6.不治の病
「ガスパルさん!!」
私は思い切り師長室のドアを開けるのだった。
するとそこには、いつもの薄ら笑いを浮かべたガスパルさんが、待ってましたと言わんばかりに椅子へ深く腰を下ろしていた。
「薬草を採ってきてくれましたか。ご苦労様です」
「そんなことはどうだっていいんです! オーグマさんの奥さん、ワグマさんはどこにいるんですか!? 容態は大丈夫なんですか!?」
するとガスパルさんが貼り付けたような笑顔のまま、厳しい視線を私に投げる。
「それを知ってどうするというのですか?」
「と、とにかく治療院に姿が見えなかったので、ワグマさんが無事か確認して、それから容態を見て……」
「容態を見てどうするのですか? あなたが治療するとでも? 誰も治療出来なかった原因不明の奇病、石化病を。蛇の毒とは訳が違うのですよ」
「……出過ぎたマネかもしれませんが」
私はそう口にした。
これまでだったら、お前は女だから、平民だからと言われ続け、全てを諦めかけていた。
こんな世の中だから仕方ないとどこかで逃げていた。
でも、ノルンに来て一筋の希望が見えたのだ。
自分の居場所。
自分を必要としてくれる人たち。
そんな新しい世界と出会えたというのに、私が古いままの私でいたら、また全てを失ってしまう気がした。
だから、私はもう諦めない。
ガスパルさんの厳しい視線を真っ直ぐに見つめ返し、続ける。
「確かに、石化病なんて病気は初めて聞きました。治療法なんて知りません。ですが、私も治療師の端くれ。ガスパルさんのお手伝いだっていくらでも出来ます。これまでお一人で闘っていたのなら、これからは二人で闘っていきましょう!」
じっと見つめ合う私とガスパルさん。
しばらく流れる沈黙。
そして、それを破ったのはガスパルさんの吹き出すような笑いだった。
「な!?」
激昂しかけた私。
それをなだめるようにガスパルさんが両手をまぁまぁと出す。
「決して貴女を馬鹿にした訳ではありません。ただ、あまりにも期待通りだったので、嬉しくてつい笑みがこぼれてしまいました」
「期待……通り?」
「ええ、すみません。ちょっとしたテストをさせてもらいました。オーグマさんが治療師である貴女にワグマさんの話をすることは容易に想像出来ますから、それを聞いた貴女がどんな反応をするか試してみたのです」
「はぁ……」
私は一気に肩の力が抜けていくのを感じた。
「あんなに勢い良く部屋に飛び込んでくるのは想定以上でしたが、当然ワグマさんの状況を聞いてくるだろうと。その時、私が強く出てもそれでもなお食い下がるかどうか見定めたかったのです。それぐらいの覚悟がなければ、これから直面するであろう数多くの悲しみに耐えられないと思いましてね」
私は少し躊躇いながらもガスパルさんに尋ねる。
「その、やっぱりワグマさんは良くないんですか?」
ガスパルさんは真剣な面持ちで答える。
「今は小康状態なので、すぐにどうこうという状況ではありません。ですが、確実に病状は進行しています。原因が分かりませんので、念のため、この治療院ではなく別の場所に隔離しています」
「では、すぐにそこへ案内してください!」
「まぁ、落ち着きなさい。確かに、貴女の覚悟は良く理解しましたが、最前私が言ったように貴女が診たところでどうこう出来るものでもありません」
「それは……そうですが」
「ですので、貴女には別の仕事を手伝ってもらいます」
「別の仕事?」
「ええ。ファルメさんの看病です。彼女も石化病です」
「ファルメさんが石化病!?」
パルマちゃんの笑顔が脳裏に浮かぶ。
そして、私はさぁっと血の気が引くのだった。
「まぁ、まだ初期症状ですが、間違いありません」
「そんな……」
「彼女はひどく私を毛嫌いしていましてね。診察もろくにさせてもらえない上に入院も拒否されています。そこで、娘を助けた貴女なら心を開いてくれるのではないかと。ああ、この件に関しては治療費は取らなくて結構ですよ。治療なんてことは出来ませんから」
「……そうですか。分かりました。でも、私は何をすれば……」
「ご自身の思ったことを行いなさい。貴女も治療師の端くれなのでしょう?」
「そうですね。とにかくファルメさんの様子を見てきます。それとまたワグマさんの様子も見させてください」
「ええ、もちろん。それと、薬草採取と抽出の仕事は引き続き頼みますよ」
「はい。それでは一旦失礼します」
石化病。
治療法のない難病。
それがこの町に二人も。
いや、もしかしたらもっと一杯いるかもしれない。
今後、爆発的に流行するかもしれない。
だったら、どうにかして特効薬を作らないと。
そのためにもまずはファルメさんに怒りを解いてもらわなければ。
「おい! クレア!」
その声にハッと我に帰る。
治療院の外にはセルジュとオーグマさんが心配そうな顔でこちらを見ていた。
「どうだった? ワグマさんには会えたのか?」
「ううん、別の場所に隔離してガスパルさんが治療を行ってるみたい。今は小康状態らしいから心配ないみたいだけど」
「そうですかい。その話が聞けただけでも、おらは満足だ。……今日は疲れたで、先帰らせてもらうだ」
オーグマさんが力なくそう言うと、背中を丸め、とぼとぼと歩いていった。
「……大丈夫か?」
