14.神殿騎士

 翌日、目が覚めるとなんだか町が騒がしかった。


「うぅ、頭イタイ……。ダルい……」


 完全に二日酔いだった。

 どうやって家に帰ってきたのかすら良く覚えていない。

 私は冷たい水で顔を洗い、素早く身支度を整えると、外の様子を確かめるべく家を出た。

 騒ぎの元は町の入口の方で起こっているようだった。

 ぞろぞろと野次馬の群れに従い、私もそこへ向かった。

 道を曲がって町の入口の前に出ると、そこには黒い鳥が大きく描かれた旗を掲げる、武装した五十名くらいの集団が目に飛び込んできた。


「モーリアン教会!!」


 間違いない。

 あのシンボルはモーリアン教会のものだ。

 私の出した異端審問の告訴状によってやってきてくれたのだろう。

 これで一先ずは帝国軍が攻めてくる心配はないはずだ。

 そう胸を撫で下ろすのも束の間、なにやら険悪な雰囲気の声が聞こえてくる。


「……だから、何度言えば分かる。別に隠してなどいない」


 これはセルジュの声だ。


「嘘をつけ! この通り、彼女から窮状を訴える手紙が届いたのだ! 彼女に傷一つ付けてみろ! 我ら神殿騎士団が神に代わり、お前たちに裁きの鉄槌を下すぞ!」


 そう怒声を上げているのはもしかして。

 久々に会うから緊張する。

 金髪をキラキラと揺らしながら、セルジュに向かい、真っ直ぐな視線を向ける青年。


「ア、アルベルト様!!」


 私は人混みをかき分け、何とかセルジュの横に立つと、アルベルト・クローディス、その人と久方ぶりの対面を果たしたのだった。


「ク、クレア君! 大丈夫か!?」


 正直、大丈夫かと聞かれれば大丈夫ではなかった。

 ここまで走ってきたせいで、頭が破裂するのではと思うくらいガンガンと激しい痛みを引き起こす。

 しかも、吐き気もしてきてまともに喋れない。


「……やはりか」


 な、何がやはりなのでしょうか、アルベルト様。

 私が落ち着くまでお待ちください。


「クレア君の手紙に書いてあった通りだ! お前たちノルン人が治療師であるハウザー氏を拉致し、人体実験を繰り返していたのだろう!? まさか、クレア君までその手にかけるとは!!」


 いやいや、逆です!!

 アルベルト様!!

 私は口元を押さえながら、もう片方の手をぶんぶんと振る。

 すると、その手がガシッとアルベルト様に掴まれる。

 驚きを通り越してもう訳が分からなかった。


「こんなにツラそうにして……。だが、もう大丈夫だ。私がこの野蛮人どもから君を救い出す!」

「おい、言いがかりはよせ。野蛮人も取り消せ。あと、その手を離せ」


 セルジュが凄みを利かせながら、ずいっと前に出る。

 ああ、もう!

 火に油を注ぐんじゃない、バカ!


「言いがかりだと? では、なぜ彼女はこんなに苦しそうなんだい?」

「……それは、昨日飲みすぎたせいだろう」


 セルジュの言う通りなのだが、そこは恥ずかしいから誤魔化して欲しかった。


「ハーッハッハッハ!」


 ほら、笑われちゃった。

 恥ずかしい。


「まるで自ら望んで飲んだような言い草だな」


 ん?

 自ら望んでワインボトルを三本空けましたが?


「お前たちが実験のため無理矢理に薬を飲ませたのだろう!!」


 だから、違うっての!


「だから、言いがかりはやめろ。野蛮人を取り消せ。あと、いい加減手を離せ」


 あんたもちゃんと説明しろ!

 ぶっきらぼうにも程がある!


「では、なぜ彼女は、我々がノルンに到着したというのに君と一緒に来なかったのだ? 連れて来いと言っても君は渋っていた。そこへこんな様子で彼女が飛び出してきたのだ。薬を飲ませ、軟禁していたところをやっとの思いで逃げ出してきたに違いない!」

「何度も呼んだが起きなかったから置いてきただけだ」


 そうだったの?

 知らなかった……。


「ふん、君が薬で眠らせていたというのに白々しい」

「いや、こいつは薬なんて使わずとも勝手に潰れて寝てしまうぞ。いくら起こしても起きないから、昨晩も俺がベッドまで運んでやったんだ」


 そうだったの!?

 知らなかったんですけど!!

 というか、余計なことしか喋らないなこいつ。


「ベッド……だと?」


 とある一語によって、ふるふると怒りに震えるアルベルト様。

 あの、よからぬ想像していませんか?

 アルベルト様?


