■15 カイの本心
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ふたりきりになると、カイは自分の正直な気持ちをステフに打ち明ける。
これでハッピーエンド!? と思ったのも束の間、ステフの決意は揺るがなかった。
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ノアとDDが部屋から出て行き、むくれ顔のエラも渋々そのあとにつづいた。
部屋にふたりきりになると、カイが自分の椅子をステフのすぐ前まで運び、そこにふたたび腰を下ろした。
「きのうは、すまなかった」
「いえ、気にしないで」
ステフは精いっぱい明るい声でいった。
先ほどカイは、自分の行動が正しかったかどうかがわからなくなったと口にしていたが、それはおそらく、ステフと一線を越えてしまったことを指すのだろう。つまり彼は、そのことを深く後悔しているのだ。
「おたがいへの気持ちにかなりの温度差があったとはいえ、わたしももう子どもじゃないし、男と女が弾みでああいう行為に及んじゃうってパターン、ちゃんと理解できる。よくあることよ」
「いや、そうじゃなくて」
カイはそういったあと、両手で頭を抱えこみ、しばらくうつむいていた。
「ちがう、そうじゃないんだ」
ようやく顔を上げると、カイはそうくり返した。
「おれがいいたいのは、きみにたいするおれの返事のことだ。きみが自分の気持ちを直球でぶつけてくれたっていうのに、おれは……おれは、顔を背けてしまった」
「それはしかたないわよ。気持ちに嘘をつくわけにはいかないんだから。むしろ、はっきり気持ちを伝えてくれて、よかったわ。相手がどういうつもりなのかわからず、悶々とするパターンって、ドラマとかにもよくあるでしょ? ああいうの、好きじゃないの」
ステフはそういって軽く笑ってみせた。
「気持ちに嘘をつく、か……。いや、おれがしたのは、まさにそっちだ」
「え?」
「じつは、さっきの話にはつづきがある」
「つづき?」
「海底に引きずりこまれそうになって、意識を失いかけたとき、また……また、感じたんだ。あの手の温もりを」
ステフは目を見開いた。
「つまり……アイラの手ね?」
「そうだ」
「またアイラに救われたということ?」
「いや、というより、おれはアイラに叱責されたんだと思う」
「叱責? どういうこと?」
「あのとき、手の温もりを感じると同時に、耳元で声がしたような気がする。〝おまえはなにをしているのか? 自分の心に正直になれ〟、と」
ステフは口をあんぐりと開けた。
「〝自分の幸せを放棄したところで、ほかのだれかを幸せにすることなどできない〟――意識がもうろうとするなかで、そんな言葉が頭の中に響きわたった……ような気がする。そのあと、その温かな手がおれを岸へと導いてくれた……ような気がするんだ」
「どういう……ことなの……?」
「ステフ」
カイがステフの両手を取り、強く握りしめた。
「あれが自分の妄想か夢なのか、ほんとうにアイラが語りかけてきたのか、それはわからないし、わかる必要もない。ただ、この経験のおかげで、おれは自分の気持ちに正直になる覚悟ができた」
「……つまり?」
「ステフ、きのう、きみにいったことは、本心ではない。ようやくきみの本心を知り、きみと心もからだもつながれたことは、おれにとって、最高の出来事だった。しかしここでおれがきみを手に入れてしまえば、きみにぞっこんのノアはどうなる? それでなくともあいつは、おじいさまの愛情をすべておれに奪われたと思いこんでいる。それが
カイは小さくため息をついたあと、先をつづけた。
「きみはアメリカから来た開発業者で、おれは開発反対派のリーダーだ。そんな立場の者同士がうまくいくはずがない、と決めつけていた」
「カイ……」