「え? ああ、うん。……セルジュにも話しておきたいことがあるの」
「何だ?」
「ファルメさんも石化病みたいなの」
「……そうか」
「驚かないんだね」
「薄々そんな気はしていた」
「そっか。それで、私、ガスパルさんからファルメさんの看病をするよう頼まれて」
「確かに、ガスパルよりクレアの方がいくぶんかマシだろうな」
「でも、やっぱり私一人じゃ心許ないからセルジュにも一緒に説得して欲しいんだけど」
「そうだな。その方が話が早い。無駄な時間をかける余裕はないからな」
「ありがとう」
そして私はセルジュと共にファルメさんの家に向かうのだった。
町外れのいちご畑を抜け、彼女の家の前までやってくる。
私は深呼吸すると、ドアをノックする。
「はーい」
中から幼い声がしたかと思うと、ドアが少しだけ開かれる。
「あ! おねぇちゃん!」
そして満面の笑みを見せるパルマちゃん。
「久しぶり。お母さんはいる?」
「……う、うん」
パルマちゃんがビクビクしながら家の中をのぞき込む。
「邪魔させてもらうぞ」
そう言ってセルジュが強引にドアを開け、家へと入っていく。
私もそれに続いた。
「……お邪魔します」
部屋には前と変わらず、ベッドの上で身を起こしたファルメさんが驚いた顔をしていた。
「あら、セルジュくん。久しぶり。貴女は……」
みるみるうちに眉間にシワを寄せていくファルメさん。
そこにすかさずセルジュが声をかける。
「ご無沙汰してます、ファルメさん。突然のご訪問すみません。今日は折り入って話があるのでお邪魔しました」
「……何かしら?」
「ファルメさん、石化病ですよね?」
何というストレートな物言い。
「そうよ。あの人と同じだから分かるわ」
あの人? ワグマさんだろうか?
「そうですか。石化病は今はまだ根本的な治療法は見つかっていない」
「……そうね。何が言いたいの?」
「だが、ガスパルが引き続き病気の解明を行っている」
ガスパルさんの名前が出た瞬間、烈火のような怒りに燃える形相を見せるファルメさん。
だけど、セルジュがそれを制止する。
「ファルメさん、あなたの気持ちは良く分かる。俺もノルンの皆も同じ気持ちだ。だが、それであなたの命が、皆の命が助かるなら……。それに、パルマのためにも。パルマには母親が必要だ」
「おかぁさん……」
「パルマ……」
母に抱き着くパルマ。
それをファルメは強く抱き返す。
「……それで? 話っていうのは?」
「私にファルメさんの看病をさせてください」
私はずいっとファルメさんの前に出ると後を続ける。
「ガスパルさんが病気を解明するまで、ファルメさんには長生きしてもらわなければなりません。ですので、私が出来るだけの看病をさせて頂きます」
「……そう言ってまた私たちから全てを奪う気でしょう?」
まだ治療費のことを気にしているのだろうか。
「あなたから何ももらうつもりはありません。パルマちゃんのためにも、一緒に頑張って闘いましょう!」
その言葉にファルメさんはセルジュを見た後、パルマちゃんに優しい視線を注ぐ。
「……分かりました。あなたはあの男とは違うようね。……面倒をかけるけど、これからよろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げるファルメさん。
私はセルジュと顔を見合わせると、互いに笑顔でうなずくのだった。
「それでは、色々と準備もありますので、今日はこれで失礼します」
「ええ」
「バイバイ! おねぇちゃん! またあした!」
そう言ってドアから手を振って私たちを見送るパルマちゃん。
私もそれに応えて手を振り返す。
「それで、明日からどうするつもりだ?」
「分からない……。とりあえず、治癒魔法で体力を回復させたり、痛みを和らげたり。とにかく私に出来ることをやるつもり」
「そうか。俺にも手伝えることがあれば言ってくれ。……大事な家族が助かるならば何だってやる」
「ありがとう」
空は夕焼けに真っ赤に燃えていた。
必死に勉強して、治療師の称号を得て数年。
自分はどんな病気でも治せるという根拠のない自信を持っていた。
それが、今日、現実を突きつけられて自分の無力さに気がついた。
この世にはまだ未知の病気がいくらでもあったのだ。
打ちのめされて、途方に暮れたい気分だった。
だけど、そんなことしたって誰かの病気が治る訳ではない。
とにかくがむしゃらに自分の出来ることをやる方が気が紛れてまだマシかもしれない。
とにかく明日から頑張ろう。
一番辛いのはファルメさんたちなのだから。
「クレア。その、なんだ……。これから時間あるか?」
ふいにセルジュが私に声をかける。
「え? 別に何もないけど」
「そうか。……まぁ、無理にとは言わんが、もしお前さえ良ければ、晩飯でもどうだ?」
「へ?」
「明日から大変だろうから英気を養ってもらおうと思ってだな」
「そう? じゃあ、遠慮なく」
私は何の気なしに承諾した。
色々なことがあり過ぎて、正直リセットしたい気分だった。
まさに渡りに船というやつだったのだ。
それだけだ。
そうして私たちは夕暮れの街並みへ消えていくのだった。
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