■13 カイがいない!
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「わたしは本気よ」
そうきっぱり口にするステフにたいするカイの返答は……。
そしてカイが姿を消し……。
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それから、ふたりは時間を忘れて何度も愛し合った。いろいろなことを話し、ともに笑っては、ふたたび唇を重ね、愛の営みを再開させるのだ。
道に停めたベンツを不審に思って岩場をのぞきこむ人間がいてもおかしくなかったが、ステフたちはそんなことすら気にかけず、ふたりだけの世界に浸っていた。
気がつけば、水平線のあたりが茜色に染まっていた。さすがに気温も低くなってきた。
ステフがぶるっとからだを震わせたのを見て、カイが上体を起こした。
「寒い? そろそろ帰ろうか」
「そうね。お腹も空いたし。なにか食べに行かない、カイ?」
「そうだな……」
カイがのろのろと起き上がり、Tシャツとズボンを身につけはじめた。
カイの背中から、先ほどまでの熱気が瞬く間に引いてのが感じられた。夢から覚め、いきなり現実世界に舞い戻ったかのようだ。
不安になったステフは、脱ぎ捨てていたワンピースの砂をはたいて落とし、着こむと、カイに向き直った。
「カイ、いまのことだけど」
「いまのこと?」
カイがステフを見つめた。その目から、先ほどまでの情熱が消えている。
「そう、いま起きたこと」
カイはなにもいわず、ステフの言葉を待っていた。
「わたし、たんなる勢いとか、弾みとか、雰囲気にのまれたから、こうなったわけじゃない。はじめて会ったときから、あなたのことが気になってしかたがなかった。最初は自分の気持ちがよくわからなかったけど、いまははっきりわかる。わたし、あなたに惹かれている。強烈に。いままで、男の人にこんな気持ちを抱いたことはない。だからわたしにとって、いま起きたことは必然だった」
ステフはカイをまっすぐ見つめた。
「あなたのことが好きなの、カイ」
カイはステフを見つめ返すばかりだった。
「わたしは本気よ。だから教えてほしいの。あなたにとって、いま起きたことにどういう意味があるのか。もし……」
そこでごくりとつばを飲みこんだのち、ステフは意を決して先をつづけた。
「もし、あなたにとっていまのことがたんなる弾みとか、いっときのお遊びにすぎなかったというのなら、いまここで、はっきりそういってほしいの。相手の気持ちがわからないまま、悶々と過ごすのはいや。わたしはそういうタイプじゃない。だから、はっきりいって。もしたんなる弾み以上のなにものでもないというのなら、あなたのことはきっぱりあきらめる」
ステフはそれだけいい放つと、カイをひたと見つめた。
しかしカイは、ただ黙ってステフを見つめ返すばかりだ。
その状態がしばらくつづいたので、ステフは耐えられなくなって、ふたたび口を開いた。
「カイ……お願いだから、なにかいって。わたしは本気よ」
ようやくカイが視線を落とし、つぶやくようにいった。
「そうだな……おれにとっては……たんなる弾みにすぎないかもな」
ステフはこみ上げそうになる言葉をぐっと飲みこんだ。
「なにしろきみは、最高に魅力的な女性だ。きみとこんなふうに親密な時間を過ごせて、とても楽しかった。だが……それだけのことだ。だから……きみの方は本気だというなら、むしろ、なかったことにしてもらいたい」
しばらくその場に固まっていたステフだが、なんとか立ち上がることができた。
「そう……わかった……じゃあ、そろそろ帰るわね」
「ステフ――」
「きっとみんな、心配してるから」
ステフは数歩進んだところでふり返り、カイを見つめた。
「わたしも楽しかったわ、カイ」
それだけいうと、くるりと背を向け、足早にベンツに戻っていった。
ハンドルを握るステフの頬から、涙がぼろぼろとこぼれ落ちていった。
この歳にしてほんものの恋を知ったと思ったら、手痛くフラれてしまうなんて。
