■14 海底に引きずりこまれて

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海の中に引きずりこまれたあと、カイはふたたび不思議な体験をしていた。

カイにとって、それが意味することは?


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「カイが?」

 ステフとDDも椅子をがたんといわせて立ち上がった。

「エラ、どういうことだ? きちんとわかるように話してくれ」

 エラは肩で息をしつつ、説明しはじめた。

「カイったら、きのうの夕方、カヤックで海に出たみたいなの。もう日が暮れかかってたっていうのに。夜の海が危ないことくらい、わかってるはずなのにっ!」

「それで?」

 ノアが先をうながした。

「それきり、帰ってこないの! 今朝になっても……」

 エラの目から涙がこぼれ落ちた。と、いきなりエラがステフに食ってかかった。

「あなた、カイになにかした? なにかいった? あなたが来てからというもの、カイのようすが変だった。最初は、金の亡者アメリカ人だとかなんとかっていってたのが、ここのところ、なんだか物思いにふけることが多くなって……」

 そういうと、エラはわっと泣きだした。

「カイ……」

 ノアの顔が蒼白になっていく。

「捜索隊は?」

「しょ、署長には、ゆうべ……通報した。だから、たぶん……すぐに見つかると……でも、今朝になっても……見つからないから……だから……」

 あとは声にならなかった。

 部屋にしばし沈黙が舞い降りた。

 ノアはしばらく考えこんでいたが、やがて大またで扉に向かった。

「どこに行くの?」ステフが問いかけた。

「署長に状況を確認してくる」

「わたしも行く」

 ステフはノアにつづこうとした。

「待って! どうしてあなたが行くの? 関係ないでしょ!? あたしが行く!」

 エラがステフの腕をぎゅっとつかんで引き留めた。

「エラ」

 ステフは腕をつかまれたまま、エラの方を向き、まっすぐ目を見つめ返した。

「心配よね? かわいそうに。わたしも心配している。ここにいるみんながカイのことを心配している」

 そういって、片方の手でエラの肩から腕をやさしくさすった。

「きみたちはここにいてくれ。大勢で警察署に押しかけても、迷惑をかけるだけだ」

 ノアはそういうと、急ぎ足で扉から出て行った。

 ステフはノアの後ろ姿を見送ったあと、エラに向き直った。

「ここで一緒にカイの無事を祈りましょう」

 いつのまにか、エラの手から力が抜けていた。ステフはエラの肩を抱くようにして、彼女を椅子にすわらせた。


 それから数時間が過ぎたころ、にわかに廊下が騒々しくなった。

 朝食の間にいたステフとエラとDDが、いっせいに立ち上がった。

 どかどかという大きな足音が響いたあと、扉がさっと開き、ノアが姿を現した。

「ノア! カイは?」

 ステフがそう問いかけるのと同時に、ノアの背後からカイが姿を現した。

「カイ!」

「カイ!」

 ステフとエラの声が重なった。エラが駆けより、カイにわっと抱きついた。

「カイ! どこにいたの!? 心配してたんだからっ!」

 カイはいくぶん憔悴しているようすではあったが、どこも怪我はしていないようだった。

 カイはエラの肩に両手を置き、そのからだをやさしく引き離すと、弱々しく笑った。

「悪かった。心配かけて」

 カイはしゃくり上げるエラを椅子にすわらせたあと、立ったまま成り行きを見守っていたステフの前に行った。

「ステフ」

「カイ」

 ステフは手をのばし、カイの頬をやさしくさすった。

「無事でよかった」

 頬を涙が伝っていく。

 カイはステフの手に手を重ねたあと、そのまま自分の胸まで下ろし、ぎゅっと握りしめた。

 カイの隣にノアが立った。

「一時間ほど前、捜索隊がキイアカ海岸に打ち上げられているところを見つけたんだ。気を失っていたようだが、幸い怪我はしていない。そうだろ?」

 ノアがカイを見やった。

「ああ……」

 カイは握りしめていたステフの手を放し、空いている椅子に腰を下ろした。

「心配をかけて、ほんとうに申しわけなかった」

「とにかく、すわって落ち着かないか? いま熱いコーヒーを用意させているから、コーヒーを飲みながら、どうしてこんなことになったのか、ゆっくり説明してくれ」とノアがいった。

「そうだな」

 コーヒーが全員に配られたあと、カイが静かに語りはじめた。

「ゆうべ、おれは自分が取ったある行動が正しかったのかどうかがわからず、ひどく動揺していた」

 カイはそういって、ステフを見つめた。ステフは目をそらすことなく、その視線を受け止めた。

「その気持ちをなんとか鎮めたくて、キイアカ海岸に行ったんだ。心が乱れたときは、いつもあそこに行くと決めている。キイアカに行くと、いつもなぜか心が安らぐから」

 カイはコーヒーカップを両手で握りしめていた。。

「海はいつも以上に穏やかだった。月明かりもあったので、少し波に揺られてみたくなった。だからいつもトラックに積んでいるカヤックを取りだしたんだ。夜の海が危険なことは、百も承知だ。だがおれはあそこの海流を熟知しているし、もちろん沖に出るつもりなど毛頭なかった。環礁の中に、ただ浮かんでいようと思っただけなんだ。だからカヤックの中で仰向けになったまま、しばらく月をながめていた」

 カイはそこでコーヒーをひと口すすった。

「だが、気持ちはなかなか落ち着かなかった。それに、カヤックがやけに揺れはじめたことも気になって、起き上がってみたんだ。そうしたら……」

 カイはいったん息をつき、ふたたび口を開いた。

「なぜか、遙か沖まで流されていた。どうしてそんなことになったのか、自分でもよくわからない……。いずれにしても、急いで岸に戻らなければと思って、必死にこぎはじめた。でも……」

 カイはそのときのことを思いだしたのか、かすかに顔をしかめた。

「いくらこいでも、カヤックは岸に向かってくれなかった。ひょっとしたら離岸流にはまったのかもしれない、と手を止めた瞬間、たいした波でもないのに、カヤックが激しく揺れはじめて……で、気がついたら、海に投げだされていた……」

「そこから岸まで泳いだために、疲れはてて気を失っていたのか?」とノアが言葉をはさんだ。

「いや……泳ごうとはしたんだが、できなかった」

「できなかった?」

「なにかすさまじい力で、海底に引きずりこまれていく感覚がして」

 ステフは、はっとした。

 その話って、もしかして……

「だが……気がついたら、砂浜に寝そべっていて、捜索隊に声をかけられていた」

 全員、しばらく押し黙っていた。

 ようやくノアが口を開いた。

「じゃあ、おそらく、無意識のうちに泳いで岸まで戻ったんだろう。おまえほどのスイマーが、そう簡単に溺れるはずがない」

「そうよ、きっとそうよ! よかった! とにかくよかった!」

 エラがようやく笑顔を見せた。

 DDもほっと胸をなで下ろしているようすだ。

 カイが、ノア、エラ、そしてDDの3人に、順番に目を向けた。

「すまないが、しばらくステフとふたりで話をさせてもらえないだろうか?」

 エラが顔を曇らせた。

「どうして? この人になんの用があるの?」

「頼む」

 カイはそういうと、ステフに目を向けた。

「話を聞いてもらえるかな?」

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