「私の命の恩人に、消えない傷まで付けたのか!?」

「おい、その辺にしておけ。彼女は俺たちにとっても命の恩人だ。その恩義に報いようとする俺たちを侮辱するなら容赦はしない」

「お前たちの恩人……? どうも要領を得ないな。話を整理しよう。まず、君たちは辺境に住む異教徒の野蛮人だろう?」

「お前たちから見れば辺境に住む異教徒かもしれんが、野蛮人ではない。取り消せ。そして、クレアの手を離せ」


 その時、ようやく胃のむかつきが下りていったので、バッと手を離す。


「ア、アルベルト様! ご機嫌麗しゅう存じます。久しくご無沙汰しておりましたが、お目通り出来て光栄にございます!」

「クレア君! 大丈夫なのかい!?」

「はい、神のご加護のお陰で、この通り健やかに。それより、ぜひ聞いて頂きたいお話がございまして……」


 それから、私はここノルンで起こったことについて一通り説明したのだった。


――――――――――――――――――――――――――――


「……なんと、そんなことが。……確かに、手紙にもそう書いているな」

「ええ、誤解が解けたようで何よりです」

「しかし、信じられない。帝国の者であれば、誰しもが先程の私のように捉えるだろう。それがノルンという国に対する印象だからな。悪く思わないでくれ」

「それだけか?」


 セルジュがトゲのあるような言い方をする。

 ようやくこの場を収められそうになったというのに。

 教会とまで対立してどうする。

 私はおろおろとした表情でアルベルト様の方をちらりと見る。

 だが、怒るどころか、アルベルト様はバツの悪そうな顔で手をセルジュの方へ差し出しているではないか。


「先程までの無礼を詫びよう。野蛮人という発言も撤回する。これまでクレア君を守ってくれて感謝する」


 やっぱりアルベルト様は他の貴族と違って、とても素敵なままだった。


「ノルンに歓迎しよう。クレアはこれからも俺が守る」


 ガシッと固い握手を交わす二人。

 固く握り合う。

 だが中々、手を離さない。

 そこへアルベルト様がニッコリと、作り笑いで問いかける。


「……ところで、なぜ君はクレア君のことを呼び捨てにしているのだ?」

「俺は堅苦しいのは嫌いだ。それに、帝国では生まれや性別で人の価値が決まるそうだが、俺には理解出来ん」

「ちょ、ちょっとセルジュ! 喧嘩しないでよ!」

「セ、セルジュ? 君もクレア君から呼び捨てに?」


 すると、アルベルト様はとても苦しそうな顔でしばらく頭を抱えていたが、絞り出すようにこう言った。


「……では、私のこともアルベルトと呼ぶことを許可しよう。敬語も不要だ。……もっとも、君は最初から使っていなかったがな」


 そして、私の方に振り向くと、爽やかな笑顔をきらめかせながら言った。


「クレア君! 君も、いや君こそこれからはアルベルトと気軽に呼んでくれたまえ。堅苦しい敬語なんて使わないでくれ! ……ああ、こんな世界が訪れることをどんなに待ち望んだだろうか」

「はぁ。わ、分かりました。それでは……」


 確かに今まで、私は平民、アルベルト様は貴族という立場である以上、決して越えられない壁がそこにはあった。

 別にそれが当たり前のことなので、どうということもなかった。

 けれど突然、その壁が、本質は変わらないとしても、ノルンにいる間だけは取り払われたように思えた。

 でも、いざ壁の向こうに行くことを想像すると少し緊張する。

 私はコホンと咳払いする。


「ア、アル……」

「では、アルベルト。立ち話も何だから役場の方へ行こう」

「おい! セルジュ!! なぜ、お前に先に呼ばれなければならないんだ! ああ、私の初めてが……」


 アルベルトはがっくりとうなだれてしまった。


「そうか。すまんな。行くぞ」


 そう言ってセルジュはぷいと後ろを向き、スタスタと歩き出してしまった。

 まったく。

 あんなところで被るなんて、タイミングの悪い。

 でも、そんなピンポイントで間の悪いことが起きるものだろうか。

 いや、考えすぎか。


「さ、私たちも行きましょうか、アルベルト」


 そう言って私はアルベルトの肩をポンと叩く。

 その瞬間、アルベルトの顔がパァーと明るくなる。

 セルジュと違って表情がコロコロと良く変わる人だ。


「うむ、そうだな。クレア君!」


 そうして、ようやくモーリアン教会の神殿騎士団をノルンに入国させることが出来たのであった。

 これで、とりあえずは帝国から手を出される心配はなくなったが、セルジュとアルベルトの仲には少しだけ不安を感じるのだった。

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