■16 そして1年後

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1年後、マルルでステフを待っていたのは、あいかわらずの堅物ミズ・DDと、両手いっぱいに花束を抱えたカイだった。


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 マルル空港に降り立ったステフは、太陽のまぶしさに目をすがめた。マルルの強烈な陽射しは、1年前と少しも変わっていない。

 しかしステフはといえば、大きく変わっていた。1年間、仕事をしながら夜間カレッジに通い、観光リゾート業の基本とそれにともなう自然保護や地域との関係について、世界中の事例をもとに探究したいま、ひとりのキャリアウーマンとしての自信を深めていた。

 入国ゲートでDDが出迎えてくれた。外は35℃近くの猛暑日だというのに、あいかわらずピシッとスーツで決めている。

「お待ちしておりました、ミズ・ハート」

「ありがとう、ミズ・DD。あなたは先週着いたの?」

「はい。最終的な打ち合わせがありましたので」

「あいかわらず頼りになる人」

「いえ……それより、ミズ・ハートのアイデアには感服いたしました」

「ほんとに?」

「はい。国王陛下も、殿下も、とてもよろこんでいらっしゃいます。それに、反対派のメンバーも……」

「よかった!」

「とにかく、まずは宮殿にまいりましょう」

「そうね」

 ステフはDDとともに迎えの車に乗りこんだ。


 宮殿の鉄門をくぐってしばらく行ったところで、少し先に、両手いっぱいに花束を抱える男の姿が見えてきた。

「え?」

 車が静かに停止した。正面玄関まで、まだ少し距離があるというのに。

 ステフは花束の男に目をこらしたあと、DDをふり返った。

 DDが軽くうなずきかけた。

「どうぞ、いらしてください」と手ぶりで示す。

 ステフは車から降り、男の方に歩いて行った。

 近づくにつれ、ステフの顔に笑みが広がり、足が速まっていく。

「カイ!」

 あと数歩のところまで来ると、ステフの顔には満面の笑みが浮かんでいた。

「お帰り、ステフ」

「ただいま、カイ」

 カイから大きな花束を受け取ったあと、ステフがしばし躊躇していると、カイが花束をいきなりわきへ放り投げた。

「ステフ、会いたかった!」

 そういって、ステフのからだを強く抱きしめる。

「わたしもよ、カイ」

 ステフはいったんカイからからだを離し、彼の顔をのぞきこんだ。

「あなたの気持ち、変わっていない?」

「もちろんだ。きみは?」

「変わってないわ。変わってないどころか、前よりもっと好き! 大好き!」

 カイが声を立てて笑った。ステフも笑った。

「会えない時間が、愛を育ててくれたというわけだ」

 と、カイがいきなりひざまずいた。ポケットから小さな箱を出し、それをぱかっと開いてステフの前に差しだした。

「カイ!?」

「ステフ・ハート、もうきみを放したくない。結婚してくれ!」

 ステフは小さな箱の中できらりと光るダイヤモンドを見つめたあと、カイに視線を戻した。その目は、かすかに潤んでいる。

「もちろんよ、カイ。これから先は、ずっとあなたのそばにいる」

「やった!」

 カイが立ち上がり、ステフを高々と抱き上げた。


 3か月後、ふたりの結婚式が盛大に執り行われた。招待客のなかには、かつてカイに熱を上げていたエラの姿もあった。新しい恋人と一緒だ。今度の恋のお相手は、歳の近い若者だった。

 ノアも心から祝福してくれた。この1年のあいだに、カイとの関係はすっかり修復され、いまではふたりで一緒に釣りに出かけることもあるという。現在カイは、ハアノハ国王が新設したマルル伝統文化保護局の長としてはたらいている。

 国王の祝福も受けたふたりの結婚式は、その年、マルルでいちばんのビッグイベントとして話題を呼ぶこととなった。


 それから半年後、〈ザ・ハート・リゾート・マルル〉がキイアカ海岸から少し上がった高台に完成した。そこから見るキイアカ海岸は、まさに絶景だった。

 キイアカ海岸とホテルをふくむ一帯は、マルルの国立公園に指定された。海岸はホテルの宿泊客だけでなく地元民にも広く開放される一方、国立公園として適切な管理がなされるようになったおかげで、美しい自然が守られながらも、人々が気軽に訪れて楽しむことのできる絶好の観光地となった。もちろん、管理職員として多くの雇用が生まれ、そのほぼすべてを地元民が担うこととなった。

 国立公園の管理は、あらたに設立された〈キイアカ・ビーチ・インスティテュート〉という第三セクターが請け負うことになり、その初代所長として、この開発計画のアイデアを出したステフが迎え入れられた。


「きょうの海は、とりわけきれいね」

 カイとともにキイアカ海岸でくつろいでいたステフは、どこまでもつづく青い空と海を見わたした。

「そうだな。まさに絶景だ」

 カイが笑った。

「こんな日は、こうしてくつろぐのもいいけど、またあなたとサーフィンの腕を競いたくなる」

 ステフはカイににやりと笑いかけた。

「やめてくれ。少なくとも、いまは」

 カイはふざけたようにそういって、ステフのわずかにふくらんだ腹に手を置いた。

「まずは、この子を無事この世に送りだしてもらわないと」

 ステフはくすりと笑った。

「そうよね」そういって、天を仰ぐ。「すごく楽しみ」

「ああ、楽しみだ」

 ふたりの笑い声が、青い空を抜けて響きわたった。


― 完 ―

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南の海に抱かれて ― Into the Turquoise Blue Ocean ― スイートミモザブックス @Sweetmimosabooks_1

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