わたしったら、まるで道化師じゃないの。
でも……少なくともカイは、はっきりいってくれた。変に気を持たせることもなく。だったらわたしも、約束を守ろう。彼のことは、きっぱりあきらめる。そして、自分のすべきことを、きっちりしてみせよう。
宮殿に戻ると、その晩、ステフは食事もとらずに部屋にこもりきりになった。そして翌朝、すっきりした表情で、心配顔のノアとDDの前に姿を現した。
「ステフ!」
「ミズ・ハート!」
朝食の間で席に着いていたノアとDDが同時に立ち上がった。
「やっと顔を見せてくれたね。昨日の夕方、戻ったきり部屋にこもってしまったから、すごく心配していたんだ。例の新聞記事の件は、もうだいじょうぶだ。陛下にもきちんと説明した」
「ミズ・ハート、あなた、人を心配させるのが趣味なのですか? もういいかげんにしてください!」
きつい言葉を口にしながらも、DDの目には安堵の表情が浮かんでいた。それまで、よほど心配していたのだろう。
「ノア、ミズ・DD、ご心配をおかけして、ごめんなさい。ネットでいろいろ調べものをしているうちに、いつのまにか夜が明けていたものだから」
「まったく……」
DDが椅子にどすんと腰を下ろした。
ステフはDDの隣の席にすわった。
「ノア、DD」
ノアも席に落ち着いたところで、ステフは切りだした。
「わたし、明日いちばんの便でアメリカに戻る」
「ええ?」
「はあ?」
ノアとDDが同時に声を上げた。
「ここでのわたしの役割は、もう終わっているみたいだから」
DDが気まずそうな顔をした。
「あの、ミズ・ハート、きのうは、その……わたしも少しいいすぎました」
「いえ、いいの、ほんとうのことだもの」
ステフの声はあくまでも明るかった。
ステフはノアに顔を向けた。
「ノア、あなたの気持ちはほんとうにうれしかった。それに応えられなくて、ごめんなさい。わたしがふわふわと浮かれて、地に足が着いていなかったのも、よくなかったんだと思う。ミズ・DDに、お遊び気分が抜けていないといわれるのも当然よね」
そしてDDに真剣なまなざしを向ける。
「ミズ・DD、あなたにはほんとうにお世話になりっぱなしで。ここでの残りの仕事も、きっとうまくまとめてくれると思う。ただ、最終的なプランの設計は、もう少し待ってほしいの」
ステフはノアを見た。
「そちらも、少しだけ待ってもらえるかしら?」
「そうだね、ある程度は待てると思う」とノア。
「ありがとう」
ステフはふたたびDDに向き直った。
「最終プランには、担当者としてわたし自身の意見も取り入れてもらいたいの。ただ、いまのわたしがいくら意見を出したところで、説得力に欠けてしまうと思う。だから、アメリカに戻ったら、世界中のリゾート開発事例をくまなく調べてみる。そのうえで、早急にわたしなりの報告書を作成する。それに目を通してもらって、納得がいったら、ぜひプランに取り入れてほしいの。仕事の具体的な進行については、いままでどおりあなたにおまかせするしかないと思ってる。いまのわたしには、右も左もわからないから。でも、この先もこんな情けない状態でいるわけにはいかない。だからこの仕事がひと区切りついたら、リゾート開発や自然保護について、一から学ぼうと思うの。本来なら、そうしたうえで親の会社に迎え入れてもらうのが筋よね。ほんと、わたしは甘ちゃんだった。でも、いまは本気よ。ネットでぴったりのカレッジを見つけたから、そこで基礎知識を頭にたたきこんでくる」
「ミズ・ハート……」
DDがステフをまじまじと見つめた。その目には、いつもの冷淡さも軽蔑も見あたらなかった。むしろ、誇らしさが浮かんでいた。
そのとき、廊下が騒々しくなった。
「なんだろう?」
ノアが立ち上がって扉を開けると、血相を変えたエラが飛びこんできた。そのすぐあとに、あわてふためく侍従がつづいた。
「殿下、申しわけありません、引き留めようとしたのですが――」
「ノア! カイがいないの! 帰ってこないの!」
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