「でも、きのう、きみにあんなことをいってしまってから、胸が苦しくて苦しくて、どうしようもなくなった。こんなのはまちがっている、と思いながらも、変な理性が邪魔をして、にっちもさっちもいかなくなってしまったんだ。だから、海に出て気持ちを鎮めようとした。おそらく、アイラがおれを叱るために、海へと誘いこんだのだろう」
カイは自虐的にふっと笑った。
「どうしようもない男だな、おれは」
「……じゃあ、それじゃあ、つまり、あなたも……?」
「ああ、そうだ。おれも、きみのことが好きだ。だれよりも。きみと一緒にいたい。きみを抱きしめたい。きみと愛し合いたい」
「カイ!」
ステフはカイの胸に飛びこんだ。その拍子にカイのすわっていた椅子がうしろに倒れ、ふたりはもろとも床に投げだされた。
しかしどちらも、痛みなど感じなかった。たがいに激しく唇を貪り合い、このまま溶け合ってしまうのではないかと思うほど、ぴったりからだを密着させた。
何分くらいそうやって抱き合っていただろうか。しばらくすると、ふたりはようやくわれに返り、ゆっくりと起き上がった。
「ステフ」
カイがステフの乱れた髪をそっと顔のわきへ払った。
「これから、ずっと一緒にいてくれるかい?」
「カイ」
ステフはカイの手の甲にやさしく口づけたあと、立ち上がって椅子にすわった。
「そうしたいのは山々なんだけれど、わたし、すぐにアメリカに戻ることにしたの」
「え?」
カイもあわてて立ち上がった。
「アメリカに戻る?」
「ええ」
ステフはカイの目をまっすぐ見つめた。
「マルルのリゾート開発の担当を降りるわけじゃない。でも、このあとの具体的な進行は、ミズ・DDにまかせることにした。とても優秀な人だから。わたしはもう少し勉強する必要がある。マルルのためにも。今後の自分のキャリアのためにも」
「もう……マルルには戻らないということか?」
「いえ、戻るわ。でも、1年間は戻らないつもり」
「1年……」
ステフは小さく笑った。
「これがほんの数週間前のわたしなら、よろこんであなたの胸に飛びこみ、あしたからでも一緒に暮らしはじめていたでしょうね」
カイが不思議そうな顔した。
「でもわたし、ここに来て、マルルに来て、よくわかったの。本気になるっていうのが、どういうことなのかが。自分の島を守ろうとするあなたの真剣な活動や、ミズ・DDのプロフェッショナルなはたらきぶりを見て、よくわかった。わたしはやっぱり甘ちゃんだったんだって。でもね、気づいたからには、それを克服したいの。人間として、仕事をするひとりのおとなとして、成長したいの。だからアメリカに戻って、1年間みっちり勉強してくる。リゾート開発について。地域と業者の前向きな関係について。業者だけじゃなくて地域にもメリットになる開発について。いろいろな事例をもとに、リゾートを愛する世界中の人たちと、地元住民の両方が満足できるような開発というものを、自分なりに探究してみる。あなたもさっきいっていたけど、わたしは開発業者で、あなたは開発反対派のリーダー。でも、おたがいに目ざすものがそう大きくちがうとは思えないの。あなたが守りたいと思う島の伝説や自然を大切にしつつ、島を豊かにする開発方法が、きっとあるはず」
「そうか……」
カイはしばしうつむいたあと、さっと顔を上げた。その表情は、どこか晴れやかだった。「きみなら、それができるかもしれない。それにしても……1年とは」
「長い?」
「そりゃ、長いさ」
「そうね、1年も会えなければ、きっと寂しいと思う。でも」
「でも?」
「1年という月日で、わたしたちの本気度を測ることもできると思うの。1年たってもおたがいへの気持ちが変わらなかったら、それはまちがいなくほんものの関係よ」
ステフはカイの手を握った。
「1年間、わたしを待っていてくれる?」
カイがステフの手を握り返した。
「ああ。きみのことなら、一生涯だって待っていられるさ」
「カイ」
「ステフ」
ふたたび熱い唇が重なった。
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