを見捨てることは出来ない。

 何としてでも守らなければ。

 それが治療師としての私の使命だ。

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